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51:手紙をしたためる
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プセアラン王国の使節団を何事もなく迎えることができ、無事に歓迎の宴も終え、数日後には会談の場がもうけられることになっている。
「機嫌がよさそうでいいですねぇー。姫君から手紙の返事が来たんですか?」
「お前はテネユ侯爵にこってり絞られたようだな」
げんなりとしているブラッドなどどうでもよくて、俺は蜜蝋で封された手紙をあける。
帰国してからレティシアに手紙を送ってから待ちのぞんでいた返事なのだ。
「プセアラン王国の使節団はどう過ごしている?」
「本日は市場を見てまわるとのことで街におりています。本当に我が国の事を学びに来て、友好を結ぼうとしているんですかね」
「さあな」
ペーパーナイフを置いて玲瓏な文字で綴られた紙を読む。
内容は季節の挨拶からはじまり、レティシアの侍女をしているアルバートの娘アンがジニーと婚約するらしいだとか、タリーム街の再開発がうまくいっており、孤児院では字を教えているだとか、彼女の姿が想像できそうな内容がかかれている。
それらほとんどは、すでに残しておいた部下たちが伝書鳩で報告を受けているが、彼女からの手紙は全く別の意味を持っている。
読み終えた手紙は重厚な箱の中にしまい、すぐさま返事のための便箋と封筒を並べて選ぶ。
「プセアラン王国がうちと敵対したくないのは確かだな。だが、あの王子さまの態度はいただけない」
「完全に殿下のこと見下してましたよね。なにかしたんですか? あっ、その桃色の便箋にしましょう」
「選民思想が強いんだよ。血統にこだわってるんだ。新興国のくせに馬鹿馬鹿しい。 どう考えても菫色の便箋だろ」
便箋を選び終えると、それに合う封筒を三つほど並べて見比べた。
「だから第一王子と第二王子の折り合いが悪くて国内でも勢力が二分しているわけですね。確か第二王子の母親は後妻で、どこぞの王室の傍系だとかで、殿下を見下してるんでしょうね。左端の封がいいんじゃないですか?」
「ブラッド、お前のセンスはあてにしていない」
真ん中のナズナの模様が金で描かれた封筒を選んだ。
「ディアチーノ家の方はどうなった」
「エテルネ大公国で交易を行っているディアチーノの商団に、フーリエ王国の貴族経由で情報を流しました。あの時手に入れた名簿が大活躍ですよ」
「それならいい。足はつかないようにしておけ」
「もちろんです」
もう出ていけと、手をふるとブラッドは不服そうな顔をした。
「使節団が戻ってきたら会食があるので忘れないでくださいね。それと、姫君には遠回しなやり方じゃなくて、ちゃんと言葉で思いを伝えてくださいね! 花言葉なんて誰でも知っているわけないんですから」
ブラッドが音をたてて扉を閉めた。あんな振る舞いをすれば、またテネユ侯爵に怒られるぞ。
「ちゃんと伝えてもわかって貰えないんだっての」
便箋にどのような文字を並べるか悩みながらペンをとった。
日に日に彼女への思いは大きくなっていた。
はじめは俺との記憶がないことに落胆と戸惑い、そして微かな怒りを覚えた。どうして、あれ程まで残酷な命令をしておいて覚えていないのだ。俺の人生を狂わせて、何もかも忘れている。俺は今でも彼女の胸に剣を突き刺す感覚が手に染み付いていて離れないのに。俺を覚えていないことへの残酷な現実への怒りがあった。
だが、彼女がかつて経験したであろう苦しみを体験していないことはよかったと思う。裏切りや陵辱、尊厳のない死など彼女が覚えていなくて、知らなくていいものだ。
はたして俺が救いたかったのは彼女なのかとも疑問に思った。まるでテセウスの船のようで、俺に答えを見つけることはできなかった。
「好きなんだから仕方ない」
俺を呼ぶ声が、少し寂しがり屋なところが、あの眩しい笑顔が、優しい救いの手が、あたたかな眼差しが、全てが好きなんだ。
たとえ偉い哲学者が過去のそれと現在のそれに同一性は無いと否定しても、好きなのだから仕方ない。
「あの笑顔を守りたくて。俺より先に死んでほしくなくて。幸せになってほしくて」
そのために障壁を取り除くためにやってきたことは、本当に彼女のためなのだろうか。自分の欲をみたすだけの汚い行為だったのではないだろうか。
