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聖女救出編
24.魔王の最期
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光と闇の戦いは時を経るごとに激しさを増していた。
エレノアは変わらず黒水晶のペンダントの中に。彼らからは離れた位置にいた。
闇の結界魔法の効力により巻き添えも受けていない。
『……っ』
エレノアは朦朧とする意識の中で戦況を見つめていた。その胸にハルジオンの花を抱いて。
『ユーリはアイザックの本体と。ビルはアイザックの分身と交戦中。レイは後衛でユーリとビルを援護。扉を破壊した重騎士がレイと治癒術師の女性、男女の付与術師を守護している。……っ!』
不意に銀髪の女性が前へ。狼型の魔物を蹴り飛ばした。
「いらっしゃい」
彼女は妖艶な笑みを浮かべつつ隙のない構えを取った。
(あの方は付与術師でもあり、武道家でもあるのね)
黒のスパッツに、白い半袖丈の道着姿。
オーラは騎士と同じく霧がかった白。
抜群の機動力で魔物を次々と討伐。件の重騎士の負担を軽減させていく。
(何と勇ましい……)
エレノアは羨望の眼差しで彼女を見つめた。何処か見覚えがあるような気がする。
おそらくはΩであるのだろう。10年前。もしくはそれ以前に顔を合わせているのかもしれない。
「ぐあっ!?」
ユーリの体が吹き飛ぶ。アイザックに蹴り飛ばされたようだ。
「………っ」
持ち上がった顔には悔し気な表情が乗っていた。その口端からは血が流れ出ている。
「くそっ」
乱雑に口元を拭った。彼の白い袖に赤い血が滲む。
ユーリの軍服――勇者の証である上下白の軍服は所々破れて血が滲んでいた。
対するアイザックはほぼ無傷の状態。黒い軍服は僅かも乱れていなかった。
つまりは彼の方が上手であるのだろう。こと剣術においては。
「さて勇者よ。次はどう出る?」
ユーリは舌打ち一つに青い魔方陣を展開。火球を放った。
『ファイアキャノン……!』
5年前、レイと練習をしていたあの技だ。当時とは比べ物にならない程に速く、それでいて高い魔力を感じさせた。直径100センチ程の火球がアイザックに迫る。
「まぁ、20の若造にしてはやる方だな」
無情にも火球は弾き飛ばされた。軌道を歪められた火球は左右に飛んで壁に大穴を開ける。
(っ!? あれは何……?)
「なるほど。こちらが本命か」
太陽を思わせるような巨大な火球が迫ってくる。石造りの床を激しく散らしながら。
「ぐっ、ぐおおぉおおおぉおおお!!!」
『っ!?』
アイザックはあろうことか正面から受け止めに掛かった。
無色の熱風と紫色のオーラが吹き荒れる。
目を凝らすと――アイザックが火球を打ち上げているのが見えた。
天井を、幾重にも積み重なった雲を突き破っていく。
そうして火球は遥か上空へ。城内に陽の光が差し込んだ。
「くっくっく……」
陽光がアイザックの体を照らす。
黒い軍服はシャツごと破れて肩に辛うじてかかっているような状態に。彼の白い両手は黒焦げになっていた。
「……化けモンが」
悪態をついたのはレイだ。相変わらずの全身黒ずくめ。革製の黒のジャケット、パンツ、ブーツスタイルを貫いている。
「その言葉、そっくりそのまま返してやる。見事だ。大賢者エルヴェ・ロベールを超えたな」
エルヴェとの戦闘経験があり、かつ慧眼を持つ彼が言うのだから間違いないのだろう。
レイは今この瞬間を以て王国史上最強の魔術師となった。
「……そうかい」
しかしながら、当のレイは毛ほども喜ばない。
(……虚しいのね)
アイザックを倒したところでエルヴェが戻ってくるわけではない。おそらくは、その事実を痛感してのことなのだろうと思う。
「父として、さぞ誇らしく思っていることであろう」
「っは、俺とあの人が親子に見えるってのか?」
「奴は息子だと言っていたぞ。最愛最高のたった一人の息子であると」
「……っ」
レイは奥歯を噛み締めた。後悔の念が伝わってくる。胸が痛い。
『っ!』
緑色の光がレイの体を包み込んだ。言わずもがなこれは治癒魔法だ。
エレノアは術者の方に目を向けて――思わず口元を覆った。
その女性は深緑色の甲冑を着ていた。機動力を重視してか兜は被らず、関節部分や脇腹部分は布地の防具で固めている。
彼女の得物は双剣であるようだ。
魔物からの攻撃を軽やかに躱して返り討ちに。合間合間に仲間達の治療を行っている。
『エレノア様!』
実の姉のように慕ってくれた。そんな彼女の――ミラの姿が頭を過る。
(ミラ……? 本当に貴方なの?)
「ぐああぁあああああ!!!????」
断末魔と共に紫色の靄が霧散。アイザックの分身が消滅した。
勝利者であるビルは無言のまま剣を払い、ユーリに目を向けた。
ビルもまた軍服姿だった。
ジャケットの色は深紅。パンツは白。長い手足がとてもよく映えている。
(あのオーラは一体……?)
彼の纏うオーラは薄紅色だった。
本来は白い霧がかったオーラであるはず。
「これは驚いた。よもや修羅を従えるとはな」
(狂戦士にならずに済んだということ……?)
アイザックの話では、『修羅』とは理性を喪失した者。理性と引き換えに潜在域まで力を解放した『狂戦士』である、とのことだった。
見たところビルは冷静だ。静かに怒っている。そんな印象を受けた。
「勇者ユーリの功績か? くっくっく、大治癒術師ゼフは無駄死にというわけだな」
「………………」
ビルがその挑発に乗ることはなかった。酷く冷めた目で仇を見据える。
「ユーリ。後は任せて」
「分かりました。お願いします」
ビルがアイザックに斬り掛かった。剣と剣とが、闘志と闘志とが激しくぶつかり合う。
「くっ……なるほど。これが修羅を従えし者の力」
「………………」
力の差は歴然。苛烈でありながら精密な剣がアイザックの体を斬り刻んでいく。
にもかかわらず、アイザックは笑顔を崩さない。嬉々とした表情で戦い続けている。
(悲願を託すに足る相手に出会えた。それが嬉しくて堪らないのね)
エレノアはキツく唇を噛み締めた。和睦を、和解を望む衝動を抑え込むために。
『っ! あっ、あれは……!!』
眩い光を感じた。
ユーリだ。足元に虹色の魔法陣を展開させている。その目を刺すような輝きは、横向きに構えられた剣に集約されていく。
それに伴って方々から魔物の断末魔が上がった。勇者の光に当てられてのことだろう。
戦闘を終えた勇士達が揃ってユーリに目を向ける。その願いを。勝利を託すように。
「ぐああぁああ!!!」
『っ!?』
アイザックの膝が折れた。血の気を感じさせない肉体に赤い斜線が走る。
ビルはそんなアイザックを無言のまま見下ろす。苦しんで当然。死んで当然と言わんばかりに。
「これで終わりだッ!!!」
ユーリがアイザックに斬りかかる。ビルはそんなユーリの姿を認め――表情を穏やかにした。
直後、彼の姿が消える。後には魔王アイザックだけが残された。
彼は――アイザックは哀しくなるほどに晴れやかな表情で最期の時を迎える。
「ぐああぁああぁああああぁああッ!!?」
ユーリの剣がアイザックの体を斬り裂いた。先程のビルの攻撃と合わさってバツを刻むような恰好になる。
「見事、だ……」
アイザックの肉体が紫色の粒子に変わっていく。
「……っ」
涙は流さなかった。踏みにじられた皆を思えば決して赦されることではないから。
ただ一つだけ、祈りを捧げる。
(神よ、どうか彼に償いの機会を。罰をお与えください)
そうして悪に染まらざるを得なかった男への慈悲を求めた。
黒水晶に亀裂が走る。靄が晴れて視界がクリアになっていく。
「エレノア!!!」
ユーリが駆け寄ってくる。彼の手がペンダントに触れた。それと同時に浮遊感を覚え――エレノアの上体が大きく傾く。
エレノアは変わらず黒水晶のペンダントの中に。彼らからは離れた位置にいた。
闇の結界魔法の効力により巻き添えも受けていない。
『……っ』
エレノアは朦朧とする意識の中で戦況を見つめていた。その胸にハルジオンの花を抱いて。
『ユーリはアイザックの本体と。ビルはアイザックの分身と交戦中。レイは後衛でユーリとビルを援護。扉を破壊した重騎士がレイと治癒術師の女性、男女の付与術師を守護している。……っ!』
不意に銀髪の女性が前へ。狼型の魔物を蹴り飛ばした。
