22 / 37
22:カオリン
しおりを挟む
フリートヘルムが磁器の研究に参加してから、目に見えてアヒムの精神状態は安定した。
今まで工房には、アヒムとジークという大人になれきれていない未熟な二人しかいなかった。そんな子供だけで常に緊張の糸がはられた世界に大人があらわれたのだ。しかも知識のある頼りになる大人だ。
アヒムがこれまで一人で負っていたものを大人が共に背負ってくれるのだから、アヒムにとってこれ以上に喜ばしいことはない。
「炻器を作った時の方法を応用すればいいんだ」
フリートヘルムはウサギの炻器と自身が作った磁器モドキを並べた。
「どういう事でしょうか?」
「簡単な話だ。炻器は鉄分などの成分が溶け固まってこんな風になった。ならば、赤くならない、鉄ではない、固く金属質なものを溶かせばいい」
「石膏や大理石などでしょうか? すでに試してみましたが、のぞむものにはなりませんでしたよ」
フリートヘルムは、東洋の磁器の破片を磁器モドキの隣に並べた。
「いい線だ。確かに鉱石だ。だが、ただの石じゃあダメだ。この透明感はガラスにも似たものだ」
「つまり、珪石と長石をいれるということですか」
「そうだ。俺が作ったこれには、カオリンという鉱物からつくった粘土でつくりガラス質の釉薬をくぐらせたものだ」
フリートヘルムはパリンと自分でつくった磁器モドキを割った。
磁器モドキの断面は分厚く、気泡も目立つが中まで白い。
「このカオリンに珪石や長石を理想的な割合で配合して焼いてみれば望むものができると思わないか。まあ、理論だけで実際に作ってみないとわからないが」
「やってみる価値は十分ありますね。カオリンというものを手にいれないといけませんね」
珪石や長石は簡単に手に入るが、カオリンという物質ははじめてきく。そう容易に準備できるものではないだろう。
「カオリンに関してはオスヴァルト卿に報告して手に入るか確認しましょう」
アヒムの言う通りに、フリートヘルムはどこからカオリンを手に入れたのかという詳細を書面にして報告した。
なんとも残念なことに、カオリンがとれる鉱山は隣の領邦のものであり、大量にそれを入手することは難しいようだ。
「ジーク。どうかしたかい?」
夕刻になると工房は閉められて、ジークは家に返される。城に残るのはアヒムだけで、そこでは想像もしたくないおぞましいことが行われる。
フリートヘルムが研究の仲間になっても、それは変わらず、工房を閉めると二人は城を出るが、アヒムは笑顔を張り付けて工房の隣室へと戻る。
「いや。フリート親父もすっかり馴染んじまったなって思って」
二人で帰り際、居酒屋で食事をするほどに、ジークもフリートヘルムと親しくなっていた。
「それは嬉しい言葉だね。名ばかりだとはきえ、一応は爵位を持っている俺のことをそんな風に呼んでくれるのは親しさの証拠さ」
「おっさん、爵位なんて持ってるのかよ。じゃあ、貴族さまじゃねぇか」
「ハハハ。気にしないでくれ。祖国では貴族の家に生まれて、軍務に一定期間いたらもらえるただの称号さ。領土やら権利なんかは兄に全部あげたから、名前だけさ」
ジークは信じられない気持ちでジョッキを煽った。だが、確かにギムナジウムを出て大学に行くほどの人間なのだから裕福な人だったのはわかっていた。
「アヒムくんも貴族の家の子だろうね。立ち振舞いに滲み出ているよ。それにまだ若いのにあの知識量はそうとういい教師を多く付けられていたんだろう」
「……あんまり、あいつに深入りしない方がいい」
ジークは忠告するように言った。自ら人身御供として招いた人間に、情でもわいたのか馬鹿なことを言っている。
「あいつは真っ黒な穴みたいで、何でも吸い込んでしまう。あいつに吸い込まれた奴の末路はよく知っている。フリート親父もその末端はなんとなく知っているだろ」
「心配してくれているのか? ありがとう。だがな、親子ほど歳がはなれているんだ。俺はアヒムくんを息子のように思っているんだ。もちろん君のこともだよ、ジーク」
フリートヘルムはわらってジークの頭を撫でた。
