上 下
20 / 56
ひとつめの国

15.一階

しおりを挟む
桶蓮の葉を歩いてしばらく進むと、さらに水底が深くなったようで、また植生が変わった。
 わたし達は最後に、一際大きい桶蓮の葉にみんなで乗ると、水魔術の刃で茎を切り離し、船のようにして水面を進んだ。

「さーて、ちょっと釣りでもするか」
「うん」

 ルシアの影から釣竿を出して座ると、あぐらをかいた膝がぷにっと何かに当たった。

「ん?ぷにっ?」

 膝をあげて確認すると、パッと見そこには何も無い。しかし"眼"を凝らして見ると、手の平サイズの透明の丸い何かが転がっている。そっと持ち上げてよく観てみると、それは小さくて透明なスライムだった。

「……お前、スライムなのか?」

 いや、観てわかってはいるのだが、あまりに自分の知るスライムとかけ離れていて、そう尋ねずにはいられなかった。
 手に乗った透明の丸は、ビクッとして少しの間驚いたように固まった後、頷くようにぷるっと縦に揺れた。
 それにまた驚く。そもそも返事など期待していなかったのだ。スライムはとても知能が低く、同族以外と意思疎通は不可能と言われている。

「わたしの言っていることがわかるのか?」

 スライムは肯定するようにまたぷるっと揺れた。見た目もそうだが、かなり特殊な個体のようだ。改めてスライムをじっと観る。

 隠れスライム。スライムの特殊個体。普通の生き物には姿が認識出来ないほど透明。水のように光が屈折することもないので、その輪郭を捉えることは出来ない。
 また、非常に気配も薄く、触れたとしても気づかれないことが多い。
 身体が小さく、成体でも人間の成人女性の手のひらほどにしかならない。
 神聖属性の魔力を持ち、強い浄化の能力がある。

 神聖属性……初めて見るな。神性を帯びた魔力や聖属性の魔力は見たことがあるが、それがどっちも合わさったようなものは見たことも聞いたこともない。なんかとにかく神々しい響きだ。

「ラウム、そこに何かいるの?」
「ああ、そうか。普通の生き物には見えないんだったな」
「ワフ?」

 さっきからひとりで喋っているようにしか見えないわたしの手のひらをを、マーレとルシアが不思議そうに覗き込む。

「ここに小さくて透明なスライムがいるんだ。隠れスライムと言うらしい」

 スライムが乗っている手をズイと二人の目の前に出すと、目をこらすようにじっと見て、そっと指先や前足でつついた。スライムはそれにまったく臆する様子もなく、されるがままぷるぷると揺れている。

「ほんとだ、なんかいる。ぷにぷに」

 マーレが不思議そうにつぶやくと、ルシアは興味深そうに尻尾を振った。スライムはなんだか照れたようにぷるぷると揺れている。スライムのような弱い魔物がルシアを怖がらないのも、人間と見れば義務なのかと思うほど襲いかかってくるスライムがこんなに大人しいのも、とても珍しい。

「もしかして群れからはぐれさせてしまったか?」

 そう聞いてみれば、違うというように横に二回揺れる。それに少しほっとする。
 まあ、おそらく他のスライムにもコイツは見えないのだろう。もしかするとずっと空気のように生きて来たのかもしれない。

「スマンがしばらく同乗させてくれ」

 そっと葉上にスライムを下ろし、釣糸を水面に垂らした。
 今日は釣りをしつつ、階層の中でも一番広いと言われる一階層を探索し、このまま水上で一晩明かす予定だ。実際探索だけならそこまで時間はかからないのだが、それとは別の目的があるので、今日は一晩居座るつもりだ。
 とりあえず、ダンジョン一階層の旅に隠れスライムという同行者が加わった。



