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ひとつめの国
13.街並み
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森を抜けて二日目の昼。わたし達は次の街に到着していた。今日で前の街を出てちょうど十日目である。森を突っ切った分かなり時間を短縮できた。
「んー。なんか……」
門を潜って街並みを眺めながら歩くと、何かが引っかかるようなモヤッとした感覚が湧いた。見たことがないのに、何故か既視感があるような。そんな小さな違和感。
「どうした……?」
「……いや。なんでもない」
結局答えはでず、分からない事を考え続けても仕方が無いと、頭を切り替えた。
改めてこの街を見ると、非常に栄えていることが分かる。新築の家や店が建ち並び、旅人の出入りも多い。道行く住民達も皆、景気が良さそうだ。
また、冒険者が非常に多いように思う。
「まずは冒険者組合に行ってみようか」
「うん」
門番の兵士に聞いた冒険者組合に行ってみると。前の街にあったものより、非常に大きくて立派な建物が建っていた。
中に入ってみると、受け付け窓口の数も段違いで、広いロビーにズラリと冒険者達が並んでいる。
「街自体の大きさはそんなに変わらないのに、なんでここの冒険者組合はこんなにでかいんだ?」
「何よアンタ。そんなことも知らないの?」
独り言のつもりだったが、予想外に返事が帰ってきて、わたしは声の方を見た。
そこに立っていたのは、わたしと同じくらいの歳頃の気の強そうな女の子だった。ふわふわの茶髪をハーフアップのツインテールにして、猫のような緑のつり目が印象的だ。身長は私よりやや低く、歳の割に発育がいい。仮称は猫目としよう。
「アンタこの街は初めてなの?」
「ああ、今日到着した」
「フーン。なら先輩のアタシが教えてあげるわ!」
猫目は思いっきり先輩風を吹かせながら、この街について説明する。
この街はほんの十年前まで、とても景気が悪く住んでいる人々も貧しかったらしい。しかしある時、街の近くでダンジョンが発見された。この期を逃しては行けないと、領主は少ない財産をつぎ込んで街を整備し、冒険者達を呼び込んだ。冒険者達がダンジョン目当てに集まるようになると、財政は回復していき今では有数のダンジョン都市となった。
「元はずっと小さい街だったのよ?ダンジョンの恩恵でここまで大きくなったってワケ」
猫目はまるで自分の事のようにふんぞり返る。
「君はこの街の出身なのか?」
「たった二年でDランクまで上り詰めた天才魔術師とはアタシのことよ!」
別にそこまで聞いていないが、二年でDランクまでのし上がるのは確かにすごい。才能もあるだろうがたゆまぬ努力の賜物だろう。
「君は頑張り屋なんだな」
「なっ!……天才だって言ってるでじょ!」
照れくさいのか、猫目は少し顔を赤らめ、そっぽをむく。
そんな猫目をマーレがじっと見ていた。誰かを見るなんて珍しい。彼女に興味があるのだろうか。
ニヤッと笑って、コソッと耳打ちした。
「なんだマーレ?彼女と仲良くなりたいのか?」
「…………」
しかしマーレは何も答えず、黙ってわたしの頬を抓った。からかわれたことに怒ったのだろうか。
「ダンジョンに入るなら、受け付けで言えばネームタグに通行証を登録して貰えるわ」
この街での依頼はほとんどがダンジョン関連のものなので、通行証がなければ仕事が出来ないと言っていい。
「助かった。ありがとう」
礼を言うと、猫目はまた照れたように顔を背け答えなかった。
