悪女の騎士

土岐ゆうば(金湯叶)

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56:二度目のデビュタント

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デビュタントのドレスコードは純白のドレスと花冠と決まっている。それさえ守れば、各々家門の財力を誇るように自由に着飾る。

レティシアのドレスは、大陸でもっとも有名なデザイナーの手によるものだ。

シルクとレースの柔らかな印象を受けるドレスには細かなダイヤが散りばめられている。

あくまでも主役を引き立てる上品なデザインのドレスと季節の生花でできた鮮やかな花冠を身につけたレティシアはまさに主役にふさわしい。

「素敵です、ティジ」

エスコート役として彼女と腕を組んで王城に入ると、視線がすべてこちらに集中する。

ドレスのスタイルは前世は華やかで高貴といった印象をうけたが、今世は淑やかで愛らしい印象をあたえる。

これも彼女への印象操作の一貫であり、決して好みだとかそういったものは反映されていない。

「バティも髪をあげているといつもと違う印象を受けるわ。カッコいいわ」

俺は燕尾服に普段は下ろしている前髪を上げてきっちりとした格好をしている。彼女に相応しくあろうと、あれこれと服を選びスタイリングも悩み抜いた結果だから、褒めてもらうと嬉しい。

「今までは格好いいと思ってもらえなかったということでしょうか?」

「えっ!? 違うわよ。でも、確かにカッコいいよりも先に可愛いが来ていたかも」

「なら、今後はこの髪型を維持しましょうか?」

「ダメよ。私の心臓がもたないわ。それに可愛いも褒め言葉なんだから」

デビュタントの形式は何も変わっておらず、デビュタントの少女たちが一人ずつ謁見室でレディの称号をもつ女性から紹介されて、王に挨拶をする。その後は舞踏にうつる。

最後に登場する俺たちに自然と注目は集まる。

「プリンセス・レティシアとエテルネ大公国プリンス・ギルバートの入場です」

入場を告げる言葉に少し高揚した。

彼女と対等の立場で隣に並んでいる自分に誰も見下すことなく、お似合いだと囁きあった。

かつて大陸の英雄を使役する悪女だった彼女は、大陸の英雄と婚約する和平の聖女となった。

俺の立場一つ、立ち振る舞い一つでこれ程までに変わるのだと実感する。

二人が礼をして壮麗な音楽とともにデビュタントのファーストダンスが始まった。

「ダンスが終わったらあそこにあるケーキを食べましょ。王宮のシェフ力作らしいの」

ダンス中の既視感のある言葉に思わず笑みをこぼした。

「よろこんで」

ダンス中はまるで世界が二人だけのように感じられたのに、曲が終わり離れてしまうと、拍手の音が世界を戻してしまった。

レティシアの言う通りにケーキを食べに行こうとするが、まわりは俺たちを放っては置かなかった。

「はじめまして。グリーシュン伯爵の息子のジェフリーと申します。お噂はかねがね」

「大公子の手腕は我が国でも聞こえてきます。武だけでなく文にもたけていると」

「私はティドレ子爵と申します。我が家の鉱石は一等品でして。ぜひ、レティシアさまへの贈り物にでも」

俺のまわりには、名前を覚えてもらおうとする貴族の子弟や貿易産業の話をして利益を得ようとする貴族がワラワラとあつまる。

「レティシアさま、本日のドレスも素敵です」

「どこのブティックのものですか?」

「そのダイヤの耳飾りは大公子からの贈り物でして?」

レティシアのまわりには貴婦人やデビュタントをむかえた若い令嬢があつまった。

息をつく暇すら与えられずに、社交に引っ張りだことなって、ケーキを食べながら二人で談笑する余裕などなかった。

「ギルバート殿!」

名前を呼ばれた方向をみると、忌々しい小僧がいた。

「ドミニク王子、お久しぶりです」

「お久しぶりです! ギルバート殿とお話したかったんです」

ドミニクはキラキラとした尊敬の眼差しで俺を見てくる。この変化に過去とは違う道を歩いているのだと実感できるのと同時に、身分や出自でこうも態度を変える彼らを浅ましく思う。

「もうじき、王室主宰の狩猟大会があるんです。ぜひギルバート殿に参加して欲しいんです」

「うれしいお誘いです。ですが、俺が狩りに参加すると獲物を全てとってしまいそうですので、見ているだけにします。フーリエ王国の若者の素晴らしい腕前を見せていただくことはできますか?」

「もちろんです!」

願ってもいない申し出だ。

俺の立場は他国の留学生だ。彼女の騎士ならば簡単についていくことができたが、王室側が公式に招待されないといけない。こういった所は面倒だが、ドミニクが都合よく動いてくれた。ドミニクも役に立つことがあったのかと感心する。

ふと、見覚えのある女が俺の前にやってきた。

白いドレスと花冠をつけたデビュタントである女は凡庸な顔立ちの女をしっている。

「パルモス伯爵の娘、ジュリアと申します」

ジュリアは恭しく礼をとって挨拶をした。

俺がもともと警戒していた女は二人。一人はエカテ公爵のオリヴィア。彼女はレティシアと話をしている。というよりも絡まれているような気もするが、レティシアは楽しそうに笑っているので害はないだろう。

問題は目の前の女だ。

人畜無害そうな顔をして瞳の奥にはギラギラとした野心が見える。

「はじめまして。俺に何か用でも?」

王子であるドミニクとの間に入ってきたのだから、相応の事情がなければ不敬となる。

「えっ? あの、ご挨拶をしようと」

ジュリアは俺が冷ややかな態度をとるとは思っていなかったのか、予期せぬことのように慌てていた。

「貴様、僕とギルバート殿の間に勝手に入ってきて無礼であるぞ!」

ドミニクは癇癪をおこしたように怒鳴った。

騒がしくなるこちらにあたりがこちらを注視しはじめた。騒ぎをおこすなら俺を巻き込まないで欲しいとジュリアを疎ましげに睨む。

「ごめんなさい」

ジュリアが怯えた声で謝罪をいうが、ドミニクの怒りがおさまるわけがない。

「なんの騒ぎだ」

「兄上、この女が無礼にも僕とギルバート殿の会話にわって入ってきたのです」

騒ぎをききつけた王太子のアルフレッドがやってきた。こいつはいつも後からやってくるなと内心舌打ちをする。

「確かにそこのご令嬢に過失があっただろうが、お前がしていることは騒ぎを大きくするだけの愚かな行いだ。今日はデビュタントだ。それをお前はそれを台無しにするつりか?」

アルフレッドがドミニクを叱りつけることは前世と変わりない場景だ。

「何より、他国の貴賓がいるのだぞ。我が国の品位を陥れる行為だと反省しろ」

「……はい。兄上」

ドミニクは悔しそうに返事をした。

だが、ドミニクが言っていたことは間違いではない。やり方は品性にかけるとは言え、王族との会話に割って入ったジュリアの方に圧倒的な過失がある。

だが、アルフレッドはどこか頭がおかしくなったのか、彼女をお咎めなしとなっていた。

「どうかしたの?」

レティシアが騒ぎの渦中にいた俺を心配して声をかけた。

「いえ。ただ礼儀をわきまえない者にドミニク王子が叱っただけです」

「そ…う」

レティシアは俺の隣にやってきて、ジュリアをみて明らかに動揺した。

「ティジ、大丈夫ですか? 顔色が悪いですよ」

「え、ええ。羽目を外しすぎて、お兄さまに睨まれているみたい」

確かにエドウィンは睨んでいるが、相手はレティシアではなくて俺だ。エドウィンを使って誤魔化したようだが、追求しようとは思わない。

「そうですか。俺も疲れましたし、帰りましょう」

まだまだ舞踏会は続くだろう。

晴れて社交界に出た令嬢たちが次にすることは結婚相手を探すことだ。しかし、それはレティシアには関係ないことだ。

エドウィンに一言告げると、ブラッドを舞踏会に置いていって帰った。

彼女の青い顔がやわらぐようにと、馬車の中ではそっと手を握っていた。


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