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63:向き合う気持ち(sideレティシア)
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扉が叩かれて入室の許可をすると、アンが心配そうな面立ちで入ってきた。
「ギルバート大公子が姫さまにお会いなさりたいそうです」
私は泣き腫らして乾いた瞳でアンから目をそらした。
「たくさんの見舞い品を持っていましたよ。タリーム街の様々な品がありました。レースのショールや美しい彫刻キャンドルなんかもありますよ。きっと、姫さまがタリーム街を気にしていたからでしょうね」
アンは、年下の癖に先に私よりも先に恋人ができていたから、どこかお姉さんぶる。それが今、遺憾なく発揮されている。
「ギルバート大公子がもうじき帰国なさるそうで、その前にお話をしたいと仰っていました」
アンは優しく語りかけるように言葉を紡ぐ。
ギルバートに本当に会わないのかともう一度確認するかのようだ。
「……。アン」
「はい」
「もしも。もしも、取り返しの付かないことを、心に深く残る傷を大切な人に与えてしまったら。どうしたらいいの?」
あの時。
ギルバートと話をしたあの時に、あるはずもない記憶が流れてきた。
何が大きなきっかけかはわからない。だがた、『バクティーユ物語』その単語を彼の口から聞くことがまるで鍵であったかのように、何度もレティシアとして産まれ死んでいく記憶で溢れた。
最も新しい記憶の中で、レティシアはエゴを満たすために、嫌がる彼に自分を殺させた。
なんとも愚かな行為だろうか。
レティシアではなかった私はギルバートを自分なら幸せにできると豪語していた。なのに、蓋を開けてみれば自分のために彼を利用した。
「それは大公子に会われないのと関係あるのですね」
「…うん」
彼が何も覚えていなければ、罪悪感と自分への失望で終わったかもしれない。だが、彼の言動は覚えているようだった。
どこまで覚えているのだろうか。
レティシアを刺した事。それとももっと前からの私の痴態や愚行すべてを覚えているのかもしれない。
「大公子に何か言われたのですか?」
「いいえ! 彼はいつでも私に献身的で。彼の人生をめちゃくちゃにした私を恨んでも、憎んでもいてもおかしくないのに。なのに、どうして」
アンは、私の腫れた目に濡れたタオルを置いた。
熱い体が冷えていく感覚に、私は微かに口を開いて呼吸をした。
「姫さまはバカですね」
「なっ!」
起き上がろうとした私の肩をアンはおさえこんだ。さすがは騎士団長の娘というべきか、力ではかなわない。
「単純に考えてください。大公子の純粋な好意。姫さまのことが好きだからです」
「彼に愛される理由がないわ」
「本当に姫さまはバカですね。愛したり、愛されたりするのにそんなもの必要ないじゃないですか。私だってダニーのどこがいいかなんてわかりませんけど、好きなんです。あいつもこんな私が好きですし。好きに理由なんていりませんよ」
先達者が経験をもとに渡すアドバイスは反発と甘受を繰り返しながら私のなかに浸透していく。
「理由が必要ならそれは姫さまが姫さまだからですよ。それに私たちの姫さまが好かれないわけないじゃないですか!」
アンの姿は見えないが、自慢げに胸を張っている姿が目に浮かぶ。
それだけで、少し気が軽くなって、笑みをわずかにこぼした。
「人がわかり合うためにはやっぱり対話が必要なんだと思うんです。ですから、当人どうしで会話しをしてくだい」
「えっ!? ちょっ、まっ……」
アンの気配が遠ざかったと思ったら扉が開く音がした。
少し遠くから聞こえる声はアンとギルバートのものだった。
「大公子さま。姫さまを悲しませたらただではすましませんよ」
「君は相変わらず気が強いな。わかっているさ」
「はいィ? それはどういう意味ですか」
「公爵にも目をつけられているここでティジさまを傷つける行為はしないってことだよ」
「それなら結構です」
扉が閉まる音がして、人が一人近づいてくるのを感じる。見なくてもそれがギルバートであることぐらいわかる。
「ティジさま」
彼の呼び掛けは、雨上がりのカフェのようにしっとりと、だが温もりを感じさせるようなあたたかみのあるものだった。
だから、私はその温もりに向き合いたいと思った。
「ギルバート大公子が姫さまにお会いなさりたいそうです」
私は泣き腫らして乾いた瞳でアンから目をそらした。
「たくさんの見舞い品を持っていましたよ。タリーム街の様々な品がありました。レースのショールや美しい彫刻キャンドルなんかもありますよ。きっと、姫さまがタリーム街を気にしていたからでしょうね」
アンは、年下の癖に先に私よりも先に恋人ができていたから、どこかお姉さんぶる。それが今、遺憾なく発揮されている。
「ギルバート大公子がもうじき帰国なさるそうで、その前にお話をしたいと仰っていました」
アンは優しく語りかけるように言葉を紡ぐ。
ギルバートに本当に会わないのかともう一度確認するかのようだ。
「……。アン」
「はい」
「もしも。もしも、取り返しの付かないことを、心に深く残る傷を大切な人に与えてしまったら。どうしたらいいの?」
あの時。
ギルバートと話をしたあの時に、あるはずもない記憶が流れてきた。
何が大きなきっかけかはわからない。だがた、『バクティーユ物語』その単語を彼の口から聞くことがまるで鍵であったかのように、何度もレティシアとして産まれ死んでいく記憶で溢れた。
最も新しい記憶の中で、レティシアはエゴを満たすために、嫌がる彼に自分を殺させた。
なんとも愚かな行為だろうか。
レティシアではなかった私はギルバートを自分なら幸せにできると豪語していた。なのに、蓋を開けてみれば自分のために彼を利用した。
「それは大公子に会われないのと関係あるのですね」
「…うん」
彼が何も覚えていなければ、罪悪感と自分への失望で終わったかもしれない。だが、彼の言動は覚えているようだった。
どこまで覚えているのだろうか。
レティシアを刺した事。それとももっと前からの私の痴態や愚行すべてを覚えているのかもしれない。
「大公子に何か言われたのですか?」
「いいえ! 彼はいつでも私に献身的で。彼の人生をめちゃくちゃにした私を恨んでも、憎んでもいてもおかしくないのに。なのに、どうして」
アンは、私の腫れた目に濡れたタオルを置いた。
熱い体が冷えていく感覚に、私は微かに口を開いて呼吸をした。
「姫さまはバカですね」
「なっ!」
起き上がろうとした私の肩をアンはおさえこんだ。さすがは騎士団長の娘というべきか、力ではかなわない。
「単純に考えてください。大公子の純粋な好意。姫さまのことが好きだからです」
「彼に愛される理由がないわ」
「本当に姫さまはバカですね。愛したり、愛されたりするのにそんなもの必要ないじゃないですか。私だってダニーのどこがいいかなんてわかりませんけど、好きなんです。あいつもこんな私が好きですし。好きに理由なんていりませんよ」
先達者が経験をもとに渡すアドバイスは反発と甘受を繰り返しながら私のなかに浸透していく。
「理由が必要ならそれは姫さまが姫さまだからですよ。それに私たちの姫さまが好かれないわけないじゃないですか!」
アンの姿は見えないが、自慢げに胸を張っている姿が目に浮かぶ。
それだけで、少し気が軽くなって、笑みをわずかにこぼした。
「人がわかり合うためにはやっぱり対話が必要なんだと思うんです。ですから、当人どうしで会話しをしてくだい」
「えっ!? ちょっ、まっ……」
アンの気配が遠ざかったと思ったら扉が開く音がした。
少し遠くから聞こえる声はアンとギルバートのものだった。
「大公子さま。姫さまを悲しませたらただではすましませんよ」
「君は相変わらず気が強いな。わかっているさ」
「はいィ? それはどういう意味ですか」
「公爵にも目をつけられているここでティジさまを傷つける行為はしないってことだよ」
「それなら結構です」
扉が閉まる音がして、人が一人近づいてくるのを感じる。見なくてもそれがギルバートであることぐらいわかる。
「ティジさま」
彼の呼び掛けは、雨上がりのカフェのようにしっとりと、だが温もりを感じさせるようなあたたかみのあるものだった。
だから、私はその温もりに向き合いたいと思った。
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