55 / 74
53:チェス盤
しおりを挟む
プセアラン王国の使者を迎えて、季節が一つ変わって、木々が葉を落として雪に耐えようとしている。
俺はまだレティシアの元へと行けずにいた。
「殿下、こちらの書類の決済を」
「こちらにサインを」
「防衛予算の配分は」
俺の執務室にはひっきりなしに人がやってきて、仕事を山のように押し付けてきた。
それもこれも、季節の変わり目で父が病床に伏せったせいだ。なんでも秋から冬にかけた時期に母と別れたらしく、その事を悔やむように体調を崩すのだ。
引き継ぎ期間だと思ってくれと、ベッドの上で申し訳なさそうに笑う父をみて、ため息は出てもなじる言葉は出てこない。
「殿下、モテモテですね」
「おまえほどじゃない。顔すらみえないぞ」
ブラッドの机の上には堆く積まれた書類がある。顔は見えないが、どんな顔をしているかぐらいわかる。
「そろそろ殿下の行政体制もつくりあげないとですね。いつまでも少数ではやっていけないですよ」
「わかってるが、選抜がな」
父の体制をそのまま使えれば一番楽だが、世代の交代やら、父の臣下といえども俺に友好的ではない者もいる。
次世代の育成と人脈形成は必ず有用なものだ。
「だって、殿下。ここに今月の肉の購入決算まであるんですよ」
「財務省は何をしているんだ。右端の山は一度全て財務省に送ってやれ」
文書を運んでくる書記官を捕まえて紙の束をそれぞれの部署に送りかえす。
本来の仕事量はこれほど多いわけではない。そんな量を父がこなしていたら、今頃天国の母にあっているだろう。ここの多くの書類は財務大臣の糞ジジイからの嫌がらせであり、適当に相手をしてやらないといけないのだ。
「高望みはしないので、文書処理をする者くらいは必要ですよ」
「金獅子隊の奴らは軍事以外はてんで駄目だからな」
あらたな悩みができてさらに頭が痛くなる。
癒しがほしいと引き出しから手紙が入った箱を取り出す。
箱の中にはかなりの数の手紙が入っており、差出人は全て同じ人物だ。
「そう言えば、彼女が人材採用に試験を用いてはどうだと言っていた」
「それいいですね。そういうの、もっと早く教えてくださいよ。ただ貴族というだけでそこにいる無能よりも、ちゃんと働ける人がほしいですから」
決まれば行動ははやく、有能なブラッドはさっさと計画書を書き上げた。
「今、一番暇している部署はどこだ」
「司書部ですね。あそこ、城の図書の管理だけでぶっちゃけ閑職なんですよね。本好きしかあつまらないしで、人手が少なくて、仕事も少ない。羨ましい」
「なら、そこに仕事をやれ。試験問題をつくらせて報告させろ」
「はーい」
ブラッドが書いた書類に目を通して印を押して、忙しなく走っている書記官を捕まえて司書部に送る。
これはあくまでも大公子の予算でおこなわれる私的なものだ。
「これで、俺が彼女の元にもどってもいいような状況をつくれるといいが」
急遽採用した人たちは計五人。当然ながら、全員が貴族なり何かしらの爵位や勲章をもつ家柄の人間だ。
だが、試験という人を試し点数化することに抵抗がある高位貴族の子弟はおらず、伯爵以下の者たちだ。それで調度よかったのかもしれない。
プライドが高い奴が書類に埋もれるなんてことできる訳がない。できるのは、ブラッドのような変人だけだろう。
「殿下、報告だ」
ずっと椅子に座り続けていて体が鈍っている時に、熊とステゴロで戦いそうな見た目のエリックがやってきた。
「ビショップが落ちた」
「よくやった。さすがの教皇も金獅子隊の話には耳を傾ける」
たまたま教皇国へ俺のお使いで出向いていた部下のエリックとサイモンが、たまたま時期教皇と名高いアルリゴー枢機卿の子息が女性に無体を働こうとしたところを止め、乱闘になった。女性関係がだらしないことで有名だったが、子息の相手の中には年端もいかなち少年も含まれており、大きな問題となった。
教皇国は教皇のお膝元の国であり、当然ながら宗教には保守的だ。そんな彼らは同性愛、しかも未熟な青少年を対象としたことには厳しく、死刑となっている。
アルリゴー枢機卿が揉み消そうが、かなりの痛手だろう。
「つくづく、この国にうまれてよかったと思ってますよ。ほんと」
しみじみと言うブラッドにあきれたが、特に文句はないので放っておく。
ビショップは取れた。あとはクイーンとキングの駒だけだ。チェックメイトはあと少しだ。
俺は彼女に似合うドレスやアクセサリーを選びながら雪解けを待った。
俺はまだレティシアの元へと行けずにいた。
「殿下、こちらの書類の決済を」
「こちらにサインを」
「防衛予算の配分は」
俺の執務室にはひっきりなしに人がやってきて、仕事を山のように押し付けてきた。
