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余命2年

32.人たらしな勇者と女豹令嬢

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 あれから10日後。

 エレノアは10年ぶりに帰宅した。両親は勿論のこと、三人の兄、二人の姉達も出迎えてくれる。

 夜の8時を過ぎていることもあって、彼らの配偶者や子供達の姿はない。

 ユーリの仲間達が加わったことでサロン内は一層賑やかに。涙は直ぐに笑顔に変わった。

(お父様、お母様、お兄様、お姉様達もみんな笑っている。ありがたいわ)

 悩んだ末、家族には余命の話をした。

 皆一様に怒り、悲しみながらも最終的には受け入れて、いくつもの前向きな提案をしてくれた。余命の件を秘匿とすることについても同意してくれている。

(憂いは晴れたわ。けれど……)

 一つだけ気になることがある。些細ささいなことではあるのだが、どうにも気になるのだ。

「お母様、一つお伺いしても?」

 堪り兼ねたエレノアはおもむろに切り出した。相手は実母のクレメンスだ。

「何かしら?」

「お父様やお兄様方はいつもその……なのでしょうか?」

「ふふっ、とは?」

 エレノアの視線の先――向かい側の席にはユーリの姿がある。しかし、その両脇と背後は父と兄二人が隙間なく埋めていた。

 ユーリの左隣には父、右隣には長兄のミシェル、背後には次兄セオドアといった具合に。

 いずれもうかれ調子だ。ユーリのことをじっと見つめて、「次は俺だ」「次は私だ」と言わんばかりに休みなく競うようにして話を振っている。

 対するユーリはといえば、同情を誘うほどにあくせくとしていて。

(お父様との関係を危惧していただけに、安堵はしたけれど……)

「文字通りメロメロではありませんか!」

 母・クレメンスが笑う。口元を白い扇で覆いながら。

 ウェーブがかった黒髪に濃紺の瞳。切れ長な目は理知的でありながら魅惑的だ。

 三大賢者一族ロベールの生まれで、実弟にはレイの師・エルヴェがいる。

「心地良いのですよ」

「と仰いますと?」

「そうね……」

 母は微笑みをたたえながら目を伏せた。黒い睫毛が濃紺の瞳を覆い隠す。漂う色香。それはまるで芳醇な赤ワインのようだった。

(この10年で一層お美しくなられて)

 しばしの間、実母の美貌に酔いしれる。

(わたくしも正しく歳を重ねられていたのなら、あるいはお母様のように……)

 思いかけて直ぐに蓋をした。

(悔いるだけ時間の無駄。勿体ないわ)

 エレノアは頭を切り替えて今に目を向ける。それと同時に母がゆっくりと頷いた。言葉の整理がついたのだろう。

「ユーリって真摯で愛情深いのに押し付けがましくない。とても爽やかでしょう? だから、安心する。いただいたお言葉もすっと胸に落ちるのです」

「っ!」

「なので、つい『もっともっと!』と欲張ってしまって……あのようにになってしまうのではないかしら?」

(う゛……っ)

 腑に落ちた。反面むずがゆい心地になる。

(もしかして……普段のわたくしもなのかしら?)

 年甲斐もなくはしゃぐ父や兄達を見て居た堪れない心地になっていく。

「そうよ。ユーリはね、と~っても、と~~~~っても人たらしな子なの」

「っ!」

 耳元で囁かれる。振り返ればそこには発光するレンズが。漏れかけた悲鳴をぐっと呑み込む。

「関わる人間をことごとく虜にしてしまう。あの勇者クリストフ・リリェバリでさえも」

 発光するレンズもとい赤いメガネをかけたシルバーブロンドの女性が、ニヒルな笑みを浮かべた。

「クリストフ様も!?」

「ええ。陥落寸前。あと一押しよ」

 意外なようでいて思えば必然だった。10年前――彼は過度な期待に喘ぎ、安らぎを渇望していた。

 そんな彼の隣にユーリが立ったとしたら?

 クリストフの苦境を知ったとしたら?

 きっと寄り添おうとするだろう。どんなにすげない態度を取られようとも。

(目に浮かんでくるようだわ。あの純真な笑顔を向けられてドギマギされているクリストフ様のお姿が。……クリストフ様もいずれはなってしまうのかしら?)

 ユーリを独り占めせんと群がる父、兄達を見て苦く笑う。

(何にせよ)

「良かったわ。ユーリには本当に感謝してもしきれないわね」

「まぁ? ふふっ、何とも貴方らしいコメントね」

 メガネの美女は一変して穏やかな笑みを浮かべた。

 一言で言えば女豹めひょう彷彿ほうふつとさせるような女性だ。悠然としながらも微笑みを誘うような茶目っ気も感じさせる。掴めそうでいて掴めない。そんなところもまた魅力的で。

「えっ、エラ……!」

「えっ?」

 母の顔がみるみる内に青褪めていく。横に座っている姉達でさえも。

「……!!!」

 はたと気付く。慌てて立ち上がり、メガネの女性に頭を下げた。

「りっ、リリアーナ様! ご挨拶が遅くなりまして、大変失礼を致しました」

 リリアーナ・オースティン。24歳。三大勇者一族の生まれで実姉には勇者シャルロットがいる。

 公爵家の次女で現王妃の姪にあたる。恐ろしく高貴な身分の女性だ。

「まぁ!? なんってこと……っ。あぁ、ああ……っ、○%Δ$☆♭#▲※!!!!!!!」

「「「「!!?」」」」

 奇声を発した。やんごとなき身分であるはずの彼女が。戸惑うエレノア、母、姉達、そして父、次兄セオドア。

 けれど、他の兄達やユーリを始めとしたパーティーメンバー達は、特段驚くようなことも、戸惑うようなこともなかった。言わずもがな慣れているのだろう。

「なっ、何と他人行儀な!? わたくしのことはリリィと! 気安い態度で接してって言ったのに……っ」

(っ! そういえば……)

「エラ、それは本当ですか?」

「えっ、ええ。仰る通りです」

 実のところリリィとはまだそれほど話せてはいない。というのも、ウインドルから王都までの道中は別行動であったからだ。

 リリィはレイ、ジュリオ、ルイスと共に先行部隊へ。一足先に王都に戻り、魔王討伐の報告を担っていたのだ。

(ご出発の前にお話しくださったのよね。フランクな態度で接して……と)

 親しくなりたい。おそらくはその一心なのだろう。

 勇んで応えたいところではあるが、この場には母がいる。彼女はカーライル家の女主人だ。きちんと許可を取る必要があるだろう。

(お母様……)

 母に目を向ける。彼女は未だ呑み込み切れていないようだったが、辛々頷き返してくれた。

(ありがとうございます)

 エレノアは母に目礼をしつつリリィに向き直る。リリィは体をもじもじと左右に振って不満をアピールしていた。

(可愛らしいお方)

 エレノアは心を和ませつつ笑みを浮かべる。

「リリィ、ごめんなさいね。以後気を付けますわ」

「~~っ!!? エラ!!!」

「っ!?」

「嬉しい!!! 嬉しいわっ!!!! 感謝感激感無量!!!!!!」

 リリィが勢いよく抱き付いてきた。その拍子に彼女の剥き出しの上腕に目を奪われる。

 今日のリリィは仕事着を着用している。袖なしの白い道着に、七分丈の黒いパンツ、茶色のショートブーツといった感じに。

 そう。彼女は『無属性付与術師』でもあり『武闘家』でもあるのだ。

(ジュリオ様をお守りすることもあるのよね……)

 エレノアの脳内に一つのビジョンが思い浮かんだ。満身創痍のユーリのもとに武闘家エレノアが颯爽と駆けつける。そんな奇天烈なビジョンが。

『エラ……っ』

『安心して。もう大丈夫よ』

『ありがとう』

 ユーリが笑う。ほっとしたように、気の抜けたような表情で。揺るぎない信頼を感じる。自然と力が湧いてきた。今ならばどんな敵にも負ける気がしない。

(戦いを終えたわたくしは……そうね、ユーリを横抱きでお運びしたり何だりして……)

「エラ」

 たしなめるように名を呼ばれた。母だ。我に返ったエレノアは、気恥ずかしさから小さく咳払いをした。

「しっ、失礼致しました」

「なるほど。エラそういったがあるのね」

「へっ、へき……?」

「いいのよ。どうか恥ずかしがらないで。わたくし達、きっと仲良くなれ――」

「はぁ? テメェと一緒にすんじゃねーよ」

「!!?」

 今のはエレノアの声ではない。男性の声――ではあるが、どこかあどけない。

「エレノアさんから離れろや。このが」

「あ゛……?」

 リリィのこめかみに青筋が立つ。彼女の視線を辿っていくと――そこには小柄な少年の姿があった。


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