上 下
16 / 46
出会い編

16.後悔と信頼

しおりを挟む
「患者様は?」

「治しました! もうすっかり元気です」

「そう! 素晴らしいわ。よく頑張りましたね、ミラ」

「えへへ~っ♪」

 ミラはくすぐったそうに笑った。その直後に顔を勢いよく上げる。

「お借りしたハンカチは、きちんと洗って返すので!」

「気にしなくていいのよ」

「めっちゃ励まされたんで、ちゃんと返したいんです!」

 両手に小さな握り拳を作って見上げてくる。いじらしい。エレノアは頬をほころばせて何度となく頷く。

「ありがとう。じゃあ、お願いするわね」

「はいっ! お任せください!」

「聖女様、よろしいでしょうか?」

 隊長のロナルドが遠慮がちに声をかけてきた。エレノアは笑顔で先を促す。

「伯爵にご相談をしたところ、もう一泊させていただけることになりまして」

「まぁ! 良かったわ。ご無事だったのね」

「と、おっしゃいますと?」

「家令が探していたのです。伯爵のお姿が見えないと」

「なるほど。私が見る限りお変わりなかったように思います。大方、皆のために人知れず汗を流していらっしゃったのでしょう」

「ふふっ、そうね。ご立派だけれど、何ともまあ家令泣かせなことね」

「ははっ、まったくです」

「では、ご厚意に甘えてお屋敷に向かうとしましょうか」

 エレノアの呼びかけを受けて皆が歩き出す。

 空も、地面も、木々も赤く染まる夕暮れ時。甲冑が奏でる控えめな金属音、地を踏む足音が何とも心地いい。

 エレノアの隣にはミラ。前方には隊長の他5名の騎士。背後にはレイとビル、ゼフの他3名の騎士が並んでいた。

「っ!」

 不意に緑色のオーラがエレノア、レイ、ビルを包み込んだ。ゼフだ。魔法を展開させて3人の体力、魔力の回復作業に取りかかっていく。

「うわぁ~、まだンな余力あるんですか? ホント化けモンだな、アンタら」

「おい。俺らはともかく聖女様に対して――」

「あら? ふふっ、むしろ誇らしい思いよ」

「……そうですか」

「は~い、一丁上がり」

 緑色の魔法陣が消えた。体が軽い。魔力もみなぎっているのが分かった。

「ありがとう、ゼフ。とても楽になりました」

「いえいえ」

「ゼフは? 疲れてない?」

 ビルが気にかける。エレノアを含め癒し手の面々は、その使命感からか自身のことは何かと後回しにしがちだ。

 当人も無自覚であることが多々あるため、こういった声かけは実のところかなり有難かったりする。

「そうだな。言われてみれば確かに疲労感すっごいなぁ~。くったくただぜ」

「良かったら、僕の回復薬を――」

「だーからっ、今晩一杯付き合え♡」

「え゛っ?」

「付き合え」

「……いいけど、僕は呑まないよ」

の間違いだろ?」

「……うるさいな」

 悪戯っぽく笑うゼフ。対するビルはばつが悪そうに顔を俯かせた。その頬はほんのり膨らんでいる。どうやらむくれているらしい。

「えっ? えっ? エレノア様、どゆこと?」

 ミラが耳打ちしてきた。エレノアは微笑みをたたえつつ小声で答える。

「ビルはね、お酒が苦手なのよ。グラス一杯でその……ね?」

「へぇ~? ほぉ~ん? へぇ~?」

 ミラは鼻の下を伸ばしてビルを一べつした。何か良からぬことを考えているような気がする。

 一方でレイは興味なさげに視線を逸らしていた。彼は基本的にこういった交流の場には顔を出さない。

 異国人、スラム育ち、元男娼などを理由に自身を『鼻つまみ者』としているからだ。

 隊長やビル、エレノア、ミラなどが積極的に声をかけているが、これまで一度たりとも応えたことはない。

「あっ、そうだ。エレノア様、質問してもいいですか?」

 話しかけてきたのはミラだ。エレノアは頭を切り替えて頷き返す。

「次の目的地の領主様は……フォーサイス様でしたっけ? どんな人なんですか?」

「なっ!!??」

 隊長が高速で振り返った。その顔はすっかり青めていて。

「ミラ! このっ、~~っ、物を知らないにも程があるぞ……!」

「はえ?」

 嘆く隊長を他所に、ミラはいたってマイペースだ。年齢差も相まってか実の親子のように映る。エレノアは心を和ませつつ説明を始めた。

「フォーサイスは三大勇者一族の一つです」

「えっ!? ってことは、ワルってこと……ですか!?」

「ふふっ、違うわ。ご当主のハーヴィー様はまさに『勇者の中の勇者』。猛き武人でありながら、お仲間に対する敬意も決して欠かすことがない。レイとビルが認める程のお方なのよ」

 「ね?」と2人に同意を求めると、直ぐに頷き返してきた。しかしながら、その眼差しは穏やかでありながらも、何処かわびし気でもあって。

「ビル、一つ頼めるか」

 隊長がおもむろに切り出した。ビルは直ぐに切り替えて、馴染みの柔和な笑顔で応える。

「はい。何でしょう?」

「王都に行って今回の件を報告してきてほしいんだ」

 途端にビルの表情が曇った。不満というよりは不安顔だ。

「お言葉ですが、今は護衛に専念すべきでは?」

 ビルの主張も、隊長の主張ももっともだ。何せ、脅威ランクAレベルの魔物――国の精鋭が相手にするような魔物が、生息地を越えて何の前触れもなく出現したのだ。まさに異常事態と言える。

 エレノア自身も正直なところ判断しかねていた。護衛対象にはエレノアだけではなく、未来の勇者・ユーリも含まれているからだ。

 彼の両親のことを思えば、益々以ますますもって慎重に判断しなければならない。

「ウィリアム殿」

 レイだ。高圧的に。それでいて力強く呼びかける。

「俺がいるんですよ。何か不足でも?」

「いえ、そんな……」

「俺もいるぞ?」

「アタシもいますよ?」

 ミラや他の騎士達も便乗していく。1人、また1人と加わるごとに、ビルの表情が和らいでいく。

 皆は信じているようだ。ビルのことを、そして自分達のことを。

 ビルならば必ずや王都に辿り着き、目的を果たしてくれる。自分達はきちんとエレノア、ユーリを守り切ることが出来ると。

(……信じましょう)

 エレノアも意を決して口を開く。

「ビル、わたくしもおりますわ」

「聖女様……」

「既知の通り、わたくしは戦うことは出来ませんが、治すことと、守ることは出来ます」

「恐れながら、戦闘への積極介入は戒律で――」

「ええ。禁じられています。ですので、

 ビルが思わずと言った具合に吹き出した。エレノアはこれを受けて一層弾みをつける。

「ビル。どうかわたくし達を信じてください」

 返事は返ってこない。ビルはただ困ったように笑うばかりだ。

 彼がこうも頑なである理由については大方見当がついている。ずばり後悔だ。

『あの日、僕は選択を誤りました』

 数か月前、当時引く手数多であったビルは三つの勇者パーティを掛け持ちしていた。

 その日はハーヴィーに同行する予定になっていたが、クリストフを始めとした有力者達が権力を笠に同行するよう強要してきたのだ。

 日和見主義なビルの父は二つ返事に了承。ビルは気乗りしなかったが、ハーヴィーと親友であるアーサーから背中を押されたことで渋々了承。クリストフ達と共に古代樹の森の中を進んだ。

 順調に見えた歩みは二体の黒獅子によって瓦解。ビルは仲間達と共に一体目の黒獅子を討伐。その足でハーヴィー達のもとに駆け付けるが――その時には既にアーサーは致命傷を負い、ハーヴィーは右腕と左脚を失っていた。つまりは、取り返しのつかない事態に陥っていたのだ。

『返……せ…………………返せ!!!!』

 ビルは単騎でSSの黒獅子を討伐。ハーヴィーやその他メンバーの生還には成功するも、親友・アーサーだけは救うことが出来ず、ただ静かに看取ることしか出来なかった。

 以来ずっと彼は後悔に暮れているのだ。即決出来るはずもない。

「かしこまりました」

「っ! ビル……」

 ビルは悩み抜いた末に了承した。最終的に『仲間を信じる道』を取ったようだ。

「ありがとう。とても嬉しいわ」

「いえ」

 ビルは微苦笑を浮かべつつ控えめに会釈した。まだ迷いがあるようだ。彼の背を押す言葉を送りたい。だが、不甲斐ないことに何も思い浮かばなかった。

「あ゛~、くそっ!」

 そんな中で口火を切ったのは、先程までビルと親し気に会話をしていたあのゼフだった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

超絶! 悶絶! 料理バトル!

相田 彩太
キャラ文芸
 これは廃部を賭けて大会に挑む高校生たちの物語。  挑むは★超絶! 悶絶! 料理バトル!★  そのルールは単純にて深淵。  対戦者は互いに「料理」「食材」「テーマ」の3つからひとつずつ選び、お題を決める。  そして、その2つのお題を満たす料理を作って勝負するのだ!  例えば「料理:パスタ」と「食材:トマト」。  まともな勝負だ。  例えば「料理:Tボーンステーキ」と「食材:イカ」。  骨をどうすればいいんだ……  例えば「料理:満漢全席」と「テーマ:おふくろの味」  どんな特級厨師だよ母。  知力と体力と料理力を駆使して競う、エンターテイメント料理ショー!  特売大好き貧乏学生と食品大会社令嬢、小料理屋の看板娘が今、ここに挑む!  敵はひとクセもふたクセもある奇怪な料理人(キャラクター)たち。  この対戦相手を前に彼らは勝ち抜ける事が出来るのか!?  料理バトルものです。  現代風に言えば『食〇のソーマ』のような作品です。  実態は古い『一本包丁満〇郎』かもしれません。  まだまだレベル的には足りませんが……  エロ系ではないですが、それを連想させる表現があるのでR15です。  パロディ成分多めです。  本作は小説家になろうにも投稿しています。

好きになるには理由があります ~支社長室に神が舞い降りました~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 ある朝、クルーザーの中で目覚めた一宮深月(いちみや みつき)は、隣にイケメンだが、ちょっと苦手な支社長、飛鳥馬陽太(あすま ようた)が寝ていることに驚愕する。  大事な神事を控えていた巫女さん兼業OL 深月は思わず叫んでいた。 「神の怒りを買ってしまいます~っ」  みんなに深月の相手と認めてもらうため、神事で舞を舞うことになる陽太だったが――。  お神楽×オフィスラブ。

バリキャリオトメとボロボロの座敷わらし

春日あざみ
キャラ文芸
 山奥の旅館「三枝荘」の皐月の間には、願いを叶える座敷わらし、ハルキがいた。  しかし彼は、あとひとつ願いを叶えれば消える運命にあった。最後の皐月の間の客は、若手起業家の横小路悦子。 悦子は三枝荘に「自分を心から愛してくれる結婚相手」を望んでやってきていた。しかしハルキが身を犠牲にして願いを叶えることを知り、願いを断念する。個性的な彼女に惹かれたハルキは、力を使わずに結婚相手探しを手伝うことを条件に、悦子の家に転がり込む。  ハルキは街で出会ったあやかし仲間の力を借り、悦子の婚活を手伝いつつも、悦子の気を引こうと奮闘する。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

鬼の国の死化粧師(更新停止中)

フドワーリ 野土香
キャラ文芸
額に千日紅の形をした赤い痣を持って生まれた緋花。それは鬼の帝からの愛を誓う印だった……? 常世国〈とこよのくに〉。この国には人より遥かに長く生きる鬼が住むと言われていた。 緋花の父は生まれる前に死に、病弱だった母も緋花を産み落とすとその後すぐ亡くなってしまう。村には15年に一度鬼への生贄を捧げる決まりがあり、村人たちは天涯孤独な緋花を生贄にすると決定する。ただし、生贄として差し出すのは15歳と定められていたため、それまでは村で手厚く緋花を育てていた。 緋花は生贄として捧げられることを理解しつつ、村で亡くなった人たちの身体を綺麗にしたり死化粧を施したりしていた。 生贄として捧げられる日、緋花は額の痣を化粧で隠し鬼の国へ向かう。しかし、鬼は人を喰らわず、生贄とは鬼の帝が住む後宮で働かされることを意味していた。 生贄として後宮入りした緋花は、幸か不幸か正妃である黒蝶の化粧係兼身の回りの雑務を言い渡される。だがあることがきっかけで緋花は高価な紅を盗んだ罪を着せられ、帝の紅玉に死罪を求められる。そして、額にある千日紅の痣が姿を現してーー。 生贄として捧げられた少女が、愛と友情に巡り合う物語。そして、鬼と人との間に隠された秘密を紐解いていく。

狐娘は記憶に残らない

宮野灯
キャラ文芸
地方に引っ越した高校生の元へ、半分狐の女の子が助けを求めてやってくる。 「私……山道で、不気味な光を見たんですっ」 涙目でそう訴えてきた彼女を、彼は放っておくことができなかった。 『狐火』に『幽霊店舗』に『影人間』に『存在しないはずの、四百十九人目の高校生』―― じわりじわりと日常に侵食してくる、噂や都市伝説。 それらは、解くことができる謎か、マジの怪談か。 高校の幼なじみたちが挑む、ライトなホラーミステリー。

威風堂々

紅城真琴
キャラ文芸
『王家に生まれ国の将来を担う王子と旅先で出会った少女の初恋のお話』を目指します。

処理中です...