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72:白い花の約束
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トラウマというものは恐ろしいもので、いつでもその光景がフラッシュバックする。
人を殺したのは初めてではないのに、彼女を貫く感触が、まだ温かい体が冷たくなっていく時が俺は忘れられない。永遠に。
「白い花畑はゲームのオープニング画面にある場所なの」
レティシアと一緒にジュリアが言っていた場所に来ている。
俺は花畑に行く気にはどうしてもなれずに、村の入り口で立ち止まっていた。
今回は、ヨーセアン公爵家の護衛も俺の護衛もいるのだから大丈夫だとはわかっていても、足が進まない。
「あの。ヨーセアンの姫君ですよね」
ふと、少女が声をかけてきた。
「そうです。あなたは……劇団のタレー役の人?」
「そうです! 覚えていただき光栄です」
どこか見覚えのある少女は、かつてレティシアと一緒に見た劇ラファン・ドゥ・オフニールで少女タレーを演じていた主演の一人だ。
「あの。どうしてこんな何もない所へ?」
「実はここに神殿があるって聞いて来たの。もしかして、ここの出身かしら?」
「はい! ここが私の故郷です。以前にも話したように、バクティーユ物語発祥の地なんて言われているんです。本当の話を広めるためにもここの出身者で劇団を作って活動しているんです」
少女の話を聞いて気づくことがあった。それはレティシアも同じようで互いに顔を見合わせた。
「それじゃあ、ここはかつて運命の神アウラーを祀っていたの?」
「そうです。神殿跡なんかもあって、観光地にしようかとも思っていたんですが、誰も使っていない廃墟同然ですよ。それがどうかされましたか?」
「いいえ。教えてくれてありがとう。あなたたちの新しい作品を楽しみにしているわ」
「ありがとうございます!」
少女は頬を紅潮させてはにかんだ。
少女を見送ってからレティシアは俺の手をそっと取った。
「行きましょう。あの場所に。この手をはなさないから」
俺は頷いて重たい足を前に進めた。
重たくのしかかるものも彼女の手を握っていると幾分か軽くなる。
護衛は少しはなれた後ろからついてきており、まわりには怪しい影もなにもない。
少し複雑な道を進むと、あの白い花畑が目の前に広がった。
「この花ね。原作では、神の化身、愛の証明なんて説明書きがされていたの」
レティシアが一歩踏み出して花畑のなかにはいる。
相変わらず彼女は美しく、花畑と相まって神秘的ですらある。
「実はね。あなたがくれるたくさんの花束の中にこの花がなくて少ししょぼくれていたの。けど、今思えば酷な話よね。あなたにトラウマを植え付けて虫がいいはなしだわ」
「それは……っ」
俺が言葉を言う前にレティシアは手を上げて制止した。
「さっきのタレー役の女優さんの話を覚えている?」
「はい。運命の神アウラーの神殿があったと」
「そう。それでね。バクティーユ物語の最後の話ラファン・ドゥ・オフニールを思い出したの」
愚者オフニール。その最後の物語。
オフニールは好きだった少女タレーを死の運命から救うために愚者となり、いくつもの滑稽で悲惨な人生を送った。そのオフニールを不憫に思ったタレーが運命の神にオフニールの運命を変えるように祈ったのだ。
互いを想い合う反発する祈りのお陰か、運命の神アウラーは二人に真白な人生を与えた。そうして結ばれてオフニールの物語は終わる。
「似ていると思わない?」
「オフニールとタレーにですか?」
「そう。私はあなたの運命を変えることを願いこの世界に来た。あなたは私の幸せを願い運命をねじ曲げるためにここにいる。きっとアウラーが私たちのしぶとさに音をあげて新しい運命を与えてくれたの」
都合のいい解釈なのかもしれないが、俺はレティシアのその言葉にすがりたかった。
「そう言うことにしましょう。運命から、強制力から私たちは脱却したの。不安を抱えて生きていくよりもあなたと前を向いて今を生きたい」
ああ。彼女は変わらず俺の光だ。
繋いだ手は柔らかくもしっかりとした形があり、存在を証明している。
「俺も。あなたと一緒に幸せを目指して歩みたいです。花嫁衣装に身を包んだあなたを抱き締めたいし、互の指輪を交換して愛を誓いたい。花束はこの花にしましょう」
俺は足元にあった白い花を手折ってレティシアに渡した。
「素敵ね」
レティシアは嬉しそうに微笑んだ。
もう、彼女の顔からはあの全てを諦めたような表情も無理に大人ぶる苦しそうな姿もなかった。
「私、エテルネ大公国でうまくやっていけるかしら?」
「大丈夫ですよ。あなたは素晴らしい人ですから。それに面倒な嫁姑問題はないですし、舅である父も俺には甘いですから。きっとティジにはもっと甘くなりますよ」
「まあ」
レティシアと取り留めもない話を視ながら花畑をあとにして新しい道を歩む。
互いに互いの幸せを願う。愛することは得意でも愛されることに慣れない自分たちなりに少しづつ進んでいく。
人を殺したのは初めてではないのに、彼女を貫く感触が、まだ温かい体が冷たくなっていく時が俺は忘れられない。永遠に。
「白い花畑はゲームのオープニング画面にある場所なの」
レティシアと一緒にジュリアが言っていた場所に来ている。
俺は花畑に行く気にはどうしてもなれずに、村の入り口で立ち止まっていた。
今回は、ヨーセアン公爵家の護衛も俺の護衛もいるのだから大丈夫だとはわかっていても、足が進まない。
「あの。ヨーセアンの姫君ですよね」
ふと、少女が声をかけてきた。
「そうです。あなたは……劇団のタレー役の人?」
「そうです! 覚えていただき光栄です」
どこか見覚えのある少女は、かつてレティシアと一緒に見た劇ラファン・ドゥ・オフニールで少女タレーを演じていた主演の一人だ。
「あの。どうしてこんな何もない所へ?」
「実はここに神殿があるって聞いて来たの。もしかして、ここの出身かしら?」
「はい! ここが私の故郷です。以前にも話したように、バクティーユ物語発祥の地なんて言われているんです。本当の話を広めるためにもここの出身者で劇団を作って活動しているんです」
少女の話を聞いて気づくことがあった。それはレティシアも同じようで互いに顔を見合わせた。
「それじゃあ、ここはかつて運命の神アウラーを祀っていたの?」
「そうです。神殿跡なんかもあって、観光地にしようかとも思っていたんですが、誰も使っていない廃墟同然ですよ。それがどうかされましたか?」
「いいえ。教えてくれてありがとう。あなたたちの新しい作品を楽しみにしているわ」
「ありがとうございます!」
少女は頬を紅潮させてはにかんだ。
少女を見送ってからレティシアは俺の手をそっと取った。
「行きましょう。あの場所に。この手をはなさないから」
俺は頷いて重たい足を前に進めた。
重たくのしかかるものも彼女の手を握っていると幾分か軽くなる。
護衛は少しはなれた後ろからついてきており、まわりには怪しい影もなにもない。
少し複雑な道を進むと、あの白い花畑が目の前に広がった。
「この花ね。原作では、神の化身、愛の証明なんて説明書きがされていたの」
レティシアが一歩踏み出して花畑のなかにはいる。
相変わらず彼女は美しく、花畑と相まって神秘的ですらある。
「実はね。あなたがくれるたくさんの花束の中にこの花がなくて少ししょぼくれていたの。けど、今思えば酷な話よね。あなたにトラウマを植え付けて虫がいいはなしだわ」
「それは……っ」
俺が言葉を言う前にレティシアは手を上げて制止した。
「さっきのタレー役の女優さんの話を覚えている?」
「はい。運命の神アウラーの神殿があったと」
「そう。それでね。バクティーユ物語の最後の話ラファン・ドゥ・オフニールを思い出したの」
愚者オフニール。その最後の物語。
オフニールは好きだった少女タレーを死の運命から救うために愚者となり、いくつもの滑稽で悲惨な人生を送った。そのオフニールを不憫に思ったタレーが運命の神にオフニールの運命を変えるように祈ったのだ。
互いを想い合う反発する祈りのお陰か、運命の神アウラーは二人に真白な人生を与えた。そうして結ばれてオフニールの物語は終わる。
「似ていると思わない?」
「オフニールとタレーにですか?」
「そう。私はあなたの運命を変えることを願いこの世界に来た。あなたは私の幸せを願い運命をねじ曲げるためにここにいる。きっとアウラーが私たちのしぶとさに音をあげて新しい運命を与えてくれたの」
都合のいい解釈なのかもしれないが、俺はレティシアのその言葉にすがりたかった。
「そう言うことにしましょう。運命から、強制力から私たちは脱却したの。不安を抱えて生きていくよりもあなたと前を向いて今を生きたい」
ああ。彼女は変わらず俺の光だ。
繋いだ手は柔らかくもしっかりとした形があり、存在を証明している。
「俺も。あなたと一緒に幸せを目指して歩みたいです。花嫁衣装に身を包んだあなたを抱き締めたいし、互の指輪を交換して愛を誓いたい。花束はこの花にしましょう」
俺は足元にあった白い花を手折ってレティシアに渡した。
「素敵ね」
レティシアは嬉しそうに微笑んだ。
もう、彼女の顔からはあの全てを諦めたような表情も無理に大人ぶる苦しそうな姿もなかった。
「私、エテルネ大公国でうまくやっていけるかしら?」
「大丈夫ですよ。あなたは素晴らしい人ですから。それに面倒な嫁姑問題はないですし、舅である父も俺には甘いですから。きっとティジにはもっと甘くなりますよ」
「まあ」
レティシアと取り留めもない話を視ながら花畑をあとにして新しい道を歩む。
互いに互いの幸せを願う。愛することは得意でも愛されることに慣れない自分たちなりに少しづつ進んでいく。
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