6 / 37
5:割れた磁器
しおりを挟む
城に来て数日が経った。
必要な本や資料や陶芸に使われている粘土や様々な白い物質が部屋を散らかしていた。
「アヒム殿、陛下から磁器を見る許可がだされた」
アヒムは泥で汚れた手を桶に入った水で洗った。
「思ったよりも時間がかかりましたね、オスヴァルト卿」
オスヴァルトとはアヒムの監視役兼王との紐帯役でもある白髪の男だ。
彼は王の異母弟であり、伯爵の爵位を持ち、軍人としても名を馳せている人物であるらしい。
そんな男がどうしてアヒムの監視役のようなことをしているのか不可思議である。
「陛下のお時間がなかなかとれなかったから仕方ない」
「ま、待ってください! まさか陛下自ら案内するなんていいませんよね」
「そのまさかだ。すぐに着替えて部屋で待機するように」
今のアヒムの格好はだらしなく、ブラウスの胸元を開き、腕をまくってベストもコートも着ていない。ましてや靴も履いておらず、顔には泥がついている。
「……わかりました」
正直、王に会うのは気が重い。
あの謁見した時以来会ってはいない。会いたいとも思わないが。
アヒムは与えられた人形のような服を手にした。
このような王侯貴族のような装いになれておらず、ストッキングをはくのに苦戦した。
すると突然部屋の扉が開いた。
誰もこの空間に入ることはなく、また許されていない場所が初めてアヒムの手以外で開かれ驚いた。
「アヒム、何をしている」
現れたのは獅子のごとき王である。
「申し訳ありません。慣れておりませんので時間がかかって……」
まだ着替え終わっていないアヒムを王は立たせた。そして控えていた侍従を呼び寄せた。
「着替えさせろ。それとそのベストの色は似合わないから捨てて別のものを用意しろ」
「はい」
老齢の侍従はズボンの裾のボタンをとめて膝下でバックルを用いて留めた。
王がカフスボタンを選び、それを侍従が受けとるとアヒムのブラウスの袖に飾られる。
ベストを着せられクラヴァットで首につけられる。コートや靴を履くまで様々に手を加えられた。
「悪くない」
王はアヒムの頬を撫でて、満足げに笑った。その笑みがどうにも恐ろしく感じた。
「行くぞ」
王が先に進むのでその後を追うように歩いた。
コレクションは下階にあるようで、与えられた部屋と工房以外に出るのは初めてだった。
回廊には絵画にまじって磁器が展示している。
壺や皿、椀などさまざまなものがある。
白地に藍色で草花の細かで複雑な模様が染付されている。また別のものには細長い蜷局をまいた不思議な生き物が描かれていたり、東洋人が描かれていたりするものもある。
藍色以外にも赤や黄色など華やかな色で描かれているが、そのどれもが艶やかな白地のものである。それが絵をさらに引き立てている。
「触れてもよろしいでしょうか」
「よい」
目の前にある壺に触れてみる。
冷たく硬質で、少し指ではじくと金属のような甲高い音がする。
「白くてけれど透明感がある。それに滑らかだ」
質感もその透明な美しさもある。
まるで白粉で素顔を隠した女性のようで、そのコーティングの裏に何があるのかが気になった。
「これ、割れたものなんかありますか?」
大切なコレクションなのだから、そんなものは無いかもしれないが、好奇心が勝り聞いた。
「ない」
予想していた言葉だった。
少し残念に思いながらも、この白い色を出すにはどうしたらいいのか思案する。
素材、温度、釉薬、様々なものを試行錯誤する必要があるだろう。
「どれか一つ割ってやろうか」
「はい!?」
王の思わぬ提案にアヒムは素っ頓狂な声をあげた。
大切なコレクションをわざわざ破壊するなど気が狂っているのか、それとも自国での生産に本気なのかどちらかだ。
「ただし条件がある」
「……条件ですか?」
王はアヒムとの距離をつめた。
息がかかるほど近くにいて、体が強ばる。見上げるように王をみると、どこか既視感をおぼえる。
王の手がアヒムの腰にまわる。もう片方の手で頬を撫でて顎を持ち上げる。親指がアヒムの唇をもてあそぶ。
そのやり取りがどこか官能的で、恥ずかしくかんじて顔を反らそうとするが、顎を固定されているので動かせない。せめてもの抵抗と視線を外す。
「今宵、余の相手をしろ」
「あ、相手というと」
口の中がかわき、言葉がつっかえる。
「決まっているだろう」
「陛下にはすでに王妃さまも、夜の相手をする女性もいます。僕みたいな男を侍らせるなど可笑しいです」
