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2:はじまりの出会い
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アヒムの家は城下町の一角にあり、店を兼ねていた。
部屋には沢山の本と仕事で使う薬草やちょっとしたフラスコなどの機器があった。
お世辞にも綺麗といえない場所ではあるが、客足は途絶えない。それほどに彼の作る薬の効果は素晴らしかった。
また、一目彼の姿をみようとする者が男女問わずやってくるのである。
カランカランとドアベルがなってアヒムは読んでいた本から顔を上げた。
「やあ、ジーク。いらっしゃい」
店にやってきたのはパン屋の息子のジークだ。
年頃はアヒムとさして変わらないだろう、無鉄砲を書いたような顔をした青年だ。
「お袋に言われて迎えに来た」
アヒムは、ああそう言えばそんな日かと思いだしたような顔をした。
今日は以前教えてもらったお祭りの日だ。
どうりで表が賑やかなわけだ。
「ありがとう、ジーク。おばさんに言われたからって無理にエスコートしなくてもいいんだよ。僕だってここに来て数ヶ月はたってるんだから」
そう言うとジークは少し不機嫌そうな顔をした。
「別にそんなんじゃねーよ。お前一人じゃ心配だからついていってやるんだよ」
ぶっきらぼうに言う姿がなんだかおかしくてアヒムは微笑んだ。すると笑ってんじゃねーよと叱られた。
「それじゃあ、お言葉に甘えようかな。ちょっと待てね。すぐ支度をするから」
支度といってもフラスコを加熱していた火を止めて、外套を身につける程度のことだ。
黒い外套を羽織って店を出る。
外はすでに賑わっており、小さな子供たちが駆け回り、大人たちは広場で楽しげに踊っている。吟遊詩人の歌声やリュートの旋律が響き渡っている。
その光景に圧巻していると、ジークがため息混じりに声をかけた。
「何ぼーっとしてんだ。行くぞ」
「うん」
まだ店を出て一歩であったことに気付き慌ててジークの後を追う。
「すごく賑やかなんだね」
「だろ。これはただの噂だが、祭りには王さまもお忍びでやってくるって話だ。だから若い女たちはいつもより着飾ってるんだ」
ジークはオエーと嘔吐をするふりをして言った。
確かに女性たちは普段よりも着飾って華やかだ。まるで花畑にいるかのようにさまざまな美貌を競いあっている。
「そういえば、ジークは騎士になるの?」
「なんだそれ? 誰から聞いたんだよ」
「おばさんから。ジークの将来を心配してたよ」
「騎士になるって言ったのはまだ鼻水垂らしてたガキの頃の話だぞ」
それはかなり前の話だ。だが母親にとってはつい最近の出来事なのかもしれない。それに今の彼はきっと幼い頃とあまり変わらないだろうし。
「今の夢は希代の錬金術師さまだよ。金を作れれば一攫千金だろ?」
「……ははは。そんな簡単な話じゃないと思うけど」
「それなんだよ。俺はしがないパン屋の息子で、そんな知識も実験する金もない」
ジークが憧れるほど錬金術師というものはいいものだろうかと疑問に思いつつ、夢を壊すようなことは言わないでおく。
「そんなになりたいなら僕のところへおいで。いくつか本があるから」
「錬金術師だったのか?」
「僕? 僕はしがない薬師だよ。ただ少しだけ知っているだけ」
アヒムは躊躇なく嘘を言った。
「まじか! 明日にでも行くからな!」
ジークは無邪気に笑った。その姿は実年齢よりも幾分か幼く見える。
出店をいくつか見て回り、食べ物を買って食べ歩く。アヒムにとってはじめての体験に心を踊らせた。まわりの陽気な気にあてられてビールを飲んで気分もいささか高揚していた。
そうすると前方の男にぶつかってしまった。
「わっ、すみません」
男はアヒムと同じように外套で身を包んでいた。
背丈はアヒムよりも頭一つ分高いだろう、静な真鍮色の瞳がじっと見つめてきた。
気分を害してしまっただろうかと心配をしていると、遠くからジークの呼ぶ声がした。
「おーい、アヒム」
男は特に何かを言うこともなく、不機嫌そうな顔もしなかった。だが、もう一度きちんと謝罪はすべきだと思い、男に頭をさげる。