 浮遊性の植物植物が浮かぶ水面を見ながら、初めて見る植物があればすかさず採取していく。

 雲藻。ふわふわの綿が取れる藻。上から見ると水面に雲が浮かんでいるように見える。綿は撥水性が高く、雨具などの防水グッズに使われる。

 雲のような白い綿と、淡い寒色の浮草、白く煙る薄い霧を夕暮れ黄みの光が柔らかく照らし、幻想的な景色を作り出している。
 そろそろ日没。夕食の準備に取り掛かろうかと言う時に、わたし達が乗った桶蓮の葉は、蓮のような花が一面に浮かぶ場所に辿り着いた。すりガラスのような半透明の花弁の先端は淡いピンク色に染まっている。
 ここを今日の野営地と決めて、進むために使っていた風魔術を切る。
 肩にかけていたマジックバッグから折り畳み式二口魔導コンロを出す。これは釜戸が作れない時も代用として今回新たに用意したものだ。動力源は精魔玉と呼ばれる魔力を貯めることが出来る球体状の石で、これは魔溜茸と言われる魔力を溜める性質のある茸を霊泉の水煮込んだものに、精霊石と呼ばれる空気中の魔力を集める性質の石を丸く削って漬け込んで作られている。霊泉の水は素材の持つ力を良く引き出してくれるので、魔法薬の溶媒に重宝される。
 精魔玉は溜め込んだ魔力を使い切ってしまっても、放っておけばまた魔力が溜まっていくので、何度か再利用できる。しかし、魔溜茸のエキスが抜けてしまうと魔力を貯めることが出来なくなるので、定期的に漬け込む必要がある。魔溜茸のエキスは魔道具屋か薬屋で購入できる。
 ちなみにわたしは自分で作れるので、買う必要は無い。
 精魔玉をふたつセットして、ツマミをひねれば簡単に火が着く。ツマミは一口につきひとつ付いていて、これで火力を調節するのだ。なんて便利で楽チン。こんなものをずっと使っていたら、あっという間に魔術の腕が退化しそうだ。
 土魔術が使えない時以外は修行のためにも、釜戸を作ろう。
 今日は野菜たっぷりのミルクスープに、トマトとハーブのソースがかかった淡水魚の揚げ焼き、チーズを練りこんだパンを頂く。
 今日もマーレの料理は最高だ。わたしはルシアがいつものように美味しそうに夕食を食べているのを見て、ふと思いついたようにスライムに揚げ焼きの端っこを差し出した。その意図を覗うようにスライムが揺れる。

「食べるか?端っこ美味いぞ」

 端っこはカリカリで一番美味しいところなのだ。スライムはじっと見つめるように固まって、揚げ焼きを身体に押し付けるようにして飲み込んでいく。すると、しゅわわ~と小さな音を立てて透明な身体の中で揚げ焼きが消化された。
 スライムは感激したようにぷるぷるぷるっと小刻みに震えた。全身で美味しいと言っているようで、少し可愛い。

「もっと食べるか?」

 ぷるっと肯定するスライムにスープやらパンやらと食べさせていった。小さな身体でよく食べる。スライムにあげているうちに自分の食べる分がほとんどなくなってしまって、結局マーレに作り置きを出して貰って食べた。

「朝は四人分作る」
「ああ、頼む」

 スライムの食べっぷりから食事を気に入ってくれたことがなんとなく伝わったのか、マーレは少し張り切ったように宣言した。
 食器を洗おうとして見ると、既に汚れはなく綺麗になっていた。重なった食器の横で、スライムが揺れている。

「綺麗にしてくれたのか?」

 ちょっと得意げにぷるっと揺れて肯定する。礼を言ってちょいちょいと撫でると、それを羨ましがったルシアが頭を押し付けて来るので、それをわしゃわしゃと撫でる。するとさらにそれをマーレが羨ましそうにじっと見てくるので、短い髪をかき混ぜてやった。

「マーレもルシアもいつもありがとうな」
「うん」
「ワフッ」

 完全に日が沈んで辺りが真っ暗になると、反対に水面に浮かぶ蓮の花に暖かいオレンジ色の明かりが灯る。
 そう、これが今夜一階層に居座る理由だ。

 灯蓮花。半透明の美しい花を咲かせる浮遊植物。花は夜になると火を灯した灯籠のように、中心からオレンジ色に発光する。花は蓮に似ているが、全くの別物。夜のうちに加工して調合すれば、高品質の媚薬ができる。また、見た目の美しさから観賞用としての人気も高い。

「美しいな」

 一面に浮かんだ灯蓮花が、霧がかった湖を水面からぼんやりと照らす。近くにあるくっきりとしたガラス細工のような花と、遠く朧気に揺れる幻のような花。ここでしか見ることのできない、その幽玄な景色に、わたし達はしばし見とれた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

聖女の紋章 転生?少女は女神の加護と前世の知識で無双する わたしは聖女ではありません。公爵令嬢です!

幸之丞
ファンタジー
2023/11/22~11/23  女性向けホットランキング1位 2023/11/24 10:00 ファンタジーランキング1位  ありがとうございます。 「うわ~ 私を捨てないでー!」 声を出して私を捨てようとする父さんに叫ぼうとしました・・・ でも私は意識がはっきりしているけれど、体はまだ、生れて1週間くらいしか経っていないので 「ばぶ ばぶうう ばぶ だああ」 くらいにしか聞こえていないのね? と思っていたけど ササッと 捨てられてしまいました~ 誰か拾って~ 私は、陽菜。数ヶ月前まで、日本で女子高生をしていました。 将来の為に良い大学に入学しようと塾にいっています。 塾の帰り道、車の事故に巻き込まれて、気づいてみたら何故か新しいお母さんのお腹の中。隣には姉妹もいる。そう双子なの。 私達が生まれたその後、私は魔力が少ないから、伯爵の娘として恥ずかしいとかで、捨てられた・・・  ↑ここ冒頭 けれども、公爵家に拾われた。ああ 良かった・・・ そしてこれから私は捨てられないように、前世の記憶を使って知識チートで家族のため、公爵領にする人のために領地を豊かにします。 「この子ちょっとおかしいこと言ってるぞ」 と言われても、必殺 「女神様のお告げです。昨夜夢にでてきました」で大丈夫。 だって私には、愛と豊穣の女神様に愛されている証、聖女の紋章があるのです。 この物語は、魔法と剣の世界で主人公のエルーシアは魔法チートと知識チートで領地を豊かにするためにスライムや古竜と仲良くなって、お力をちょっと借りたりもします。 果たして、エルーシアは捨てられた本当の理由を知ることが出来るのか? さあ! 物語が始まります。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

7個のチート能力は貰いますが、6個は別に必要ありません

ひむよ
ファンタジー
「お詫びとしてどんな力でも与えてやろう」 目が覚めると目の前のおっさんにいきなりそんな言葉をかけられた藤城 皐月。 この言葉の意味を説明され、結果皐月は7個の能力を手に入れた。 だが、皐月にとってはこの内6個はおまけに過ぎない。皐月にとって最も必要なのは自分で考えたスキルだけだ。 だが、皐月は貰えるものはもらうという精神一応7個貰った。 そんな皐月が異世界を安全に楽しむ物語。 人気ランキング2位に載っていました。 hotランキング1位に載っていました。 ありがとうございます。

魔力∞を魔力0と勘違いされて追放されました

紗南
ファンタジー
異世界に神の加護をもらって転生した。5歳で前世の記憶を取り戻して洗礼をしたら魔力が∞と記載されてた。異世界にはない記号のためか魔力0と判断され公爵家を追放される。 国2つ跨いだところで冒険者登録して成り上がっていくお話です 更新は1週間に1度くらいのペースになります。 何度か確認はしてますが誤字脱字があるかと思います。 自己満足作品ですので技量は全くありません。その辺り覚悟してお読みくださいm(*_ _)m

