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13:ランプレヒト王
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ラニス国の若き君主であるランプレヒトは十八という若年の頃に王位につき、その手腕を振るった。
ものの数年でラニス国を軍事大国に成長させ支配をのばした彼はまさしく英明な覇王であった。自身も傑出した武人であり、ついた二つ名は雄健王であった。
一方でランプレヒトは英雄色を好むを体現したような人物であったのだ。
政略結婚であった王妃との仲は冷めきっており、後継者を生むと別々の城で過ごした。互いの相性がよくなく、さらに信仰の違いの問題もあり、各々が好きな生活を送った。
王妃の不在をランプレヒトは寂しく思うことはなかった。彼のまわりには美女たちがあつまり、その時々に好みの女たちと過ごしていた。
女たちは彼の雄々しくも端正な顔立ちと国王という権力に惹かれて誘惑をし、ランプレヒトも美しい女であれば拒まなかった。
そうして色に溺れることはなくとも欲望には忠実な生活をしながら、彼が次に目をつけたのは文化の発展であった。音楽家や芸術家を呼び寄せ、あらたな宮殿や他国への旅行も行った。
そんな時に隣国のテッヘド国王に招かれて東洋の芸術ギャラリーを見せられた。
「どうだラニス王よ。これが『白い黄金』だ」
テッヘド王は自慢するためにランプレヒトを呼んだが、彼はそんな傲慢な声など忘れるほどに東洋から来た磁器に魅せられた。
女性の肌よりも白く滑らかでいて透明感のあるそれは理想であり至極であった。
「テッヘド王よ、これらを譲ってくれぬか」
すいつけられたように磁器の壺を見ながらランプレヒトは言った。
「そうしてやりたいのは山々だが、東洋の磁器は貴重なもので王侯貴族や皇帝陛下にも人気なものであるのだ。ただで譲ることはできないな」
「それならば不可侵の条約でどうだ」
テッヘド王はニヤリと笑った。
テッヘド国は小国ではないが大国でもない。力をつけてきているラニス国を警戒していたふしに、最近ランプレヒトが芸術に執心しているという噂を聞き付けた。これを交渉材料にできると思っていたのだ。
「ええ、いいだろう。それとラニスで美姫と名高いロザリンデ・ベルトをご存知かな?」
そんな女もいたなとランプレヒトは思い出す。どうやらテッヘド王は彼女が欲しいようだ。もう中老のいい歳だというのに盛んなものだ。
「宮廷にいる女優だな。よいぞ、そなたにやろう」
女優とはいうが、内実はランプレヒトの愛人の一人であった。だが、名高い美姫よりも目の前の磁器のほうが何百倍もの価値を持っていた。
「磁器を百五十ほど用意しておけ」
「どれでも好きなものを選ぶといい」
ランプレヒトは磁器と出会い、蒐集した。だが、集めるだけでは満足できずに、それを産み出すことを望んだ。
『白い黄金』を手にすることで、経済発展にもつながると考えたのだ。
白い魔性に魅せられてから、女たちを抱いてもどこか乾いて感じた。磁器よりも劣った女たちの肌は性の捌け口にはなっても満足はさせなかった。
そんな時にであったのだ。美しく、芸術の最高傑作とまでいえる人物に。
「わっ、すみません」
ちょっとした町の祭だった。市場調査のために身分を隠して歩いていると青年とぶつかった。
まるで琥珀を溶かしたような美しいブロンドヘア、小さな顔には精巧にできた彫刻のようなパーツがバランスよく配置されていた。長い睫毛を持ち上げて見上げてくる瞳は澄んだ海の色をしていた。
女よりも美しい顔から男の声が発せられそのアンバランス差が彼の存在を現実だと教えている。
ランプレヒトを最も魅了したのは彼の滑らかで美しい白い肌であった。
「おーい、アヒム」
遠くで誰かを呼ぶ声がすると、目の前の青年が反応した。
「今行くよ、ジーク」
青年の名前はアヒムと言った。
その白い肌を触りたいと手を伸ばそうとする衝動をぐっと堪えた。
「ぶつかってすみませんでした」
