余命2年の初恋泥棒聖女は、同い年になった年下勇者に溺愛される。

降矢菖蒲 @月1~2ペースで更新中

文字の大きさ
上 下
39 / 51
余命2年

38.シフォンケーキのような

しおりを挟む
 従者達の礼を合図に馬車が動き出した。向かう先は王城。目的は国王との謁見だ。

 エレノアの帰還と婚姻の報告を予定している。

「晴れてきた」

「ええ。良かった」

 陽の光がエレノアとユーリの姿を照らしていく。

 今日のエレノアもドレス姿だ。浅緑色のローブに、クリーム色のペティコートを合わせている。

 ミルキーブロンドの髪は編み込んでアップスタイルに。輪郭の横に伸びる後れ毛は、軽やかでいて美しいウェーブを描いていた。

 一方のユーリはと言えば馴染みの白い軍服姿だ。

 詰襟タイプで、ブーツに至るまで白と金の糸で統一されている。勇者の在るべき姿――清廉潔白を体現する意図だ。

 かなりの重責が伴うであろうその軍服を、ユーリはわずかも臆することなく着こなしている。

(頼もしい限りね)

「何か?」

 エレノアは首を左右に振りかけて――止めた。良い機会だと、温めていた話題を口にする。

「セオ兄様に師事して『祈り』を習得なさったそうですね」

 ユーリは罰が悪そうに、それでいて何処か照れ臭そうに目を伏せた。

 甘くやわらかなシフォンケーキのような予感が膨らんでいく。

「貴方と同じ景色を見てみたくて」

『職を辞する必要はありません。俺は貴方の生き様も含めて愛する覚悟でいますから。だから……遠慮は要りません』

 あの言葉はその上で――同じ景色を見た上で紡がれた言葉だったのだろう。

「わたくしは果報者ね」

「そんなことないですよ」

「大変だったでしょう? 『祈り』を扱える勇者だなんて聞いたことがないもの」

「扱えるだなんて……自称するのも烏滸おこがましいレベルですよ」

 そうしてユーリはゆっくりと種を明かし始める。

「ポイントは魔力密度のコントロールです。俺の場合、密度を落として祈りのをしています」

「ちょっと待って。それってつまり……『勇者の光』の魔力密度を落とすと『聖光』になるということ……?」

「ビックリですよね」

 あいた口が塞がらない。両者は共に『光属性』でありながら、狭義の上では別物であると考えていたから。

「極端な話、聖者は勇者に。勇者は聖者にもなり得るということよね?」

「不可能ではないとは思いますが……少なくとも俺には難しいですね。持続力・精度の高さ共に本職の方々には遠く及びません」

 ユーリは言いながら『祈り』を発動させた。霧がかかった虹色の光が、エレノアの体を包み込んでいく。

「ありがとう」

「気休めにもなりませんが」

「いいえ。とっても嬉しい。幸せよ」

 ユーリの頬が強張る。不甲斐なく思っているのだろう。ただ終わりを待つことしか出来ない、そんな自分自身を。

「ユーリ、貴方はわたくしの心も癒したのです。これは文字通りとても凄いことなのよ」

「そんな……」

「至高の才を持つお兄様でさえ、多くの現場に立ってきたわたくしですら、両手で数えられる程度にしか達成出来ていないことなのだから」

 体の傷は癒せても、心の傷は癒せない。

 そんな苦い経験を幾度となく重ねてきた。メンタルケアは領分ではないと割り切ることも考えたが、やはりどうにも悔しくて。

「それは貴方と俺が思い合ってるから――」

「貴方は立派な癒し手よ。誰が何と言おうとも」

「エラ……」

 ユーリの口角が上がった。その笑顔は変わらず硬いままだったが、心なしか緩んだ気がしないでもない。

「……ありがとうございます」

「ふふっ、素直でよろしい」

 ひづめの音が鼓膜を揺する。心地よさに目を閉じかけるが。

「因みにですが」

 ユーリが切り出してきた。気まずさ故だろう。エレノアは咳払いで笑みを散らしつつ先を促す。

「これは師匠の発明です」

「っ! そう。だから、レイは治癒魔法を扱えるのね」

 一般的に『攻撃型』とされる勇者・騎士・武闘家・魔術師の魔力密度は高く、『支援型』とされる聖者/聖女・治癒術師・付与術師・錬金術師などの魔力密度は低いとされている。

 仮に『攻撃型』の人間に治癒魔法の適性――魔方陣を展開させるだけの力があったとしても、治療には至れない。

 魔力密度が高過ぎるが故に、治療対象者の体を傷付けてしまうのだ。

 そのため、『攻撃型』の使い手が『支援型』の魔法を扱うのは不可能とされてきた。逆もまた然りだ。

 魔力密度の調節など夢のまた夢とされていたから。

「レイったら、どうして教えてくれなかったのかしら?」

「性能的に成功とは言い難かったのと……それから、いえ……何よりも不要であると判断されたからだと思います」

「不要……?」

「実を言うとこの手法は、貴方を『賢者』ないし『勇者』にするために編み出したものなんです」

「っ! そんな……」

 幼い頃のエレノアは賢者になることを夢見ていた。

 きっかけを与えてくれたのはレイであり、挫いたのもまたレイということになってしまっている。

 運動が不得手な自分では勇者パーティーに加わることは出来ない。

 そう言って悲嘆していたエレノアをレイが励ましたのだ。「賢者になればあるいは……」と。

 エレノアは喜びはしゃいだ。そしてその直後に覚醒してしまう。戦闘行為全般を禁じられた『聖女』に。

 無論、レイに悪意はない。それだけに深い自責の念に駆られているようだったが、まさか『賢者』ないし『勇者』になり得る手法まで編み出してくれていたとは。

 エレノアの瑠璃るり色の瞳に涙が浮かぶ。人差し指でそれとなく拭いつつ深く頷いた。

「レイに感謝しなくては」

「師匠のことだ。きっと惚けるでしょうね」

「それでも」

「分かりました。応援します」

「ふふっ、ありがとう」

 照れ臭そうに顔を背ける。そんなレイの姿を想像して胸を温めた。

「その手法は秘術であったりするのかしら?」

 秘伝の技であるのだとしたら、感謝を伝える際にも用心しなければならないが――杞憂きゆうであったようだ。

「いえ、一応公表されています。ただ、あまりにも……言ってしまえば燃費が悪いので、余程のことでもない限り習得する人はいないでしょうね」

「そうかしら?」

「現に俺と師匠以外は誰も――」

「貴方とわたくしの子は?」

「は……?」

「その子が聖光を宿していたとしたら? 貴方のような立派な勇者になりたいと、励むこともあるかもしれないわ」

「させませんよ。そんなこと」

(あらあら……?)

 軽口のつもりが意外な返答が返って来た。エレノアは戸惑いながらも問いかける。

「重責を負うことになるから?」

「それもありますけど……何よりも危険なので」

「10年前の貴方を思うとつい耳を疑ってしまうわね」

ですから」

「ユーリ……」

「両親の気持ちを、同じ立場になってようやく理解することが出来ました」

 そう言ってユーリは爽やかに笑う。

 しかしながら、エレノアは――続くことが出来なかった。

(ユーリは本当に……一生涯わたくしのことを……?)

 本音を言えば嬉しい。けれど、ユーリの人生はこの先も長く続いていく。生まれてくる子も同様だ。

 真に彼らのことを思うのなら、背中を押すべきだろう。後妻を得るように。新しい家庭を築くように。それは決して罪ではないのだと。

 だが、その訴えは『疑念』に等しい。が聞き入れるのには少々困難であるように思う。

(思いは遺書にしたためます)

 しっかりと彼の背を押せるように。

(なので……せめて今だけは、愛し愛されることをお赦しください)

 神に赦しを乞う。ユーリに気付かれないようこっそりと。

「名付けはエラに一任してもいいですか?」

「いいの?」

「場合によってはセオドア様の後釜に、もっとすると教皇様になるかもしれない子ですよ? 俺にはとても」

(でも、その子は望まないかもしれない)

 父に――勇者に憧れるかもしれない。或いは別の道を志したり、『聖光』を授かることが出来ず自己否定に走ることもあるかもしれない。聖女・エレノアの子として生を受けたのにと。

(わたくしは貴方の味方よ。どんな選択をしようとも、どんな苦境に追い込まれようとも)

 共に寄り添い痛みを分かち合うことは出来ない。ならばせめて、この思いを伝えたい。

(その名に込めるとしましょう)

 エレノアは密かな企みを胸に、窓の外に目を向けた。

 王城が視界に入る。到着し次第謁見の間へ。現国王・フレデリック3世と謁見することになる。

(姿形が変わらないわたくしを見て、陛下や側近の方々はどう思われるかしら? やはり不気味に、気味悪がられてしまう……わよね?)

 10年前、醜聞に塗れていた頃のことを思い出す。臆病風に吹かれそうになるが。

「エラ? どうかしましたか?」

(ああ……問題ないわね)

 あっさりと持ち直す。愛の力は偉大だ。

「いいえ。何でもないわ」

(この出会いに改めて感謝を)

 エレノアは両手を組んで祈りを捧げた。

 ユーリの背を押す。

 の言葉をしたためる。

 そんな重たい責務から必死に目を背けるように。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから―― ※ 他サイトでも投稿中

王宮に薬を届けに行ったなら

佐倉ミズキ
恋愛
王宮で薬師をしているラナは、上司の言いつけに従い王子殿下のカザヤに薬を届けに行った。 カザヤは生まれつき体が弱く、臥せっていることが多い。 この日もいつも通り、カザヤに薬を届けに行ったラナだが仕事終わりに届け忘れがあったことに気が付いた。 慌ててカザヤの部屋へ行くと、そこで目にしたものは……。 弱々しく臥せっているカザヤがベッドから起き上がり、元気に動き回っていたのだ。 「俺の秘密を知ったのだから部屋から出すわけにはいかない」 驚くラナに、カザヤは不敵な笑みを浮かべた。 「今日、国王が崩御する。だからお前を部屋から出すわけにはいかない」

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

処理中です...