「いらっしゃい」
彼女は妖艶な笑みを浮かべつつ隙のない構えを取った。
(あの方は付与術師でもあり、武道家でもあるのね)
黒のスパッツに、白い半袖丈の道着姿。
オーラは騎士と同じく霧がかった白。
抜群の機動力で魔物を次々と討伐。件の重騎士の負担を軽減させていく。
(何と勇ましい……)
エレノアは羨望の眼差しで彼女を見つめた。何処か見覚えがあるような気がする。
おそらくはΩであるのだろう。10年前。もしくはそれ以前に顔を合わせているのかもしれない。
「ぐあっ!?」
ユーリの体が吹き飛ぶ。アイザックに蹴り飛ばされたようだ。
「………っ」
持ち上がった顔には悔し気な表情が乗っていた。その口端からは血が流れ出ている。
「くそっ」
乱雑に口元を拭った。彼の白い袖に赤い血が滲む。
ユーリの軍服――勇者の証である上下白の軍服は所々破れて血が滲んでいた。
対するアイザックはほぼ無傷の状態。黒い軍服は僅かも乱れていなかった。
つまりは彼の方が上手であるのだろう。こと剣術においては。
「さて勇者よ。次はどう出る?」
ユーリは舌打ち一つに青い魔方陣を展開。火球を放った。
『ファイアキャノン……!』
5年前、レイと練習をしていたあの技だ。当時とは比べ物にならない程に速く、それでいて高い魔力を感じさせた。直径100センチ程の火球がアイザックに迫る。
「まぁ、20の若造にしてはやる方だな」
無情にも火球は弾き飛ばされた。軌道を歪められた火球は左右に飛んで壁に大穴を開ける。
(っ!? あれは何……?)
「なるほど。こちらが本命か」
太陽を思わせるような巨大な火球が迫ってくる。石造りの床を激しく散らしながら。
「ぐっ、ぐおおぉおおおぉおおお!!!」
『っ!?』
アイザックはあろうことか正面から受け止めに掛かった。
無色の熱風と紫色のオーラが吹き荒れる。
目を凝らすと――アイザックが火球を打ち上げているのが見えた。
天井を、幾重にも積み重なった雲を突き破っていく。
そうして火球は遥か上空へ。城内に陽の光が差し込んだ。
「くっくっく……」
陽光がアイザックの体を照らす。
黒い軍服はシャツごと破れて肩に辛うじてかかっているような状態に。彼の白い両手は黒焦げになっていた。
「……化けモンが」
悪態をついたのはレイだ。相変わらずの全身黒ずくめ。革製の黒のジャケット、パンツ、ブーツスタイルを貫いている。
「その言葉、そっくりそのまま返してやる。見事だ。大賢者エルヴェ・ロベールを超えたな」
エルヴェとの戦闘経験があり、かつ慧眼を持つ彼が言うのだから間違いないのだろう。
レイは今この瞬間を以て王国史上最強の魔術師となった。
「……そうかい」
しかしながら、当のレイは毛ほども喜ばない。
(……虚しいのね)
アイザックを倒したところでエルヴェが戻ってくるわけではない。おそらくは、その事実を痛感してのことなのだろうと思う。
「父として、さぞ誇らしく思っていることであろう」
「っは、俺とあの人が親子に見えるってのか?」
「奴は息子だと言っていたぞ。最愛最高のたった一人の息子であると」
「……っ」
レイは奥歯を噛み締めた。後悔の念が伝わってくる。胸が痛い。
『っ!』
緑色の光がレイの体を包み込んだ。言わずもがなこれは治癒魔法だ。
エレノアは術者の方に目を向けて――思わず口元を覆った。
その女性は深緑色の甲冑を着ていた。機動力を重視してか兜は被らず、関節部分や脇腹部分は布地の防具で固めている。
彼女の得物は双剣であるようだ。
魔物からの攻撃を軽やかに躱して返り討ちに。合間合間に仲間達の治療を行っている。
『エレノア様!』
実の姉のように慕ってくれた。そんな彼女の――ミラの姿が頭を過る。
(ミラ……? 本当に貴方なの?)
「ぐああぁあああああ!!!????」
断末魔と共に紫色の靄が霧散。アイザックの分身が消滅した。
勝利者であるビルは無言のまま剣を払い、ユーリに目を向けた。
ビルもまた軍服姿だった。
ジャケットの色は深紅。パンツは白。長い手足がとてもよく映えている。
(あのオーラは一体……?)
彼の纏うオーラは薄紅色だった。
本来は白い霧がかったオーラであるはず。
「これは驚いた。よもや修羅を従えるとはな」
(狂戦士にならずに済んだということ……?)
アイザックの話では、『修羅』とは理性を喪失した者。理性と引き換えに潜在域まで力を解放した『狂戦士』である、とのことだった。
見たところビルは冷静だ。静かに怒っている。そんな印象を受けた。
「勇者ユーリの功績か? くっくっく、大治癒術師ゼフは無駄死にというわけだな」
「………………」
ビルがその挑発に乗ることはなかった。酷く冷めた目で仇を見据える。
「ユーリ。後は任せて」
「分かりました。お願いします」
ビルがアイザックに斬り掛かった。剣と剣とが、闘志と闘志とが激しくぶつかり合う。
「くっ……なるほど。これが修羅を従えし者の力」
「………………」
力の差は歴然。苛烈でありながら精密な剣がアイザックの体を斬り刻んでいく。
にもかかわらず、アイザックは笑顔を崩さない。嬉々とした表情で戦い続けている。
(悲願を託すに足る相手に出会えた。それが嬉しくて堪らないのね)
エレノアはキツく唇を噛み締めた。和睦を、和解を望む衝動を抑え込むために。
『っ! あっ、あれは……!!』
眩い光を感じた。
ユーリだ。足元に虹色の魔法陣を展開させている。その目を刺すような輝きは、横向きに構えられた剣に集約されていく。
それに伴って方々から魔物の断末魔が上がった。勇者の光に当てられてのことだろう。
戦闘を終えた勇士達が揃ってユーリに目を向ける。その願いを。勝利を託すように。
「ぐああぁああ!!!」
『っ!?』
アイザックの膝が折れた。血の気を感じさせない肉体に赤い斜線が走る。
ビルはそんなアイザックを無言のまま見下ろす。苦しんで当然。死んで当然と言わんばかりに。
「これで終わりだッ!!!」
ユーリがアイザックに斬りかかる。ビルはそんなユーリの姿を認め――表情を穏やかにした。
直後、彼の姿が消える。後には魔王アイザックだけが残された。
彼は――アイザックは哀しくなるほどに晴れやかな表情で最期の時を迎える。
「ぐああぁああぁああああぁああッ!!?」
ユーリの剣がアイザックの体を斬り裂いた。先程のビルの攻撃と合わさってバツを刻むような恰好になる。
「見事、だ……」
アイザックの肉体が紫色の粒子に変わっていく。
「……っ」
涙は流さなかった。踏みにじられた皆を思えば決して赦されることではないから。
ただ一つだけ、祈りを捧げる。
(神よ、どうか彼に償いの機会を。罰をお与えください)
そうして悪に染まらざるを得なかった男への慈悲を求めた。
黒水晶に亀裂が走る。靄が晴れて視界がクリアになっていく。
「エレノア!!!」
ユーリが駆け寄ってくる。彼の手がペンダントに触れた。それと同時に浮遊感を覚え――エレノアの上体が大きく傾く。
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