少しだけ酒で上気した頬をもって微笑んだ青年アヒムは再び謝罪をしてから立ち去った。
たったそれだけの出会いだったが、ランプレヒトの欲望を駆り立てるには十分だった。
「オスヴァルト」
「はい、兄上」
同行していた異母弟のオスヴァルトを呼び寄せた。
「あの青年を調べろ。名はアヒムと呼ばれていた」
「僭越ながら何故あの者を調べるのでしょうか」
謹厳実直なこの男は父に似たのか表情に乏しくなんともつまらない男であるが、優秀で頼りになる家臣である。
「あの者が欲しい」
「……承知しました」
オスヴァルトは少し驚いた表情をしたが、これ以上私生児が増えることがなくなるならそれでもよいかと兄王の命令にしたがった。
調査の結果わかったことは、アヒムはこの国に最近移住して薬師を営んでいること。そして前職はテッヘド国の錬金術師であったことである。
どうやって城に呼び寄せて囲おうかと思案していると、ちょうどよい駒が現れた。
「陛下、私は金を産み出すことができます。ちゃんとした設備さえあれば必ずや目の前に黄金を作り出してみせましょう」
そう豪語したのは、アヒムと共にいたジークという青年だった。
ランプレヒトが錬金術師を集めていたのは嘘ではないが、その目的は黄金は黄金でも『白い黄金』である。ただの金など手に入れようとすればいくらでも手に入る。そんなものよりも、自らの望むままの造形をした磁器が欲しいのだ。
ジークという男の話に興味はなかったが使えると思った。
たかがパン屋の息子が錬金術など習えるはずがない。彼にそれを教えたのはアヒムだろう。ならばジークを利用して引きずり出せばいい。
「よいだろう。機会をやろう」
必要だという機器と材料を与えて数日見守ったが、案の定金など産み出すことができなかった。
「その者を王を謀った詐欺罪で捕らえよ」
「えっ!? お、お待ちください。俺の、俺に教えてくれた奴ならできるはずです。師匠ですから、この方法も師匠の、アヒムの手稿をもとに改良したものなんです」
ジークは期待どおり、アヒムを売った。
待っていたといわんばかりに王は笑い、アヒムをつれてくるように命じた。
ものの数年でラニス国を軍事大国に成長させ支配をのばした彼はまさしく英明な覇王であった。自身も傑出した武人であり、ついた二つ名は雄健王であった。
一方でランプレヒトは英雄色を好むを体現したような人物であったのだ。
政略結婚であった王妃との仲は冷めきっており、後継者を生むと別々の城で過ごした。互いの相性がよくなく、さらに信仰の違いの問題もあり、各々が好きな生活を送った。
王妃の不在をランプレヒトは寂しく思うことはなかった。彼のまわりには美女たちがあつまり、その時々に好みの女たちと過ごしていた。
女たちは彼の雄々しくも端正な顔立ちと国王という権力に惹かれて誘惑をし、ランプレヒトも美しい女であれば拒まなかった。
そうして色に溺れることはなくとも欲望には忠実な生活をしながら、彼が次に目をつけたのは文化の発展であった。音楽家や芸術家を呼び寄せ、あらたな宮殿や他国への旅行も行った。
そんな時に隣国のテッヘド国王に招かれて東洋の芸術ギャラリーを見せられた。
「どうだラニス王よ。これが『白い黄金』だ」
テッヘド王は自慢するためにランプレヒトを呼んだが、彼はそんな傲慢な声など忘れるほどに東洋から来た磁器に魅せられた。
女性の肌よりも白く滑らかでいて透明感のあるそれは理想であり至極であった。
「テッヘド王よ、これらを譲ってくれぬか」
すいつけられたように磁器の壺を見ながらランプレヒトは言った。
「そうしてやりたいのは山々だが、東洋の磁器は貴重なもので王侯貴族や皇帝陛下にも人気なものであるのだ。ただで譲ることはできないな」
「それならば不可侵の条約でどうだ」
テッヘド王はニヤリと笑った。
テッヘド国は小国ではないが大国でもない。力をつけてきているラニス国を警戒していたふしに、最近ランプレヒトが芸術に執心しているという噂を聞き付けた。これを交渉材料にできると思っていたのだ。
「ええ、いいだろう。それとラニスで美姫と名高いロザリンデ・ベルトをご存知かな?」
そんな女もいたなとランプレヒトは思い出す。どうやらテッヘド王は彼女が欲しいようだ。もう中老のいい歳だというのに盛んなものだ。
「宮廷にいる女優だな。よいぞ、そなたにやろう」
女優とはいうが、内実はランプレヒトの愛人の一人であった。だが、名高い美姫よりも目の前の磁器のほうが何百倍もの価値を持っていた。
「磁器を百五十ほど用意しておけ」
「どれでも好きなものを選ぶといい」
ランプレヒトは磁器と出会い、蒐集した。だが、集めるだけでは満足できずに、それを産み出すことを望んだ。
『白い黄金』を手にすることで、経済発展にもつながると考えたのだ。
白い魔性に魅せられてから、女たちを抱いてもどこか乾いて感じた。磁器よりも劣った女たちの肌は性の捌け口にはなっても満足はさせなかった。
そんな時にであったのだ。美しく、芸術の最高傑作とまでいえる人物に。
「わっ、すみません」
ちょっとした町の祭だった。市場調査のために身分を隠して歩いていると青年とぶつかった。
まるで琥珀を溶かしたような美しいブロンドヘア、小さな顔には精巧にできた彫刻のようなパーツがバランスよく配置されていた。長い睫毛を持ち上げて見上げてくる瞳は澄んだ海の色をしていた。
女よりも美しい顔から男の声が発せられそのアンバランス差が彼の存在を現実だと教えている。
ランプレヒトを最も魅了したのは彼の滑らかで美しい白い肌であった。
「おーい、アヒム」
遠くで誰かを呼ぶ声がすると、目の前の青年が反応した。
「今行くよ、ジーク」
青年の名前はアヒムと言った。
その白い肌を触りたいと手を伸ばそうとする衝動をぐっと堪えた。
「ぶつかってすみませんでした」
少しだけ酒で上気した頬をもって微笑んだ青年アヒムは再び謝罪をしてから立ち去った。
たったそれだけの出会いだったが、ランプレヒトの欲望を駆り立てるには十分だった。
「オスヴァルト」
「はい、兄上」
同行していた異母弟のオスヴァルトを呼び寄せた。
「あの青年を調べろ。名はアヒムと呼ばれていた」
「僭越ながら何故あの者を調べるのでしょうか」
謹厳実直なこの男は父に似たのか表情に乏しくなんともつまらない男であるが、優秀で頼りになる家臣である。
「あの者が欲しい」
「……承知しました」
オスヴァルトは少し驚いた表情をしたが、これ以上私生児が増えることがなくなるならそれでもよいかと兄王の命令にしたがった。
調査の結果わかったことは、アヒムはこの国に最近移住して薬師を営んでいること。そして前職はテッヘド国の錬金術師であったことである。
どうやって城に呼び寄せて囲おうかと思案していると、ちょうどよい駒が現れた。
「陛下、私は金を産み出すことができます。ちゃんとした設備さえあれば必ずや目の前に黄金を作り出してみせましょう」
そう豪語したのは、アヒムと共にいたジークという青年だった。
ランプレヒトが錬金術師を集めていたのは嘘ではないが、その目的は黄金は黄金でも『白い黄金』である。ただの金など手に入れようとすればいくらでも手に入る。そんなものよりも、自らの望むままの造形をした磁器が欲しいのだ。
ジークという男の話に興味はなかったが使えると思った。
たかがパン屋の息子が錬金術など習えるはずがない。彼にそれを教えたのはアヒムだろう。ならばジークを利用して引きずり出せばいい。
「よいだろう。機会をやろう」
必要だという機器と材料を与えて数日見守ったが、案の定金など産み出すことができなかった。
「その者を王を謀った詐欺罪で捕らえよ」
「えっ!? お、お待ちください。俺の、俺に教えてくれた奴ならできるはずです。師匠ですから、この方法も師匠の、アヒムの手稿をもとに改良したものなんです」
ジークは期待どおり、アヒムを売った。
待っていたといわんばかりに王は笑い、アヒムをつれてくるように命じた。
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