悪女の騎士

土岐ゆうば(金湯叶)

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53:チェス盤

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プセアラン王国の使者を迎えて、季節が一つ変わって、木々が葉を落として雪に耐えようとしている。

俺はまだレティシアの元へと行けずにいた。

「殿下、こちらの書類の決済を」

「こちらにサインを」

「防衛予算の配分は」

俺の執務室にはひっきりなしに人がやってきて、仕事を山のように押し付けてきた。

それもこれも、季節の変わり目で父が病床に伏せったせいだ。なんでも秋から冬にかけた時期に母と別れたらしく、その事を悔やむように体調を崩すのだ。

引き継ぎ期間だと思ってくれと、ベッドの上で申し訳なさそうに笑う父をみて、ため息は出てもなじる言葉は出てこない。

「殿下、モテモテですね」

「おまえほどじゃない。顔すらみえないぞ」

ブラッドの机の上には堆く積まれた書類がある。顔は見えないが、どんな顔をしているかぐらいわかる。

「そろそろ殿下の行政体制もつくりあげないとですね。いつまでも少数ではやっていけないですよ」

「わかってるが、選抜がな」

父の体制をそのまま使えれば一番楽だが、世代の交代やら、父の臣下といえども俺に友好的ではない者もいる。

次世代の育成と人脈形成は必ず有用なものだ。

「だって、殿下。ここに今月の肉の購入決算まであるんですよ」

「財務省は何をしているんだ。右端の山は一度全て財務省に送ってやれ」

文書を運んでくる書記官を捕まえて紙の束をそれぞれの部署に送りかえす。

本来の仕事量はこれほど多いわけではない。そんな量を父がこなしていたら、今頃天国の母にあっているだろう。ここの多くの書類は財務大臣の糞ジジイからの嫌がらせであり、適当に相手をしてやらないといけないのだ。

「高望みはしないので、文書処理をする者くらいは必要ですよ」

「金獅子隊の奴らは軍事以外はてんで駄目だからな」

あらたな悩みができてさらに頭が痛くなる。

癒しがほしいと引き出しから手紙が入った箱を取り出す。

箱の中にはかなりの数の手紙が入っており、差出人は全て同じ人物だ。

「そう言えば、彼女が人材採用に試験を用いてはどうだと言っていた」

「それいいですね。そういうの、もっと早く教えてくださいよ。ただ貴族というだけでそこにいる無能よりも、ちゃんと働ける人がほしいですから」

決まれば行動ははやく、有能なブラッドはさっさと計画書を書き上げた。

「今、一番暇している部署はどこだ」

「司書部ですね。あそこ、城の図書の管理だけでぶっちゃけ閑職なんですよね。本好きしかあつまらないしで、人手が少なくて、仕事も少ない。羨ましい」

「なら、そこに仕事をやれ。試験問題をつくらせて報告させろ」

「はーい」

ブラッドが書いた書類に目を通して印を押して、忙しなく走っている書記官を捕まえて司書部に送る。

これはあくまでも大公子の予算でおこなわれる私的なものだ。

「これで、俺が彼女の元にもどってもいいような状況をつくれるといいが」

急遽採用した人たちは計五人。当然ながら、全員が貴族なり何かしらの爵位や勲章をもつ家柄の人間だ。

だが、試験という人を試し点数化することに抵抗がある高位貴族の子弟はおらず、伯爵以下の者たちだ。それで調度よかったのかもしれない。

プライドが高い奴が書類に埋もれるなんてことできる訳がない。できるのは、ブラッドのような変人だけだろう。

「殿下、報告だ」

ずっと椅子に座り続けていて体が鈍っている時に、熊とステゴロで戦いそうな見た目のエリックがやってきた。

「ビショップが落ちた」

「よくやった。さすがの教皇も金獅子隊の話には耳を傾ける」

たまたま教皇国へ俺のお使いで出向いていた部下のエリックとサイモンが、たまたま時期教皇と名高いアルリゴー枢機卿の子息が女性に無体を働こうとしたところを止め、乱闘になった。女性関係がだらしないことで有名だったが、子息の相手の中には年端もいかなち少年も含まれており、大きな問題となった。

教皇国は教皇のお膝元の国であり、当然ながら宗教には保守的だ。そんな彼らは同性愛、しかも未熟な青少年を対象としたことには厳しく、死刑となっている。

アルリゴー枢機卿が揉み消そうが、かなりの痛手だろう。

「つくづく、この国にうまれてよかったと思ってますよ。ほんと」

しみじみと言うブラッドにあきれたが、特に文句はないので放っておく。

ビショップは取れた。あとはクイーンとキングの駒だけだ。チェックメイトはあと少しだ。

俺は彼女に似合うドレスやアクセサリーを選びながら雪解けを待った。


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