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余命2年

28.二度目のプロポーズ

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「~~っ、勘弁してくださいよ」

 ユーリが勢いよく立ち上がった。ミラの横を通って逃れようとするが――。

「い゛でっ!?」

 押し戻されてしまった。大きな音を立てて壁にぶつかる。

「~~っ、このバカ力が――」

「ほらっ、手ぇ出して!!」

「いい加減にしてください!!」

 ミラがユーリの手を取るが、彼はがんとして拳を開こうとしない。

 ユーリの頬は赤く染まりつつある。気恥ずかしくて堪らない。おそらくはそんなところだろう。

(やはり武勇伝という位置づけにはなっていないのね。意外だけど……それだけということなのかしら?)

 折を見て聞いてみたい。この10年の歩みを。何を思い、何を感じてきたのかを。

「もう! じれったいなぁ~~っ」

「~~っ、はないんで」

「ゴチャゴチャ言ってねえでさっさとしろ」

「は? ……はぁっ!? 師匠まで……っ、何考えてんだよ」

「これはケジメだ」

「……っ」

「柄じゃねえが見届けてやるよ」

 粗暴でありながら懐の深さも感じさせる。何とも彼らしい激励だった。傍から見てもユーリの心が揺らいでいるのが分かる。

(流石ね)

 レイは過去――スラムにいた頃は多くの子分に慕われる良き兄貴分であったらしい。

(皆を養うためにその身を削っていたのよね)

 にもかかわらず奪われてしまった。彼らが信じる正しさはスラムにおいては異端であったからだ。

『盾でも何でも好きに扱え』

 あれは本心であったのかもしれない。ビル同様、守れなかった後悔を胸に忠誠を誓おうとしたのだろう。

 しかしながら、ユーリは拒んだ。レイもまた守るべき対象であると宣言したのだ。

(貴方で良かった)

 安堵感と幸福で胸が満ち満ちていく。唇が弧を描き、花の蕾が綻ぶようにして笑みが零れた。

「ほらほらっ! エレノア様も見たいって」

「えっ? ええ……ええ、そうね」

 あながち嘘でもない。

 あの日、エレノアは嘘をついた。夢を見つつも諦めていたからだ。

 今ならばちゃんと応えることが出来る。本音を伝えることが出来るから。

「お願い出来るかしら?」

「ぐっ……」

 ユーリはまさに孤立無援の状態に。観念したのか重い溜息をついた。

「分かりました。ただ、せめてに――」

「いえ、どうかこのままで」

「……っ、お言葉ですがこれは雑草で――」

「「ユーリ」」

 レイとミラが同時に圧をかけた。程度は違えど共に笑顔だ。

 ユーリは苛立たし気に牙を剥いたが、劣勢であるためか迫力はいまいちだ。例えるのなら犬……いや、猫の類か。

「覚えてろよ」

 ユーリはどんよりとした表情で花を受け取った。そうしてそのまま膝を突いて胸を張る。

 栗色の瞳がエレノアを捉えた。その瞳に映るのは最早エレノアだけだ。彼女に対する愛。それだけを胸に言葉をつむぐ。

「愛しています」

 そっと野花を差し出した。

 花の直径は2センチ前後。花びらは細かく幅は1ミリ以下。1本の花茎が枝分かれして4つの花を咲かせている。

 可憐と言えば聞こえはいいが、やはりどうにも華に欠ける。

 一方で野花特有の懸命さ、力強さのようなものも感じて。

(貴方に似ていると、そう思っているのかもしれないわね)

 無論口にはしない。十中八九へそを曲げてしまうだろうから。

「俺と結婚してください」

『オレと結婚してくれ!!!』

 過去と現在のユーリがリンクする。

 エレノアはゆっくりと目を閉じてこの光景を胸に刻んだ。

「ありがとう、ユーリ。とっても嬉しいわ」

 あの日と同じ言葉。気持ちは同じ。嘘ではなく本心だった。

 問題はここから。10年前、彼女は嘘をついた。互いにとって甘酸っぱい思い出になればいいと――そう願って。

 エレノアは真っ直ぐに手を伸ばした。その先には可憐な野花・ハルジオンがある。

「ユーリ。わたくしも貴方を愛しています」

 野花に手が触れた。そうしてそのままユーリの手を包み込む。

 色白でありながら骨ばった武骨な手。騎士の手だった。愛おしさを募らせながらい願う。

「どうかわたくしの夫になってください」

「喜んで」

 ユーリは即答した。その瞳には一片の曇りもない。

「わたくしは果報者ね」

「お互い様でしょう」

「まぁ……」

 嬉しい反面、受け止めるのに手いっぱいだ。それがどうにも歯がゆくて。

「ふごっ!?」

「っ!?」

 不意にユーリの手が離れた。彼の手はそのままベッドへ。顔も埋まっていく。

「ユーリ!! このっ!! かっこいいぞぉ!!!!!」

 犯人はミラだった。ユーリの背をバシバシと叩いている。まるで容赦がない。

「痛゛だっ!? だっ!? ~~っ、何すんだよ!!」

「やれば出来るじゃん! もぉ~~!!!」

「~~っ、だから止めろって!!!」

 ミラはまるで聞く耳を持たない。じゃれ合う姿はさながら姉弟のようだ。

(微笑ましい限りね)

 エレノアは心を和ませつつ野花に顔を寄せた。太陽を思わせるような甘やかで香ばしい香りがする。

「っ!」

 不意に視界が揺らいだ。それと同時に倦怠感が押し寄せてくる。

(はしゃぎ過ぎてしまったようね)

 エレノアは盛り上がる三人を一瞥いちべつしつつ、改めて野花に目を向けた。

(皆にとっては前向きな死に。ユーリには一つでも多くのものを、思い出を遺しましょう)

 諦めかけていた未来が急速に広がりを見せていく。エレノアはその幸福に只々ただただ感謝した。

「……っ」

 終わりに向かいつつある自らの命を肌で感じながら。


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