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ひとつめの国

18.三階

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 階段を降りた先、三階層は地面が沼地で、粘度の高い泥に足を取られ、進むのに時間がかかる。
 また、霧もかなり濃くなり、普通の人間なら離れればはぐれてしまうだろう。しかし背の高い植物は無く、小さな草花がどこまでも続いていく。

 白夢蘭花。白鳥のような花を咲かせる毒草。幻覚を見せる毒を持ち、摂取すれば眠るように安らかに息を引き取る。

 紫電桔梗。紫色に発光する花を咲かせる毒草。特に花が猛毒で、素肌に触れるだけで痺れ、痙攣を起こし、心肺停止に陥る。

 黄泉菖蒲。黄金の花を咲かせる毒草。周囲の水に毒が溶けだし、金色の水溜まりができる。漏れ出す毒のせいで周囲には黄泉菖蒲以外の植物は生息できない。毒はほんの少量舐めるだけで即死。

 小さな草花は、一見可憐で長閑な印象を受けるが、毒草ばかりである。それもかなりの猛毒。
 下手に触れると死ぬ可能性もあるので、裸足のルシアは、足元に気をつけさせなければ。

「ルシア。黄色い水溜まりと紫に花には触れるな。猛毒だから」

 ルシアには経口摂取の毒は効かないが、皮膚や傷口から入った毒は普通に効く。そのため食べられるけど触れられない毒草は結構ある。本当に不思議な生態だ。
 多分スライムは身体のどこからでも物を取り込めるようなので、地面を歩いても大丈夫だろうが、歩くのが面倒なのかずっと肩や頭に乗っている。
 わたしは道すがらしゃがみこみ、特殊な手袋をはめて毒草達を採取する。こんな猛毒を使うことはほぼないが、そこはコレクター精神を持つものなら理解できるだろう。
 ここに生えている毒草は毒性が強すぎて扱いが難しく、採取依頼もほぼ噛むと言って過言ではない。
 まあ、悪事にならいくらでも使えるが、冒険者組合は真っ当な団体なので、毒物の採取依頼を出す時には利用方法を聞かれる。その際、ここにある毒草は答えられるような真っ当な利用法がほぼないので、悪用を企む者は採取依頼が出せないのだ。
 だからこの階層での採取依頼はゼロ。わたしが採取しているのは趣味が百パーセントだ。ただ集め、並べて眺めたい。それだけである。

「おー。囲まれてるな」
「ん。依頼」

 この階層でわたし達が受けた依頼はある魔物の討伐のみ。
 草花の影パシャパシャと水が跳ね、ゲグゲグという独特の鳴き声が聞こえる。

 混毒蛙。周囲の植物などから吸収した毒を、体内で混ぜ、より強力な毒を作り出す。血液には体内で生成された毒を解毒する効果がある毒は周囲の植物によって様々だが、一般的に同じ植生の場所では一様に同じ毒を持つと言われている。体内で生成した毒液を水鉄砲のように吐き出して攻撃する。体長は五センチ程度で、見た目は雨蛙に酷似している。単独討伐推奨ランクはCランク以上。

「血液と毒液、瓶一本分ずつ欲しい」

 わたしは即座に数種類の薬を取り出して混ぜ、適量を注射器に入れてマーレに渡す。さらにルシアの影から籠をひとつ取り出した。

「完全に解毒とはいかないだろうが、多少は中和してくれるはずだ。毒液に触れたら直ぐに刺せ」
「うん。……風壁」

 四方から毒液が勢いよく放たれた瞬間、マーレの風魔術が壁のようにわたし達の周囲を囲み、毒液を打ち払った。

「巻風」

 直後、即座に放たれた二発目の風魔術が、茂みの影に隠れている混毒蛙の群れを宙に巻き上げた。その数三百以上。
 そして風が止んだ刹那、わたし達は霧の中、煙のように消えた。マーレは風の魔力を身にまとい、わたしは火の魔力を体内に巡らせ、それぞれに加速する。
 スローモーションのような視界の中、わたしは取っ手の着いた小さな針で、落ちてきた混毒蛙の脊髄を刺して動きを止めて籠に入れていく。
 その反対側では、マーレが投げナイフでバシバシと舞い上がった蛙を撃ち落としていく。
 結局中和剤の出る幕はなく、わたしが百匹集める間にマーレが残りの混毒蛙を全て狩り終えていた。
 ルシアとスライムはナイフを回収しつつ、死骸をパクパク。綺麗に右足だけを一箇所に吐き出した。

「討伐証拠もバッチリか。抜け目ないな」
「ワッフン」

 わたしもその場で頭を落として血抜きをし、目の下にある毒袋を集める。頭と内蔵はルシア達にポイ。残りの身体は右足を落として籠に戻し、血液と毒液の瓶と一緒にルシアの影に保管する。
 その後も、蛙を狩りつつ散策を進め、夕刻、多くの冒険者たちが利用する野営地に到着した。
 実は階層ごとに、組合が設置したセーフティゾーンがあり、野営地や休憩所として利用されている。
 わたし達は基本的に人目を避けて行動していたため、昨日は利用しなかったが、一階層にももちろんある。
 セーフティゾーンには石造りの足場があり、テント等も設置できるようになっている。沼地の地面では野営をするのも一苦労なので、この足場はありがたい。
 冒険者達で賑わうセーフティゾーンに、防水布の折り畳みテントを張る。

「今日は串焼き」
「だな」

 わたしはテントに隠れて、ルシアの影から先程解体した混毒蛙が入った籠と鉄串を出した。次に折り畳み式二口魔導コンロの上に囲い付きの網を置いて火を点ける。
 わたしとマーレは混毒蛙を洗って水分を取り、そのまま串に刺して、塩胡椒、スパイス、タレなどをつけて網に並べた。
 そう、実はこの蛙、食べられるのだ。血が流れている間、毒は綺麗に中和されるので、殺した後に毒が漏れないように気をつければ、普通に食べられる。
 味や食感は鶏肉に近い。しかし、食べられることを知るものは少ないので、周りにいる冒険者達はギョッとしていた。電顎魚同様、かなりマイナーな食材である。

「おい、兄ちゃん達、それ混毒蛙じゃないよな」
「混毒蛙ですよ」

 心配したのか、親切な中年男性が声をかけてきた。わたしがあっさり肯定すると、またギョッとして気まずそうにじっと串を見つめた。

「悪いことは言わない。いくら腹が減ってるからってそんなモン食うのはやめとけ」
「心配ありがとう。だが大丈夫さ。仕留め方と捌き方にさえ気をつけていれば、ちゃんと食べられる」

 そう言って、ちょうど焼きあがった串焼きにかぶりつく。混毒蛙は加熱すると皮の色がキツネ色に変わる。こんがり焼けた皮はパリパリで、中の肉は柔らかくてジューシーだ。そこらの焼き鳥よりよっぽど美味い。

「ほらな。美味いぞ」

 マーレとルシア、スライムも焼きあがったそばから串焼きを食べていく。
 それを唖然とみていた男性冒険者に串焼きを一本差し出す。

「食うか?」
「い、いや……遠慮しとくよ……」

 男性は汗をたらりとかきながら手を振って断ると、そそくさと逃げるように自分のパーティへ戻って行った。その後も周りからヒソヒソ聞こえるが気にせず食べる。途中でマーレが白米とスープもだしてくれた。

「美味い!ご飯が進むよ」
「うん、うまいね」
「ワフッワフッ」

 ルシアとスライムの分は食べやすいように串から外して、ご飯の上に乗っけてやった。二匹とも大喜びでガツガツと食べる。

「また明日何匹かか狩って、今度は外に出た時に炭火焼きで食べよう」
「うん」
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