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出会い編
20.別れと始まり
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「『修羅』とは『狂戦士』を指す言葉だ。奴らは理性を喪失することでリミッターを解除。潜在域に至るまで力を発揮することが出来る」
『理性の喪失? ……っ!? まさか精神を、ビルの精神を破壊しようと言うの?』
「そうだ。悲しみ、憎しみ……自己への否定を以てしてな」
『させません! そんなこと――』
「っふ、貴様に何が出来る?」
『っ!』
痛感する。自身が置かれた苦境を。
捕らわれの身。
自衛で手一杯。拘束具である黒水晶にはヒビ一つ入れられていない。悪魔の手の平の上で転がされているような状況だ。
(不甲斐ない……っ、不甲斐ないわ……)
エレノアは堪らず唇を噛み締める。
「そう。それでいい」
「ミラ! ユーリ!!」
ビルは二人の前に立った。彼らを庇うようにして悪魔と対峙する。
「ビルさん! うっ、腕が」
ミラの指摘通りビルのベージュ色のチュニック――右上腕のあたりには血が滲んでいた。
「大丈夫。回復薬はもう飲んだ。血で汚れてるけど、痛みはもうないから」
「そっ、そうなんですね! 良かった~」
「くっくっく、見事だ。大剣聖ウィリアム・キャボットよ。単騎で彼の者を。加えてその程度の負傷で討ち取るとは」
ビルの目が大きく見開く。視線の先にいるのはあの悪魔だ。彼もまた初めてであるのかもしれない。人語を操る魔物を目にしたのは。
「褒美を取らそう」
「きゃっ!? なっ、何……?」
何かが落下した。黒い物体。獣であるようだ。ゴリラを思わせるような筋骨隆々な肉体、黒い鬣、背中からはドラゴンを思わせるような黒い翼が生えていた。
「『黒獅子』」
ミラとエレノアの声が重なった。対する悪魔は満足げに肯定する。
「そうだ。大剣聖、貴様が今しがた屠った件の獣だ。褒美としてくれてやろう」
ビルの萌黄色の瞳が怒気に染まる。彼にとって『黒獅子』は因縁深い魔物。後悔の権化であるからだ。
仲間を信頼した結果、その仲間を失った。
そんな凄惨な過去を思い起こさせるような存在であるから。
(この悪魔もあの一件にも関わっているの? あるいはこれもまた『慧眼』の力? 過去まで見通すことが出来るの? ……いずれにしても不可解だわ。一体何を企んで……)
レイの命を繋ぎ、ビルの覚醒を促す。軍事の観点から見れば王国側にはメリットしかない。敵に塩を送るようなものだ。
(単なる暇つぶし? あるいは他に何か――)
「大勇者ハーヴィー・フォーサイス、剣聖アーサー・フォーサイスの墓前にでも手向けるが良い」
「ハーヴィー様はご存命だ」
「死したも同然であろう」
「~~っ、貴様!!!」
ビルの怒気は殺気に変わった。その対象は間違いなくこの悪魔だ。
(分かっている。分かっているわ。なのに……)
――恐ろしい。
率直にそう思ってしまった。
(これが修羅になる、ということなの?)
