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ひとつめの国
8.飛竜
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森に入ってから、一夜が明けた。朝食を取ったり、用を足したり、身支度を整えたり、各々出発準備を整えていく。
野営に使ったテントや土魔術で作った釜戸や寝床を撤去すると、わたし達はワイバーンの住み着く岩場に向けて出発した。
「討伐は俺たちが主体でやる。マーレは援護を頼む」
「経験者として、注意する事があれば、今のうちにお願いね」
道すがら、再度作戦を確認する。そばかすはこのパーティのリーダーらしく、作戦の説明や指示もスムーズだ。このパーティは全員がBランクで、歳の割に戦闘経験が豊富なようだ。十代後半~二十代前半でこのランクなのだから、エリート冒険者と言えるだろう。
巨漢は昨夜の事が気になっているのか、チラチラとマーレを見ている。対してマーレはわざと知らんぷりしているようだ。両者の様子は喧嘩した子どものようで、笑いを堪えるのに必死だった。
「ガスパロ、そろそろ目的地だ。切り替えろ」
「……ああ、わかった」
森を歩くこと、二時間半。わたし達はようやく件の岩場に辿り着いた。
「いたぞ」
切り立った崖の中腹で、ワイバーンが一体羽を休めていた。
「まずアタシが魔術で攻撃する。地面に落ちてきたら、頼むわね」
「わかった」
短い作戦会議を終えると、ショートカットが呪文詠唱に入る。
「我、世界の理に触れる者なり。扉より出は灼熱の紅。我が魔力を糧にその業火を燃やせ、燃やせ。紅蓮、爆炎烈花!」
火魔術。人によっては赤魔術と呼ばれるそれは、範囲攻撃力が高く、討伐を生業とする冒険者には人気の高い魔術である。
ショートカットの火魔術がワイバーンに直撃する。
「ギアアアアアッ!!」
ワイバーンは焼かれる痛みに叫び声をあげると、その場でのたうち、そこ衝撃で崖が崩れた。
「落ちるぞ!」
「巻き込まれるなよ!」
足場が崩れたことでそのまま落ちるかに思われたワイバーンは、しかしさすがの生命力で、飛び上がった。
「くっ!亜種とは言えさすがは竜。魔術の効き目が薄いわね」
「ああ、だがダメージは入ってる。機動力はだいぶ下がってるぞ」
ワイバーンの戦闘スタイルは、飛行速度を生かしたヒットアンドアウェイ。高速で空中を飛び回り、毒のある爪と尻尾で攻撃する。
機動力が下がれば、攻撃時にカウンターを狙いやすくなるため、格段に討伐成功率が上がる。
しかし、ワイバーンもバカでは無い。機動力を失えば不利になることはわかっているので、あっさりと逃げに徹した。
「俺が落とすか」
マーレは矢で翼を射てワイバーンを落とそうかと声をかけたが、そばかすは首を振った。
「いや、まずはできるだけ俺たちだけでやらせてくれ」
「そうか」
自分たちだけでワイバーンを討伐できれば、それは実力の証明になり、冒険者としての自身もつく。そのため、経験者であるマーレのてはできるだけ借りず、監督と保険として同行してもらったのだ。
「ガスパロ、ベルタ」
「おう!」
「ん……」
そばかすの掛け声に二人が応える。ポニーテールが脚を開き腰を落として、上向きに槍を片手で持って構えると、その後ろで巨漢が同じように拳を構えた。
「せーのっ!」
巨漢の掛け声に合わせて、ポニーテールが槍を投げる瞬間、巨漢の拳が平たい石突を撃った。
二人分の力が乗った槍は、ヒュウッと空を翔けてワイバーンの羽の付け根を貫いた。
片翼を負傷し、槍と共にワイバーンが落下する。
「よし!」
「行くぞガスパロ!」
地面に激突したワイバーンに、前衛二人が追撃する。ワイバーンははさすがのしぶとさで、爪や尻尾を振り回して抵抗した。
そばかすが双剣で爪や尻尾を受け流し、合間に巨漢の拳がワイバーンにダメージを与えていく。
「どいて!」
最後は槍を回収したポニーテールが、顎の下の逆鱗を貫き、ワイバーンは断末魔をあげたあと、息絶えた。
「やった……!俺たちだけでワイバーンを……!」
「思ったより、簡単だったわね」
「そういうのは帰ってからだ。はやく素材を剥ぎ取るぞ」
冒険者たちが解体に取り掛かろうとしたその時だった。
「来る……」
「ああ、二体……雄と雌か」
わたし達は、高速でこちらに向かってきているワイバーンを感知した。
「おーい!まだ気を抜かない方がいいぞー!」
「うるせえ!言われなくても分かってるよ!帰るまで気は……」
「そうじゃなくて、ここにワイバーンが近づいて来てる!二体!」
「は?お前何言って……」
ちょうど、そばかすが訝しげにこちらを向いた時、地面に高速で影が過ぎった。
先程の個体より大きなワイバーンが二体、上空を旋回する。
「……なっ!」
「なんで……」
「一体って話じゃ……」
空を見上げ、冒険者たちが唖然とする。空を旋回していたうちの一体が、猛スピードで降下する。
「よけろ!!」
そばかすが叫んで、とっさにポニーテールを庇って地面に伏せる。
「グァッ!」
しかし避けきれず、ワイバーンの爪がそばかすの背中をかすった。
「ジーノ!」
「大丈夫だ、ッそれより次が来るぞ!」
入れ替わりにもう一体のワイバーンが飛び込んで来る。
「さすがに二体同時はきついでしょ。手伝ってやりな」
「わかった」
怒り狂った二体のワイバーンが飛び交う戦場に、マーレが弓を構える。マーレの弓は、魔女にもらったユグドラシルの枝で作られていて、魔力を込めると、その人が思い描いた大きさに変化する。
マーレは弓を長弓に変化させると、上空に向けて弦を引き絞り、矢には風の魔力を纏わせた。
一体のワイバーンが空に飛び上がり、降下を始める瞬間。その一瞬の停止を狙いすまして、矢を放った。音速を超えて飛び出した矢は、宙空で顎のしたの逆鱗を貫いた。
ワイバーンは一度ビクッと震えて、ひらりと落下する。
「あ、肉が痛まないように受け止めろよ」
「うん……風網」
風魔術の一種、風網。上昇する風で落下の衝撃を和らげる。対象を網のようにキャッチする様子から風網と名付けられた。本当はもっと小難しい詠唱があるのだが、マーレはエルフ特有の高い魔力にものを言わせ、短縮詠唱で発動している。
「じゃあ、わたしは血抜き始めとくから、あっちを援護してやってくれ」
「わかった」
「一撃で仕留めないようにな」
「……うん」
少し間があったが、まあ大丈夫だろう。最後に残っているのはいちばん強い雄個体だ。最初のやつが子どもで後から来たのが親だろう。
冒険者たちはかなり手こずっているが、一体減った分攻撃に転じることができている。また、マーレが弓での援護に入ったことで、前衛に余裕が生まれた。それにより、詠唱時間が稼げ、強力な攻撃魔術も決まっている。
「あっちも時間の問題だな」
わたしはワイバーンの骸に血抜きの魔道具を刺し、抜いた血液を瓶に詰めていく。血液は他の竜種に比べると薬効は薄いが、それでも薬になる。亜種でも竜。捨てるとこなどないのだ。瓶はバレないように素早く影に仕舞っていく。移動時間で鮮度が落ちるなんてバカなマネはできない。
激しい戦場を背に、黙々と解体していく。素材の分配は揉めやすいところだが、これはマーレが一人で仕留めたものなので、全部懐に入れてしまって問題は無いだろう。
皮、牙、爪、尾先、眼、毒袋、肝、肉、骨。素材を美しく、素早く切り分け、影に仕舞っていった。
「ん?終わったかな」
解体が終わる頃、最後のワイバーンが息絶えたことによって、戦闘が終了する。
「ハァ、ハァ、何とか、勝った……」
息も荒く、顔色が悪かったショートカットが倒れる。それを皮切りに、バタバタと冒険者たちが倒れて行った。
「やー、皆ボロボロだな。ホント、わたし達がいて良かったよ」
残りのワイバーンの解体をマーレとルシアに任せ、わたしは怪我人達の手当てにかかる。
まず、毒を食らった前衛二人に毒消しを飲ませ、水魔術で傷口を洗い、回復薬で綺麗に治す。二人は毒以外にはさほどダメージを負っていなかったため、下級回復薬で事足りた。
次にポニーテール。ポニーテールは毒は喰らわなかったようだが、一度腹部に尻尾での攻撃が入ったのか、助骨が数本折れ、内蔵にもダメージを受けているようだ。内蔵のダメージはさほどでもないが、骨をくっつけなければならないので、一度固定した後上級回復薬を飲ませる。直接患部にかけるより効き目は遅いが、わざわざ皮膚を切るのも可哀想なので、飲ませることにした。安静にしていれば三十分程でしっかりくっつくだろう。ついでに小さな外傷も清潔にしてから綺麗に治癒する。
最後にショートカットだが、彼女はただの魔力欠乏症だ。放っておいても問題ないが、サービスで魔力回復薬を飲ませてやる。急を要する訳でもないので、下級で十分だ。彼女も小さな擦り傷切り傷も綺麗に治しておいた。
「さて、後は起きるのを待つばかり」
処置を終えると、一番大きなワイバーンを解体していたマーレ達を手伝う。すでに最初のワイバーンの子どもは解体が終わっており、このワイバーンで解体も終了である。
「さて、どう分けるのがいいか……」
冒険者たちは袋タイプのマジッグバッグを三つ持ってきていた。それでも全ての素材は持ち帰れない。
とりあえず子どものワイバーンについては皮、爪、牙、骨、眼、肝、毒袋、など、主要素材全てを詰め込む。一袋と半分がいっぱいになった。
問題は共同で倒した雄個体だが、こちらは基本半分こだ。
「傷も多いし、この皮はいらないな。押し付けるか。代わりにあまり人気がない毒袋を一つ多めに貰っておこう」
大きい雄個体だけあって、半分こでも一袋がいっぱいになる。後は余ったスペースに肉と血を入るだけ詰め込んだ。
残った肉と血をルシアの影に放り込んでいく。
「そろそろくっついたか」
ポニーテールの様態を確認すると、回復薬が効き、すっかり骨も繋がっていた。
「動かしても大丈夫そうだな……マーレ」
「うん」
まだ意識が戻っていない四人を、マーレが次々とルシアの影に入れていく。ルシアの影は生きた動物を入れることもできる。影の中は時間の流れがないので、入った動物は基本的に動くことも意識を保つこともできない。
「さて、ここは血の匂いが濃い。一度水辺に移動するか」
「うん」
昨日の川の近くに歩いて行き、四人を影から出して並べて寝かせる。
「暇だし水浴びも済ませるか」
「うん」
少し下流の方に歩いて行き、いつものように迅速に水浴びを済ませて、さっぱりしてから戻る。
それから、作り置きで軽く昼食を済ませ、四人が目覚めるのを待つ。
「暇だな……」
「暇」
あまり長い時間離れる訳にも行かないので、近場をちょこちょこ見て回る程度で、満足に採取もできない。
「ちょっと早いけど、夕飯の準備にかかる」
「それは楽しみだ」
おそらく今日はここで野営することになるだろう。今から準備を始めるということは、少し手間のかかる気合いの入った料理が出てくるということだ。しかもメイン食材はワイバーンの肉だ。
土魔術で簡易の台所を作ってやると、マーレは調理器具と食材を取り出していった。今日のメニューはワイバーンの骨から出汁を摂る玉ねぎのスープと、ワイバーン肉のステーキ。箸休めにオレンジやベリーが入った、葉野菜のサラダ。主食はバゲットである。
特にスープに時間がかかるので、今から出汁を取るのだろう。その間に野菜や肉の処理も手際よく終わらせていく。
「うう、メシ……」
スープのいい香りが漂い出した頃、そばかすがマヌケな第一声とともに目を覚ました。
「あれ、ここは……」
「やっと起きたか。食事ができても起きないようなら、特製気付け薬で起こしてやるところだったぞ」
そばかすの意識が完全に覚醒する前に、ルシアの影から冒険者たちの分のワイバーン素材を取り出しておく。
そばかすは少しぼんやりした後、意識を失う直前のことを思い出し、慌てて辺りを見渡す。
「みんなは!?……無事、なのか?」
「ああ、わたしの薬と手当てのおかげで、傷一つ残ってはいないぞ。……古傷までは知らんが」
わたしの言葉に、そばかすは自分の体を確認する。
「ホントだ……すげぇ。身体もだるくない……」
「解毒も完璧に決まっている」
ドヤ顔でふんぞり返るわたしを、そばかすは微妙な顔で見る。
「まあ、今回のことは、助かった。礼を言う」
「なんだ、意外と素直なんだな」
「うるせぇよ」
ジュゥウ、とマーレがワイバーンの肉を焼き出す。その馨しい匂いに他の三人も起きだした。
「腹減った」
「いい匂い~」
「肉……」
それぞれ欲望に忠実な、第一声を発している。
「起きたなら、素材の取り分を確認してくれ。一応解体して分けておいた。問題なければ、そのまま持って帰るといい」
目を覚ました四人に三つのマジックバッグを差し出す。それぞれバッグを開け、中の素材を確認した。
「なにこれ、完璧な処理じゃない……」
「主要素材が無駄なく詰め込まれてる」
「皮、二枚ある」
感嘆の溜め息を漏らす冒険者たちに、ニヤリと笑った。当たり前だ。趣味と実益を兼ねて、様々な素材を蒐集してきたのだ。素材の適切な解体、保存処理は必須スキルである。その辺のプロにだって負けない自信がある。
「……こちらはこれで問題ないが、いいのか?皮を二枚貰ってしまって」
「ああ、構わない。代わりに毒袋を多く貰っている。皮は薬にならないのでな」
「そうか……」
素材については、特に揉めることも無く、スムーズに分けられた。
「できたぞ」
サラダ、ステーキ、バゲットが乗った皿と、スープの椀が渡されていく。
暖かな湯気が立ち上り、幸せな香りに口の中に涎が溜まっていくのがわかる。
「こんなん絶対美味い……」
「お前たちの傷は薬で治したが、じゅる、失われた血肉やエネルギーはまだ足りないままだ、じゅるり。だからたくさん食べることで体力を回復じゅるる」
「ジュルジュルうるせえよ!ウンチクはいいからさっさと食おうぜ」
「ああ、そうだな」
いただきます、と言うや否や、みんな肉にかぶりついた。脂の乗った柔らかい肉は簡単に噛み切れる。そして噛み締めた瞬間、口いっぱいにジューシーな肉汁が広がった。
「美味い……」
それ以外の言葉は要らなかった。それが全てだった。続いて竜骨から出汁を取った、琥珀色の玉ねぎスープを飲む。あっさりとしていながらも、コクのある味わいで、一口のつもりがそのまま飲み干してしまいそうだ。バゲットが浸して食べると、これがまたたまらない。ガツンとインパクトのある二品に箸休めのサラダが挟まることで、くどくなく、永遠に食べ続けられそうだ。
「ワイバーン、最高……」
全員の心がひとつになった瞬間だった。
野営に使ったテントや土魔術で作った釜戸や寝床を撤去すると、わたし達はワイバーンの住み着く岩場に向けて出発した。
「討伐は俺たちが主体でやる。マーレは援護を頼む」
「経験者として、注意する事があれば、今のうちにお願いね」
道すがら、再度作戦を確認する。そばかすはこのパーティのリーダーらしく、作戦の説明や指示もスムーズだ。このパーティは全員がBランクで、歳の割に戦闘経験が豊富なようだ。十代後半~二十代前半でこのランクなのだから、エリート冒険者と言えるだろう。
巨漢は昨夜の事が気になっているのか、チラチラとマーレを見ている。対してマーレはわざと知らんぷりしているようだ。両者の様子は喧嘩した子どものようで、笑いを堪えるのに必死だった。
「ガスパロ、そろそろ目的地だ。切り替えろ」
「……ああ、わかった」
森を歩くこと、二時間半。わたし達はようやく件の岩場に辿り着いた。
「いたぞ」
切り立った崖の中腹で、ワイバーンが一体羽を休めていた。
「まずアタシが魔術で攻撃する。地面に落ちてきたら、頼むわね」
「わかった」
短い作戦会議を終えると、ショートカットが呪文詠唱に入る。
「我、世界の理に触れる者なり。扉より出は灼熱の紅。我が魔力を糧にその業火を燃やせ、燃やせ。紅蓮、爆炎烈花!」
火魔術。人によっては赤魔術と呼ばれるそれは、範囲攻撃力が高く、討伐を生業とする冒険者には人気の高い魔術である。
ショートカットの火魔術がワイバーンに直撃する。
「ギアアアアアッ!!」
ワイバーンは焼かれる痛みに叫び声をあげると、その場でのたうち、そこ衝撃で崖が崩れた。
「落ちるぞ!」
「巻き込まれるなよ!」
足場が崩れたことでそのまま落ちるかに思われたワイバーンは、しかしさすがの生命力で、飛び上がった。
「くっ!亜種とは言えさすがは竜。魔術の効き目が薄いわね」
「ああ、だがダメージは入ってる。機動力はだいぶ下がってるぞ」
ワイバーンの戦闘スタイルは、飛行速度を生かしたヒットアンドアウェイ。高速で空中を飛び回り、毒のある爪と尻尾で攻撃する。
機動力が下がれば、攻撃時にカウンターを狙いやすくなるため、格段に討伐成功率が上がる。
しかし、ワイバーンもバカでは無い。機動力を失えば不利になることはわかっているので、あっさりと逃げに徹した。
「俺が落とすか」
マーレは矢で翼を射てワイバーンを落とそうかと声をかけたが、そばかすは首を振った。
「いや、まずはできるだけ俺たちだけでやらせてくれ」
「そうか」
自分たちだけでワイバーンを討伐できれば、それは実力の証明になり、冒険者としての自身もつく。そのため、経験者であるマーレのてはできるだけ借りず、監督と保険として同行してもらったのだ。
「ガスパロ、ベルタ」
「おう!」
「ん……」
そばかすの掛け声に二人が応える。ポニーテールが脚を開き腰を落として、上向きに槍を片手で持って構えると、その後ろで巨漢が同じように拳を構えた。
「せーのっ!」
巨漢の掛け声に合わせて、ポニーテールが槍を投げる瞬間、巨漢の拳が平たい石突を撃った。
二人分の力が乗った槍は、ヒュウッと空を翔けてワイバーンの羽の付け根を貫いた。
片翼を負傷し、槍と共にワイバーンが落下する。
「よし!」
「行くぞガスパロ!」
地面に激突したワイバーンに、前衛二人が追撃する。ワイバーンははさすがのしぶとさで、爪や尻尾を振り回して抵抗した。
そばかすが双剣で爪や尻尾を受け流し、合間に巨漢の拳がワイバーンにダメージを与えていく。
「どいて!」
最後は槍を回収したポニーテールが、顎の下の逆鱗を貫き、ワイバーンは断末魔をあげたあと、息絶えた。
「やった……!俺たちだけでワイバーンを……!」
「思ったより、簡単だったわね」
「そういうのは帰ってからだ。はやく素材を剥ぎ取るぞ」
冒険者たちが解体に取り掛かろうとしたその時だった。
「来る……」
「ああ、二体……雄と雌か」
わたし達は、高速でこちらに向かってきているワイバーンを感知した。
「おーい!まだ気を抜かない方がいいぞー!」
「うるせえ!言われなくても分かってるよ!帰るまで気は……」
「そうじゃなくて、ここにワイバーンが近づいて来てる!二体!」
「は?お前何言って……」
ちょうど、そばかすが訝しげにこちらを向いた時、地面に高速で影が過ぎった。
先程の個体より大きなワイバーンが二体、上空を旋回する。
「……なっ!」
「なんで……」
「一体って話じゃ……」
空を見上げ、冒険者たちが唖然とする。空を旋回していたうちの一体が、猛スピードで降下する。
「よけろ!!」
そばかすが叫んで、とっさにポニーテールを庇って地面に伏せる。
「グァッ!」
しかし避けきれず、ワイバーンの爪がそばかすの背中をかすった。
「ジーノ!」
「大丈夫だ、ッそれより次が来るぞ!」
入れ替わりにもう一体のワイバーンが飛び込んで来る。
「さすがに二体同時はきついでしょ。手伝ってやりな」
「わかった」
怒り狂った二体のワイバーンが飛び交う戦場に、マーレが弓を構える。マーレの弓は、魔女にもらったユグドラシルの枝で作られていて、魔力を込めると、その人が思い描いた大きさに変化する。
マーレは弓を長弓に変化させると、上空に向けて弦を引き絞り、矢には風の魔力を纏わせた。
一体のワイバーンが空に飛び上がり、降下を始める瞬間。その一瞬の停止を狙いすまして、矢を放った。音速を超えて飛び出した矢は、宙空で顎のしたの逆鱗を貫いた。
ワイバーンは一度ビクッと震えて、ひらりと落下する。
「あ、肉が痛まないように受け止めろよ」
「うん……風網」
風魔術の一種、風網。上昇する風で落下の衝撃を和らげる。対象を網のようにキャッチする様子から風網と名付けられた。本当はもっと小難しい詠唱があるのだが、マーレはエルフ特有の高い魔力にものを言わせ、短縮詠唱で発動している。
「じゃあ、わたしは血抜き始めとくから、あっちを援護してやってくれ」
「わかった」
「一撃で仕留めないようにな」
「……うん」
少し間があったが、まあ大丈夫だろう。最後に残っているのはいちばん強い雄個体だ。最初のやつが子どもで後から来たのが親だろう。
冒険者たちはかなり手こずっているが、一体減った分攻撃に転じることができている。また、マーレが弓での援護に入ったことで、前衛に余裕が生まれた。それにより、詠唱時間が稼げ、強力な攻撃魔術も決まっている。
「あっちも時間の問題だな」
わたしはワイバーンの骸に血抜きの魔道具を刺し、抜いた血液を瓶に詰めていく。血液は他の竜種に比べると薬効は薄いが、それでも薬になる。亜種でも竜。捨てるとこなどないのだ。瓶はバレないように素早く影に仕舞っていく。移動時間で鮮度が落ちるなんてバカなマネはできない。
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皮、牙、爪、尾先、眼、毒袋、肝、肉、骨。素材を美しく、素早く切り分け、影に仕舞っていった。
「ん?終わったかな」
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「ハァ、ハァ、何とか、勝った……」
息も荒く、顔色が悪かったショートカットが倒れる。それを皮切りに、バタバタと冒険者たちが倒れて行った。
「やー、皆ボロボロだな。ホント、わたし達がいて良かったよ」
残りのワイバーンの解体をマーレとルシアに任せ、わたしは怪我人達の手当てにかかる。
まず、毒を食らった前衛二人に毒消しを飲ませ、水魔術で傷口を洗い、回復薬で綺麗に治す。二人は毒以外にはさほどダメージを負っていなかったため、下級回復薬で事足りた。
次にポニーテール。ポニーテールは毒は喰らわなかったようだが、一度腹部に尻尾での攻撃が入ったのか、助骨が数本折れ、内蔵にもダメージを受けているようだ。内蔵のダメージはさほどでもないが、骨をくっつけなければならないので、一度固定した後上級回復薬を飲ませる。直接患部にかけるより効き目は遅いが、わざわざ皮膚を切るのも可哀想なので、飲ませることにした。安静にしていれば三十分程でしっかりくっつくだろう。ついでに小さな外傷も清潔にしてから綺麗に治癒する。
最後にショートカットだが、彼女はただの魔力欠乏症だ。放っておいても問題ないが、サービスで魔力回復薬を飲ませてやる。急を要する訳でもないので、下級で十分だ。彼女も小さな擦り傷切り傷も綺麗に治しておいた。
「さて、後は起きるのを待つばかり」
処置を終えると、一番大きなワイバーンを解体していたマーレ達を手伝う。すでに最初のワイバーンの子どもは解体が終わっており、このワイバーンで解体も終了である。
「さて、どう分けるのがいいか……」
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とりあえず子どものワイバーンについては皮、爪、牙、骨、眼、肝、毒袋、など、主要素材全てを詰め込む。一袋と半分がいっぱいになった。
問題は共同で倒した雄個体だが、こちらは基本半分こだ。
「傷も多いし、この皮はいらないな。押し付けるか。代わりにあまり人気がない毒袋を一つ多めに貰っておこう」
大きい雄個体だけあって、半分こでも一袋がいっぱいになる。後は余ったスペースに肉と血を入るだけ詰め込んだ。
残った肉と血をルシアの影に放り込んでいく。
「そろそろくっついたか」
ポニーテールの様態を確認すると、回復薬が効き、すっかり骨も繋がっていた。
「動かしても大丈夫そうだな……マーレ」
「うん」
まだ意識が戻っていない四人を、マーレが次々とルシアの影に入れていく。ルシアの影は生きた動物を入れることもできる。影の中は時間の流れがないので、入った動物は基本的に動くことも意識を保つこともできない。
「さて、ここは血の匂いが濃い。一度水辺に移動するか」
「うん」
昨日の川の近くに歩いて行き、四人を影から出して並べて寝かせる。
「暇だし水浴びも済ませるか」
「うん」
少し下流の方に歩いて行き、いつものように迅速に水浴びを済ませて、さっぱりしてから戻る。
それから、作り置きで軽く昼食を済ませ、四人が目覚めるのを待つ。
「暇だな……」
「暇」
あまり長い時間離れる訳にも行かないので、近場をちょこちょこ見て回る程度で、満足に採取もできない。
「ちょっと早いけど、夕飯の準備にかかる」
「それは楽しみだ」
おそらく今日はここで野営することになるだろう。今から準備を始めるということは、少し手間のかかる気合いの入った料理が出てくるということだ。しかもメイン食材はワイバーンの肉だ。
土魔術で簡易の台所を作ってやると、マーレは調理器具と食材を取り出していった。今日のメニューはワイバーンの骨から出汁を摂る玉ねぎのスープと、ワイバーン肉のステーキ。箸休めにオレンジやベリーが入った、葉野菜のサラダ。主食はバゲットである。
特にスープに時間がかかるので、今から出汁を取るのだろう。その間に野菜や肉の処理も手際よく終わらせていく。
「うう、メシ……」
スープのいい香りが漂い出した頃、そばかすがマヌケな第一声とともに目を覚ました。
「あれ、ここは……」
「やっと起きたか。食事ができても起きないようなら、特製気付け薬で起こしてやるところだったぞ」
そばかすの意識が完全に覚醒する前に、ルシアの影から冒険者たちの分のワイバーン素材を取り出しておく。
そばかすは少しぼんやりした後、意識を失う直前のことを思い出し、慌てて辺りを見渡す。
「みんなは!?……無事、なのか?」
「ああ、わたしの薬と手当てのおかげで、傷一つ残ってはいないぞ。……古傷までは知らんが」
わたしの言葉に、そばかすは自分の体を確認する。
「ホントだ……すげぇ。身体もだるくない……」
「解毒も完璧に決まっている」
ドヤ顔でふんぞり返るわたしを、そばかすは微妙な顔で見る。
「まあ、今回のことは、助かった。礼を言う」
「なんだ、意外と素直なんだな」
「うるせぇよ」
ジュゥウ、とマーレがワイバーンの肉を焼き出す。その馨しい匂いに他の三人も起きだした。
「腹減った」
「いい匂い~」
「肉……」
それぞれ欲望に忠実な、第一声を発している。
「起きたなら、素材の取り分を確認してくれ。一応解体して分けておいた。問題なければ、そのまま持って帰るといい」
目を覚ました四人に三つのマジックバッグを差し出す。それぞれバッグを開け、中の素材を確認した。
「なにこれ、完璧な処理じゃない……」
「主要素材が無駄なく詰め込まれてる」
「皮、二枚ある」
感嘆の溜め息を漏らす冒険者たちに、ニヤリと笑った。当たり前だ。趣味と実益を兼ねて、様々な素材を蒐集してきたのだ。素材の適切な解体、保存処理は必須スキルである。その辺のプロにだって負けない自信がある。
「……こちらはこれで問題ないが、いいのか?皮を二枚貰ってしまって」
「ああ、構わない。代わりに毒袋を多く貰っている。皮は薬にならないのでな」
「そうか……」
素材については、特に揉めることも無く、スムーズに分けられた。
「できたぞ」
サラダ、ステーキ、バゲットが乗った皿と、スープの椀が渡されていく。
暖かな湯気が立ち上り、幸せな香りに口の中に涎が溜まっていくのがわかる。
「こんなん絶対美味い……」
「お前たちの傷は薬で治したが、じゅる、失われた血肉やエネルギーはまだ足りないままだ、じゅるり。だからたくさん食べることで体力を回復じゅるる」
「ジュルジュルうるせえよ!ウンチクはいいからさっさと食おうぜ」
「ああ、そうだな」
いただきます、と言うや否や、みんな肉にかぶりついた。脂の乗った柔らかい肉は簡単に噛み切れる。そして噛み締めた瞬間、口いっぱいにジューシーな肉汁が広がった。
「美味い……」
それ以外の言葉は要らなかった。それが全てだった。続いて竜骨から出汁を取った、琥珀色の玉ねぎスープを飲む。あっさりとしていながらも、コクのある味わいで、一口のつもりがそのまま飲み干してしまいそうだ。バゲットが浸して食べると、これがまたたまらない。ガツンとインパクトのある二品に箸休めのサラダが挟まることで、くどくなく、永遠に食べ続けられそうだ。
「ワイバーン、最高……」
全員の心がひとつになった瞬間だった。
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アニメ、マンガ、ラノベに小説好きの典型的な陰キャ高校生の西園千成はある日河川敷に花見に来ていた。人混みに酔い、体調が悪くなったので少し離れた路地で休憩していたらいつの間にか神域に迷い込んでしまっていた!!もう元居た世界には戻れないとのことなので魔法の世界へ転移することに。申し訳ないとか何とかでステータスを古龍の半分にしてもらったのだが、別の神様がそれを知らずに私のステータスをそこからさらに2倍にしてしまった!ちょっと神様!もうステータス調整されてるんですが!!
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知らない異世界を生き抜く方法
明日葉
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異世界転生、とか、異世界召喚、とか。そんなジャンルの小説や漫画は好きで読んでいたけれど。よく元ネタになるようなゲームはやったことがない。
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きっと幸せな異世界生活
スノウ
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神の手違いで日本人として15年間生きてきた倉本カノン。彼女は暴走トラックに轢かれて生死の境を彷徨い、魂の状態で女神のもとに喚ばれてしまう。女神の説明によれば、カノンは本来異世界レメイアで生まれるはずの魂であり、転生神の手違いで魂が入れ替わってしまっていたのだという。
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時を同じくして肉体から魂が離れようとしている2人の少女。2つの魂をあるべき器に戻せるたった一度のチャンスを神は見逃さず、実行に移すべく動き出すのだった。
異世界レメイアの女神メティスアメルの導きで新生活を送ることになったカノンの未来は…?
毎日12時頃に投稿します。
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【完結】追放された生活錬金術師は好きなようにブランド運営します!
加藤伊織
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(全151話予定)世界からは魔法が消えていっており、錬金術師も賢者の石や金を作ることは不可能になっている。そんな中で、生活に必要な細々とした物を作る生活錬金術は「小さな錬金術」と呼ばれていた。
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これは、ポーションも作れないし冒険もしない、ささやかな錬金術師の物語である。
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毎日15:10に1話ずつ更新です。
この作品は小説家になろう様・カクヨム様・ノベルアッププラス様にも掲載しています。
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