その後三十分ほど並んで、ようやく受け付けに辿り着く。受け付け嬢にこの街に来たのが初めてであることを告げ、ダンジョンの通行証を登録してもらい、ペットOKでオススメの宿だけ教えてもらう。
一旦今は仕事を受けず、明日の早朝にリクエストボードを確認してみることにした。
「宿の前に商人組合にも行こうか」
旅人は街を訪れたら、所属する組合に顔を出す。挨拶と滞在報告をするのだ。義務では無いが、やった方が印象はいい。
辿り着いた商人組合は、冒険者組合ほどではなかったが、これまたかなり立派な建物だった。ダンジョンの魔物素材や出土品などでかなり儲かっているようだ。
薬師窓口も、賑わってはいないが閑古鳥が鳴いているようなことは無く、ちらほらと訪ねてくる人がいるようだった。
「こんにちは。滞在報告と、何か依頼があれば、紹介してもらいたいです」
「かしこまりました。現在紹介できるお仕事は、各回復薬、毒消しの納品になります」
冒険者が多いだけあって、回復薬や毒消しはいくらあっても足りないようだ。納品数も結構な量だった。とりあえず受けられるものは全部受けて、期限までの納品を約束して組合を出た。しばらく移動が続いたためあまり調合できていないので、滞在中にストック分も含めて調合しようと決意する。
まあでもまずはダンジョンだ。ダンジョンにはそこにしか生息しない魔物や、植物があり、特殊な鉱石なども出土するらしい。蒐集家としては非常に楽しみである。
まだ見ぬダンジョン素材に思いを馳せながら、わたしは受け付け嬢に教えて貰った宿屋へと歩く。紹介されたのは新しく綺麗な宿で、動物連れの宿泊客達が受け付けに並んでいる。この街は冒険者が多いだけあって、魔物のテイマーも結構滞在しているらしい。そのため動物OKの宿屋はここ以外にも何軒かあるらしい。
「いらっしゃいませ」
「二人部屋を、とりあえず一泊でお願いします」
明日からダンジョンに潜る予定なので、今回は一泊だけ申し込む。ダンジョン内は非常に広く、何日も泊まりこんで探索する。その間宿代だけはらい続けるのも馬鹿らしい。だから一泊である。
「かしこまりました。ベッドはツインでよろしいですか?」
「ダブルで」
わたしがはいと答えるより先に、マーレが割り込んで来る。
「え……?」
「ダブルで」
戸惑う受け付け嬢に、マーレは頑なに繰り返した。そんなに一人で寝るのが嫌だったのか。こうなってしまったら、もう絶対に譲らないだろう。わたしは諦めの溜め息を吐くと、オロオロわたしを覗う受け付け嬢に頷いた。
「……ダブルでお願いします」
「ッ!かしこまりました……。では、施設についてご説明致します」
何故か一瞬受け付け嬢が歓喜するような表情を見せた気がしたが、きっと気のせいだろう。
宿屋は一階に、食堂と大浴場があり、食堂は朝六時から夜の九時まで、大浴場は夕方四時から夜十時まで、いつでも利用可能だそうだ。食事については、二食までは部屋代に付いているとのこと。また部屋はにもシャワーがあるので、どちらを使っても構わない。二人部屋は一泊小銀貨八枚。これだけ綺麗で充実した宿なら、妥当と言えるだろう。
説明を聞き終わると、一泊分の代金を支払い鍵を受け取る。
「では、ごゆっくり、お過ごしくださいませ」
「ごゆっくり」がなんだか強調されている気がしたが、きっと気のせいだろう。
「そう……禁断の主従愛……そういうことなのね……」
気のせいにに違いない。
この宿での私たちの部屋は三階に登ってすぐの場所にある。広々とした綺麗な部屋に、ダブルベットが鎮座している。広くてふかふかで、寝心地は良さそうだ。
「まだ昼過ぎか……、明日は早朝に出るから、食堂で昼食を取って、街でダンジョンに入る準備をしようか」
いつものように、一旦薬箱と道具箱をルシアの影に仕舞ってから、すぐに部屋を出る。
食堂は宿泊客以外も利用可能なので、昼休憩の人々で賑わっていた。
わたし達は食堂のカウンターで、日替わりランチを二つ受け取って、席を探す。どこも埋まっていて中々見つからなかったが、ふと、四人席に一人ポツンと座る少女が見えた。
「相席してもいいか?」
「ええ、どうぞ……ってアンタ!」
そう、一人でモソモソと昼食を食べていたのは猫目だった。わたしとマーレは猫目の前に並んで座り、椅子の下に、ルシアの分の昼食を出した。もちろんマーレの作り置きである。今日の日替わりランチは豚肉の塩漬けとキノコがか入ったクリームパスタ。それにサラダとスープが付く。
「やあ、さっきぶり」
「さっきぶり。アンタ達、この宿に泊まってるの?」
「うん。一旦、今日一日だけね」
「てことは、明日からさっそくダンジョンに入るつもりね?」
「ああ、そのつもりだ」
猫目と雑談しながら、昼食を食べる。パスタのクリームが濃厚でとても美味しい。
猫目はわたし達がダンジョンに潜ると知って、聞いてもいないのに、準備した方がいい物や、オススメの道具屋を話し出した。とは言え、決して余計なお世話などではなく、どれも経験の基づいた役立つ情報であった。
「それと、ダンジョン内は土魔術が使い辛くなるから気をつけた方がいいわよ」
「そうなのか」
それは結構いたい。釜戸も寝床もいつも土魔術で作っているので、代わりになる物が必要だろう。
「色々教えてくれてありがとう。君は親切だな」
「っ別に、アンタ達が何にも知らないから見かねただけよ!」
彼女はとても照れ屋のようで、素直に感謝するとすぐにポポッと赤くなってそっぽ向いてしまう。
「ははっ、可愛いな君は」
「は、はあ!?何言ってんのよアンタ、バッカじゃない?」
褒められ慣れていないのか、猫目は林檎のように真っ赤になって、片腕で顔を隠す。赤くなった顔を誰にも見られたくないようだ。
しかしそんな彼女をマーレはまた、じっと見ていた。やはり彼女の何かが興味を引くようだ。
その視線に気づいたのか、猫目がキッとマーレを睨んだ。
「アンタ何見てんのよ!」
マーレの美貌に全く靡かない女性も珍しい。マーレに見られれば、老若男女問わず、うっとりしてしまうものだ。特に女性は、奴隷でも構わないとばかりの熱烈な視線を向ける人も多い。
しかし猫目は、そんなマーレにも分け隔てなくツンケンしている。
そして話しかけられれば答えるマーレとしては珍しく、問いかけを無視して黙々とパスタを食べ続けた。
「何よ。感じ悪いわね」
「いつもはそんなことないんだ。今日は……機嫌が悪いみたいだな」
横目でじっとマーレを見ると、何となく機嫌が悪そうだった。何か彼の気に触ることがあっただろうか。思い返して見たが、特に思い当たらなかった。
こういう時は、美味い物で機嫌を取るのが一番だ。
「ほら、わたしの分の残りもやるから。機嫌を直せ」
「……ん」
フォークにパスタを巻き付けて掲げると、マーレがそれに食いつく。ただ満腹でもう食べられなかっただけだが、マーレは嬉しそうに咀嚼している。安上がりなヤツである。
「あ……」
パスタを飲み込むと、もっと食わせろと口を開ける。
「自分で食べなさい」
「やだ、ラウムが食べさせて」
頑なに口を開け続けるマーレに根負けして、パスタを巻いて口元に持っていく。結局、マーレがパスタを平らげるまで、わたしはパスタを巻き続けた。
「アンタ達、ちょっと距離感おかしいわよ」
「そうか?」
猫目のツッコミに、首を傾げるわたしの椅子の背もたれに腕をかけ、マーレは何故か尊大な態度で猫目を見下ろし、フンと鼻を鳴らした。
「……なんかムカつくわね」
それにイラッときたのか、猫目は顔を引き攣らせて笑う。猫目といるとマーレが普段は取らない態度を取るので、見ていてとても面白い。やっぱり彼女には何かあるのかもしれない。
ともかく食べ終わったので、食器をもって席を立つ。
「じゃあ、わたし達はこれからダンジョンに潜る準備をするから」
「あ……ちょっと待って!」
「ん?」
慌てて立ち上がった猫目に呼び止められて振り返る。猫目は、何か迷っているような、言いたいことがあるような感じでモジモジした後、意を決したように顔を上げる。
「……準備!アタシが手伝ってあげても」
「ゲッ!アンナがいるぞ」
猫目が言いかけた言葉を遮って、背後から騒がしい男達の声が響いた。瞬間、猫目の表情が凍りつく。
「なんでこんな庶民の食堂に来るんだよ」
「金持ちの天才魔術師サマはもっとご身分にあった高級レストランにでも行けよな」
「わざわざこんな所で食べるなんて、アタシ達へのへの当てつけ?」
「感じ悪~い。ご飯がマズくなっちゃうよ」
猫目と同じ歳くらいの少年少女の冒険者が、十人ほど連れたって食堂に入ってきたのだ。全員、猫目に刺々しい態度をとっている。
冷ややかな視線に耐えかねたのか、猫目は下を向いて足早に食堂を出ていった。
「なにアレ!逃げ足はやっ」
「アンタ達もあんまりアイツとつるまない方がいいぜ」
「親のコネでランク上げたクセに、人を見下してウゼェんだ」
「てか、二人ともカッコ良くない?」
「イケメ~ン」
ワラワラとやってきた少年冒険者達が好き勝手に話しかけて来る。それを全部聞き流しつつ、一人の少女に近づくと一つだけ訂正しておいた。
「お嬢さん。ここの料理は美味しいから、安心して味わうと良い」
「え?は、はぁ……」
それだけ伝えると、もう彼らへの興味は失せてしまったので、さっさと食堂を出た。
「さ、さっき聞いた店で必要な物を揃えるとしよう」
「うん」
「んー。なんか……」
門を潜って街並みを眺めながら歩くと、何かが引っかかるようなモヤッとした感覚が湧いた。見たことがないのに、何故か既視感があるような。そんな小さな違和感。
「どうした……?」
「……いや。なんでもない」
結局答えはでず、分からない事を考え続けても仕方が無いと、頭を切り替えた。
改めてこの街を見ると、非常に栄えていることが分かる。新築の家や店が建ち並び、旅人の出入りも多い。道行く住民達も皆、景気が良さそうだ。
また、冒険者が非常に多いように思う。
「まずは冒険者組合に行ってみようか」
「うん」
門番の兵士に聞いた冒険者組合に行ってみると。前の街にあったものより、非常に大きくて立派な建物が建っていた。
中に入ってみると、受け付け窓口の数も段違いで、広いロビーにズラリと冒険者達が並んでいる。
「街自体の大きさはそんなに変わらないのに、なんでここの冒険者組合はこんなにでかいんだ?」
「何よアンタ。そんなことも知らないの?」
独り言のつもりだったが、予想外に返事が帰ってきて、わたしは声の方を見た。
そこに立っていたのは、わたしと同じくらいの歳頃の気の強そうな女の子だった。ふわふわの茶髪をハーフアップのツインテールにして、猫のような緑のつり目が印象的だ。身長は私よりやや低く、歳の割に発育がいい。仮称は猫目としよう。
「アンタこの街は初めてなの?」
「ああ、今日到着した」
「フーン。なら先輩のアタシが教えてあげるわ!」
猫目は思いっきり先輩風を吹かせながら、この街について説明する。
この街はほんの十年前まで、とても景気が悪く住んでいる人々も貧しかったらしい。しかしある時、街の近くでダンジョンが発見された。この期を逃しては行けないと、領主は少ない財産をつぎ込んで街を整備し、冒険者達を呼び込んだ。冒険者達がダンジョン目当てに集まるようになると、財政は回復していき今では有数のダンジョン都市となった。
「元はずっと小さい街だったのよ?ダンジョンの恩恵でここまで大きくなったってワケ」
猫目はまるで自分の事のようにふんぞり返る。
「君はこの街の出身なのか?」
「たった二年でDランクまで上り詰めた天才魔術師とはアタシのことよ!」
別にそこまで聞いていないが、二年でDランクまでのし上がるのは確かにすごい。才能もあるだろうがたゆまぬ努力の賜物だろう。
「君は頑張り屋なんだな」
「なっ!……天才だって言ってるでじょ!」
照れくさいのか、猫目は少し顔を赤らめ、そっぽをむく。
そんな猫目をマーレがじっと見ていた。誰かを見るなんて珍しい。彼女に興味があるのだろうか。
ニヤッと笑って、コソッと耳打ちした。
「なんだマーレ?彼女と仲良くなりたいのか?」
「…………」
しかしマーレは何も答えず、黙ってわたしの頬を抓った。からかわれたことに怒ったのだろうか。
「ダンジョンに入るなら、受け付けで言えばネームタグに通行証を登録して貰えるわ」
この街での依頼はほとんどがダンジョン関連のものなので、通行証がなければ仕事が出来ないと言っていい。
「助かった。ありがとう」
礼を言うと、猫目はまた照れたように顔を背け答えなかった。
その後三十分ほど並んで、ようやく受け付けに辿り着く。受け付け嬢にこの街に来たのが初めてであることを告げ、ダンジョンの通行証を登録してもらい、ペットOKでオススメの宿だけ教えてもらう。
一旦今は仕事を受けず、明日の早朝にリクエストボードを確認してみることにした。
「宿の前に商人組合にも行こうか」
旅人は街を訪れたら、所属する組合に顔を出す。挨拶と滞在報告をするのだ。義務では無いが、やった方が印象はいい。
辿り着いた商人組合は、冒険者組合ほどではなかったが、これまたかなり立派な建物だった。ダンジョンの魔物素材や出土品などでかなり儲かっているようだ。
薬師窓口も、賑わってはいないが閑古鳥が鳴いているようなことは無く、ちらほらと訪ねてくる人がいるようだった。
「こんにちは。滞在報告と、何か依頼があれば、紹介してもらいたいです」
「かしこまりました。現在紹介できるお仕事は、各回復薬、毒消しの納品になります」
冒険者が多いだけあって、回復薬や毒消しはいくらあっても足りないようだ。納品数も結構な量だった。とりあえず受けられるものは全部受けて、期限までの納品を約束して組合を出た。しばらく移動が続いたためあまり調合できていないので、滞在中にストック分も含めて調合しようと決意する。
まあでもまずはダンジョンだ。ダンジョンにはそこにしか生息しない魔物や、植物があり、特殊な鉱石なども出土するらしい。蒐集家としては非常に楽しみである。
まだ見ぬダンジョン素材に思いを馳せながら、わたしは受け付け嬢に教えて貰った宿屋へと歩く。紹介されたのは新しく綺麗な宿で、動物連れの宿泊客達が受け付けに並んでいる。この街は冒険者が多いだけあって、魔物のテイマーも結構滞在しているらしい。そのため動物OKの宿屋はここ以外にも何軒かあるらしい。
「いらっしゃいませ」
「二人部屋を、とりあえず一泊でお願いします」
明日からダンジョンに潜る予定なので、今回は一泊だけ申し込む。ダンジョン内は非常に広く、何日も泊まりこんで探索する。その間宿代だけはらい続けるのも馬鹿らしい。だから一泊である。
「かしこまりました。ベッドはツインでよろしいですか?」
「ダブルで」
わたしがはいと答えるより先に、マーレが割り込んで来る。
「え……?」
「ダブルで」
戸惑う受け付け嬢に、マーレは頑なに繰り返した。そんなに一人で寝るのが嫌だったのか。こうなってしまったら、もう絶対に譲らないだろう。わたしは諦めの溜め息を吐くと、オロオロわたしを覗う受け付け嬢に頷いた。
「……ダブルでお願いします」
「ッ!かしこまりました……。では、施設についてご説明致します」
何故か一瞬受け付け嬢が歓喜するような表情を見せた気がしたが、きっと気のせいだろう。
宿屋は一階に、食堂と大浴場があり、食堂は朝六時から夜の九時まで、大浴場は夕方四時から夜十時まで、いつでも利用可能だそうだ。食事については、二食までは部屋代に付いているとのこと。また部屋はにもシャワーがあるので、どちらを使っても構わない。二人部屋は一泊小銀貨八枚。これだけ綺麗で充実した宿なら、妥当と言えるだろう。
説明を聞き終わると、一泊分の代金を支払い鍵を受け取る。
「では、ごゆっくり、お過ごしくださいませ」
「ごゆっくり」がなんだか強調されている気がしたが、きっと気のせいだろう。
「そう……禁断の主従愛……そういうことなのね……」
気のせいにに違いない。
この宿での私たちの部屋は三階に登ってすぐの場所にある。広々とした綺麗な部屋に、ダブルベットが鎮座している。広くてふかふかで、寝心地は良さそうだ。
「まだ昼過ぎか……、明日は早朝に出るから、食堂で昼食を取って、街でダンジョンに入る準備をしようか」
いつものように、一旦薬箱と道具箱をルシアの影に仕舞ってから、すぐに部屋を出る。
食堂は宿泊客以外も利用可能なので、昼休憩の人々で賑わっていた。
わたし達は食堂のカウンターで、日替わりランチを二つ受け取って、席を探す。どこも埋まっていて中々見つからなかったが、ふと、四人席に一人ポツンと座る少女が見えた。
「相席してもいいか?」
「ええ、どうぞ……ってアンタ!」
そう、一人でモソモソと昼食を食べていたのは猫目だった。わたしとマーレは猫目の前に並んで座り、椅子の下に、ルシアの分の昼食を出した。もちろんマーレの作り置きである。今日の日替わりランチは豚肉の塩漬けとキノコがか入ったクリームパスタ。それにサラダとスープが付く。
「やあ、さっきぶり」
「さっきぶり。アンタ達、この宿に泊まってるの?」
「うん。一旦、今日一日だけね」
「てことは、明日からさっそくダンジョンに入るつもりね?」
「ああ、そのつもりだ」
猫目と雑談しながら、昼食を食べる。パスタのクリームが濃厚でとても美味しい。
猫目はわたし達がダンジョンに潜ると知って、聞いてもいないのに、準備した方がいい物や、オススメの道具屋を話し出した。とは言え、決して余計なお世話などではなく、どれも経験の基づいた役立つ情報であった。
「それと、ダンジョン内は土魔術が使い辛くなるから気をつけた方がいいわよ」
「そうなのか」
それは結構いたい。釜戸も寝床もいつも土魔術で作っているので、代わりになる物が必要だろう。
「色々教えてくれてありがとう。君は親切だな」
「っ別に、アンタ達が何にも知らないから見かねただけよ!」
彼女はとても照れ屋のようで、素直に感謝するとすぐにポポッと赤くなってそっぽ向いてしまう。
「ははっ、可愛いな君は」
「は、はあ!?何言ってんのよアンタ、バッカじゃない?」
褒められ慣れていないのか、猫目は林檎のように真っ赤になって、片腕で顔を隠す。赤くなった顔を誰にも見られたくないようだ。
しかしそんな彼女をマーレはまた、じっと見ていた。やはり彼女の何かが興味を引くようだ。
その視線に気づいたのか、猫目がキッとマーレを睨んだ。
「アンタ何見てんのよ!」
マーレの美貌に全く靡かない女性も珍しい。マーレに見られれば、老若男女問わず、うっとりしてしまうものだ。特に女性は、奴隷でも構わないとばかりの熱烈な視線を向ける人も多い。
しかし猫目は、そんなマーレにも分け隔てなくツンケンしている。
そして話しかけられれば答えるマーレとしては珍しく、問いかけを無視して黙々とパスタを食べ続けた。
「何よ。感じ悪いわね」
「いつもはそんなことないんだ。今日は……機嫌が悪いみたいだな」
横目でじっとマーレを見ると、何となく機嫌が悪そうだった。何か彼の気に触ることがあっただろうか。思い返して見たが、特に思い当たらなかった。
こういう時は、美味い物で機嫌を取るのが一番だ。
「ほら、わたしの分の残りもやるから。機嫌を直せ」
「……ん」
フォークにパスタを巻き付けて掲げると、マーレがそれに食いつく。ただ満腹でもう食べられなかっただけだが、マーレは嬉しそうに咀嚼している。安上がりなヤツである。
「あ……」
パスタを飲み込むと、もっと食わせろと口を開ける。
「自分で食べなさい」
「やだ、ラウムが食べさせて」
頑なに口を開け続けるマーレに根負けして、パスタを巻いて口元に持っていく。結局、マーレがパスタを平らげるまで、わたしはパスタを巻き続けた。
「アンタ達、ちょっと距離感おかしいわよ」
「そうか?」
猫目のツッコミに、首を傾げるわたしの椅子の背もたれに腕をかけ、マーレは何故か尊大な態度で猫目を見下ろし、フンと鼻を鳴らした。
「……なんかムカつくわね」
それにイラッときたのか、猫目は顔を引き攣らせて笑う。猫目といるとマーレが普段は取らない態度を取るので、見ていてとても面白い。やっぱり彼女には何かあるのかもしれない。
ともかく食べ終わったので、食器をもって席を立つ。
「じゃあ、わたし達はこれからダンジョンに潜る準備をするから」
「あ……ちょっと待って!」
「ん?」
慌てて立ち上がった猫目に呼び止められて振り返る。猫目は、何か迷っているような、言いたいことがあるような感じでモジモジした後、意を決したように顔を上げる。
「……準備!アタシが手伝ってあげても」
「ゲッ!アンナがいるぞ」
猫目が言いかけた言葉を遮って、背後から騒がしい男達の声が響いた。瞬間、猫目の表情が凍りつく。
「なんでこんな庶民の食堂に来るんだよ」
「金持ちの天才魔術師サマはもっとご身分にあった高級レストランにでも行けよな」
「わざわざこんな所で食べるなんて、アタシ達へのへの当てつけ?」
「感じ悪~い。ご飯がマズくなっちゃうよ」
猫目と同じ歳くらいの少年少女の冒険者が、十人ほど連れたって食堂に入ってきたのだ。全員、猫目に刺々しい態度をとっている。
冷ややかな視線に耐えかねたのか、猫目は下を向いて足早に食堂を出ていった。
「なにアレ!逃げ足はやっ」
「アンタ達もあんまりアイツとつるまない方がいいぜ」
「親のコネでランク上げたクセに、人を見下してウゼェんだ」
「てか、二人ともカッコ良くない?」
「イケメ~ン」
ワラワラとやってきた少年冒険者達が好き勝手に話しかけて来る。それを全部聞き流しつつ、一人の少女に近づくと一つだけ訂正しておいた。
「お嬢さん。ここの料理は美味しいから、安心して味わうと良い」
「え?は、はぁ……」
それだけ伝えると、もう彼らへの興味は失せてしまったので、さっさと食堂を出た。
「さ、さっき聞いた店で必要な物を揃えるとしよう」
「うん」
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