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ひとつめの国

4.登録

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「まずは商人組合に行こう」
「うん」

 道すがら、場所を聞いて、商人組合へと歩く。組合は利用者が多いため、分かりやす場所に大きな建物が建っていた。
 両開きの扉を開けて入ると、中は非常に賑わっていた。奴隷エルフと盲人という組み合わせに、チラチラとこちらを伺っているのが分かるが、それは道中も同じだったので、特に気にしない。
 商人組合とは、名前通り商人だけの組合では無い。元々はそうだったのだが、今では複数の組合が合併して商人組合を名乗っている。昔は職業ごとに組合があった。職人組合、料理人組合、薬師組合、など細く別れていた。しかし個々に運営しているせいで連携が取りづらく、共同で仕事をする時、手続きにとにかく時間がかかった。そこで、勢いがあり、比較的書類仕事などが得意な商人組合を代表として、他の職業組合を合併していったのだ。
 そんな訳で、冒険者以外の既存の職業なら、ここで登録が可能だ。

「すみません。新しく登録したいのですが」

 窓口は一応職業毎に用意してある。薬師の窓口は、新規登録希望者がほとんどおらず、閑古鳥が鳴いていたため、待ち時間ゼロで受け付けにたどり着いた。バッグから通行証を出す。

「では、試験を受けて貰います。口頭での試験でよろしいですか?」
「はい」

 試験はその場で行われた。他に並んでいる人がいなかったからだ。

「癒良の葉の効能と、適切な処理方法は?」
「効能は治癒力を高める。処理方法は葉の根元からつんで三日間天日干しし、細く刻んで粉末状にしてから、各薬に加工します」
「なぜ天日干しするんですか」
「適度に日光に当てて水分を飛ばすと、薬効が高まるからです」

 試験内容は、よく使われる薬の調合方法や、薬草の処理方法など、初歩的な物ばかりだ。

「最後に、あなたが調合した回復薬を見せて貰えますか」
「はい」

 薬箱から普通の回復薬を取り出す。この薬箱に入っているのは、よく使われる、見られても問題ない薬だけだ。
 机に置いたガラスの小瓶を、受け付け嬢がじっと観察し、品質鑑定の魔道具の一滴、回復薬を垂らす。

「素晴らしい!非常に高品質です。知識や技能には全く問題ありませんね」
「ありがとうございます」
「では最後に、なぜ薬師になったのか聞かせて貰えますか?」
「元々は薬草に興味があって、集めて腐らせるだけってのももったいないと思って始めたのですが、わたしの薬で助かる人がいるということに、今はやりがいを感じています」

 なんとなく、集落の人々を思い出す。受け付け嬢は、感極まったように何度も頷いて、面接を続けた。その後、よくある病や怪我の診断、処置方法などを聞かれ、試験は終了する。

「ラウム様、合格です。組合証をお渡しします。血液を一滴頂きますので、指先をこちらに」

 差し出した人差し指を、プツリと針が刺し、金属製のカード型の組合証に、血が一滴垂れると、銀色の組合証がピンクゴールドに変色した。

「登録は無星からになります。これからの活躍や貢献によって星が七つまで増やせます」
「星が増えると何かいい事があるんですか?」
「星が多いほど、薬師として信用されますし、五つ星となると、宮廷薬師としても声がかかりますよ」
「そうですか……」

 薬師としてやっていく以上、信用は欲しいが宮廷に目をつけられるのは面倒だ。三つ星くらいを目指すことにしよう。カードをそっとバッグにしまい、受け付け嬢に礼を言う。

「丁寧にありがとうございました」
「いえ、ラウム様きっとは素晴らしい薬師になりますよ!ご活躍、期待しています」

 軽く手を振って商人組合を出る。

「よし、次は冒険者組合だな」

 この街の冒険者組合は商人組合のすぐ斜め向かいに建っている。こちらもかなり大きな建物で、依頼人や冒険者達で賑わっている。商人組合が身なりのいい人物が多かったのに対して、こちらは全体的に厳つく、荒くれ者といった印象の者が多い。冒険者達のジロジロとした無遠慮な視線を浴びつつ、受け付けに並ぶ。
 ここは直情的な人間が多いらしく、視線を隠すつもりもないらしい。しかしその分、すぐに興味が他に移ったらしく、向けられる視線は減っていった。

「すみません。彼を冒険者登録したいんですけど」

 マーレの通行証を出して、受け付け嬢に手渡す。護衛として買った戦闘奴隷を冒険者として登録するのは珍しいことではない。冒険者が同行すれば、ランクにもよるが、立ち入りを制限された場所にも入ることができたりと、何かと利点が多い。

「それでは、試験を行います。訓練場にご案内致します。こちらへどうぞ」

 受け付け嬢の後について、訓練場へと歩く。建物の裏手にある訓練場は、塀に囲まれた広場で、壁には的が掛かっているのが一面、巻藁が並べられているのが一面ある。腕利きの冒険者五人が審査を務め、五人ずつ順番に試験を受けて行く。冒険者は人気の職業で、訓練場には審査待ちの人々がずらりと並んでいた。薬師とは大違いである。
 試験は、槍使い、剣士、魔術師、弓使いなど希望する役職を宣言して、審査員の前で実演する。複数選択することも可能だ。実力が規定に達していると判断されれば合格。さらに、戦闘能力によっては、いきなり高ランクでの登録も可能になる。この場合も、最初にその旨を伝えておけば、試験の難易度をあげてくれる。

「武器は弓とナイフ。高ランク登録希望だ」
「わかった、少し待ってろ」

 一時間ほど待って、ようやく順番が来たマーレは、担当の審査員にそう告げる。すると、審査員の冒険者五人全員の手が空くまで待たされた。この五人は普段はパーティを組んでいて、剣士が二人、槍使い、弓使い、魔術師が一人ずついる、なかなかバランスのいいメンバーだ。ちなみに、リーダーは槍使いの男。剣士の一人と魔術師は女性だ。パーティとしての実力評価はBランク。一流といって差し支えない。

「そこにいる主人を、俺たちから十分間守り抜け」
「わかった」

 これは護衛の戦闘奴隷によくある試験だ。基本身代わりに巻藁を立てる。

「あんたは身代わりを立てるか」
「いや、そのままで構わない。彼は強いし、もし怪我してもよく効く回復薬を持っているから大丈夫だ」

 むしろ怪我した方が薬の宣伝になると答えると、審査員達は楽しそうに笑った。

「坊ちゃん、なかなか肝が据わってるな!」
「商魂たくましいわね!嫌いじゃないわよ」

 剣士二人が気さくに声をかけてくる。戦闘奴隷の登録に来るような人間は基本的に冒険者を見下していて、臆病者であることが多い。審査員達も最初、わたしをボンボンの道楽で奴隷を登録させに来たのだと思っていたらしく、どことなく冷たい雰囲気だったが、今のやり取りで少し空気が緩んだ。わたし達は荷物を安全な場所に避難させると、審査員に向き直った。

「じゃあ、始めるぞ」

 槍使いの男が投げたコインが地面に落ちた瞬間、戦闘が開始する。
 最初にマーレが弓で牽制し、剣士がや槍使いが近づけないようにする。向こうから飛んで来る矢も撃ち落とし、詠唱が完成するというところで、魔術師の顔目掛けて矢を放った。

「うわっ!」
「とんでもねえな……」

 冒険者たちはマーレの凄まじい弓の腕に舌を巻く。とは言っても五対一、足でまとい付き。矢の本数にも限りがあり、三分が経つ頃には戦線は崩れ出した。

「はあっ!」

 剣士の一人に切り掛かられ、咄嗟に弓を捨てナイフを抜いて受け流す。

「近接も強いのかよ!」

 さらに、もう一人の剣士と槍使いが攻撃に加わり、的確なタイミングで矢も飛んでくる。さすがはBランクパーティ、中々の連携だ。しかしマーレは、それを鉄製の手甲とナイフで捌きつつ、時折腹や脚を蹴って突き放し、矢には投げナイフで対抗する。

「クソッ、全然近づけねえ!」
「バケモノね」

 苦々しげに吐き捨てた次の瞬間、前衛達がいっせいに飛び退いた。

「火炎弾!」

 魔術師の呪文詠唱が完了したのだ。パーティ全員が、戦いながらも呪文詠唱をしっかり聞いていて、最後の一節を唱え終わったら、回避するように訓練されているのだ。しかしそれはマーレも一緒で、片腕でラウムを抱えると、その場から飛び退いた。魔術や弓よる遠距離攻撃を避けて走り回り、向かってくる前衛陣を投げナイフで牽制する。

「どんだけ武器隠し持ってんだよ!」
「さすがにもう無くなる」

 呆れたような声に答えた直後、服に仕込んでいた投げナイフが尽きる。

「っしゃ隙有りィ!」

 それに気づいた剣士が踏み込んだ瞬間、足元に新たなナイフが突き刺さっていた。つまづきそうになるのを何とか堪える。

「無くなったんじゃなかったのかよ!」
「俺の分はなくなった」
「はぁ?」

 そう、マーレは嘘を吐いていない。今彼の服の下には針一本残っていない。では、先程のナイフはどこから出てきたのか。
 正解は、わたしのローブからである。わたしも、マーレほどでは無いが、結構な量の武器を隠し持っている。ちなみに今は何も塗っていないが、普段は睡眠薬や痺れ薬などが塗ってあるので、扱いには注意が必要だ。

「主人をカバン代わりにするやつがあるか!」
「どうせ最終的には携帯することになる。武器を仕込んだ方が効率的」
「確かにそうだが、坊ちゃんはそれでいいのかよ!?」
「はははっ、構わないさ。効率第一」

