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5:割れた磁器

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城に来て数日が経った。

必要な本や資料や陶芸に使われている粘土や様々な白い物質が部屋を散らかしていた。

「アヒム殿、陛下から磁器を見る許可がだされた」

アヒムは泥で汚れた手を桶に入った水で洗った。

「思ったよりも時間がかかりましたね、オスヴァルト卿」

オスヴァルトとはアヒムの監視役兼王との紐帯役でもある白髪の男だ。

彼は王の異母弟であり、伯爵の爵位を持ち、軍人としても名を馳せている人物であるらしい。

そんな男がどうしてアヒムの監視役のようなことをしているのか不可思議である。

「陛下のお時間がなかなかとれなかったから仕方ない」

「ま、待ってください! まさか陛下自ら案内するなんていいませんよね」

「そのまさかだ。すぐに着替えて部屋で待機するように」

今のアヒムの格好はだらしなく、ブラウスの胸元を開き、腕をまくってベストもコートも着ていない。ましてや靴も履いておらず、顔には泥がついている。

「……わかりました」

正直、王に会うのは気が重い。

あの謁見した時以来会ってはいない。会いたいとも思わないが。

アヒムは与えられた人形のような服を手にした。

このような王侯貴族のような装いになれておらず、ストッキングをはくのに苦戦した。

すると突然部屋の扉が開いた。

誰もこの空間に入ることはなく、また許されていない場所が初めてアヒムの手以外で開かれ驚いた。

「アヒム、何をしている」

現れたのは獅子のごとき王である。

「申し訳ありません。慣れておりませんので時間がかかって……」

まだ着替え終わっていないアヒムを王は立たせた。そして控えていた侍従を呼び寄せた。

「着替えさせろ。それとそのベストの色は似合わないから捨てて別のものを用意しろ」

「はい」

老齢の侍従はズボンの裾のボタンをとめて膝下でバックルを用いて留めた。

王がカフスボタンを選び、それを侍従が受けとるとアヒムのブラウスの袖に飾られる。

ベストを着せられクラヴァットで首につけられる。コートや靴を履くまで様々に手を加えられた。

「悪くない」

王はアヒムの頬を撫でて、満足げに笑った。その笑みがどうにも恐ろしく感じた。

「行くぞ」

王が先に進むのでその後を追うように歩いた。

コレクションは下階にあるようで、与えられた部屋と工房以外に出るのは初めてだった。

回廊には絵画にまじって磁器が展示している。

壺や皿、椀などさまざまなものがある。

白地に藍色で草花の細かで複雑な模様が染付されている。また別のものには細長い蜷局をまいた不思議な生き物が描かれていたり、東洋人が描かれていたりするものもある。

藍色以外にも赤や黄色など華やかな色で描かれているが、そのどれもが艶やかな白地のものである。それが絵をさらに引き立てている。

「触れてもよろしいでしょうか」

「よい」

目の前にある壺に触れてみる。

冷たく硬質で、少し指ではじくと金属のような甲高い音がする。

「白くてけれど透明感がある。それに滑らかだ」

質感もその透明な美しさもある。

まるで白粉で素顔を隠した女性のようで、そのコーティングの裏に何があるのかが気になった。

「これ、割れたものなんかありますか?」

大切なコレクションなのだから、そんなものは無いかもしれないが、好奇心が勝り聞いた。

「ない」

予想していた言葉だった。

少し残念に思いながらも、この白い色を出すにはどうしたらいいのか思案する。

素材、温度、釉薬、様々なものを試行錯誤する必要があるだろう。

「どれか一つ割ってやろうか」

「はい!?」

王の思わぬ提案にアヒムは素っ頓狂な声をあげた。

大切なコレクションをわざわざ破壊するなど気が狂っているのか、それとも自国での生産に本気なのかどちらかだ。

「ただし条件がある」

「……条件ですか?」

王はアヒムとの距離をつめた。

息がかかるほど近くにいて、体が強ばる。見上げるように王をみると、どこか既視感をおぼえる。

王の手がアヒムの腰にまわる。もう片方の手で頬を撫でて顎を持ち上げる。親指がアヒムの唇をもてあそぶ。

そのやり取りがどこか官能的で、恥ずかしくかんじて顔を反らそうとするが、顎を固定されているので動かせない。せめてもの抵抗と視線を外す。

「今宵、余の相手をしろ」

「あ、相手というと」

口の中がかわき、言葉がつっかえる。

「決まっているだろう」

「陛下にはすでに王妃さまも、夜の相手をする女性もいます。僕みたいな男を侍らせるなど可笑しいです」

「何を言う。そなたは、粉をまぶした女たちよりも、透明で白い肌をもっている。滑らかな触り心地は磁器のようでいて、血のかよった温かさがある。このような美しいものは他にいないだろう」

王の言葉に顔を赤くも青くもした。

アヒムは男女の関係を知らない。ましてや男同士など想像もできない。

「そのような初な反応を示して」

王はくつくつと笑って、どこか加虐的な表情にアヒムは怯える。

その恐怖心にこたえるように王はアヒムの唇を奪った。

それは触れるだけの優しいものではなく、噛みつくような貪るような荒々しいものであった。

「っ!?」

これがアヒムのファーストキスだった。

キスとはもっと柔らかく夢見心地になるものだと思っていたのに、生暖かい舌がアヒムの口内を荒らし自分のものではない唾液が入ってくる。

しかも相手が男であるということが更に信じられず拒絶を示す。

「やめっ!」

王の胸を押し退けようとするが、相手はびくともしない。

その時だ。アヒムの腰に回されていた王の手はいつの間にかなくなっており、押した弾みでアヒムは後ろに倒れてしまった。

ガシャーンという音が響き、血の気が引いた。

アヒムの後ろには磁器をのせた台があったのだ。


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