「ぶつかってすみませんでした」
アヒムはそう言って、男の視線から逃げるように立ち去った。
部屋には沢山の本と仕事で使う薬草やちょっとしたフラスコなどの機器があった。
お世辞にも綺麗といえない場所ではあるが、客足は途絶えない。それほどに彼の作る薬の効果は素晴らしかった。
また、一目彼の姿をみようとする者が男女問わずやってくるのである。
カランカランとドアベルがなってアヒムは読んでいた本から顔を上げた。
「やあ、ジーク。いらっしゃい」
店にやってきたのはパン屋の息子のジークだ。
年頃はアヒムとさして変わらないだろう、無鉄砲を書いたような顔をした青年だ。
「お袋に言われて迎えに来た」
アヒムは、ああそう言えばそんな日かと思いだしたような顔をした。
今日は以前教えてもらったお祭りの日だ。
どうりで表が賑やかなわけだ。
「ありがとう、ジーク。おばさんに言われたからって無理にエスコートしなくてもいいんだよ。僕だってここに来て数ヶ月はたってるんだから」
そう言うとジークは少し不機嫌そうな顔をした。
「別にそんなんじゃねーよ。お前一人じゃ心配だからついていってやるんだよ」
ぶっきらぼうに言う姿がなんだかおかしくてアヒムは微笑んだ。すると笑ってんじゃねーよと叱られた。
「それじゃあ、お言葉に甘えようかな。ちょっと待てね。すぐ支度をするから」
支度といってもフラスコを加熱していた火を止めて、外套を身につける程度のことだ。
黒い外套を羽織って店を出る。
外はすでに賑わっており、小さな子供たちが駆け回り、大人たちは広場で楽しげに踊っている。吟遊詩人の歌声やリュートの旋律が響き渡っている。
その光景に圧巻していると、ジークがため息混じりに声をかけた。
「何ぼーっとしてんだ。行くぞ」
「うん」
まだ店を出て一歩であったことに気付き慌ててジークの後を追う。
「すごく賑やかなんだね」
「だろ。これはただの噂だが、祭りには王さまもお忍びでやってくるって話だ。だから若い女たちはいつもより着飾ってるんだ」
ジークはオエーと嘔吐をするふりをして言った。
確かに女性たちは普段よりも着飾って華やかだ。まるで花畑にいるかのようにさまざまな美貌を競いあっている。
「そういえば、ジークは騎士になるの?」
「なんだそれ? 誰から聞いたんだよ」
「おばさんから。ジークの将来を心配してたよ」
「騎士になるって言ったのはまだ鼻水垂らしてたガキの頃の話だぞ」
それはかなり前の話だ。だが母親にとってはつい最近の出来事なのかもしれない。それに今の彼はきっと幼い頃とあまり変わらないだろうし。
「今の夢は希代の錬金術師さまだよ。金を作れれば一攫千金だろ?」
「……ははは。そんな簡単な話じゃないと思うけど」
「それなんだよ。俺はしがないパン屋の息子で、そんな知識も実験する金もない」
ジークが憧れるほど錬金術師というものはいいものだろうかと疑問に思いつつ、夢を壊すようなことは言わないでおく。
「そんなになりたいなら僕のところへおいで。いくつか本があるから」
「錬金術師だったのか?」
「僕? 僕はしがない薬師だよ。ただ少しだけ知っているだけ」
アヒムは躊躇なく嘘を言った。
「まじか! 明日にでも行くからな!」
ジークは無邪気に笑った。その姿は実年齢よりも幾分か幼く見える。
出店をいくつか見て回り、食べ物を買って食べ歩く。アヒムにとってはじめての体験に心を踊らせた。まわりの陽気な気にあてられてビールを飲んで気分もいささか高揚していた。
そうすると前方の男にぶつかってしまった。
「わっ、すみません」
男はアヒムと同じように外套で身を包んでいた。
背丈はアヒムよりも頭一つ分高いだろう、静な真鍮色の瞳がじっと見つめてきた。
気分を害してしまっただろうかと心配をしていると、遠くからジークの呼ぶ声がした。
「おーい、アヒム」
男は特に何かを言うこともなく、不機嫌そうな顔もしなかった。だが、もう一度きちんと謝罪はすべきだと思い、男に頭をさげる。
「ぶつかってすみませんでした」
アヒムはそう言って、男の視線から逃げるように立ち去った。
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