 二人して、とんだ変わり者を見る目を向けられる。マーレは全く意に介さず、わたしのナイフを投げまくった。それでも、残り一分となった頃、そのナイフも尽きてしまう。

「ようやく坊ちゃんのナイフも切れたようだな」
「クソッ、動き辛ぇ」

 しかし広場はナイフだらけで、非常に走り辛く、前衛陣の機動力が封じられる。しかし弓使いや魔術師には関係ない。前衛に気を使う必要が無いこともあって猛攻が始まる。マーレは悪い足場をものともせず、身軽に飛び回る。

「なんであんただけそんなに動けるのよ!」

 爆煙に紛れて姿をくらますと、マーレは魔術師の背後を取り、首とトンと叩いて簡単に気絶させた。二の腕を掴んで持つと、弓使いに向かって盾のように掲げた。

「リータ!」

 両手がふさがっているので、人質には出来ないが、盾にすれば攻撃を封じられる。
 近づいて来た前衛に対して足技で応戦しつつ、不意に攻撃のタイミングで魔術師の女性を盾にする。いつ女性を向けられるか予想がつかず、攻撃全体に迷いが生じ、均衡状態に陥ったその時。

「そこまで!」

 時計確認しつつ戦っていたリーダーの槍使いが声を上げた。
 その声に、全員武器を下ろし、マーレも魔術師を地面に寝かせる。

「結果はわたしが聞いておく。マーレはルシアと片付けを始めてくれ」
「うん、分かった」
「ワフッ」

 あまり他の受験者を待たせるのも悪いと思い、マーレ達に先に片付けをしておくように指示して、審査員に向き直る。

「つっかれたぁ~!」
「あのエルフ強すぎだろ」
「リータは気絶しちゃったし……この後の審査どうしようかしら」

 魔術師の周りに座り込む審査員達を見て、ポケットから気付け薬とハンカチを取り出した。

「少量布に染み込ませて、嗅がせてみてくれ。気付け薬だ」
「え、ああ、ありがとう」

 女剣士が言われた通りにして薬を嗅がせると、魔術師の目がカッと見開く。

「クッサ!てか鼻痛ッ!」
「あ、起きた」
「アハハハ!すっげぇ!効き目抜群だな!」

 鼻を押えて悶絶する魔術師を見て、剣士がゲラゲラと笑う。

「うぅ~、いったい何が……」
「悪かったなお嬢さん。うちの護衛が気絶させたんだ。念の為コレを首に貼っておいた方がいい。湿布だ」
「へ?あ、ありがと?」

 ひらりと湿布を渡すと、魔術師は言われるがまま首に貼った。自分で渡しといてなんだが、よく知らない相手から貰ったものを、なんの確認もせずに貼るのはどうかと思う。

「うあ~。気持ちい~。コレ、肩の疲れまで楽になってくよ」
「は?湿布がそんな即効性あるわけないだろう」
「ホントだって~」
「ははっ、わたしの薬はよく効くんだよ。ほら」

 一度だけ自ら掠めに行った頬の切り傷に、回復薬をサッと塗る。するとみるみるうちに傷が塞がっていき、血を拭うと切り傷は跡形もなくなくなっていた。

「確かに綺麗に治ってるけど、そんな小さな傷に上級回復薬なんて使えないわよ」
「いや、これは下級回復薬だ。大怪我は無理だが、小さな傷なら綺麗に治る」
「……は?」
「下級回復薬でも、完璧に調合すれば、意外と高い効力を発揮するものさ。これからは是非ご贔屓に、一流冒険者の皆様」

 ぽかんとしている審査員に、ちゃっかり宣伝して、試供品として下級回復薬を一本ずつ配った。

「宣伝はそれくらいにして、審査内容を伝えても構わないか?」
「ああ、すまない」

 苦笑するリーダーの男に向き直り合否を確認した。

「状況判断力も戦闘能力も文句なく合格だ。今日からCランク冒険者として登録出来る。正直Aランクでもいい腕前だが、こればっかりは規則だからな」

 高ランク登録とは言っても、最高はCランクまでだ。それ以上は、達成した以来の難易度や件数によって貢献度をあげていくしかない。それでも、普通なら最初はGランクからのスタートになるので、かなりショートカットではある。ちなみにこのタイプの試験は勝ち負けで合否が決まる訳ではなく、どのくらい実力や才能があるかを見るためのものだったりする。つまり、負けたからと言って不合格になる訳ではない。

「いい買い物をしたな」
「ああ、そうだな」

 審査結果を書いた紙を受け取っていると、片付けを終えたマーレとルシアが戻ってきた。手には私の分のナイフを抱えている。

「合格だ」
「うん」
「さ、ハケようか。これ以上待たせたら怒られそうだ」

 審査員に軽く手を上げると、わたし達は訓練場を後にした。
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