その優しい言葉に、ジークは何も言えなくなった。いや、言えなかった。自分がアヒムに紹介して、あの狂った城への人身御供にしようとしていたなんて。
ジークが城に行ってからもうすぐ一年が経とうとしていた。ああ、自分もとっくに狂っていたのかもしれない。
「ずいぶん、あの男を気に入っているようだな」
王は広いベッドの上でアヒムを胸に抱えながら言った。
その滑らかな肌を堪能するように肩をだき肌を密着させている。
「フリートヘルムさんのことですか?」
すでに情事も済ませ、気だるげに王の胸にしなだれかかっているアヒムは海のように暗い碧色の瞳を細めて笑った。
「叔父に似ているんです。優しくて、頼りになる保護者のようで、つい甘えていたのかもしれません」
「そうか」
王はそれ以上はフリートヘルムに関心をよせることはなかった。排除する必要がないと判断したのだろう。
「そうだ。オスヴァルト卿からカオリンの話は聞きまたしたか?」
「そなたが欲している鉱山の話しか。いいだろう。ねだり方は覚えているだろうな」
「はい」
アヒムは弧を描くような笑みを浮かべて、その白く柔らかい肌を王に渡した。
腰を踊らせ、甘美の声で歌を唄い、果ててもなお悦ばせるために真っ黒な穴となって全てをのみこむ。
フリートヘルムが来てかなりの日数になる。
雪がとけて、もうじき春になる。
今まで工房には、アヒムとジークという大人になれきれていない未熟な二人しかいなかった。そんな子供だけで常に緊張の糸がはられた世界に大人があらわれたのだ。しかも知識のある頼りになる大人だ。
アヒムがこれまで一人で負っていたものを大人が共に背負ってくれるのだから、アヒムにとってこれ以上に喜ばしいことはない。
「炻器を作った時の方法を応用すればいいんだ」
フリートヘルムはウサギの炻器と自身が作った磁器モドキを並べた。
「どういう事でしょうか?」
「簡単な話だ。炻器は鉄分などの成分が溶け固まってこんな風になった。ならば、赤くならない、鉄ではない、固く金属質なものを溶かせばいい」
「石膏や大理石などでしょうか? すでに試してみましたが、のぞむものにはなりませんでしたよ」
フリートヘルムは、東洋の磁器の破片を磁器モドキの隣に並べた。
「いい線だ。確かに鉱石だ。だが、ただの石じゃあダメだ。この透明感はガラスにも似たものだ」
「つまり、珪石と長石をいれるということですか」
「そうだ。俺が作ったこれには、カオリンという鉱物からつくった粘土でつくりガラス質の釉薬をくぐらせたものだ」
フリートヘルムはパリンと自分でつくった磁器モドキを割った。
磁器モドキの断面は分厚く、気泡も目立つが中まで白い。
「このカオリンに珪石や長石を理想的な割合で配合して焼いてみれば望むものができると思わないか。まあ、理論だけで実際に作ってみないとわからないが」
「やってみる価値は十分ありますね。カオリンというものを手にいれないといけませんね」
珪石や長石は簡単に手に入るが、カオリンという物質ははじめてきく。そう容易に準備できるものではないだろう。
「カオリンに関してはオスヴァルト卿に報告して手に入るか確認しましょう」
アヒムの言う通りに、フリートヘルムはどこからカオリンを手に入れたのかという詳細を書面にして報告した。
なんとも残念なことに、カオリンがとれる鉱山は隣の領邦のものであり、大量にそれを入手することは難しいようだ。
「ジーク。どうかしたかい?」
夕刻になると工房は閉められて、ジークは家に返される。城に残るのはアヒムだけで、そこでは想像もしたくないおぞましいことが行われる。
フリートヘルムが研究の仲間になっても、それは変わらず、工房を閉めると二人は城を出るが、アヒムは笑顔を張り付けて工房の隣室へと戻る。
「いや。フリート親父もすっかり馴染んじまったなって思って」
二人で帰り際、居酒屋で食事をするほどに、ジークもフリートヘルムと親しくなっていた。
「それは嬉しい言葉だね。名ばかりだとはきえ、一応は爵位を持っている俺のことをそんな風に呼んでくれるのは親しさの証拠さ」
