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57:残念な婚約式
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デビュタントの数日後、エテルネ大公子とヨーセアン公爵の姫との婚約が正式に発表された。
二国間の祝辞であるため婚約式には多くの人が集まり、エテルネ大公国の代表として宰相が、フーリエ王国の代表として王太子が立ち会った。
婚約式といっても華々しく愛に溢れたものではなく、結納金や持参金、二国間での取り決めなどの契約的なことの調印に近いものだ。二人の関係や二国間での取り決めを公に示すためのものだ。
「ティジ。今日は一段と素敵です」
淡い暖色系のドレスを着て緊張しているレティシアに俺はそっと声をかけた。
「あなた、いつもそう言うじゃない。信じられないわ」
「本当ですよ。天使のように愛らしいです」
正直な話、国同士の利益などまったく興味のない話だ。俺の目的は、今この瞬間に彼女の隣を得ることであり、彼女が何者にも陥れられない地位を得たことである。
「俺がどれほどこの時を待ち望んでいたか知らないでしょう? 俺の存在はあなたの為だけにあるんです。この瞬間、それが証明される」
「大袈裟ね」
熱烈な愛の言葉にレティシアは頬を染めて視線をそらした。
二人で話していると、目の前の司祭が小さく咳払いをした。
「婚約の証として、互の象徴を与え、金と銀による盟約とする」
花婿の象徴は短剣を、花嫁の象徴は手袋を互いに交換する。そうして、銀の花嫁の指輪は俺に、金の花婿の指輪をレティシアにはめて、司祭が祈祷した。
なんとも儀式的であり、政治的な婚約式は滞りなく終わった。
パーティーには更に多くの者が参加し、挨拶だけでも途方もなく疲れはてる。
互いの右手を飾る指輪を見て、半年後には結婚となることを考える。
俺はレティシアに対して申し訳ない気持ちを抱いた。このような形で彼女を手にしてよかったのだろうかと不安になった。
「ティジ。すみません」
彼女の幸せのためだとかなんだと言い訳をして、自分の欲を推し進めただけなのではないだろうか。
「どうしたの?」
突然謝罪した俺を不審がるのではなく、心配そうに顔を覗く彼女を抱き締めたい衝動にかられた。
「いえ。あなたの婚約式は、こんな政治ばかりを話す人たちが集まるものではなく、もっと愛と祝福に満ちたものにしたかったのですが」
「そう? 私は、今がまるで砂糖菓子でできた甘い夢のようだわ。バティは甘いものが好きでしょう」
「ええ、好きです」
笑う彼女につられて俺も不器用に笑った。
いつでも彼女は俺に手をさしのべてくれる光であり続けた。
だから、その光を汚さないようにいつでも手放せるようにしなければいけない。
「ギルバート殿、ティジ」
低く冷たい声が俺とレティシアを呼んだ。
彼女と似た色をした男は俺を睨んで、レティシアには優しく声かけた。
「これは義兄上殿、祝いの言葉を言いに来たのですか」
そういうとエドウィンはすこぶる嫌そうな顔をした。
「そう呼ぶのは早いのでは? まだ婚約期間であり、ティジは我が家の者だ」
「ええ、わかっています」
挑発的な顔をするエドウィンを笑顔でかわす。
婚約したからといって、レティシアをエテルネ大公国に連れていくことは不可能だ。彼女の準備の問題もあるが、エドウィンがゆるさない。あらゆる事例を持ち出して全力で抵抗してくる。なんとも厄介な敵だ。
彼女の安寧のためにまだやるべき事が残っている。それを全て終えたら、俺はこの手を離せるだろうか。
「もうじき狩猟大会ですね。俺も招待されたので参加させていただきます」
「まさか、我が家の天幕に来るつもりではないだろうな」
「婚約を結んだのですから、家族も同然ではないですか。それに俺が滞在している場所はヨーセアン公爵のタウンハウスですよ?」
断る理由がないだろうと、エドウィンを脅すと不服そうな顔をしながらも彼は了承するしかない。
「バティも狩りに参加するの?」
「まさか。俺が参加すれば、一人ですべての獲物を狩ってしまいますよ。ヨーセアン騎士団以外の騎士団や近衛がどの程度の水準なのかみようかと思っています」
記憶に残る他家の騎士団や近衛騎士団はなんとも残念なレベルだった。それは変わらないだろう。
真の目的は狩猟大会での企みをうまく利用して、前世彼女を陥れた者を炙り出し、徹底的に潰すことだ。
そう。これは復讐でもある。
「大陸の英雄のお眼鏡にかなうとは思えんな。ティジの側にいたいだけだろう」
エドウィンは皮肉めいた笑みを浮かべた。
「そうですね。狩猟大会とはいえ、何がおこるかわかりませんから、義兄上のかわりに彼女の側を守るために側にいた方がいいでしょう」
俺とエドウィンの間にバチバチと冷たい火花が散る。
「いつもタッセルを作るのだけれど、バティたちの分も用意するわ」
「ありがとうございます、ティジ。うれしいです」
ヨーセアン騎士団を象徴する、あのウィスタリアのタッセルを今世もいただける光栄に心をはずませた。
