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出会い編
16.後悔と信頼
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「患者様は?」
「治しました! もうすっかり元気です」
「そう! 素晴らしいわ。よく頑張りましたね、ミラ」
「えへへ~っ♪」
ミラは擽ったそうに笑った。その直後に顔を勢いよく上げる。
「お借りしたハンカチは、きちんと洗って返すので!」
「気にしなくていいのよ」
「めっちゃ励まされたんで、ちゃんと返したいんです!」
両手に小さな握り拳を作って見上げてくる。いじらしい。エレノアは頬を綻ばせて何度となく頷く。
「ありがとう。じゃあ、お願いするわね」
「はいっ! お任せください!」
「聖女様、よろしいでしょうか?」
隊長のロナルドが遠慮がちに声をかけてきた。エレノアは笑顔で先を促す。
「伯爵にご相談をしたところ、もう一泊させていただけることになりまして」
「まぁ! 良かったわ。ご無事だったのね」
「と、おっしゃいますと?」
「家令が探していたのです。伯爵のお姿が見えないと」
「なるほど。私が見る限りお変わりなかったように思います。大方、皆のために人知れず汗を流していらっしゃったのでしょう」
「ふふっ、そうね。ご立派だけれど、何ともまあ家令泣かせなことね」
「ははっ、まったくです」
「では、ご厚意に甘えてお屋敷に向かうとしましょうか」
エレノアの呼びかけを受けて皆が歩き出す。
空も、地面も、木々も赤く染まる夕暮れ時。甲冑が奏でる控えめな金属音、地を踏む足音が何とも心地いい。
エレノアの隣にはミラ。前方には隊長の他5名の騎士。背後にはレイとビル、ゼフの他3名の騎士が並んでいた。
「っ!」
不意に緑色のオーラがエレノア、レイ、ビルを包み込んだ。ゼフだ。魔法を展開させて3人の体力、魔力の回復作業に取りかかっていく。
「うわぁ~、まだンな余力あるんですか? ホント化けモンだな、アンタら」
「おい。俺らはともかく聖女様に対して――」
「あら? ふふっ、むしろ誇らしい思いよ」
「……そうですか」
「は~い、一丁上がり」
緑色の魔法陣が消えた。体が軽い。魔力も漲っているのが分かった。
「ありがとう、ゼフ。とても楽になりました」
「いえいえ」
「ゼフは? 疲れてない?」
ビルが気にかける。エレノアを含め癒し手の面々は、その使命感からか自身のことは何かと後回しにしがちだ。
当人も無自覚であることが多々あるため、こういった声かけは実のところかなり有難かったりする。
「そうだな。言われてみれば確かに疲労感すっごいなぁ~。くったくただぜ」
「良かったら、僕の回復薬を――」
「だーからっ、今晩一杯付き合え♡」
「え゛っ?」
「付き合え」
「……いいけど、僕は呑まないよ」
「呑めないの間違いだろ?」
「……うるさいな」
悪戯っぽく笑うゼフ。対するビルはばつが悪そうに顔を俯かせた。その頬はほんのり膨らんでいる。どうやらむくれているらしい。
「えっ? えっ? エレノア様、どゆこと?」
ミラが耳打ちしてきた。エレノアは微笑みを湛えつつ小声で答える。
「ビルはね、お酒が苦手なのよ。グラス一杯でその……ね?」
「へぇ~? ほぉ~ん? へぇ~?」
ミラは鼻の下を伸ばしてビルを一瞥した。何か良からぬことを考えているような気がする。
一方でレイは興味なさげに視線を逸らしていた。彼は基本的にこういった交流の場には顔を出さない。
異国人、スラム育ち、元男娼などを理由に自身を『鼻つまみ者』としているからだ。
隊長やビル、エレノア、ミラなどが積極的に声をかけているが、これまで一度たりとも応えたことはない。
「あっ、そうだ。エレノア様、質問してもいいですか?」
話しかけてきたのはミラだ。エレノアは頭を切り替えて頷き返す。
「次の目的地の領主様は……フォーサイス様でしたっけ? どんな人なんですか?」
「なっ!!??」
隊長が高速で振り返った。その顔はすっかり青褪めていて。
「ミラ! このっ、~~っ、物を知らないにも程があるぞ……!」
「はえ?」
嘆く隊長を他所に、ミラはいたってマイペースだ。年齢差も相まってか実の親子のように映る。エレノアは心を和ませつつ説明を始めた。
「フォーサイスは三大勇者一族の一つです」
「えっ!? ってことは、悪ってこと……ですか!?」
「ふふっ、違うわ。ご当主のハーヴィー様はまさに『勇者の中の勇者』。猛き武人でありながら、お仲間に対する敬意も決して欠かすことがない。レイとビルが認める程のお方なのよ」
「ね?」と2人に同意を求めると、直ぐに頷き返してきた。しかしながら、その眼差しは穏やかでありながらも、何処か侘し気でもあって。
「ビル、一つ頼めるか」
隊長が徐に切り出した。ビルは直ぐに切り替えて、馴染みの柔和な笑顔で応える。
「はい。何でしょう?」
「王都に行って今回の件を報告してきてほしいんだ」
途端にビルの表情が曇った。不満というよりは不安顔だ。
「お言葉ですが、今は護衛に専念すべきでは?」
ビルの主張も、隊長の主張も尤もだ。何せ、脅威ランクAレベルの魔物――国の精鋭が相手にするような魔物が、生息地を越えて何の前触れもなく出現したのだ。まさに異常事態と言える。
エレノア自身も正直なところ判断しかねていた。護衛対象にはエレノアだけではなく、未来の勇者・ユーリも含まれているからだ。
彼の両親のことを思えば、益々以て慎重に判断しなければならない。
「ウィリアム殿」
レイだ。高圧的に。それでいて力強く呼びかける。
「俺がいるんですよ。何か不足でも?」
「いえ、そんな……」
「俺もいるぞ?」
「アタシもいますよ?」
ミラや他の騎士達も便乗していく。1人、また1人と加わるごとに、ビルの表情が和らいでいく。
皆は信じているようだ。ビルのことを、そして自分達のことを。
ビルならば必ずや王都に辿り着き、目的を果たしてくれる。自分達はきちんとエレノア、ユーリを守り切ることが出来ると。
(……信じましょう)
エレノアも意を決して口を開く。
「ビル、わたくしもおりますわ」
「聖女様……」
「既知の通り、わたくしは戦うことは出来ませんが、治すことと、守ることは出来ます」
「恐れながら、戦闘への積極介入は戒律で――」
「ええ。禁じられています。ですので、もしもの時には何卒ご内密に願います」
ビルが思わずと言った具合に吹き出した。エレノアはこれを受けて一層弾みをつける。
「ビル。どうかわたくし達を信じてください」
返事は返ってこない。ビルはただ困ったように笑うばかりだ。
彼がこうも頑なである理由については大方見当がついている。ずばり後悔だ。
『あの日、僕は選択を誤りました』
数か月前、当時引く手数多であったビルは三つの勇者パーティを掛け持ちしていた。
その日はハーヴィーに同行する予定になっていたが、クリストフを始めとした有力者達が権力を笠に同行するよう強要してきたのだ。
日和見主義なビルの父は二つ返事に了承。ビルは気乗りしなかったが、ハーヴィーと親友であるアーサーから背中を押されたことで渋々了承。クリストフ達と共に古代樹の森の中を進んだ。
順調に見えた歩みは二体の黒獅子によって瓦解。ビルは仲間達と共に一体目の黒獅子を討伐。その足でハーヴィー達のもとに駆け付けるが――その時には既にアーサーは致命傷を負い、ハーヴィーは右腕と左脚を失っていた。つまりは、取り返しのつかない事態に陥っていたのだ。
『返……せ…………………返せ!!!!』
怒りで我を失ったビルは単騎でSSの黒獅子を討伐。ハーヴィーやその他メンバーの生還には成功するも、親友・アーサーだけは救うことが出来ず、ただ静かに看取ることしか出来なかった。
以来ずっと彼は後悔に暮れているのだ。即決出来るはずもない。
「かしこまりました」
「っ! ビル……」
ビルは悩み抜いた末に了承した。最終的にあの日と同じように『仲間を信じる道』を取ったようだ。
「ありがとう。とても嬉しいわ」
「いえ」
ビルは微苦笑を浮かべつつ控えめに会釈した。まだ迷いがあるようだ。彼の背を押す言葉を送りたい。だが、不甲斐ないことに何も思い浮かばなかった。
「あ゛~、くそっ!」