「おっさん、爵位なんて持ってるのかよ。じゃあ、貴族さまじゃねぇか」
「ハハハ。気にしないでくれ。祖国では貴族の家に生まれて、軍務に一定期間いたらもらえるただの称号さ。領土やら権利なんかは兄に全部あげたから、名前だけさ」
ジークは信じられない気持ちでジョッキを煽った。だが、確かにギムナジウムを出て大学に行くほどの人間なのだから裕福な人だったのはわかっていた。
「アヒムくんも貴族の家の子だろうね。立ち振舞いに滲み出ているよ。それにまだ若いのにあの知識量はそうとういい教師を多く付けられていたんだろう」
「……あんまり、あいつに深入りしない方がいい」
ジークは忠告するように言った。自ら人身御供として招いた人間に、情でもわいたのか馬鹿なことを言っている。
「あいつは真っ黒な穴みたいで、何でも吸い込んでしまう。あいつに吸い込まれた奴の末路はよく知っている。フリート親父もその末端はなんとなく知っているだろ」
「心配してくれているのか? ありがとう。だがな、親子ほど歳がはなれているんだ。俺はアヒムくんを息子のように思っているんだ。もちろん君のこともだよ、ジーク」
フリートヘルムはわらってジークの頭を撫でた。
その優しい言葉に、ジークは何も言えなくなった。いや、言えなかった。自分がアヒムに紹介して、あの狂った城への人身御供にしようとしていたなんて。
ジークが城に行ってからもうすぐ一年が経とうとしていた。ああ、自分もとっくに狂っていたのかもしれない。
「ずいぶん、あの男を気に入っているようだな」
王は広いベッドの上でアヒムを胸に抱えながら言った。
その滑らかな肌を堪能するように肩をだき肌を密着させている。
「フリートヘルムさんのことですか?」
すでに情事も済ませ、気だるげに王の胸にしなだれかかっているアヒムは海のように暗い碧色の瞳を細めて笑った。
「叔父に似ているんです。優しくて、頼りになる保護者のようで、つい甘えていたのかもしれません」
「そうか」
王はそれ以上はフリートヘルムに関心をよせることはなかった。排除する必要がないと判断したのだろう。
「そうだ。オスヴァルト卿からカオリンの話は聞きまたしたか?」
「そなたが欲している鉱山の話しか。いいだろう。ねだり方は覚えているだろうな」
「はい」
アヒムは弧を描くような笑みを浮かべて、その白く柔らかい肌を王に渡した。
腰を踊らせ、甘美の声で歌を唄い、果ててもなお悦ばせるために真っ黒な穴となって全てをのみこむ。
フリートヘルムが来てかなりの日数になる。
雪がとけて、もうじき春になる。
0
お気に入りに追加
49
あなたにおすすめの小説
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
ハイスペックストーカーに追われています
たかつきよしき
BL
祐樹は美少女顔負けの美貌で、朝の通勤ラッシュアワーを、女性専用車両に乗ることで回避していた。しかし、そんなことをしたバチなのか、ハイスペック男子の昌磨に一目惚れされて求愛をうける。男に告白されるなんて、冗談じゃねぇ!!と思ったが、この昌磨という男なかなかのハイスペック。利用できる!と、判断して、近づいたのが失敗の始まり。とある切っ掛けで、男だとバラしても昌磨の愛は諦めることを知らず、ハイスペックぶりをフルに活用して迫ってくる!!
と言うタイトル通りの内容。前半は笑ってもらえたらなぁと言う気持ちで、後半はシリアスにBLらしく萌えると感じて頂けるように書きました。
完結しました。
普通の学生だった僕に男しかいない世界は無理です。帰らせて。
かーにゅ
BL
「君は死にました」
「…はい?」
「死にました。テンプレのトラックばーんで死にました」
「…てんぷれ」
「てことで転生させます」
「どこも『てことで』じゃないと思います。…誰ですか」
BLは軽い…と思います。というかあんまりわかんないので年齢制限のどこまで攻めるか…。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる