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34:ヨーゼフの染付
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ヨーゼフの仕事は自国での生産が可能になった磁器の染付技術を完成させることだ。
すでにヨーゼフは美しい藍色での東洋の青花の再現を成功させた。しかし、王の関心はヨーゼフに寄せられなかった。
皆、王の恩寵を得ようと様々な模索をした。職人たちの中にはただの器ではなく、人や動物を型どった彫像をつくり王の関心をひいたものもいた。
ヨーゼフも城に招かれている身として、なんとか王の関心を独占したかった。絵付の顔料を考案し華やかなラニス磁器を産み出した。
あの壮美な王に見られ、関心を寄せられたときの高揚と優越感を忘れられない。
そんな、誰しもが王の関心を欲して苦心しているというのに、何もせずともその寵愛を一心に受けている奴がいる。
ラニス磁器の産みの親であるアヒム・ファーベルクだ。
ヨーゼフは彼のことが気に入らなかった。
薄気味悪い、媚びるような笑顔をはりつけて、酒に浸り、享楽的な奴だ。
「アヒムさんってどんな人なんですか? 陛下に命を受けて染付の研究をするはずだったのに、全く工房にあらわれてくれません」
ヨーゼフは初めの頃、アヒムと付き合いが長いジークにそう聞いたことがあった。
「俺もよくわかんねぇよ。ただ城に喰われた哀れな囚人だとも、魔物だとも言える。あんまりアイツに深入りすると身を滅ぼすぞ」
ジークの言っていることは抽象的であまり理解できなかったが、最後の忠告だけは真に迫っており、言いつけをまもり必要以上に関わらないようにしていた。
そんなある時、アヒムが忽然と姿を消したのだ。これまで目をかけて貰った恩を仇で返すような不忠義者だと軽蔑するのと同時に、彼がいなくなったことで王の関心が自分に向くことを期待した。しかし、王はその不忠義者を自ら迎えに行ったのだ。
彼のどこにそれほどの魅力があるというのだろうか。
あの逃走劇の後はじめてアヒムが工房にやってきた。
「何かようですか」
ヨーゼフは刺々しく接したが、アヒムはいつもの気味の悪い笑顔をはりつけるだけだった。
「美しい彫塑だね。鳥の黒々とした瞳が特にいい」
アヒムは磁器でできた鳥と子どもの置物を手にとってそういった。
「これ、獅子もできるのかい?」
「できるぞ。なんだよ。欲しいのか? 陛下に頼めばいくらでも手に入るだろ」
ジークはあんなことがあったのに、アヒムと平然と話をする。それがヨーゼフには信じられなかった。
アヒムが逃亡して、王は激怒した。あのオスヴァルトでさえ折檻をさけられず、顔に大きな痣をつくっていた。
アヒムと初期の頃から工房で研究をしていたジークも当然罰を受けた。ただ、彼がアヒムを発見し報告したことでいくらか軽くなったが。
どうして、そこまでアヒムの世話をやくのかとヨーゼフは聞いたことがあった。まわりがアヒムに魅了されている中でジークはそういった下心を持っていなかったから、余計に疑問だった。
すると、罪滅ぼしだと、贖罪だといった。アヒムをこんなふうにしてしまった責任があるらしい。
「ここの材料をもっと足して、色調を損なわないように」
突然やって来たアヒムは配合のかかれたノートを見ながら、ジークに指示をした。
今まで何もしてこなかったじゃないか。いきなり自分のテリトリーを犯されたような不快感を感じた。
「いきなりやって来て、偉そうになんなんですか? あなたは陛下の愛人なだけで、その綺麗な顔がなかったら王城にも足を踏み入れることなどできないくせに」
ヨーゼフにも高いプライドがあった。
幼い頃から整った顔つきでまわりから持て囃されていたし、生まれ故郷で一番の頭脳をもっており、並ぶものなんていなかった。優秀な自分が、王に見向きもされない。それなのに、何の努力もしていないアヒムは王の寵愛を一心にうけている。それがとても屈辱的だ。
「おい、ヨーゼフ。よせよ」
ジークの制止する声を無視して、ヨーゼフはたまっていた不満を口にした。
「こんなところにいずに、陛下に飽きられないためにも肌の手入れでもした方がいいんじゃないですか? 歳をとるとシワが増えますよ。陛下がお好きな顔がここで火傷でもしたら大変ですよ」
ヨーゼフは皮肉をいいながら火のついた窯をみた。最近は顔料の研究であまりつかなくなった窯であるが、今日は試作品をいくつか焼いていたため、まだ熱が残っている。
「そうか。そうだね。傷ものになれば、醜くなればいいんだ」
アヒムがぶつくさと、おもむろに窯に近寄り火かき棒を手にとって己の顔に当てた。
肉の焼ける不快な臭いが立ち込めた。
「アヒム!? やめろ!!」
ジークはアヒムにかけよって、自らの皮膚を焼く手を止めた。
ヨーゼフは何が起きているのか理解に苦しんだ。
彼は自分の肌を焼くときですら、声もあげずに微笑んでいた。もはや狂気にしか思えない。
「ヨーゼフ、医者だ。急いで医者を呼んでこい。でないと俺もお前も死ぬぞ」
ジークの言葉は脅しではなく、真実味を帯びている。
「わ、わかった」
ヨーゼフは慌てて工房を飛び出して、医者を呼びに走った。
連絡役であるオスヴァルトが不在がこれほどまでに響いたことはないだろう。城の者ではないヨーゼフが医者を呼んでくるのに時間がかかり、アヒムの半顔には醜い火傷の痕が残った。
すでにヨーゼフは美しい藍色での東洋の青花の再現を成功させた。しかし、王の関心はヨーゼフに寄せられなかった。
皆、王の恩寵を得ようと様々な模索をした。職人たちの中にはただの器ではなく、人や動物を型どった彫像をつくり王の関心をひいたものもいた。
ヨーゼフも城に招かれている身として、なんとか王の関心を独占したかった。絵付の顔料を考案し華やかなラニス磁器を産み出した。
あの壮美な王に見られ、関心を寄せられたときの高揚と優越感を忘れられない。
そんな、誰しもが王の関心を欲して苦心しているというのに、何もせずともその寵愛を一心に受けている奴がいる。
ラニス磁器の産みの親であるアヒム・ファーベルクだ。
ヨーゼフは彼のことが気に入らなかった。
薄気味悪い、媚びるような笑顔をはりつけて、酒に浸り、享楽的な奴だ。
「アヒムさんってどんな人なんですか? 陛下に命を受けて染付の研究をするはずだったのに、全く工房にあらわれてくれません」
ヨーゼフは初めの頃、アヒムと付き合いが長いジークにそう聞いたことがあった。
「俺もよくわかんねぇよ。ただ城に喰われた哀れな囚人だとも、魔物だとも言える。あんまりアイツに深入りすると身を滅ぼすぞ」
ジークの言っていることは抽象的であまり理解できなかったが、最後の忠告だけは真に迫っており、言いつけをまもり必要以上に関わらないようにしていた。
そんなある時、アヒムが忽然と姿を消したのだ。これまで目をかけて貰った恩を仇で返すような不忠義者だと軽蔑するのと同時に、彼がいなくなったことで王の関心が自分に向くことを期待した。しかし、王はその不忠義者を自ら迎えに行ったのだ。
彼のどこにそれほどの魅力があるというのだろうか。
あの逃走劇の後はじめてアヒムが工房にやってきた。
「何かようですか」
ヨーゼフは刺々しく接したが、アヒムはいつもの気味の悪い笑顔をはりつけるだけだった。
「美しい彫塑だね。鳥の黒々とした瞳が特にいい」
アヒムは磁器でできた鳥と子どもの置物を手にとってそういった。
「これ、獅子もできるのかい?」
「できるぞ。なんだよ。欲しいのか? 陛下に頼めばいくらでも手に入るだろ」
ジークはあんなことがあったのに、アヒムと平然と話をする。それがヨーゼフには信じられなかった。
アヒムが逃亡して、王は激怒した。あのオスヴァルトでさえ折檻をさけられず、顔に大きな痣をつくっていた。
アヒムと初期の頃から工房で研究をしていたジークも当然罰を受けた。ただ、彼がアヒムを発見し報告したことでいくらか軽くなったが。
どうして、そこまでアヒムの世話をやくのかとヨーゼフは聞いたことがあった。まわりがアヒムに魅了されている中でジークはそういった下心を持っていなかったから、余計に疑問だった。
すると、罪滅ぼしだと、贖罪だといった。アヒムをこんなふうにしてしまった責任があるらしい。
「ここの材料をもっと足して、色調を損なわないように」
突然やって来たアヒムは配合のかかれたノートを見ながら、ジークに指示をした。
今まで何もしてこなかったじゃないか。いきなり自分のテリトリーを犯されたような不快感を感じた。
「いきなりやって来て、偉そうになんなんですか? あなたは陛下の愛人なだけで、その綺麗な顔がなかったら王城にも足を踏み入れることなどできないくせに」
ヨーゼフにも高いプライドがあった。
幼い頃から整った顔つきでまわりから持て囃されていたし、生まれ故郷で一番の頭脳をもっており、並ぶものなんていなかった。優秀な自分が、王に見向きもされない。それなのに、何の努力もしていないアヒムは王の寵愛を一心にうけている。それがとても屈辱的だ。
「おい、ヨーゼフ。よせよ」
ジークの制止する声を無視して、ヨーゼフはたまっていた不満を口にした。
「こんなところにいずに、陛下に飽きられないためにも肌の手入れでもした方がいいんじゃないですか? 歳をとるとシワが増えますよ。陛下がお好きな顔がここで火傷でもしたら大変ですよ」
ヨーゼフは皮肉をいいながら火のついた窯をみた。最近は顔料の研究であまりつかなくなった窯であるが、今日は試作品をいくつか焼いていたため、まだ熱が残っている。
「そうか。そうだね。傷ものになれば、醜くなればいいんだ」
アヒムがぶつくさと、おもむろに窯に近寄り火かき棒を手にとって己の顔に当てた。
肉の焼ける不快な臭いが立ち込めた。
「アヒム!? やめろ!!」
ジークはアヒムにかけよって、自らの皮膚を焼く手を止めた。
ヨーゼフは何が起きているのか理解に苦しんだ。
彼は自分の肌を焼くときですら、声もあげずに微笑んでいた。もはや狂気にしか思えない。
「ヨーゼフ、医者だ。急いで医者を呼んでこい。でないと俺もお前も死ぬぞ」
ジークの言葉は脅しではなく、真実味を帯びている。
「わ、わかった」
ヨーゼフは慌てて工房を飛び出して、医者を呼びに走った。
連絡役であるオスヴァルトが不在がこれほどまでに響いたことはないだろう。城の者ではないヨーゼフが医者を呼んでくるのに時間がかかり、アヒムの半顔には醜い火傷の痕が残った。
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