「良い顔をする。くっくっく……気に入った。これもやろう」
悪魔が黒水晶を放った。ビルは警戒してかサーベルを構える。
『いけない! その中にはゼフが――』
ビルがサーベルを振りかざす。それと同時に悪魔が指を鳴らした。
「っ!? ゼフ!?」
不意にゼフの姿が現れた。ビルはサーベルを捨ててゼフを受け止める。
「ゼフ! ゼフ!!」
ビルは膝をついた。自身の腕にゼフを寝かせたまま必死になって呼びかける。
「しっかりするんだ!」
ゼフの目は固く閉じられたままだ。
「ゼフさん!」
ミラが左脚を引きずりながら駆け寄る。直ぐさま治癒魔法をかけようとした。けれど――。
「っ! ……っ」
躊躇してしまった。力を惜しんでのことではない。察してしまったからだ。もう既に彼が、ゼフが手遅れであることを。
「ミラ? どうしたの?」
「……っ、…………ごめ、……なさい」
「えっ?」
「アタシがもっと強かったら。~~っ、アタシがもっとちゃんとしてたら――」
「悪いけど反省は後だ。今は治療を――」
「……サー……」
「っ! ゼフ!」
ゼフの目が開いた。しかしながら、その薄茶色の瞳はビルを捉えていない。ただひたすらに暗くなり始めた空を見上げている。
「アーサー様、ご無沙汰……しております」
「えっ……?」
「坊ちゃんなら裏山の修練場に、……よろしければ……手合わせを……」
物言いから察するに彼の言うアーサーとは、ビルの亡き親友アーサー・フォーサイスを指しているのだろう。
「いっ、意識が混濁しているんです! これはその、寝言みたいなもので――」
ミラが慌ててフォローを入れる。場合によってはゼフの本心が。これまでひた隠しにしてきた未練が露呈してしまうと――そう思ったのだろう。
対してビルは何も返さない。ぼんやりとした表情でゼフの薄茶色の瞳を見つめている。
「不躾ながら私も、ご一緒させて……いただけ、ませんでしょうか? ……私事です、が……治癒術師の才があることが……分かり、まして……。……剣の修練も……。坊ちゃんは、……剣聖、…………で、……従者、という……理由……だけでは、お傍に……いる、ことが……叶わず……」
「~~っ、聞かないであげて――」
ビルは首を左右に振って拒否した。そんな彼の顎は小さく震えていて。
「……はい。叶うことなら一生涯……お仕えをしたく。なので、そのためにも、……坊ちゃんや旦那様だけ……ではなく、……他の方々にも……お認め、いただけるだけの……者に……ならなく……ては――」
「ゼフ」
ビルは今一度呼びかけた。静かに。祈るように。
「ぼっ、っちゃん……?」
諦めかけたその時、薄茶色の目がビルを捉えた。ビルは微笑みを湛えて応える。
「ゼフ。君は僕の右腕。最も信頼する部下だ。そんな君を僕は誇らしく思うよ。これからも共に……っ、叶うことなら生涯を賭けて僕を支えてほしい」
途端にゼフの表情が綻んだ。多幸感に満ち満ちた表情で深く頷く。
「はい。お望みとあらばいつまでも」
ゼフは右手を胸に当てて礼をする。
「……ウィリアム様」
「……何?」
「ありがとう……ございます」
「……っ」
直後、ゼフの右手が滑り落ちる。ビルはその手を掴んで――顔を俯かせた。広い肩が震えている。小刻みに。力なく。
「逝ったか」
「……………………」
「吾輩が憎いか? 大剣聖ウィリアム・キャボットよ」
「……………………」
ビルは何も答えない。無言のままゼフの瞼を閉ざして両手を組ませる。
「……………………」
ビルは立ち上がった。彼が纏うオーラ――白い霧がかったオーラが薄っすらと赤みを帯びていく。
『まさか――』
「お前を殺す――」
「諦めるな!!!!!!!!!!!!!!」
突如、何の前触れもなくミラが叫んだ。ビルだけでなく悪魔までもが目を見開く。
「ゼフさんから伝えてくれって……そう言われたんです。アタシには何のことだかサッパリ分かりません。でも、ビルさんなら分かるんでしょ?」
ミラの濃緑の瞳から大粒の涙が零れ落ちる。
「……っ」
ビルは顔を俯かせた。オーラから赤が抜けていく。
「そうだな。まだ希望はあるか」
悪魔の目がユーリに向く。
「んっ……」
ユーリの手がぴくりと跳ねた。瞼も上がっていく。虚ろだった栗色の瞳が悪魔を捉えた。
「っ!? てっ、テメエ!!! くっ!?」
起き上がろうとしたようだが、叶わなかったようだ。どうやら腹のあたりが痛むようだ。両手で押さえ込んで苦し気に喘いでいる。
「ユーリ!」
ミラとビルが駆け寄る。ビルはユーリを抱き起すとその口元に回復薬を寄せた。
「飲める?」
「ごめん。ありがとな、剣聖のにーちゃん」
ユーリはビルに背中を支えられながら回復薬を飲んでいく。ビルはその間、何事か思案しているようだった。