それもこれも、季節の変わり目で父が病床に伏せったせいだ。なんでも秋から冬にかけた時期に母と別れたらしく、その事を悔やむように体調を崩すのだ。
引き継ぎ期間だと思ってくれと、ベッドの上で申し訳なさそうに笑う父をみて、ため息は出てもなじる言葉は出てこない。
「殿下、モテモテですね」
「おまえほどじゃない。顔すらみえないぞ」
ブラッドの机の上には堆く積まれた書類がある。顔は見えないが、どんな顔をしているかぐらいわかる。
「そろそろ殿下の行政体制もつくりあげないとですね。いつまでも少数ではやっていけないですよ」
「わかってるが、選抜がな」
父の体制をそのまま使えれば一番楽だが、世代の交代やら、父の臣下といえども俺に友好的ではない者もいる。
次世代の育成と人脈形成は必ず有用なものだ。
「だって、殿下。ここに今月の肉の購入決算まであるんですよ」
「財務省は何をしているんだ。右端の山は一度全て財務省に送ってやれ」
文書を運んでくる書記官を捕まえて紙の束をそれぞれの部署に送りかえす。
本来の仕事量はこれほど多いわけではない。そんな量を父がこなしていたら、今頃天国の母にあっているだろう。ここの多くの書類は財務大臣の糞ジジイからの嫌がらせであり、適当に相手をしてやらないといけないのだ。
「高望みはしないので、文書処理をする者くらいは必要ですよ」
「金獅子隊の奴らは軍事以外はてんで駄目だからな」
あらたな悩みができてさらに頭が痛くなる。
癒しがほしいと引き出しから手紙が入った箱を取り出す。
箱の中にはかなりの数の手紙が入っており、差出人は全て同じ人物だ。
「そう言えば、彼女が人材採用に試験を用いてはどうだと言っていた」
「それいいですね。そういうの、もっと早く教えてくださいよ。ただ貴族というだけでそこにいる無能よりも、ちゃんと働ける人がほしいですから」
決まれば行動ははやく、有能なブラッドはさっさと計画書を書き上げた。
「今、一番暇している部署はどこだ」
「司書部ですね。あそこ、城の図書の管理だけでぶっちゃけ閑職なんですよね。本好きしかあつまらないしで、人手が少なくて、仕事も少ない。羨ましい」
「なら、そこに仕事をやれ。試験問題をつくらせて報告させろ」
「はーい」
ブラッドが書いた書類に目を通して印を押して、忙しなく走っている書記官を捕まえて司書部に送る。
これはあくまでも大公子の予算でおこなわれる私的なものだ。
「これで、俺が彼女の元にもどってもいいような状況をつくれるといいが」
急遽採用した人たちは計五人。当然ながら、全員が貴族なり何かしらの爵位や勲章をもつ家柄の人間だ。
だが、試験という人を試し点数化することに抵抗がある高位貴族の子弟はおらず、伯爵以下の者たちだ。それで調度よかったのかもしれない。
プライドが高い奴が書類に埋もれるなんてことできる訳がない。できるのは、ブラッドのような変人だけだろう。
「殿下、報告だ」
ずっと椅子に座り続けていて体が鈍っている時に、熊とステゴロで戦いそうな見た目のエリックがやってきた。
「ビショップが落ちた」
「よくやった。さすがの教皇も金獅子隊の話には耳を傾ける」
たまたま教皇国へ俺のお使いで出向いていた部下のエリックとサイモンが、たまたま時期教皇と名高いアルリゴー枢機卿の子息が女性に無体を働こうとしたところを止め、乱闘になった。女性関係がだらしないことで有名だったが、子息の相手の中には年端もいかなち少年も含まれており、大きな問題となった。
教皇国は教皇のお膝元の国であり、当然ながら宗教には保守的だ。そんな彼らは同性愛、しかも未熟な青少年を対象としたことには厳しく、死刑となっている。
アルリゴー枢機卿が揉み消そうが、かなりの痛手だろう。
「つくづく、この国にうまれてよかったと思ってますよ。ほんと」
しみじみと言うブラッドにあきれたが、特に文句はないので放っておく。
ビショップは取れた。あとはクイーンとキングの駒だけだ。チェックメイトはあと少しだ。
俺は彼女に似合うドレスやアクセサリーを選びながら雪解けを待った。
11
お気に入りに追加
64
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢の生産ライフ
星宮歌
恋愛
コツコツとレベルを上げて、生産していくゲームが好きなしがない女子大生、田中雪は、その日、妹に頼まれて手に入れたゲームを片手に通り魔に刺される。
女神『はい、あなた、転生ね』
雪『へっ?』
これは、生産ゲームの世界に転生したかった雪が、別のゲーム世界に転生して、コツコツと生産するお話である。
雪『世界観が壊れる? 知ったこっちゃないわっ!』
無事に完結しました!
続編は『悪役令嬢の神様ライフ』です。
よければ、そちらもよろしくお願いしますm(_ _)m
盲目のラスボス令嬢に転生しましたが幼馴染のヤンデレに溺愛されてるので幸せです
斎藤樹
恋愛
事故で盲目となってしまったローナだったが、その時の衝撃によって自分の前世を思い出した。
思い出してみてわかったのは、自分が転生してしまったここが乙女ゲームの世界だということ。
さらに転生した人物は、"ラスボス令嬢"と呼ばれた性悪な登場人物、ローナ・リーヴェ。
彼女に待ち受けるのは、嫉妬に狂った末に起こる"断罪劇"。
そんなの絶対に嫌!
というかそもそも私は、ローナが性悪になる原因の王太子との婚約破棄なんかどうだっていい!
私が好きなのは、幼馴染の彼なのだから。
ということで、どうやら既にローナの事を悪く思ってない幼馴染と甘酸っぱい青春を始めようと思ったのだけどーー
あ、あれ?なんでまだ王子様との婚約が破棄されてないの?
ゲームじゃ兄との関係って最悪じゃなかったっけ?
この年下男子が出てくるのだいぶ先じゃなかった?
なんかやけにこの人、私に構ってくるような……というか。
なんか……幼馴染、ヤンデる…………?
「カクヨム」様にて同名義で投稿しております。
悪役令嬢に転生したので、やりたい放題やって派手に散るつもりでしたが、なぜか溺愛されています
平山和人
恋愛
伯爵令嬢であるオフィーリアは、ある日、前世の記憶を思い出す、前世の自分は平凡なOLでトラックに轢かれて死んだことを。
自分が転生したのは散財が趣味の悪役令嬢で、王太子と婚約破棄の上、断罪される運命にある。オフィーリアは運命を受け入れ、どうせ断罪されるなら好きに生きようとするが、なぜか周囲から溺愛されてしまう。
変な転入生が現れましたので色々ご指摘さしあげたら、悪役令嬢呼ばわりされましたわ
奏音 美都
恋愛
上流階級の貴族子息や令嬢が通うロイヤル学院に、庶民階級からの特待生が転入してきましたの。
スチュワートやロナルド、アリアにジョセフィーンといった名前が並ぶ中……ハルコだなんて、おかしな
仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
転生したらただの女子生徒Aでしたが、何故か攻略対象の王子様から溺愛されています
平山和人
恋愛
平凡なOLの私はある日、事故にあって死んでしまいました。目が覚めるとそこは知らない天井、どうやら私は転生したみたいです。
生前そういう小説を読みまくっていたので、悪役令嬢に転生したと思いましたが、実際はストーリーに関わらないただの女子生徒Aでした。
絶望した私は地味に生きることを決意しましたが、なぜか攻略対象の王子様や悪役令嬢、更にヒロインにまで溺愛される羽目に。
しかも、私が聖女であることも判明し、国を揺るがす一大事に。果たして、私はモブらしく地味に生きていけるのでしょうか!?
生まれ変わりも楽じゃない ~生まれ変わっても私はわたし~
こひな
恋愛
市川みのり 31歳。
成り行きで、なぜかバリバリのキャリアウーマンをやっていた私。
彼氏なし・趣味は食べることと読書という仕事以外は引きこもり気味な私が、とばっちりで異世界転生。
貴族令嬢となり、四苦八苦しつつ異世界を生き抜くお話です。
※いつも読んで頂きありがとうございます。誤字脱字のご指摘ありがとうございます。
【完結】私ですか?ただの令嬢です。
凛 伊緒
恋愛
死んで転生したら、大好きな乙女ゲーの世界の悪役令嬢だった!?
バッドエンドだらけの悪役令嬢。
しかし、
「悪さをしなければ、最悪な結末は回避出来るのでは!?」
そう考え、ただの令嬢として生きていくことを決意する。
運命を変えたい主人公の、バッドエンド回避の物語!
※完結済です。
※作者がシステムに不慣れな時に書いたものなので、温かく見守っていだければ幸いです……(。_。///)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる