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出会い編

09.定道

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「ねえ、レイさん! レイさんから見てユーリはどうですか? 勇者かもって、ちょっとは思ったりしませんでしたか?」

 レイは馬の手綱を握ったまま思案顔を浮かべた。彼は今黒い馬に乗り、馬車の右横についている。

「……少なくとも勇者ではないだろうな」

「どうして?」

「あれだけのことがあってんだ。見込みはねえよ」

 勇者は覚醒するとその全身が七色に輝くと言われている。この光の源は『勇者の光』、光の攻撃魔法に特化した特殊な魔力だ。

 この『勇者の光』を持つ者=勇者。裏を返せば、持たざる者は決して勇者とは認められない。高尚な志、特権で以てしても歪めることは出来ないのだ。

「コーフンすると光るんでしたっけ?」

「ああ。喜怒哀楽のいずれかの感情が爆発すればな」

「ドラマチック♡」

「……そーかよ」

 一目惚れ、模擬戦、エレノアへのプロポーズ等、機会が多々あったにもかかわらずユーリは光らなかった。故にレイは適性なしと見たのだろう。

「ああ、でも……確か聖女様が覚醒されたのって11歳の頃でしたよね?」

 問いかけてきたのはビルだ。彼がいるのは馬車の左斜め前方。そのため顔は前を向いたまま。馬車の位置からでは彼の感情をうかがい知ることは出来ない。

「ええ、仰る通りよ。わたくしはかなり遅い方だったわね」

 エレノアもまた光魔法の使い手。癒しと浄化に特化した『聖光』と呼ばれる特殊な魔力を有している。

 この『聖光』の保持者でなければ『聖者/聖女』になることは出来ないのだ。

 現状、国から正式に認定を受けているのはエレノアを含めた6人だけ。勇者ほどではないにしても大変希少な存在だ。

「エレノア様が覚醒したきっかけは何だったんですか?」

 ミラが嬉々として訊ねてきた。瞬間、エレノアとレイに緊張が走る。

「……さぁ?」

 エレノアは隙のない笑顔を作り首を傾げる。

「記憶にないわ」

「えぇ!? 覚えてないんですか!?」

「もう9年も前のことだから……」

 嘘だ。ミラには悪いがはっきりと覚えている。きっかけはレイとの会話だった。

(賢者になれば、わたくしのような運動が不得手な人間でも勇者パーティーに加わることが出来る。貴方はそう教えてくれた)

 エレノアは歓喜した。母は三大賢者一族ロベールの生まれ。歴代最強と称される賢者エルヴェを叔父に持つ自分であれば、賢者になれる可能性は十二分にある。手が届く夢になったと、そう思い込んでしまったのだ。

(直後、わたくしは輝いた)

 聖職者である『聖者/聖女』は戒律により戦闘行為ないし戦闘に加担する行為を禁じられている。端的に言えば『聖者/聖女』はヒーラー役を担えない。勇者パーティーに加わることが出来ないのだ。

(改めて思い返してみると本当に皮肉な話ね)

 ありがたいことに今となっては笑い話だ。けれど、レイにとってはそうではないらしい。こうしている今も罰が悪そうな顔をしている。

 レイとて悪気があったわけではない。むしろ励まそうとしてくれたのだ。夢が遠のいていく。そう言って不安がるエレノアのことを思って。

(貴方には感謝しているのよ)

 これまで何度となく伝え、伝わらずにきている感謝の言葉。また後で、機を見て話してみようと静かに結ぶ。

「気になるじゃないですかぁ! 何かヒントを! ちょっとでも思い出せませんか?」

「ん~……ごめんなさい。お力になれそうにないわ」

「ぶぅ~……」

 むくれるミラ越しにレイと目が合う。彼は目礼をした。その眉間には深いシワが刻まれている。エレノアは苦笑一つに首を左右に振った。

「あっ! そうだ! ビルさんは? 何か知ってるんじゃないんですか?」

「ごめん。僕も詳しいことは」

「えぇ~……」

 おそらくは知っているのだろう。だが、話さずにおいてくれた。エレノアの意向を汲んでくれたのだろう。

「あ~! もう! こうなったら神頼みだ。神様お願い! ユーリを勇者にしてください!」

 ミラはそう言って祈りを捧げた。固く目を閉じて唇を引き結んでいる。熱い思いを胸に祈ってくれているのだろう。

(……ごめんなさいね)

 エレノアは胸の内で詫びた。ユーリが覚醒したとしてもその未来を変えることは出来ない。エレノアは彼を待つことが出来ないのだ。

 この血を、『聖者/聖女』の血を持つ者を一人でも多く残さなければならないから。

 だから、10年後とした。仮にユーリがあの約束を守ってくれたとしても、その頃にはエレノアは手の届かない存在になっている。双方共に諦めがつくだろうと、そう考えたのだ。

(……最低ね)

 エレノアは白いウエストバッグから手を離した。行き場を失った手でカソックの裾を握り締める。

「聖女様!! お連れの方々!!!!」

 酷く切迫した声。皆の意識が後方に向く。

 20メートルほど離れたところに青年の姿が。半ば馬にもたれ掛るようにして騎乗している彼のその腕からは、おびただしい量の血が流れ出ていた。


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