「大剣聖よ、今一度選ぶが良い。信じることが出来るか? その勇者を。それに集いし仲間達を」
ビルは答えない。答えられないと言った方がニュアンスとしては近いのかもしれない。
「はっ、はぁ……っ、エレノアを返せ!!!」
ユーリは回復薬を飲み終えるなり勢いよく立ち上がった。ビルはその姿を酷く驚いたような顔で見つめる。
「威勢のいいことだ。良かろう。吾輩を倒したあかつきには大聖女を解放すると約束しよう」
「上等だ!!!」
「逸るな。今の貴様らでは相手にならん」
「~~っ、やってみなきゃ分かんな――」
「貴様らの言う『古代樹の森』、その最深部には吾輩が住まう城がある」
「何……?」
ビルが戸惑う。初耳なのだろう。それは裏を返せば、その城の存在すら認知出来ないほどに攻略が進んでいないことを意味している。
「吾輩はそこで待つ。腕を磨き、信頼に足る仲間を集めよ」
「っ! 待て――」
「貴様次第だ。期待しているぞ、幼き勇者よ」
悪魔が指を鳴らした。ユーリ、ビル、ミラ、ゼフの姿が消える。跡形もなく。忽然と。
『理性の喪失? ……っ!? まさか精神を、ビルの精神を破壊しようと言うの?』
「そうだ。悲しみ、憎しみ……自己への否定を以てしてな」
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『っ!』
痛感する。自身が置かれた苦境を。
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自衛で手一杯。拘束具である黒水晶にはヒビ一つ入れられていない。悪魔の手の平の上で転がされているような状況だ。
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「そう。それでいい」
「ミラ! ユーリ!!」
ビルは二人の前に立った。彼らを庇うようにして悪魔と対峙する。
「ビルさん! うっ、腕が」
ミラの指摘通りビルのベージュ色のチュニック――右上腕のあたりには血が滲んでいた。
「大丈夫。回復薬はもう飲んだ。血で汚れてるけど、痛みはもうないから」
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「くっくっく、見事だ。大剣聖ウィリアム・キャボットよ。単騎で彼の者を。加えてその程度の負傷で討ち取るとは」
ビルの目が大きく見開く。視線の先にいるのはあの悪魔だ。彼もまた初めてであるのかもしれない。人語を操る魔物を目にしたのは。
「褒美を取らそう」
「きゃっ!? なっ、何……?」
何かが落下した。黒い物体。獣であるようだ。ゴリラを思わせるような筋骨隆々な肉体、黒い鬣、背中からはドラゴンを思わせるような黒い翼が生えていた。
「『黒獅子』」
ミラとエレノアの声が重なった。対する悪魔は満足げに肯定する。
「そうだ。大剣聖、貴様が今しがた屠った件の獣だ。褒美としてくれてやろう」
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仲間を信頼した結果、その仲間を失った。
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「ハーヴィー様はご存命だ」
「死したも同然であろう」
「~~っ、貴様!!!」
ビルの怒気は殺気に変わった。その対象は間違いなくこの悪魔だ。
(分かっている。分かっているわ。なのに……)
――恐ろしい。
率直にそう思ってしまった。
(これが修羅になる、ということなの?)
「良い顔をする。くっくっく……気に入った。これもやろう」
悪魔が黒水晶を放った。ビルは警戒してかサーベルを構える。
『いけない! その中にはゼフが――』
ビルがサーベルを振りかざす。それと同時に悪魔が指を鳴らした。
「っ!? ゼフ!?」
不意にゼフの姿が現れた。ビルはサーベルを捨ててゼフを受け止める。
「ゼフ! ゼフ!!」
ビルは膝をついた。自身の腕にゼフを寝かせたまま必死になって呼びかける。
「しっかりするんだ!」
ゼフの目は固く閉じられたままだ。
「ゼフさん!」
ミラが左脚を引きずりながら駆け寄る。直ぐさま治癒魔法をかけようとした。けれど――。
「っ! ……っ」
躊躇してしまった。力を惜しんでのことではない。察してしまったからだ。もう既に彼が、ゼフが手遅れであることを。
「ミラ? どうしたの?」
「……っ、…………ごめ、……なさい」
「えっ?」
「アタシがもっと強かったら。~~っ、アタシがもっとちゃんとしてたら――」
「悪いけど反省は後だ。今は治療を――」
「……サー……」
「っ! ゼフ!」
ゼフの目が開いた。しかしながら、その薄茶色の瞳はビルを捉えていない。ただひたすらに暗くなり始めた空を見上げている。
