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16:炻器

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オスヴァルトに頼んでいた土が手に入った。名を膠塊粘土という。茶褐色のそれを焼いてみると見事に窯の高温に耐えて焼き上がった。

「まるでブロンズみたいね」

リタはできあがったものを面白そうに見て言った。

赤茶色の焼き物は王が望んでいた『白い黄金』とはまったく異なる色をしていた。

出来上がった焼き物、炻器は王の要望とは異なるものであり滑稽でもあったが、アヒムはそれをとても気に入った。

「これで何か彫塑をつくろう。何がいい?」

「ウサギがいいわ」

リタの提案を快く受け入れ、ジーク経由でウサギの彫塑の制作を依頼した。


アヒムが新たに生み出した炻器は、後の時代の彫塑の流行によりラニスで二番手の銘品となった。

やっと形あるものを産み出すことができてアヒムはどこか満足感と達成感を覚えた。この調子でいけば磁器もつくれるのではないかと楽観的に考えてもいた。

だがそれよりも、炻器の報告を受けたであろう王が関心をまったく示さず、アヒムをずっと放置し続けていることの方が気になった。

忘れられているのなら、今なら逃げられるのではないかと浅はかな希望を抱いた。

「アヒム、話ってなぁに?」

リタを部屋に呼んで、二人っきりの密談の機会をもうけた。

「リタ、一緒にこの城から出ないかい?」

「えっ!?」

リタは喫驚の声をあげた。

無理もない。彼女はただの城のメイドであり、城から出ていく理由などない。ただアヒムが城から逃げる時に一緒にいて欲しいというエゴと妄執なのだ。

「えっと、アヒムには磁器をつくるってお仕事があるでしょ。なのにお城を出るってことは逃亡するってことよね? 」

彼女の言葉に頷く。

「で、でも、外にはオスヴァルト様がいるのよ。無理だわ」

「オスヴァルト卿だって四六時中僕を見張っている訳じゃない。交代するタイミングやサボリ癖のある兵士もちゃんと把握しているんだ。安心して」

オスヴァルトは伯爵であり役職のある人だ。それなりに仕事もあるのだから、ずっとアヒムといるわけではない。

夜なんてとくにそうだ。オスヴァルトはいないし、王の訪れもなくなった。非力な錬金術師の監視だと気を抜いている兵がもっぱらだから、簡単に抜け出せるだろう。

「それに僕はこの部屋と工房以外の出入りができないから城の構造がわからないんだ。案内役が必要だ」

リタは困ったように悩んでいた。

「無茶なお願いだということは重々承知だけれど、僕は君と自由に生きたいんだ」

「……わかったわ。愛するあなたの為だもん」

リタが笑顔で頷いてくれて、気持ちがおさえきれずに抱きしめる。

「ありがとう、愛している」

「私もよ。明日、陛下はデボネ夫人の所へおわたりになるはずよ」

デボネとは王の愛人の一人で、もっとも王妃に近い存在とされている。王の寵愛が深く、子供もすでに二人いて、愛人たちの中でも古参で、政治にまで参与していると聞いたことがある。

やはり王は気まぐれにアヒムに手をだしただけなのだ。その気まぐれに振り回されていただけなのだと虚しく感じた。

「それじゃあ、明日の夜、工房で」

「ええ」

虚しさを埋めるように、抱きしめたリタの唇にキスをした。


だが約束の時にいたのはリタではなく、いるはずのない男であった。



夜の工房で待っていたのは久しぶりに顔を見た王だった。

雄々しい体躯に白金色の髪をしたまるで獅子のような男は真鍮色の瞳でじっとこちらを見つめていた。

得体の知れない圧力を感じて生唾をのんで一歩下がる。

「どこへ行くつもりだったんだ?」

「!?」

地底から這い出たような低い声はまるで全てを知っているかのようだ。

「なんのことだかわかりません」

「知らぬ振りをしても意味はないぞ。逃げる計画をたてていたことぐらい耳にはいっている」

なぜその事を知っているのだろうか。そもそも王はデボネ夫人のもとへ行っていたのではないのか。いや、それよりもリタはどこだ。

「リタはどうしたんですか」

アヒムは取り繕うことをやめて、気になることを聞いた。だが王は質問に答える気などなかった。

王はつかつかと歩いてアヒムに近づいた。そしていつもするように顎をつかんで鑑賞するかのように眺めた。

「そのリタという女と懇ろなのだろう?」

疑問系ではあったが確信のある言い方にドキリとした。まるでやましいことが見つかったような気分だ。

「そなた、まだ女を知らないな」

王の言葉にかっと顔が熱く赤くなった。

そう、アヒムはいまだに童貞であり、後ろからの性行為しかしらない歪な男性であった。

アヒムの反応に満足したのか王は不適に口角をあげて微笑んだ。

「来い」

腕を握られて部屋に戻された。心なしか握られた腕が痛く感じる。

部屋はいつのまにか甘い匂いがして、そこには薄手のネグリジェを着た女がいた。

「陛下ぁ~」

女の聞いたこともないような甘い声にぞっとした。

その女こそはリタであった。

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