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ひとつめの国

10.観光

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 翌日の夕方。わたし達は無事街に戻り、冒険者組合に報告に来ていた。

「え?ワイバーンが三体?あなた達よく生きて帰ってこれましたね」

 報告を聞いた受け付け嬢は驚きを通り越して呆れたような声を出した。

「三体となると、普通はAランク推奨依頼ですよ」
「じゃなくて!組合の情報収集はどうなってんだって言ってんだよ!」
「苦情よ苦情!ホントに死にかけたんだから!」
「それは本当に申し訳ないとしか……」
「いや、謝って欲しいわけじゃなくて」

 一回位の受け付け嬢では答えられる内容ではないのだろう。見かねた受け付け主任の男性が、声をかけてきた。

「手に負えないことがあったら呼びなさいといつも言っているでしょう」
「すみません、主任」
「情報に不備があったようで、こちらで詳しくお話を聞かせていただきます」

 年齢の割に寂しい頭の主任は、わたし達を奥の応接室に通してお茶を出した。それを飲みながら、森での出来事を話す。

「なるほど、親子のワイバーンですか。それを一体と報告していたとなると、かなり危険で悪質な誤情報ですね」

 誤った情報ほど、危険なものは無い。それは情報がない状態よりも、ずっと悪い。

「調査したのはいつなんですか?」
「調査団を派遣したのは、二ヶ月ほど前です」
「なるほど……」

 それはちょっと時期が悪かったのかもしれない。

「何か心当たりが?」
「推測の域を出ませんけど」
「聞かせてください」
「……おそらく、その前後にワイバーンの卵がかえったのではないかと」

 一体だけ目撃されていたのは父親で、母親は崖の巣穴でずっと卵を温め、卵がかえってからもまだ弱い子供を守るため、そばにいた。父親やは番と我が子のために、外で餌を取ってくる。そして子どもが十分に大きく育ったため、連れたって狩りに出るようになった。子どもは、まだ、両親のようには飛べないため、飛ぶ練習をしながら留守番していたのだろう。

「まあ、あくまで推測ですが、凡その辻褄は合うかと」
「それは……確かに、ありえない話ではないですね」

 なぜそう思ったかと言えば、ワイバーンの子どもを観た時に、生後二ヶ月と出ていたからだ。ワイバーンに限ったことでは無いが、竜種は家族愛が強い。卵を産めば、母親はそこから片時も離れないだろうし、父親はせっせと食べ物を運ぶだろう。そして子どもが大きくなれば、食べ盛りの我が子にひもじい思いをさせまいと、二体連れたって狩りをする。ワイバーンとしてはよくある子育ての過程だ。ある程度大きくなれば、ワイバーンと言えども竜種は強いので、数日くらい留守番させて問題ない。そんな時に運悪く、Bランクパーティが討伐に来てしまった訳だが。

「確証がある訳ではないので、組合の方で事実確認と、今後こういうことがないように、対策をお願いします」
「はい。こちらとしても、原因究明には尽力して参ります」

 あらかた、報告が終わると、そのまま素材を買い取って貰ったり、報酬を受け取ったりして、解散となった。

「今回は色々世話になった」
「こちらこそ、同行できた良かった。今後薬が必要な時はぜひわたしを訪ねてくれ」

 知り合った冒険者への地道な宣伝活動。これが顧客を増やすことに繋がる。

「ああ、それなら、上級回復薬を五本、下級と中級を十本ずつ」
「毒消しと魔力回復薬も欲しいわ」

 早速買っていってくれるようで、薬箱の中身がかなり減った。ありがたいありがたい。

「これはオマケだ。虫除け効果のある香水。使ってみてくれ」
「ありがと!」
「虫除け、助かる」

 これは女性陣が非常に喜んだ。我慢はできても、いないならいない方がいいようだ。まあ、こういうのが次回の購入品を増やしてくれるのだ。わたしはほくそ笑んだ。

「じゃあまた、どこかで」
「ああ、またな」

 その日はすぐに宿へ帰り、夕食とシャワーを済ませると、早めに床についた。

「今日はひとりで寝るから、マーレはルシアと寝るといい。これで寂しくないだろ」

 寂しがり屋のマーレの横にルシアを寝かせてやり、わたしは広々としたベッドを満喫した。
 翌朝は、身体のどこも痛くなく、爽快に目覚める。シングルベッドも、ひとりで寝れば十分広くて快適だ。

「マーレ、ルシア、起きろ。今日は朝食を食べたら、この街を観光しよう」

 よく眠っているマーレ達を叩き起し、身支度を整える。その間にルシアに朝食を食べさせた。今日は薬箱は背負わず、よく使う薬をマジックバッグに少しだけ入れて、部屋に鍵をかけ、朝食後そのまま宿を出られるようにする。

「屋台街もあるらしいから、昼はそこで買い食いでもいいな」
「ワフン!」

 食堂で朝食を頬張りながら、もう昼食のことを考えている。我ながら気の早いことである。しかしルシアは大賛成のようで、さっきたらふく食べたクセに、既にヨダレを垂らしている。ルシアってこんなアホっぽい犬だったっけ……?

