幸い(さきはひ)

白木 春織

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第七章

第七話

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「こんな素敵なお着物を着せていただいて、ありがとうございます」

 千鶴の感謝の言葉に桐秋は、口角を上げながら言葉を返す。

「私こそ君にその着物を着てもらいうれしい。とても似合っている」

 桐秋が何のてらいもなく、率直に己を褒める言葉に、千鶴はさらに頬を赤くする。

 桐秋はそんな千鶴の初心な反応に心の底から愛おしさが込み上げる。

 そして仕上げだ、と言って桐秋はテーブルに乗せていた顔の大きさほどの平たいベルベットの箱を開ける。

 現れたのは上品な乳白色にゅうはくしょくの光沢を放つ真珠のカチューシャ。

 桐秋は手袋をした手でそれを取ると、座っている千鶴の向かいに立ち、少し前にかがむよう指示する。

 いわれたとおり千鶴が腰を折ると、後れ毛が一筋、前に垂れた。桐秋はそれをそっと千鶴の耳にかけ直す。

 桐秋の手が少しれただけで、千鶴の耳の先端は熱をもつ。

 桐秋はそれに気づかぬまま、真剣な目つきで真珠のカチューシャの両端を耳の後ろに差し込んでゆく。

 千鶴の髪に絡まないように、ゆっくりと。

 真珠のカチューシャを乗せられた千鶴は、おそらく高価なものであろうことを察して、桐秋に一言言おうと顔を上げる。

 が、そこにあった桐秋の満たされた表情を見て、何も言えなくなった。

 千鶴はただただ、桐秋の優しい顔に胸がいっぱいになり、泣きそうな顔で微笑んだ。

 その後、二人お茶をし、千鶴は桐秋に温室内を案内してもらう。千鶴は異国から来たという珍しい植物の数々にせられる。

 この温室は薬学の研究にも使われており、昔は研究対象の本草ほんぞを海外から取り寄せて育てていたそうだ。

 しかし途中からは観賞用の花も植えはじめ、今は研究用と鑑賞用の植物が、半分ずつ植えられているという。

 千鶴は初めて観る花や木に、爛爛らんらんとして目を向ける。

 そんな千鶴の様子に、桐秋はここに連れてきてよかったと思う。

 普段どこにも行けない自分が唯一、彼女を連れ出すことのできる場所がこの別荘だった。

 色々と珍しいものが多くあるこの場所は、きっと千鶴を楽しませてくれるだろうと思っていたが、正解だったようだ。

 千鶴の目が輝く様子を見て、桐秋も表情を柔らかくする。

 それから、あちこちの植物を見て回る千鶴に付き合うまま温室で過ごしていると、あっという間に黄昏時たそがれどきとなっていた。
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