彼女が安全を願ってつくるアムレットのためにも、つつがなく狩猟大会が開催されるようにしなければならない。
ブラッドに指示していた通りに計画は動いていた。
二国間の祝辞であるため婚約式には多くの人が集まり、エテルネ大公国の代表として宰相が、フーリエ王国の代表として王太子が立ち会った。
婚約式といっても華々しく愛に溢れたものではなく、結納金や持参金、二国間での取り決めなどの契約的なことの調印に近いものだ。二人の関係や二国間での取り決めを公に示すためのものだ。
「ティジ。今日は一段と素敵です」
淡い暖色系のドレスを着て緊張しているレティシアに俺はそっと声をかけた。
「あなた、いつもそう言うじゃない。信じられないわ」
「本当ですよ。天使のように愛らしいです」
正直な話、国同士の利益などまったく興味のない話だ。俺の目的は、今この瞬間に彼女の隣を得ることであり、彼女が何者にも陥れられない地位を得たことである。
「俺がどれほどこの時を待ち望んでいたか知らないでしょう? 俺の存在はあなたの為だけにあるんです。この瞬間、それが証明される」
「大袈裟ね」
熱烈な愛の言葉にレティシアは頬を染めて視線をそらした。
二人で話していると、目の前の司祭が小さく咳払いをした。
「婚約の証として、互の象徴を与え、金と銀による盟約とする」
花婿の象徴は短剣を、花嫁の象徴は手袋を互いに交換する。そうして、銀の花嫁の指輪は俺に、金の花婿の指輪をレティシアにはめて、司祭が祈祷した。
なんとも儀式的であり、政治的な婚約式は滞りなく終わった。
パーティーには更に多くの者が参加し、挨拶だけでも途方もなく疲れはてる。
互いの右手を飾る指輪を見て、半年後には結婚となることを考える。
俺はレティシアに対して申し訳ない気持ちを抱いた。このような形で彼女を手にしてよかったのだろうかと不安になった。
「ティジ。すみません」
彼女の幸せのためだとかなんだと言い訳をして、自分の欲を推し進めただけなのではないだろうか。
「どうしたの?」
突然謝罪した俺を不審がるのではなく、心配そうに顔を覗く彼女を抱き締めたい衝動にかられた。
「いえ。あなたの婚約式は、こんな政治ばかりを話す人たちが集まるものではなく、もっと愛と祝福に満ちたものにしたかったのですが」
「そう? 私は、今がまるで砂糖菓子でできた甘い夢のようだわ。バティは甘いものが好きでしょう」
「ええ、好きです」
笑う彼女につられて俺も不器用に笑った。
いつでも彼女は俺に手をさしのべてくれる光であり続けた。
だから、その光を汚さないようにいつでも手放せるようにしなければいけない。
「ギルバート殿、ティジ」
低く冷たい声が俺とレティシアを呼んだ。
彼女と似た色をした男は俺を睨んで、レティシアには優しく声かけた。
「これは義兄上殿、祝いの言葉を言いに来たのですか」
そういうとエドウィンはすこぶる嫌そうな顔をした。
「そう呼ぶのは早いのでは? まだ婚約期間であり、ティジは我が家の者だ」
「ええ、わかっています」
挑発的な顔をするエドウィンを笑顔でかわす。
婚約したからといって、レティシアをエテルネ大公国に連れていくことは不可能だ。彼女の準備の問題もあるが、エドウィンがゆるさない。あらゆる事例を持ち出して全力で抵抗してくる。なんとも厄介な敵だ。
彼女の安寧のためにまだやるべき事が残っている。それを全て終えたら、俺はこの手を離せるだろうか。
「もうじき狩猟大会ですね。俺も招待されたので参加させていただきます」
「まさか、我が家の天幕に来るつもりではないだろうな」
「婚約を結んだのですから、家族も同然ではないですか。それに俺が滞在している場所はヨーセアン公爵のタウンハウスですよ?」
断る理由がないだろうと、エドウィンを脅すと不服そうな顔をしながらも彼は了承するしかない。
「バティも狩りに参加するの?」
「まさか。俺が参加すれば、一人ですべての獲物を狩ってしまいますよ。ヨーセアン騎士団以外の騎士団や近衛がどの程度の水準なのかみようかと思っています」
記憶に残る他家の騎士団や近衛騎士団はなんとも残念なレベルだった。それは変わらないだろう。
真の目的は狩猟大会での企みをうまく利用して、前世彼女を陥れた者を炙り出し、徹底的に潰すことだ。
そう。これは復讐でもある。
「大陸の英雄のお眼鏡にかなうとは思えんな。ティジの側にいたいだけだろう」
エドウィンは皮肉めいた笑みを浮かべた。
「そうですね。狩猟大会とはいえ、何がおこるかわかりませんから、義兄上のかわりに彼女の側を守るために側にいた方がいいでしょう」
俺とエドウィンの間にバチバチと冷たい火花が散る。
「いつもタッセルを作るのだけれど、バティたちの分も用意するわ」
「ありがとうございます、ティジ。うれしいです」
ヨーセアン騎士団を象徴する、あのウィスタリアのタッセルを今世もいただける光栄に心をはずませた。
彼女が安全を願ってつくるアムレットのためにも、つつがなく狩猟大会が開催されるようにしなければならない。
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