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聖女救出編

23.はためく翼

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 あの日――エレノアが魂をべてから5年の月日が流れようとしていた。

『くっ……、っ……』

 彼女は変わらず魔王のペンダントの中に。独り抗い続けていた。その胸にハルジオンの花を抱いて。

(……っ、……持ってあと数日といったところかしら……)

 エレノアの魂と肉体は限界を迎えつつあった。

 形容し難い程の眠気と倦怠感。

 重く圧し掛かるそれらに抗いながら辛々結界を維持させている。そんな状況だ。

(諦めてはダメ。戦うのよ。最期の最期まで……)

「   !! ……っ、~~っ     !!!」

「      。      」

(何……?)

 魔王と世話役のじぃが会話をしているようだ。

 魔王は平静。老人の方はかなり感情的になっているようだ。いつものお小言とも違う。

(泣いている……?)

 老人は涙ながらに何かを訴えているようだった。

(一体何が――)

「        !!!」

「っ!?」

 魔王が一喝した。老人は押し黙り――悲痛に満ち満ちた表情で頭を下げる。

 魔王の意思を尊重する。

 そういった決断に至ったということなのだろうか?

(えっ……?)

 老人の目がエレノアに向く。睨まれた。凄まじいまでの剣幕で。

(恐ろしい。でも……なぜかしら。とても哀しい……)

 魔王は老人に対して手で追い払うような仕草をした。その顔は呆れ顔だったが、どこか寂し気でもあって。

「       。……    」

 老人は一言言い残すと、そのまま背を向けて去って行った。

 後にはエレノアと魔王だけが残る。

『今のは?』

「貴様には関係のないことだ」

 答える気はないようだ。

 魔王はくだんの水晶玉を出現させて――ニタリと笑う。

「勇者一行は城に入ったようだな」

 魔王は何処か楽し気だ。そんな彼の態度がエレノアの心をざわつかせる。

『やはり貴方の目的は腕試しなの?』

「………………」

『レイ、ビルは勿論のことユーリも相当に腕を上げたはずです』

「貴様に言われるまでもない。十二分に把握している」

『勝利を……確信しているの?』

 声が沈む。疑問の形で投げかけたが、半ば確信してしまっていた。そうでもなければこの魔王の態度には説明がつかないから。

「案ずるな。十中八九、敗れるのは吾輩の方だ」

『えっ……?』

 言葉を失う。益々ますますもって意味が分からない。

 魔王は死を覚悟している。

 にもかかわらず、何故そうも楽し気であるのか。

『恐ろしくはないの?』

「ああ。見ての通りだ」

『何故……? まさか援軍が!?』

「魔界からか? くっくっく……そんなもの

『どうして? 貴方は王子。大魔王の子息なのでしょう?』

「生憎と大魔王は吾輩を実子とは見ていない」

『……庶子であるから?』

であるからだ」

『っ!? つまりは、半分人間ということ……?』

「何を今更。斯様かように翼をしまえば貴様らとそう変わらんだろう」

 言われてみれば確かにそうだ。

 血を彷彿とさせるような赤い瞳に、病的なまでに白い肌など、細かく見ていけば違和感こそあるものの魔王の容姿はかなり人族に寄っていると言える。

(でも……なら、どういった経緯で? 人族と魔族が交わるなんて……)

 悪い想像ばかりが先行。その度にエレノアの表情が歪んでいく。

 魔王はそんなエレノアを一べつして唇を引き結んだ。

「術者どもがほんの気まぐれで開けた異界への扉。それに興味本位に触れ、呑まれてしまった哀れな町娘。それが我が母だ」

『何ってこと……』

「物珍しさから母は我が父・大魔王に献上された。……その後のことは言うまでもあるまい」

(どれほどの恐怖と、絶望を味わったことでしょう……)

 エレノアは祈りを捧げた。彼女に救いが、神の慈悲が及ぶようにと。

 魔王は何も言わなかったが、その表情はとても穏やかだった。持て余した感情をとろかすように手にしたグラスを転がす。

「故に援軍の見込みはない。大魔王からすれば取るに足らない命。取るに足らない世界であるからな」

『……そう』

「だが、吾輩が死したとなれば話は別だ」

『どういうこと……?』

「吾輩は魔界で四番目の実力を持つ。敗れたとなれば、少なからず危機感を持つ者が現れるであろうからな。軍を引き連れ、攻め入ることもあるやもしれん」

(……魔界で四番目の実力者。それほどの強者であっても魔界では、お父様には認められていないのね)

『っ!』

 点と点が繋がり合っていく。

 魔王の不可解な行動の数々。

 レイを見逃がし、ビルの覚醒を促し、そして――ユーリを焚きつけた。

(お父様に認められたい。そんな願望などはなから持ち合わせていなかったとしたら……? むしろその逆であったとしたら……?)

『報復? 貴方は魔界とお父様に報復をしようとしているの?』

 母と自身のために。

「単なる暇つぶしだ」

 嘘だ。

 直感的にそう思った。

 ――哀しい。

 エレノアは自身の胸が痛むのを感じた。

 無数の足音が近付いてくる。それと同時にエレノアの名を呼ぶ声も。

「       も倒すか。まったく頼もしい限りだ――」

『貴方、名前は?』

「何……?」

 自分でも何を聞いているのだろうと思った。この魔王が犯した罪は計り知れない。人族として決して赦してはいけない相手だ。

 しかしながら、彼の母は間違いなく被害者。彼は――被害者とまでは言えないまでも、悪に墜ちたのは環境的要因によるところが大きいと思えた。

 だから、せめて名前を。他の魔族と区別するための呼称を求めた。

「生憎と人語では発音出来ん」

『……そう』

「だが」

 魔王は笑った。エレノアではなく石造りの扉を見ている。いや、もっと先か。ここではないどこかを見ているようだった。

の母は、吾輩をアイク……アイザックと呼んでいた」

 足音が止んだ。魔力の高ぶりを感じる。誰かが扉を破壊しようとしているようだ。

「ペンバートン卿が教えてくれた。『彼は笑う、喜ぶ』そういった由来を持つ名であるらしい」

 魔王アイザックはグラスを置いて立ち上がった。エレノアが入ったペンダントは玉座横の十字のスタンドへ。黒い翼が音を立てて左右に広がる。

『っ!?』

 石の扉が切り刻まれる。崩れ行く扉。その先には大斧を持った重騎士の姿があった。

「来たな」

 瞬く間に一人の騎士が現れる。

 紅色の髪がひらりとなびいた。

 上下白の軍服姿。

 神聖でありながらきらびやかで――魔王討伐を願う人々の多種多様な祈りが込められているようだった。

 さぞ重たいことだろう。

 けれど、彼は呑み込まれることなく見事なまでに着こなしている。その眩いばかりの精神力で以て。

「よくぞ参った。褒めて遣わそう、勇者ユーリよ」

「エレノアを返せ」

「……無粋なヤツだ。まぁいい」

 魔王の翼がはためき、無数の黒い羽が宙を舞う。

「出でよ。我が忠実なる臣下達よ」

 アイザックが指を鳴らすと、どこからともなく魔物達が湧き出てきた。ユーリを始めとした勇士達に緊張が走る。

「始めようか。闇と光の輪舞ロンドを」


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