そんな中で口火を切ったのは、先程までビルと親し気に会話をしていたあのゼフだった。
「治しました! もうすっかり元気です」
「そう! 素晴らしいわ。よく頑張りましたね、ミラ」
「えへへ~っ♪」
ミラは擽ったそうに笑った。その直後に顔を勢いよく上げる。
「お借りしたハンカチは、きちんと洗って返すので!」
「気にしなくていいのよ」
「めっちゃ励まされたんで、ちゃんと返したいんです!」
両手に小さな握り拳を作って見上げてくる。いじらしい。エレノアは頬を綻ばせて何度となく頷く。
「ありがとう。じゃあ、お願いするわね」
「はいっ! お任せください!」
「聖女様、よろしいでしょうか?」
隊長のロナルドが遠慮がちに声をかけてきた。エレノアは笑顔で先を促す。
「伯爵にご相談をしたところ、もう一泊させていただけることになりまして」
「まぁ! 良かったわ。ご無事だったのね」
「と、おっしゃいますと?」
「家令が探していたのです。伯爵のお姿が見えないと」
「なるほど。私が見る限りお変わりなかったように思います。大方、皆のために人知れず汗を流していらっしゃったのでしょう」
「ふふっ、そうね。ご立派だけれど、何ともまあ家令泣かせなことね」
「ははっ、まったくです」
「では、ご厚意に甘えてお屋敷に向かうとしましょうか」
エレノアの呼びかけを受けて皆が歩き出す。
空も、地面も、木々も赤く染まる夕暮れ時。甲冑が奏でる控えめな金属音、地を踏む足音が何とも心地いい。
エレノアの隣にはミラ。前方には隊長の他5名の騎士。背後にはレイとビル、ゼフの他3名の騎士が並んでいた。
「っ!」
不意に緑色のオーラがエレノア、レイ、ビルを包み込んだ。ゼフだ。魔法を展開させて3人の体力、魔力の回復作業に取りかかっていく。
「うわぁ~、まだンな余力あるんですか? ホント化けモンだな、アンタら」
「おい。俺らはともかく聖女様に対して――」
「あら? ふふっ、むしろ誇らしい思いよ」
「……そうですか」
「は~い、一丁上がり」
緑色の魔法陣が消えた。体が軽い。魔力も漲っているのが分かった。
「ありがとう、ゼフ。とても楽になりました」
「いえいえ」
「ゼフは? 疲れてない?」
ビルが気にかける。エレノアを含め癒し手の面々は、その使命感からか自身のことは何かと後回しにしがちだ。
当人も無自覚であることが多々あるため、こういった声かけは実のところかなり有難かったりする。
「そうだな。言われてみれば確かに疲労感すっごいなぁ~。くったくただぜ」
「良かったら、僕の回復薬を――」
「だーからっ、今晩一杯付き合え♡」
「え゛っ?」
「付き合え」
「……いいけど、僕は呑まないよ」
「呑めないの間違いだろ?」
「……うるさいな」
悪戯っぽく笑うゼフ。対するビルはばつが悪そうに顔を俯かせた。その頬はほんのり膨らんでいる。どうやらむくれているらしい。
「えっ? えっ? エレノア様、どゆこと?」
ミラが耳打ちしてきた。エレノアは微笑みを湛えつつ小声で答える。
「ビルはね、お酒が苦手なのよ。グラス一杯でその……ね?」
「へぇ~? ほぉ~ん? へぇ~?」
ミラは鼻の下を伸ばしてビルを一瞥した。何か良からぬことを考えているような気がする。
一方でレイは興味なさげに視線を逸らしていた。彼は基本的にこういった交流の場には顔を出さない。
異国人、スラム育ち、元男娼などを理由に自身を『鼻つまみ者』としているからだ。
隊長やビル、エレノア、ミラなどが積極的に声をかけているが、これまで一度たりとも応えたことはない。
「あっ、そうだ。エレノア様、質問してもいいですか?」
話しかけてきたのはミラだ。エレノアは頭を切り替えて頷き返す。
「次の目的地の領主様は……フォーサイス様でしたっけ? どんな人なんですか?」
「なっ!!??」
隊長が高速で振り返った。その顔はすっかり青褪めていて。
「ミラ! このっ、~~っ、物を知らないにも程があるぞ……!」
「はえ?」
嘆く隊長を他所に、ミラはいたってマイペースだ。年齢差も相まってか実の親子のように映る。エレノアは心を和ませつつ説明を始めた。
「フォーサイスは三大勇者一族の一つです」
「えっ!? ってことは、悪ってこと……ですか!?」
「ふふっ、違うわ。ご当主のハーヴィー様はまさに『勇者の中の勇者』。猛き武人でありながら、お仲間に対する敬意も決して欠かすことがない。レイとビルが認める程のお方なのよ」
「ね?」と2人に同意を求めると、直ぐに頷き返してきた。しかしながら、その眼差しは穏やかでありながらも、何処か侘し気でもあって。
「ビル、一つ頼めるか」
隊長が徐に切り出した。ビルは直ぐに切り替えて、馴染みの柔和な笑顔で応える。
「はい。何でしょう?」
「王都に行って今回の件を報告してきてほしいんだ」
途端にビルの表情が曇った。不満というよりは不安顔だ。
「お言葉ですが、今は護衛に専念すべきでは?」
ビルの主張も、隊長の主張も尤もだ。何せ、脅威ランクAレベルの魔物――国の精鋭が相手にするような魔物が、生息地を越えて何の前触れもなく出現したのだ。まさに異常事態と言える。
エレノア自身も正直なところ判断しかねていた。護衛対象にはエレノアだけではなく、未来の勇者・ユーリも含まれているからだ。
彼の両親のことを思えば、益々以て慎重に判断しなければならない。
「ウィリアム殿」
レイだ。高圧的に。それでいて力強く呼びかける。
「俺がいるんですよ。何か不足でも?」
「いえ、そんな……」
「俺もいるぞ?」
「アタシもいますよ?」
ミラや他の騎士達も便乗していく。1人、また1人と加わるごとに、ビルの表情が和らいでいく。
皆は信じているようだ。ビルのことを、そして自分達のことを。
ビルならば必ずや王都に辿り着き、目的を果たしてくれる。自分達はきちんとエレノア、ユーリを守り切ることが出来ると。
(……信じましょう)
エレノアも意を決して口を開く。
「ビル、わたくしもおりますわ」
「聖女様……」
「既知の通り、わたくしは戦うことは出来ませんが、治すことと、守ることは出来ます」
「恐れながら、戦闘への積極介入は戒律で――」
「ええ。禁じられています。ですので、もしもの時には何卒ご内密に願います」
ビルが思わずと言った具合に吹き出した。エレノアはこれを受けて一層弾みをつける。
「ビル。どうかわたくし達を信じてください」
返事は返ってこない。ビルはただ困ったように笑うばかりだ。
彼がこうも頑なである理由については大方見当がついている。ずばり後悔だ。
『あの日、僕は選択を誤りました』
数か月前、当時引く手数多であったビルは三つの勇者パーティを掛け持ちしていた。
その日はハーヴィーに同行する予定になっていたが、クリストフを始めとした有力者達が権力を笠に同行するよう強要してきたのだ。
日和見主義なビルの父は二つ返事に了承。ビルは気乗りしなかったが、ハーヴィーと親友であるアーサーから背中を押されたことで渋々了承。クリストフ達と共に古代樹の森の中を進んだ。
順調に見えた歩みは二体の黒獅子によって瓦解。ビルは仲間達と共に一体目の黒獅子を討伐。その足でハーヴィー達のもとに駆け付けるが――その時には既にアーサーは致命傷を負い、ハーヴィーは右腕と左脚を失っていた。つまりは、取り返しのつかない事態に陥っていたのだ。
『返……せ…………………返せ!!!!』
怒りで我を失ったビルは単騎でSSの黒獅子を討伐。ハーヴィーやその他メンバーの生還には成功するも、親友・アーサーだけは救うことが出来ず、ただ静かに看取ることしか出来なかった。
以来ずっと彼は後悔に暮れているのだ。即決出来るはずもない。
「かしこまりました」
「っ! ビル……」
ビルは悩み抜いた末に了承した。最終的にあの日と同じように『仲間を信じる道』を取ったようだ。
「ありがとう。とても嬉しいわ」
「いえ」
ビルは微苦笑を浮かべつつ控えめに会釈した。まだ迷いがあるようだ。彼の背を押す言葉を送りたい。だが、不甲斐ないことに何も思い浮かばなかった。
「あ゛~、くそっ!」
そんな中で口火を切ったのは、先程までビルと親し気に会話をしていたあのゼフだった。
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