「アーサー様、ご無沙汰……しております」
「えっ……?」
「坊ちゃんなら裏山の修練場に、……よろしければ……手合わせを……」
物言いから察するに彼の言うアーサーとは、ビルの亡き親友アーサー・フォーサイスを指しているのだろう。
「いっ、意識が混濁しているんです! これはその、寝言みたいなもので――」
ミラが慌ててフォローを入れる。場合によってはゼフの本心が。これまでひた隠しにしてきた未練が露呈してしまうと――そう思ったのだろう。
対してビルは何も返さない。ぼんやりとした表情でゼフの薄茶色の瞳を見つめている。
「不躾ながら私も、ご一緒させて……いただけ、ませんでしょうか? ……私事です、が……治癒術師の才があることが……分かり、まして……。……剣の修練も……。坊ちゃんは、……剣聖、…………で、……従者、という……理由……だけでは、お傍に……いる、ことが……叶わず……」
「~~っ、聞かないであげて――」
ビルは首を左右に振って拒否した。そんな彼の顎は小さく震えていて。
「……はい。叶うことなら一生涯……お仕えをしたく。なので、そのためにも、……坊ちゃんや旦那様だけ……ではなく、……他の方々にも……お認め、いただけるだけの……者に……ならなく……ては――」
「ゼフ」
ビルは今一度呼びかけた。静かに。祈るように。
「ぼっ、っちゃん……?」
諦めかけたその時、薄茶色の目がビルを捉えた。ビルは微笑みを湛えて応える。
「ゼフ。君は僕の右腕。最も信頼する部下だ。そんな君を僕は誇らしく思うよ。これからも共に……っ、叶うことなら生涯を賭けて僕を支えてほしい」
途端にゼフの表情が綻んだ。多幸感に満ち満ちた表情で深く頷く。
「はい。お望みとあらばいつまでも」
ゼフは右手を胸に当てて礼をする。
「……ウィリアム様」
「……何?」
「ありがとう……ございます」
「……っ」
直後、ゼフの右手が滑り落ちる。ビルはその手を掴んで――顔を俯かせた。広い肩が震えている。小刻みに。力なく。
「逝ったか」
「……………………」
「吾輩が憎いか? 大剣聖ウィリアム・キャボットよ」
「……………………」
ビルは何も答えない。無言のままゼフの瞼を閉ざして両手を組ませる。
「……………………」
ビルは立ち上がった。彼が纏うオーラ――白い霧がかったオーラが薄っすらと赤みを帯びていく。
『まさか――』
「お前を殺す――」
「諦めるな!!!!!!!!!!!!!!」
突如、何の前触れもなくミラが叫んだ。ビルだけでなく悪魔までもが目を見開く。
「ゼフさんから伝えてくれって……そう言われたんです。アタシには何のことだかサッパリ分かりません。でも、ビルさんなら分かるんでしょ?」
ミラの濃緑の瞳から大粒の涙が零れ落ちる。
「……っ」
ビルは顔を俯かせた。オーラから赤が抜けていく。
「そうだな。まだ希望はあるか」
悪魔の目がユーリに向く。
「んっ……」
ユーリの手がぴくりと跳ねた。瞼も上がっていく。虚ろだった栗色の瞳が悪魔を捉えた。
「っ!? てっ、テメエ!!! くっ!?」
起き上がろうとしたようだが、叶わなかったようだ。どうやら腹のあたりが痛むようだ。両手で押さえ込んで苦し気に喘いでいる。
「ユーリ!」
ミラとビルが駆け寄る。ビルはユーリを抱き起すとその口元に回復薬を寄せた。
「飲める?」
「ごめん。ありがとな、剣聖のにーちゃん」
ユーリはビルに背中を支えられながら回復薬を飲んでいく。ビルはその間、何事か思案しているようだった。
「大剣聖よ、今一度選ぶが良い。信じることが出来るか? その勇者を。それに集いし仲間達を」
ビルは答えない。答えられないと言った方がニュアンスとしては近いのかもしれない。
「はっ、はぁ……っ、エレノアを返せ!!!」
ユーリは回復薬を飲み終えるなり勢いよく立ち上がった。ビルはその姿を酷く驚いたような顔で見つめる。
「威勢のいいことだ。良かろう。吾輩を倒したあかつきには大聖女を解放すると約束しよう」
「上等だ!!!」
「逸るな。今の貴様らでは相手にならん」
「~~っ、やってみなきゃ分かんな――」
「貴様らの言う『古代樹の森』、その最深部には吾輩が住まう城がある」
「何……?」
ビルが戸惑う。初耳なのだろう。それは裏を返せば、その城の存在すら認知出来ないほどに攻略が進んでいないことを意味している。
「吾輩はそこで待つ。腕を磨き、信頼に足る仲間を集めよ」
「っ! 待て――」
「貴様次第だ。期待しているぞ、幼き勇者よ」
悪魔が指を鳴らした。ユーリ、ビル、ミラ、ゼフの姿が消える。跡形もなく。忽然と。
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