俺が回帰して人生をかけてやってきたことに今さら疑問をもっても既に止まることはできないのに。
「機嫌がよさそうでいいですねぇー。姫君から手紙の返事が来たんですか?」
「お前はテネユ侯爵にこってり絞られたようだな」
げんなりとしているブラッドなどどうでもよくて、俺は蜜蝋で封された手紙をあける。
帰国してからレティシアに手紙を送ってから待ちのぞんでいた返事なのだ。
「プセアラン王国の使節団はどう過ごしている?」
「本日は市場を見てまわるとのことで街におりています。本当に我が国の事を学びに来て、友好を結ぼうとしているんですかね」
「さあな」
ペーパーナイフを置いて玲瓏な文字で綴られた紙を読む。
内容は季節の挨拶からはじまり、レティシアの侍女をしているアルバートの娘アンがジニーと婚約するらしいだとか、タリーム街の再開発がうまくいっており、孤児院では字を教えているだとか、彼女の姿が想像できそうな内容がかかれている。
それらほとんどは、すでに残しておいた部下たちが伝書鳩で報告を受けているが、彼女からの手紙は全く別の意味を持っている。
読み終えた手紙は重厚な箱の中にしまい、すぐさま返事のための便箋と封筒を並べて選ぶ。
「プセアラン王国がうちと敵対したくないのは確かだな。だが、あの王子さまの態度はいただけない」
「完全に殿下のこと見下してましたよね。なにかしたんですか? あっ、その桃色の便箋にしましょう」
「選民思想が強いんだよ。血統にこだわってるんだ。新興国のくせに馬鹿馬鹿しい。 どう考えても菫色の便箋だろ」
便箋を選び終えると、それに合う封筒を三つほど並べて見比べた。
「だから第一王子と第二王子の折り合いが悪くて国内でも勢力が二分しているわけですね。確か第二王子の母親は後妻で、どこぞの王室の傍系だとかで、殿下を見下してるんでしょうね。左端の封がいいんじゃないですか?」
「ブラッド、お前のセンスはあてにしていない」
真ん中のナズナの模様が金で描かれた封筒を選んだ。
「ディアチーノ家の方はどうなった」
「エテルネ大公国で交易を行っているディアチーノの商団に、フーリエ王国の貴族経由で情報を流しました。あの時手に入れた名簿が大活躍ですよ」
「それならいい。足はつかないようにしておけ」
「もちろんです」
もう出ていけと、手をふるとブラッドは不服そうな顔をした。
「使節団が戻ってきたら会食があるので忘れないでくださいね。それと、姫君には遠回しなやり方じゃなくて、ちゃんと言葉で思いを伝えてくださいね! 花言葉なんて誰でも知っているわけないんですから」
ブラッドが音をたてて扉を閉めた。あんな振る舞いをすれば、またテネユ侯爵に怒られるぞ。
「ちゃんと伝えてもわかって貰えないんだっての」
便箋にどのような文字を並べるか悩みながらペンをとった。
日に日に彼女への思いは大きくなっていた。
はじめは俺との記憶がないことに落胆と戸惑い、そして微かな怒りを覚えた。どうして、あれ程まで残酷な命令をしておいて覚えていないのだ。俺の人生を狂わせて、何もかも忘れている。俺は今でも彼女の胸に剣を突き刺す感覚が手に染み付いていて離れないのに。俺を覚えていないことへの残酷な現実への怒りがあった。
だが、彼女がかつて経験したであろう苦しみを体験していないことはよかったと思う。裏切りや陵辱、尊厳のない死など彼女が覚えていなくて、知らなくていいものだ。
はたして俺が救いたかったのは彼女なのかとも疑問に思った。まるでテセウスの船のようで、俺に答えを見つけることはできなかった。
「好きなんだから仕方ない」
俺を呼ぶ声が、少し寂しがり屋なところが、あの眩しい笑顔が、優しい救いの手が、あたたかな眼差しが、全てが好きなんだ。
たとえ偉い哲学者が過去のそれと現在のそれに同一性は無いと否定しても、好きなのだから仕方ない。
「あの笑顔を守りたくて。俺より先に死んでほしくなくて。幸せになってほしくて」
そのために障壁を取り除くためにやってきたことは、本当に彼女のためなのだろうか。自分の欲をみたすだけの汚い行為だったのではないだろうか。
俺が回帰して人生をかけてやってきたことに今さら疑問をもっても既に止まることはできないのに。
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