「何を言う。そなたは、粉をまぶした女たちよりも、透明で白い肌をもっている。滑らかな触り心地は磁器のようでいて、血のかよった温かさがある。このような美しいものは他にいないだろう」
王の言葉に顔を赤くも青くもした。
アヒムは男女の関係を知らない。ましてや男同士など想像もできない。
「そのような初な反応を示して」
王はくつくつと笑って、どこか加虐的な表情にアヒムは怯える。
その恐怖心にこたえるように王はアヒムの唇を奪った。
それは触れるだけの優しいものではなく、噛みつくような貪るような荒々しいものであった。
「っ!?」
これがアヒムのファーストキスだった。
キスとはもっと柔らかく夢見心地になるものだと思っていたのに、生暖かい舌がアヒムの口内を荒らし自分のものではない唾液が入ってくる。
しかも相手が男であるということが更に信じられず拒絶を示す。
「やめっ!」
王の胸を押し退けようとするが、相手はびくともしない。
その時だ。アヒムの腰に回されていた王の手はいつの間にかなくなっており、押した弾みでアヒムは後ろに倒れてしまった。
ガシャーンという音が響き、血の気が引いた。
アヒムの後ろには磁器をのせた台があったのだ。
必要な本や資料や陶芸に使われている粘土や様々な白い物質が部屋を散らかしていた。
「アヒム殿、陛下から磁器を見る許可がだされた」
アヒムは泥で汚れた手を桶に入った水で洗った。
「思ったよりも時間がかかりましたね、オスヴァルト卿」
オスヴァルトとはアヒムの監視役兼王との紐帯役でもある白髪の男だ。
彼は王の異母弟であり、伯爵の爵位を持ち、軍人としても名を馳せている人物であるらしい。
そんな男がどうしてアヒムの監視役のようなことをしているのか不可思議である。
「陛下のお時間がなかなかとれなかったから仕方ない」
「ま、待ってください! まさか陛下自ら案内するなんていいませんよね」
「そのまさかだ。すぐに着替えて部屋で待機するように」
今のアヒムの格好はだらしなく、ブラウスの胸元を開き、腕をまくってベストもコートも着ていない。ましてや靴も履いておらず、顔には泥がついている。
「……わかりました」
正直、王に会うのは気が重い。
あの謁見した時以来会ってはいない。会いたいとも思わないが。
アヒムは与えられた人形のような服を手にした。
このような王侯貴族のような装いになれておらず、ストッキングをはくのに苦戦した。
すると突然部屋の扉が開いた。
誰もこの空間に入ることはなく、また許されていない場所が初めてアヒムの手以外で開かれ驚いた。
「アヒム、何をしている」
現れたのは獅子のごとき王である。
「申し訳ありません。慣れておりませんので時間がかかって……」
まだ着替え終わっていないアヒムを王は立たせた。そして控えていた侍従を呼び寄せた。
「着替えさせろ。それとそのベストの色は似合わないから捨てて別のものを用意しろ」
「はい」
老齢の侍従はズボンの裾のボタンをとめて膝下でバックルを用いて留めた。
王がカフスボタンを選び、それを侍従が受けとるとアヒムのブラウスの袖に飾られる。
ベストを着せられクラヴァットで首につけられる。コートや靴を履くまで様々に手を加えられた。
「悪くない」
王はアヒムの頬を撫でて、満足げに笑った。その笑みがどうにも恐ろしく感じた。
「行くぞ」
王が先に進むのでその後を追うように歩いた。
コレクションは下階にあるようで、与えられた部屋と工房以外に出るのは初めてだった。
回廊には絵画にまじって磁器が展示している。
壺や皿、椀などさまざまなものがある。
白地に藍色で草花の細かで複雑な模様が染付されている。また別のものには細長い蜷局をまいた不思議な生き物が描かれていたり、東洋人が描かれていたりするものもある。
藍色以外にも赤や黄色など華やかな色で描かれているが、そのどれもが艶やかな白地のものである。それが絵をさらに引き立てている。
「触れてもよろしいでしょうか」
「よい」
目の前にある壺に触れてみる。
冷たく硬質で、少し指ではじくと金属のような甲高い音がする。
「白くてけれど透明感がある。それに滑らかだ」
質感もその透明な美しさもある。
まるで白粉で素顔を隠した女性のようで、そのコーティングの裏に何があるのかが気になった。
「これ、割れたものなんかありますか?」
大切なコレクションなのだから、そんなものは無いかもしれないが、好奇心が勝り聞いた。
「ない」
予想していた言葉だった。
少し残念に思いながらも、この白い色を出すにはどうしたらいいのか思案する。
素材、温度、釉薬、様々なものを試行錯誤する必要があるだろう。
「どれか一つ割ってやろうか」
「はい!?」
王の思わぬ提案にアヒムは素っ頓狂な声をあげた。
大切なコレクションをわざわざ破壊するなど気が狂っているのか、それとも自国での生産に本気なのかどちらかだ。
「ただし条件がある」
「……条件ですか?」
王はアヒムとの距離をつめた。
息がかかるほど近くにいて、体が強ばる。見上げるように王をみると、どこか既視感をおぼえる。
王の手がアヒムの腰にまわる。もう片方の手で頬を撫でて顎を持ち上げる。親指がアヒムの唇をもてあそぶ。
そのやり取りがどこか官能的で、恥ずかしくかんじて顔を反らそうとするが、顎を固定されているので動かせない。せめてもの抵抗と視線を外す。
「今宵、余の相手をしろ」
「あ、相手というと」
口の中がかわき、言葉がつっかえる。
「決まっているだろう」
「陛下にはすでに王妃さまも、夜の相手をする女性もいます。僕みたいな男を侍らせるなど可笑しいです」
「何を言う。そなたは、粉をまぶした女たちよりも、透明で白い肌をもっている。滑らかな触り心地は磁器のようでいて、血のかよった温かさがある。このような美しいものは他にいないだろう」
王の言葉に顔を赤くも青くもした。
アヒムは男女の関係を知らない。ましてや男同士など想像もできない。
「そのような初な反応を示して」
王はくつくつと笑って、どこか加虐的な表情にアヒムは怯える。
その恐怖心にこたえるように王はアヒムの唇を奪った。
それは触れるだけの優しいものではなく、噛みつくような貪るような荒々しいものであった。
「っ!?」
これがアヒムのファーストキスだった。
キスとはもっと柔らかく夢見心地になるものだと思っていたのに、生暖かい舌がアヒムの口内を荒らし自分のものではない唾液が入ってくる。
しかも相手が男であるということが更に信じられず拒絶を示す。
「やめっ!」
王の胸を押し退けようとするが、相手はびくともしない。
その時だ。アヒムの腰に回されていた王の手はいつの間にかなくなっており、押した弾みでアヒムは後ろに倒れてしまった。
ガシャーンという音が響き、血の気が引いた。
アヒムの後ろには磁器をのせた台があったのだ。
0
お気に入りに追加
49
あなたにおすすめの小説
淫愛家族
箕田 はる
BL
婿養子として篠山家で生活している睦紀は、結婚一年目にして妻との不仲を悩んでいた。
事あるごとに身の丈に合わない結婚かもしれないと考える睦紀だったが、以前から親交があった義父の俊政と義兄の春馬とは良好な関係を築いていた。
二人から向けられる優しさは心地よく、迷惑をかけたくないという思いから、睦紀は妻と向き合うことを決意する。
だが、同僚から渡された風俗店のカードを返し忘れてしまったことで、正しい三人の関係性が次第に壊れていく――
溺愛前提のちょっといじわるなタイプの短編集
あかさたな!
BL
全話独立したお話です。
溺愛前提のラブラブ感と
ちょっぴりいじわるをしちゃうスパイスを加えた短編集になっております。
いきなりオトナな内容に入るので、ご注意を!
【片思いしていた相手の数年越しに知った裏の顔】【モテ男に徐々に心を開いていく恋愛初心者】【久しぶりの夜は燃える】【伝説の狼男と恋に落ちる】【ヤンキーを喰う生徒会長】【犬の躾に抜かりがないご主人様】【取引先の年下に屈服するリーマン】【優秀な弟子に可愛がられる師匠】【ケンカの後の夜は甘い】【好きな子を守りたい故に】【マンネリを打ち明けると進み出す】【キスだけじゃあ我慢できない】【マッサージという名目だけど】【尿道攻めというやつ】【ミニスカといえば】【ステージで新人に喰われる】
------------------
【2021/10/29を持って、こちらの短編集を完結致します。
同シリーズの[完結済み・年上が溺愛される短編集]
等もあるので、詳しくはプロフィールをご覧いただけると幸いです。
ありがとうございました。
引き続き応援いただけると幸いです。】
エリート上司に完全に落とされるまで
琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。
彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。
そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。
社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる