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ひとつめの国

12.農村

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 この街に来て八日目の朝。今日は次の街に向けて出発する。六時になる十分前に起きて身支度を整え、食堂が開くとすぐに朝食を取り、チェックアウトを済ませる。料金は前払いなのです、鍵を返せばチェックアウトは完了だ。
 そのまま宿を出て、まだ静かな朝の大通りを入ってきた門とは逆に向かって歩き出す。
 既に出来ている行列に並んで、身分証を見せるか通行証を渡していく。入る時と違って、出る時は身分証か通行証があれば一瞬だ。わたしは街に入る時に貰った通行証を通行確認の兵士に渡して、街を出発した。

「二人とも身体が軽そうだな」

 昨日は調合書を提出しに行った後、約束通りルシアとマーレにマッサージをしてやった。その効果で身体に溜まった疲労が抜け、両者とも足取り軽やかだ。ちなみにわたしも届くところはセルフでやったので、結構調子がいい。
 調合書を提出した時も、色々と騒がれて大変だったが、とにかく活用してくれるとのことなので、組合に任せておけば上手くやってくれるだろう。後は任せるという形で丸投げして来た。
 色々と机仕事が続いて身体が固まっていたが、寝る前のマッサージと湿布のおかげで、むしろいつもよりスッキリしている。

「次の街までは結構距離がある。途中は野宿か、ちょうどいい村があればそこに泊まるぞ」
「うん」
「ワフッ」

 冒険者組合で購入した地図には、ここから隣町への道のりが大まかに載っている。この国は、国土が貴族によって収められる領地に分けられていて、領地にひとつ貴族が住む街があり、その周辺に大小の村が点在している。今日まで滞在していた街にも領主の住む館があったが、もちろん平民が入ること出来ないので、わたし達には関係のない場所である。
 わたし達が目指す次の町は領地を跨いだ先にある。馬車で二週間程の場所である。

「結構遠いからな、人目のない場所では走ろう」

 街を出てしばらくして、人目が無くなったことを確認すると、フードを被って走り出した。盲人を演じていると中々思い切り走れない。
 だから開けた道を走り抜けるのはとても爽快だった。

「人がいるな……一人だけか。ルシア!」
「ワフッ」

 ルシアが目立つように旅人のすぐ横を走って通り過ぎる。

「うわっ……て、なんだ犬か」

 旅人がルシアに気を取られている内に、わたしとマーレは気配を殺して、死角を全力で走り抜ける。そして旅人の視認範囲外で合流し、再びペースを戻して走り続ける。
 夜は早めに休んで、早朝のくらい時間に距離を稼ぐ。どうして三日目の夕方、前方に村が見えてきた。ここまでにもいくつか村があったが、時間帯が合わず、通り過ぎるばかりで、今日までずっと野宿だった。

「今日はこの村で宿を探そう」
「うん」

 ここは街道沿いで、隊商や冒険者なども結構立ち寄るので、規模は小さいが店や宿屋もある。獣よけの木の柵で囲まれていて、門には門番も立っている。
 門番にそれぞれ身分証を見せて村に入る。結構並ぶ時もあるらしいが、今日は人が少なく、すぐに通れた。

「村とは言っても、結構賑わってるんだな」

 街ほど多種多様な店がある訳では無いが、肉屋、服屋、道具屋など、村人達にも必要な物を売る店があり、農村なので畑に行って声をかければ、野菜や穀類も売ってくれるようだ。宿屋もあるが、金持ちの商人などは、村長の家に泊まることが多いらしい。

「まずは……畑だな」

 店や家が立ち並ぶ通りには目もくれず、一直線に畑へ歩く。
 畑に着くと、収穫したばかりの野菜が積まれた台車に近づいた。マーレが野菜を選んでいる間に、わたしは近くで仕事をしていたおじさんに声をかけた。

「すまない。野菜を買わせて貰ってもいいか」
「おう!金でもいいし物々交換もやってるぜ」
「差し出せる物と言ったら、薬でもいいのか?」
「薬か……腰痛か腹下しに効く薬、後は熱冷ましなんかとなら交換するぜ」
「わかった」

 湿布を十枚。丸薬タイプの整腸剤と解熱鎮痛剤を一瓶出した。

「効き目は保証する。これでどのくらい野菜が買える?」
「こんだけありゃあ、その台車の野菜全部買えちまうよ!」
「そうか、じゃあ好きなだけ貰っていこう。後、宿について聞きたいんだが、コイツも一緒に泊まれる場所はあるか?」

 おじさんが言うには、この村には二軒宿があり、一軒は動物OKだが風呂なし。一軒は動物は泊まれないが大浴場がある。動物OKの宿の方が、少し安いらしく人気は半々なのだとか。

「わかった。色々助かった。薬は情報料として受け取ってくれ」
「おう!ありがとよ!」

 野菜をマジックバッグに入れるように見せかけてルシアの影に詰め込み、動物OKの宿屋に向かった。風呂がなくても水魔術で身体は洗える。近くに水場がない時はいつもそうしていた。
 仲間が入れない宿より、そっちの方がいい。

「すまない。一部屋頼む」
「あいよ。犬も一緒かい」
「ああ」

 気さくな雰囲気の、恰幅のいい店主が宿について説明してくれる。

「二人部屋は食事別で一泊大銅貨六枚。食堂に行けば一人銅貨三枚で食事が取れる。ま、酒は別料金だがな。あと、湯は桶一杯銅貨一枚だ」

 この宿のように風呂がないところでは、桶にお湯を汲んで部屋に持ってきてくれるサービスがある。そのお湯を使って、布で身体を拭くのだ。

「わかった。お湯はいい。一晩世話になる」
「まいど」

 カウンターで代金を支払って鍵を受け取る。今回の部屋は一階の奥だ。街で泊まった部屋よりかなり狭く、寝床も固い二段ベッドだ。しかし古いなりに清潔にされていて、値段を鑑みると悪くないと思えた。
 薬箱や道具箱、上着などをルシアの影に仕舞えば、そう窮屈なわけでもない。

「先に夕食をとってから身体を洗うか」

 今日も早めに寝て、明日も暗いうちに出発するつもりだ。部屋の確認を終えると、すぐに食堂へ向かった。
 食堂は既に夕食をとる宿泊客で賑わっていて、食器のぶつかる音や何かが焼ける音、客たちの話し声でとても騒がしい。
 どうやら、この宿の客は冒険者の男が多いようだ。おそらく風呂がないため綺麗好きな女性や、客商売で身なりを気にするような商人達にはあまり人気がなく、値段の安さから冒険者の男達ばかり集まるようだ。
 空いているテーブルに座ると、給仕の女性がやってくる。

「パンとスープと、なにか適当におかずを一品。三人前頼む」
「パンとスープとおかずを三人前ね!今日のオススメを持ってくるわ!」

 愛想のいい女給はひとつ明るく笑うと、厨房に注文を伝えに行く。
 こういう農村では文字を読めるような者はほとんどいないため、メニューを書いた札などなく、さっきのようにある程度大雑把注文して料理人に任せるか、もしくは食べたい物があれば、できるか聞いてみるのだ。とは言えども、だいたいどこでも同じような料理を出しているので、他の店で食べたことがあるような料理なら、大抵は作って貰える。

「おまちど!パンと日替わりスープ、今日オススメの野菜と鶏肉のチーズ焼きだよ!」

 パンとスープが出された後、大皿に乗ったメイン料理がドンと置かれる。
 こういう場所で出されるパンと言えば固い黒パンである。それをスープや他の料理でふやかして食べると結構美味しい。メインのチーズ焼きは、たっぷりの野菜と鶏肉にホワイトソースとチーズを乗せてオーブンで焼いた料理のようだ。

「さ、たーんと召し上がれ」
「ああ、いただきます」
「いただきます」

 女給がいなくなってから、マーレの前に二人分並べられていたパンとスープをルシアの前に置いて、ルシアがいつも使っている皿にチーズ焼きを盛ってやった。

「熱いから気をつけろよ」
「ワフッ」

 ルシアの分を分け終えてわたし達も食べ始める。今日のスープは細かく切られた塩漬けの豚肉と、新鮮な野菜がよく煮込まれたスープで、シンプルな味付けながら食材の旨味がしっかり出ていて美味しい。黒パンの半分をスープに浸して食べる。
 スープを飲み終わると、空になったスープの皿にチーズ焼きを取り分ける。このような大衆向けの安さを売りにした店では、取り皿など出してくれないので、適当に空いた皿を利用して食べるのだ。
 未だに熱々のチーズ焼きを、火傷しないくらいに冷まして頬張る。柔らかくジューシーな鶏肉、とろりとしたホワイトソースに香ばしいチーズ、絶妙な塩加減が採れたての野菜の甘みを引き立てる。

「美味いな!」
「うん」
「ワフッ」

 これで一人銅貨三枚なのだから、大満足である。

「そういえば、マーレは酒はいらないのか?」

 豪快に酒を呷る冒険者たちを見て、ふと聞いてみた。集落で出された酒はいつも飲んでいたが、旅に出てからは一度も口にしていない。

「いや、ここの酒はいい。質が良くない」
「なるほど」

 スンスンと鼻を動かしたあと、マーレは首を振った。マーレは酒にもこだわりがあるようで、旅に出てから目にした酒は、どれも彼のお眼鏡にかなわなかったようだ。集落で作られていた酒は、かなり良質なものだったらしい。改めて、あの集落の生活水準の高さを思い知る。

「まあ、気になる酒があったら遠慮なく言えよ」
「うん」

 夕食を平らげ、女給に金を渡して部屋に戻る。

「上と下どっちがいい?」
「どっちでもいい。ラウムが好きな方にするといい」
「じゃあ、わたしは上にするぞ」

 実は二段ベッドの上に寝てみたいと思っていたのだ。選ばせて貰えてラッキーである。
 その後わたし達は服を脱いで洗濯の魔道具に入れ、水魔術を駆使してサッと身体を洗う。当たり前のように皆素っ裸だが、お互いジロジロ見るわけでもないので全く問題ない。そもそもわたしに隠すべき凸凹はなく、恥じらいを感じるような情緒もない。マーレから視線を感じたことは無いので、彼としてもこのような貧相な身体には全く興味が無いのだろう。
 洗濯の魔道具はマーレが動かし、水魔術による洗浄はわたしがやる。ぶっちゃけ水浴びするより早いし、乾かす手間も省けるのだが、人間二人と狼一匹ともなると魔力を結構消費するので、水場がある場合は水浴びするのだ。
 身体を洗い終わると、下着とシャツとズボンだけを身につけて、ベッドの上段に飛び上がる。

「ルシアはマーレと下の段で寝てやれ」
「え……」
「ワフッ」

 寂しがり屋のマーレのために、下段にルシアを行かせる。

「よし、明日も早い。もう休むぞ」
「……うん」
「おやすみ」
「……おやすみ」

 食堂の方からは、未だに賑やかな声が聞こえている。しかし、どんな状況でも即座に眠ることができなければ、森を生きぬくことはできない。それは、暗殺者として生きてきたマーレも同じだ。様々な場所、状況の中、短時間でどれだけ休息を取れるか。危険と隣合わせで生きるものにとって、それは非常に重要なことである。
 いつでもどこでも、おやすみ三秒。わたし達は瞬く間に深い眠りに落ちて行った。



 明くる日の早朝、四時。外はまだ暗い時間帯だが、宿屋は朝食の仕込みや、受け付けの掃除などを始めていた。既に部屋で朝食を済ませたわたし達は、受け付けに鍵を返す。

「もう行くのか」
「ああ、できるだけ距離を稼ぎたいからな」
「そうか。ま、頑張れよ。まいどあり」
「世話になった」

 宿屋を出て、夜勤明けの門番達に挨拶して、街道に戻る。
 誰もいない道を、冷たい風を浴びながら走っていく。人目を気にせず、思い切り走れるこの時間がとても好きだ。

「今日はこの後、街道を外れて森を突っ切る」

 街道沿いに街を目指せば、途中、森を大きく迂回することになる。そこを突っ切れば近道であると同時に、人目を避けて、全速力を出すことが出来る。かなり時間を短縮できるはずだ。ついでにめぼしい素材がないか見るつもりである。
 やはり長いこと森で暮らしていたわたしには、森の中が一番動きやすい。開けた街道と違って隠れる場所が多いことも、わたし達には都合が良かった。
 今は春の初め。日の出はもう少し先だ。たまに街道の脇で野営をする人々がいるが、気配を消して静かに素早く走り去るわたし達には気づかない。ただ風が吹いたとしか思わないだろう。
 向かう森の植生に思いを馳せながら、わたしは気分よく地面を蹴った。
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