IL FALCO NERO 〜黒い隼〜

宇山遼佐

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熱帯の皇女と隼

ラウェーンワンラー姫危うし

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  アレッサンドロ海とロマーナ海の地図上の境界線付近、ユーピテル大陸とオリエント大陸の間に走る、ビフレスト運河を越えて来た、「グランデ・アモーレ号」は、控え目に言って宜しくない状況だった。

「止まれーッ‼︎ 止まらねェと、海の藻屑にしちまうぞーッ‼︎」

  機関銃を乱射しながら、空賊・スコーピオン団の大型飛行艇が接舷して来たのだ。片舷に一隻だけならまだしも、もう片舷に一隻、同じく機関銃を乱射しながら接舷して来たのだ。最悪極まりない。
  このどうしようもなく最悪の状況に、船長のレオナルド・ドットリオは、密かに黒い隼ファルコ・ネーロへの救援要請を出すと共に、穏便に済ませるため、スコーピオン団との交渉に乗り出した。
  スコーピオン団は、ケチで貧乏で貪欲な連中だが、話せば判る連中だ。一旦品はくれてやって、それで後々ファルコ・ネーロに成敗されたら、くれてやった品の内の九割は戻って来る。アレッサンドロ海の船乗りの平和的解決法だ。

「判った、交渉成立だ。積みこめるだけは貰ってくぜ」

「ありがとう」

  逞しい顎髭を生やしたスコーピオン団のボスは、レオナルドと握手を交わすと、部下に命じて積みこめるだけの品の搬入を始めさせた。
  美しい絹織物、茶葉が満載した樽、大量の生糸、東方調の家具など、ユーピテルではかなり高価な部類の品が次々と搬入されて行く。ボスはその様子を嬉々として見つめていた。これだけあれば、ローンが完済出来るからだ。

「ボス~! 積めるだけ積み込みました~! いつでも行けますぜ~!」

  部下の一人が飛行艇から声を掛けて来た。ボスは大きく「応」と返答すると、船長に会釈して、船を後にした。
  乗り込み用のハシゴが外され、飛行艇のエンジンが始動し、ゆっくりと徐々に回り始め、船から離れて行った。
  船長らはその様子を「ファルコ・ネーロがもうじき来る」と思って、余裕の心情で眺めていた。
  しかし、

「嗚呼! 姫様! 姫様! 待って! 姫様が‼︎」

  何事かと思い、甲板上にいた全員の視線が、悲痛な女の絶叫の方向へ集まった。声の主は、ラタナコーシン王国第三皇女殿下・ラウェーンワンラー姫の召使いの女だった。
  確認のため、船長が女にどうしたのかワケを訊ねた。

「どうなさいました? ラウェーンワンラー殿下がどうかなさったのですか?」

 女は自責の念と涙でくしゃくしゃになった顔で船長の方へ振り向くと、懇願するように、船長の制服の上着にしがみついた。

「私がいけなかったのです、私の不注意だったのです。賊がこの船を襲撃したと聞き、姫様の身に何かあったらと、姫様に貨物室の空樽の中に避難していただいたのです。そうしたら、賊が、賊が、姫様がおられる樽を……‼︎」

  船長含め甲板上にいた全員に衝撃が走った。どえらいことになった。不覚にも国際犯罪、国際問題が起こってしまったのだ。これは大変だ!


  何よりも衝撃を受けていたのは、他ならぬスコーピオン団の連中だった。

「やべぇよ‼︎ 国際問題‼︎ 国際犯罪だよ‼︎」

「どうするよオイ、どうするよオイ‼︎」

「誘拐なんぞしちまったら、俺たちゃ悪党じゃねえか‼︎ しかもそれが、よりによって、外国のお姫様だなんて‼︎」

「もうお終いだー‼︎ 警察サツどころじゃねぇ、軍隊まで俺たちを追っかけ回して来るぞ‼︎」

「おおおお、お、落ち着け! 一旦落ち着け!」

  飛行艇の機内は騒然としていた。それもそのはず、いざお宝とご対面、と開けた樽の中に、わなわなと震える女の子、しかも見るからにやんごとなき身なりの女の子が入っていたのだ。
  鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしながら、ボスが女の子に名前を訊ねると、その女の子は、ちょくちょく新聞にも取り上げられる、遥か遠く東方の熱帯の国の有名な美少女皇女殿下の名を名乗った。
  さらに、記憶力が良い部下が、何時ぞやの新聞に、その皇女殿下が、ピッコロ商会の「グランデ・アモーレ号」に乗ってルートヴィヒラントに留学なさる、と載っていたのを思い出したのが火に油を注ぎ、今のような騒々しい状況が形成されたのだ。
  錯乱した部下の一人が、身代金を要求しようと提案し始めた。しかし、ボスはそれを咎めた。

「莫迦野郎‼︎ テメェ、身代金なんざ、漢の片隅にも置けねェくそ野郎がやるこった‼︎ 俺たちゃ空賊、漢の中の漢だ‼︎ 断じてそんなことはせん‼︎」

  錯乱した部下はハッと我に返り、自らの過ちを戒め、泣き出した。


「あ、あの……」

 機内の汗臭さに似合わぬ、美しくか細い、透き通った声がスコーピオン団の連中の耳に入った。連中は一瞬で静まり返り、その声の主、ラウェーンワンラー姫の方に視線を集めた。
  代表として、ボスがどうしたのか訊ねる。

「へぇ、いかが致しやしたか?」

「貴方たちは、これから私をどうするのですか? 売り捌くのですか? 欲の限り犯すのですか?」

  ボスを含め、全員が全力で首を横に振り、そんな悪党みたいなことはしないと否定した。

「ではどうするのですか?」

 スコーピオン団の連中は、お互いの油と垢に塗れた顔を見合わせた。

「どうするって、どうする?」

「引き返して姫様だけを返すってのは?」

「ダメだ。攫っちまった形になってしまったからにゃ、もう海軍も呼んでるハズだし、そうなったら俺たちゃ全員お縄だ」

「もうじき隼の野郎も嗅ぎつけて来る頃でしょうし、もうどうしょうもないような……」

「「「う~ん…」」」

  もはや万策尽きた様子だった。退けばお縄、進めどお縄。更にはファルコ・ネーロの脅威。もうどうしようもない。
  スコーピオン団は、結成以来最大の危機を迎えた。
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