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62:独りよがりの卑怯者
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レティシアとの会話のあと、彼女は発熱してしばらく面会を謝絶された。そうして、どこか気まずさを持ちながら、話をする機会を失っていた。
彼女は幸福であるべきで、俺はそれを守りたかった。それだけなのに、俺が彼女を悲しませているようだった。
俺は今まで彼女の気持ちもわからないのに、未来を変えることが彼女の幸せだと決めつけて、一方的におもいを押しつけた。それが彼女を傷つけているとも知らずに。
だが、それでは俺はどうしたらいいのだろうか。
指針を失ったような、生きる意味を喪失したような気分だ。
半ば廃人のように過ごしていたそんな時にエドウィンから話があると呼ばれた。
「狼襲撃事件は公明正大に調査し、その結果を報告する」
「そうすると思いました」
アルフレッドを陥れるだとかそういった政治事情を抜きにして、エドウィンは公正な人だ。彼自身の正義にのっとり行動する。
「俺はこの件には関わりません。他国の者が口出しするわけにはいきませんから」
「そう言うわりには随分と干渉したではないか」
エドウィンは意地の悪い笑みを浮かべて、机に散らばった紙を指で叩いた。
「狩猟大会での自衛の際にたまたま犯人を捕まえて、情報を調査担当に渡したまでですよ」
エドウィンは鼻で笑った。
「実際に公爵が選んだ決定に何も言いませんよ。どちらにせよ、プセアランはそれどころではなくなってくるでしょうし」
プセアランの内情は精通した者ならば、内部が二分していることを知っているだろう。その争いをさらに焚き付けたのだから、もっと混乱を極めるだろう。
「お前が敵だと末恐ろしいな」
「お義兄さまと敵対するなんて。滅相もない」
わざとらしくおどけて言ってみると、エドウィンはため息とも笑みともつかない声をあげた。
「この国でやれることもありませんし、一足先に帰国させていただきます」
「ティジを連れては行かせないからな」
「わかってます」
ただ彼女とは距離をおいた方がいいような気がした。
今までの独善を反省すべきだ。
俺の側にいない方が彼女は暗い顔をしないだろう。
「全てティジに一任しています。もし彼女が婚約破棄を望むならその意思に従います」
「お前は……。いや、なんでもない」
エドウィンは何か言いたそうな顔をしたが、口を閉ざした。
「公的な関係が無くなったとしても、求められれば力はかしますよ。レティシアのためにね」
「なんとも拍子抜けだな」
エドウィンに一礼してから執務室を出た。
彼女にも帰国する旨を伝えないと行けないのに、あわせる顔が見当たらずに、なよなよしくも足を進められないでいた。
「ブラッド。帰国の準備をしておけ」
「……。わかりました。全員での帰国ですね」
レティシアの元に部下も残さずに引き上げるのかと確認された。
「そうだ。それと、パルモス伯爵の動向はどうなっている?」
「表だった動きはありませんが、老婆を経由してプセアラン王国に連絡をとっているようです」
「うまく撹乱しろ。証拠の押収もぬかるな」
「はいはい。そう言うと思ってすでに動かしていますよ。あの老女の監視保護も継続中です」
「それでいい」
エドウィンにはこの件からは手を引くと言ったが、何もしないわけにはいかない。回帰してきた利点をいかして、あの未来だけは回避したかった。
ジュリアが王太子の婚約者となり、レティシアを毒殺未遂の主犯としたことがきっかけの反逆騒動。それによる悪女の死というエンディングで全てが片付けられる未来。
それを回避して彼女が死なない未来のために俺は今存在する。
「姫君にはお話しないんですか?」
「何をだ?」
「何をって……。帰国することですよ。姫君をつれて帰るわけじゃないんですから、お別れくらいは言わないと」
「ああ……。そうだな」
合わせる顔がとか、そんなことを思っていいわけをしていても、きっと彼女は、俺がなにも言わずに発てば、悲しむか怒るかはするだろう。そう言う人だから。
「まったく。しっかりしてくださいよ。どうせ、姫君たちに可愛がられているトニーの口からすでに漏れているとは思いますが」
「回復祝いに何か贈り物をしないとな」
「姫君ならなんでも喜んでくれるんじゃないですか? いいからさっさと準備してください! 私たちはあなたの思いのもと、あなたのために動いているんですから」
ブラッドや金獅子隊の連中は、今世ではじめて出会った連中だ。
俺の世界はレティシアでまわっており、そのために必要なものとして揃えたものであったが、それとなく愛着もある。
金獅子隊のほとんどは庶民や孤児といった決して明るくはないものたちだ。利用するならブラッドのような貴族出身のほうがよかったのかもしれないが、俺がそうしたのは、かつての自分と重ねていたからかもしれない。
薄汚い孤児のギルバートが、レティシアに拾われて英雄となったように、彼らにもと。彼女ならそうするかもしれない。俺の受けた恩恵を与えたい。
独善的であろうと、そう思った。
ブラッドの言葉は、今は前世とは違うものだと再認識させてくれた。
そして、嘗ての彼女から受けた恩恵を、俺なりに分配して、今の彼女に還元しようとしている。その現状に気づいた。
それでもいいと、レティシアにゆるしを乞いたかった。
「はやく帰ってきてくださいね」
ブラッドは主君である俺を乱雑に扱う。
背中を押されて無理やり外に出されると、『お見舞いに喜ばれるものtop5』と書かれたリストを渡された。
これでも買って、さっさと話をして来いと言わんばかりだ。
ひとまず、リストにあるものを一通り買って、彼女が喜びそうな物も選ぼう。
彼女は幸福であるべきで、俺はそれを守りたかった。それだけなのに、俺が彼女を悲しませているようだった。
俺は今まで彼女の気持ちもわからないのに、未来を変えることが彼女の幸せだと決めつけて、一方的におもいを押しつけた。それが彼女を傷つけているとも知らずに。
だが、それでは俺はどうしたらいいのだろうか。
指針を失ったような、生きる意味を喪失したような気分だ。
半ば廃人のように過ごしていたそんな時にエドウィンから話があると呼ばれた。
「狼襲撃事件は公明正大に調査し、その結果を報告する」
「そうすると思いました」
アルフレッドを陥れるだとかそういった政治事情を抜きにして、エドウィンは公正な人だ。彼自身の正義にのっとり行動する。
「俺はこの件には関わりません。他国の者が口出しするわけにはいきませんから」
「そう言うわりには随分と干渉したではないか」
エドウィンは意地の悪い笑みを浮かべて、机に散らばった紙を指で叩いた。
「狩猟大会での自衛の際にたまたま犯人を捕まえて、情報を調査担当に渡したまでですよ」
エドウィンは鼻で笑った。
「実際に公爵が選んだ決定に何も言いませんよ。どちらにせよ、プセアランはそれどころではなくなってくるでしょうし」
プセアランの内情は精通した者ならば、内部が二分していることを知っているだろう。その争いをさらに焚き付けたのだから、もっと混乱を極めるだろう。
「お前が敵だと末恐ろしいな」
「お義兄さまと敵対するなんて。滅相もない」
わざとらしくおどけて言ってみると、エドウィンはため息とも笑みともつかない声をあげた。
「この国でやれることもありませんし、一足先に帰国させていただきます」
「ティジを連れては行かせないからな」
「わかってます」
ただ彼女とは距離をおいた方がいいような気がした。
今までの独善を反省すべきだ。
俺の側にいない方が彼女は暗い顔をしないだろう。
「全てティジに一任しています。もし彼女が婚約破棄を望むならその意思に従います」
「お前は……。いや、なんでもない」
エドウィンは何か言いたそうな顔をしたが、口を閉ざした。
「公的な関係が無くなったとしても、求められれば力はかしますよ。レティシアのためにね」
「なんとも拍子抜けだな」
エドウィンに一礼してから執務室を出た。
彼女にも帰国する旨を伝えないと行けないのに、あわせる顔が見当たらずに、なよなよしくも足を進められないでいた。
「ブラッド。帰国の準備をしておけ」
「……。わかりました。全員での帰国ですね」
レティシアの元に部下も残さずに引き上げるのかと確認された。
「そうだ。それと、パルモス伯爵の動向はどうなっている?」
「表だった動きはありませんが、老婆を経由してプセアラン王国に連絡をとっているようです」
「うまく撹乱しろ。証拠の押収もぬかるな」
「はいはい。そう言うと思ってすでに動かしていますよ。あの老女の監視保護も継続中です」
「それでいい」
エドウィンにはこの件からは手を引くと言ったが、何もしないわけにはいかない。回帰してきた利点をいかして、あの未来だけは回避したかった。
ジュリアが王太子の婚約者となり、レティシアを毒殺未遂の主犯としたことがきっかけの反逆騒動。それによる悪女の死というエンディングで全てが片付けられる未来。
それを回避して彼女が死なない未来のために俺は今存在する。
「姫君にはお話しないんですか?」
「何をだ?」
「何をって……。帰国することですよ。姫君をつれて帰るわけじゃないんですから、お別れくらいは言わないと」
「ああ……。そうだな」
合わせる顔がとか、そんなことを思っていいわけをしていても、きっと彼女は、俺がなにも言わずに発てば、悲しむか怒るかはするだろう。そう言う人だから。
「まったく。しっかりしてくださいよ。どうせ、姫君たちに可愛がられているトニーの口からすでに漏れているとは思いますが」
「回復祝いに何か贈り物をしないとな」
「姫君ならなんでも喜んでくれるんじゃないですか? いいからさっさと準備してください! 私たちはあなたの思いのもと、あなたのために動いているんですから」
ブラッドや金獅子隊の連中は、今世ではじめて出会った連中だ。
俺の世界はレティシアでまわっており、そのために必要なものとして揃えたものであったが、それとなく愛着もある。
金獅子隊のほとんどは庶民や孤児といった決して明るくはないものたちだ。利用するならブラッドのような貴族出身のほうがよかったのかもしれないが、俺がそうしたのは、かつての自分と重ねていたからかもしれない。
薄汚い孤児のギルバートが、レティシアに拾われて英雄となったように、彼らにもと。彼女ならそうするかもしれない。俺の受けた恩恵を与えたい。
独善的であろうと、そう思った。
ブラッドの言葉は、今は前世とは違うものだと再認識させてくれた。
そして、嘗ての彼女から受けた恩恵を、俺なりに分配して、今の彼女に還元しようとしている。その現状に気づいた。
それでもいいと、レティシアにゆるしを乞いたかった。
「はやく帰ってきてくださいね」
ブラッドは主君である俺を乱雑に扱う。
背中を押されて無理やり外に出されると、『お見舞いに喜ばれるものtop5』と書かれたリストを渡された。
これでも買って、さっさと話をして来いと言わんばかりだ。
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