「調味料が見たい」
「いいな。探してみよう」

 マーレはブレることなく料理に使うものへ関心を向けている。内心、屋台も楽しみにしているに違いない。彼に美味しい物を食べさせれば、それだけ料理のレパートリーが増え、クオリティも上がっていくので、マーレが興味を持った物、自分が食べたい物は、とりあえず彼に食べさせるのだ。まあ、一緒にわたしとルシアも食べるのだが。

「まずは大通りから見てみるか」
「うん」

 朝食を食べ終えて宿を出ると、そのまま大通りに向かう。既に八時をすぎているので、人通りが多く賑わっている。
 わたし達は、ズラリと建ち並ぶ路面店の小窓を、片っ端から覗き、興味があれば入ってみる。
 まず、最初に入ったの魔道具屋。仕事や生活に役立つ、魔道具が色々と売ってある。

「お、見てみろこれ。ピッタリじゃないか?」

 マーレにだけ聞こえるくらいの小さな声で、目の前にある眼鏡の形をした魔道具を指す。

「認識阻害の魔道具だって。美人な女性の防犯対策で人気みたいだぞ」
「……それが俺にピッタリなのか」

 マーレはエルフであることを抜きにしてもとにかく目立つ。美しい容姿や、せめて目元だけでも隠せれば多少は目立たなくなるのではないか。

「超美人のお前にはピッタリだろう?」

 しかしマーレは気に入らなかったのか、眼鏡を取るとわたしにかけさせた。

「いや、わたしはいらないだろ。普通にしてても目立たないんだから、金の無駄だよ」
「俺だって、これかけたところでどうせエルフは目立つから意味無い。金の無駄」
「そうか……?」

 そう言われれば、そうかもしれない。ちょっと美形を隠したところで、焼け石に水だろう。大人しく眼鏡を外して棚に戻す。
 気を取り直して店内を見て回っていると、今度はマーレがペラペラの巾着袋のようなものを持って来た。

「なんだ?それ」
「魔力を込めると洗濯してくれる」
「おお。それは便利だな」

 眼を使って観てみると、汚れを分解して浄化してくれる機能が付いているようだ。ただ、魔力の消費量が大きく、使う人を選ぶ代物のようだ。

「わたしでは使えないが、マーレやルシアなら使えそうだな」
「俺とルシアがラウムのも一緒に洗ってあげる。これあったら楽」
「ワフッ」
「そうだな。移動中に洗濯できるし、便利そうだ。買ってみるか」

 その後も少し見て回ったが、特にめぼしい物はなく、洗濯の魔道具だけを買って、店を出た。これが結構高かったが、便利な物とはそういうものだろう。

「次は、装備屋でも見てみるか。せっかく冒険者登録したんだ。それっぽい装備がないか見てみよう」

 若干渋っている様子のマーレを引っ張って装備屋に入る。
 店内は冒険者で賑わっていて、イマドキの冒険者たちに人気の装備が、所狭しと並べられている。

「お、この胸当とか、弓使いっぽくないか」

 レザーのシンプルな胸当を指して、コソッと耳打ちする。皮の防具は冒険者の初期装備であり、王道である。それを装備するだけで冒険者っぽくなれる気がするのだ。

「必要ない。消耗品だけ見たら出る」
「はいはい」

 実際、マーレがそんな無駄遣いをするとは思っていない。どうせ、消耗品であるナイフ類や、矢を買い足すだろうから寄っただけだ。特に矢は消耗が早いので、こまめに買い足さなくては、いざと言う時に切らしてしまいかねない。
 結局ロクに店内も見ず、いつも使っているサイズの矢を買い足しただけで装備屋を後にする。

「お、あそこに香辛料を扱う店があるみたいだぞ」
「行く」

 さっきとは打って変わって、マーレはさっさと店に入っていく。かくいうわたしも香辛料は嫌いではない。香辛料と薬には通ずるところがある。だから、この街でどのような香辛料が売られているのか、興味があるのだ。
 店内は今までの店に比べると静かで、独特の香りが漂っている。店の両側に設置された陳列棚には、色とりどりの粉末が入った瓶が並んでいた。真ん中の背の低い棚には、乾燥させただけの香辛料が置かれている。高価だが、思ったより種類が多く、森では取れない物も結構あった。

「気になったのがあったら買っていいぞ」

 そう言いつつ、わたしも初めて見るものがないか、店内を探す。森にないものでも、街に行けば手に入ることはある。だから森では取れないものが必ずしも初めて見る素材では無い。

「うーん。ま、国境挟んで隣町じゃあ、そう品ぞろえは変わらないか……」

 一通り確認したことで興味を失ったわたしは、手に取っては吟味しているマーレの買い物が終わるのを入口付近で突っ立って待った。
 ふとドアが開いて、少しくたびれた身なりの、中年男性が入ってきた。

「いつものハーブティーを頼む」
「はーい。かしこまりました」

 男はここの常連のようで、入るなり店員にそう告げた。多種多様の薬が混じった匂いがすることから、彼は薬師だろうと予想した。

「ここではハーブティーも扱っているんですね」
「あ?ああ……店主の趣味のようなものだから、表には置いていない。一部の常連だけが買っているような状態だ」

 返事は期待していなかったが、彼は以外にも答えてくれた。待っている間、話し相手になってくれるようだ。

「常連限定なんですか?」
「いや、そういう訳じゃないが、積極的に宣伝もしていないからな。知れなければ買いようがない」

 知る人ぞ知ると言うだけで、一見さんお断りの裏メニューという訳ではないようだ。

「ではわたしでも言えば買えるんですね」
「ああ。……欲しいのか」
「わたしと言うより、彼がハーブティーにも凝っていまして」

 未だに真剣に香辛料を物色しているマーレを指す。首輪は見えているはずだが、彼は特にそれについては触れなかった。

「彼は、君の料理人なのか?」
「まあ、護衛兼料理人といった所でしょうか?」
「……ハーブティーを調合できるのか?」
「ハーブティーだけじゃなくスパイスも調合しますよ。これが結構美味いんです」
「エルフは植物に強いと聞くし、料理は彼にあっているんだろう」

 エルフは森に住んでいるだけあって、植物に詳しいものが多い。長生きしている者なら誰でも薬師になれるくらい薬草についても理解も深い。それらを見分けるための鼻や舌も優れているのだろう。
 マーレは森で育った訳では無いので、知識についてはそれほどでもなかったが、飲み込みが早くわたしが話す薬草のウンチクはすぐに覚えてしまった。加えて鼻も舌も優れているらしく、料理人関しては今や彼の足下にも及ばない。

「料理をしたり食事をしたりする時が一番生き生きしていますから、きっとそうなんでしょう」

 話がひと段落ついたところで、カウンターから声がかかり、彼は会計を済ませると忙しそうに店を出て行った。顔色も悪かったし、相当仕事が立て込んでいるようだ。

「ラウム。決まった」
「そうか」

 いくつか香辛料を抱えたマーレとカウンターへ歩く。

「すみません。ハーブティーもひと袋頂けますか」
「かしこまりました。本日のオススメでよろしいですか?」
「はい、それで」

 購入した香辛料をマジックバッグに入れて、店を出る。宿に帰ったら飲んでみよう。

「さ、そろそろ昼時だ。屋台街に行ってみようか」
「うん」
「ワフッ」

 屋台街は、大通りよりも雑多な感じで、色んな食べ物の匂いが漂い、思わず腹が鳴る。肉の焼ける香ばしい匂い。小麦粉を使った菓子の甘い匂い。そこかしこに美味しそうなものがあり、どれも出来たてで目移りする。

「とりあえず気になった物を少しずつ食べてみるか」
「うん」

 香ばしい焼き目の着いた肉の串焼き。ハムと野菜ととろけるチーズが挟まったホットサンド。マカロニの入ったピリ辛のトマトスープ。フルーツが乗ったワッフル。引かれた物はとにかく食べた。

「苦しい。わたしはもう満腹だ。二人は遠慮せずに食べるといい」

 依然として食欲の収まる様子のないルシアとマーレの食べ歩きに付き添いつつ、歩くことで少しでもエネルギーを消費する。太って重くなったり、身体が大きくなり過ぎれば、枝を飛び移ったり、狭い場所を駆け抜けたりするのに支障が出るので気をつけなければ。

「ラウム。これ美味い。一口食べてみて」
「いや、わたしはもう、んぐっ……美味い」

 有無を言わさず匙を突っ込まれスープを飲み込む。複数のスパイスが複雑に調合されていて、初めて食べる味だったが、とても美味だった。こっそり観て、何が使われているか記憶した。
 まあこの情報がなくとも、このスープを痛く気に入った様子のマーレが彼なりに再現、改良してくれる事だろう。

「あ、調味料がある」

 食べ物の屋台に一旦満足したわたし達は、行商人達の露店を見て回っていた。この辺ではあまり見かけないような各地の特産品や、骨董品、名工の武器など色々なものが売ってある。
 そんな中マーレが目をつけたのは各地の調味料を集めて売っている露店だった。

「そりゃあ東の港街で仕入れた豆から作ったソースだ。試してみるかい?」

 真っ黒なソースの入った壺を開けてじっと見ていたマーレに店主が声をかけた。一滴手に乗せてもらい匂いと味を確認すると、マーレはその調味料を即決で買った。

「そんなに美味かったのか?」
「しょっぱいけどコクがある。色んな料理に使えそう」
「それは楽しみだな」

 その後、市場で野菜や果物を買い込んで、ぶらぶらと寄り道しながら宿へ帰る。
 明確な目的もなくゆっくり街を歩いたのは初めてだったのが、存外観光というのも楽しいものだ。
 たまにならこんな日も悪くない。
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