魔力無しだと追放されたので、今後一切かかわりたくありません。魔力回復薬が欲しい?知りませんけど

富士とまと
ファンタジー
一緒に異世界に召喚された従妹は魔力が高く、私は魔力がゼロだそうだ。 「私は聖女になるかも、姉さんバイバイ」とイケメンを侍らせた従妹に手を振られ、私は王都を追放された。 魔力はないけれど、霊感は日本にいたころから強かったんだよね。そのおかげで「英霊」だとか「精霊」だとかに盲愛されています。 ――いや、あの、精霊の指輪とかいらないんですけど、は、外れない?! ――ってか、イケメン幽霊が号泣って、私が悪いの? 私を追放した王都の人たちが困っている?従妹が大変な目にあってる?魔力ゼロを低級民と馬鹿にしてきた人たちが助けを求めているようですが……。 今更、魔力ゼロの人間にしか作れない特級魔力回復薬が欲しいとか言われてもね、こちらはあなたたちから何も欲しいわけじゃないのですけど。 重複投稿ですが、改稿してます

スキルが農業と豊穣だったので追放されました~辺境伯令嬢はおひとり様を満喫しています~

白雪の雫
ファンタジー
「アールマティ、当主の名において穀潰しのお前を追放する!」 マッスル王国のストロング辺境伯家は【軍神】【武神】【戦神】【剣聖】【剣豪】といった戦闘に関するスキルを神より授かるからなのか、代々優れた軍人・武人を輩出してきた家柄だ。 そんな家に産まれたからなのか、ストロング家の者は【力こそ正義】と言わんばかりに見事なまでに脳筋思考の持ち主だった。 だが、この世には例外というものがある。 ストロング家の次女であるアールマティだ。 実はアールマティ、日本人として生きていた前世の記憶を持っているのだが、その事を話せば病院に送られてしまうという恐怖があるからなのか誰にも打ち明けていない。 そんなアールマティが授かったスキルは【農業】と【豊穣】 戦いに役に立たないスキルという事で、アールマティは父からストロング家追放を宣告されたのだ。 「仰せのままに」 父の言葉に頭を下げた後、屋敷を出て行こうとしているアールマティを母と兄弟姉妹、そして家令と使用人達までもが嘲笑いながら罵っている。 「食糧と食料って人間の生命活動に置いて一番大事なことなのに・・・」 脳筋に何を言っても無駄だと子供の頃から悟っていたアールマティは他国へと亡命する。 アールマティが森の奥でおひとり様を満喫している頃 ストロング領は大飢饉となっていた。 農業系のゲームをやっていた時に思い付いた話です。 主人公のスキルはゲームがベースになっているので、作物が実るのに時間を要しないし、追放された後は現代的な暮らしをしているという実にご都合主義です。 短い話という理由で色々深く考えた話ではないからツッコミどころ満載です。

異世界転生したらよくわからない騎士の家に生まれたので、とりあえず死なないように気をつけていたら無双してしまった件。

星の国のマジシャン
ファンタジー
 引きこもりニート、40歳の俺が、皇帝に騎士として支える分家の貴族に転生。  そして魔法剣術学校の剣術科に通うことなるが、そこには波瀾万丈な物語が生まれる程の過酷な「必須科目」の数々が。  本家VS分家の「決闘」や、卒業と命を懸け必死で戦い抜く「魔物サバイバル」、さらには40年の弱男人生で味わったことのない甘酸っぱい青春群像劇やモテ期も…。  この世界を動かす、最大の敵にご注目ください!

全てを奪われ追放されたけど、実は地獄のようだった家から逃げられてほっとしている。もう絶対に戻らないからよろしく!

蒼衣翼
ファンタジー
俺は誰もが羨む地位を持ち、美男美女揃いの家族に囲まれて生活をしている。 家や家族目当てに近づく奴や、妬んで陰口を叩く奴は数しれず、友人という名のハイエナ共に付きまとわれる生活だ。 何よりも、外からは最高に見える家庭環境も、俺からすれば地獄のようなもの。 やるべきこと、やってはならないことを細かく決められ、家族のなかで一人平凡顔の俺は、みんなから疎ましがられていた。 そんなある日、家にやって来た一人の少年が、鮮やかな手並みで俺の地位を奪い、とうとう俺を家から放逐させてしまう。 やった! 準備をしつつも諦めていた自由な人生が始まる! 俺はもう戻らないから、後は頼んだぞ!

処理中です...