悪女の騎士

土岐ゆうば(金湯叶)

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46:薬の売買

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「報告です。エカテ公爵は特に変わった動きはありませんね。一方的にヨーセアン公爵をライバル視しているだけで、悪意とかそう言ったものはないです」

お喋りだが仕事のできるブラッドは報告書を渡して口述していく。

「知っていましたか。エカテ公爵は、先代ヨーセアン公爵、姫君のお父上ですね。その方とご学友だったんです。悪友というか、仲はよかったみたいですね。第二王子だった先代とエカテ公爵は王室を支えるという使命のもとで養育されてました」

「ライバルということか」

「エカテ公爵の片思いですよ。志半ばで死んだ先代にかわり、現公爵さまを愛の鞭で間接的に鼓舞しようとしたら、思ったよりもやりてで先代そっくりだったんですよ」

「そういった脚色はいいから、結論からいえ」

エカテ公爵とヨーセアン公爵はともに王家をささえる家門だ。数代前に分家となったエカテ公爵と現王の実弟のヨーセアン公爵、その二人の間でどのような関係性が築かれていたのかはじめて知った。

だから前世でエドウィンはエカテ公爵を鬱陶しく思っても疑ったり排除しようとはしなかったのか。

「限りなく白ですね。エカテ公爵の愛は激重の本物ですから」

ならばエカテ公爵の娘であるオリヴィアはただのやっかみか?

嫉妬心であることないことを社交界に吹き込んだとしても、大衆まで広がるとは考えにくい。特に、オリヴィアは気位が高そうであったから、そんなことはできないだろう。

「パルモス伯爵はどうだ?」

「殿下のおっしゃるとおり、王権が絶対的な権力を持つことに反発しているようです。地方で社交の場を取り持って、地方領主たちを取りまとめようとはしているみたいです」

入念に王権に反対する勢力を作っている者が、娘の結婚で王家との確執を解消するだろうか。

何か裏で取引があったはずだ。パルモス伯爵にとってメリットがある何かが。

「それともう一つ面白い話があるんです。パルモス伯爵の娘、正妻の子ではないらしいです。五歳頃に引き取られたようで、実子かも疑わしいと噂されています」

俺の記憶の中のジュリアは凡庸な顔立ちの小娘だった。そして不愉快な言葉をいってきた女だ。

俺が彼女に虐げられているだとか、洗脳されているだとか、好き勝手なことを言ってきた気にくわない女だ。

「パルモス伯爵の監視は継続しろ。それと、捕まえた奴らは何か吐いたか?」

レティシアを襲った羅漢をとらえ、情報を聞き出そうとしていた。

「裏に誰がいるかまではわかりませんでした。とかげの尻尾切りですよ。あと、サイモンがやりすぎて、今は気絶中です」

「あいつ、綺麗な顔をしてやることはえげつないからな」

「私、あの笑顔苦手なんですよ。ゾッとする。あの甘いマスクに騙されている女たちがかわいそうですよ。詳しいことはサイモンに聞いてください。あいつ、今昂ってて扱えないんで」

ブラッドはサイモンを呼んで、隠れるように俺の後ろに立った。

あらわれた軟派な雰囲気の男は、ブラッドが言うとおり、目が爛々と異様に輝いていた。

「殿下、お呼びですよね?」

「ああ。捕まえた男たちの事でわかったことを報告しろ」

「奴らは違法薬物などを取り扱う闇商人でした。予想通りプセアラン王国の者と取り引きをしたようで、内容は動物を興奮、撹乱させる薬を要求されたようです」

もしかして、狩猟大会の際におきた狼の襲撃はそれによって引き起こされたのだろうか。

一年前から準備されていたということか。王室が主催する狩猟大会がいつどこで行われ、何が獲物となるかなどは安全面や公平性のため直前まで秘匿とされている。

内部に裏切り者がいるのか。

「注文者の素性は?」

「知らないようです」

「薬はもう売ったのか?」

「そのようです」

再び接触する機会をうかがい、背後を暴こうと思ったが、そう簡単に事は運んでくれないようだ。

「闇商人のアジトの情報は聞き出しただろうな」

「もちろんです」

「なら、そいつらは好きにしていい。それと、グレンにそのアジトを叩かせて、帳簿を持ってくるよう伝えておけ」

「わかりました」

嬉々として出ていく背中を見ながらブラッドはやっと俺の後ろに隠れるのをやめた。

「基本的にいい奴なんですが、あの加虐趣味だけはわかりません」

まわりに迷惑をかけずに、解消しているのなら俺はとくに気にしない。

俺についてくる奴らは皆、一癖も二癖もある奴らばかりだ。だが気のいい奴らだ。

「闇商人の帳簿を公爵か国王に渡して、また恩でも売るつもりですか?」

「いや。帳簿にのっている貴族たちを脅し、こちら側につける」

王家は信じられない。彼らは簡単には掌を翻し、彼女を悪役に仕立て上げた。

この国が滅びようがどうでもいい。いっそのこと滅びてしまえと思ったこともあった。

「他国内で勢力をつけるだなんて、なかなかに悪どいですね」

「褒め言葉だと受け取ろう。ずっと昔から清廉な善人ではないんだ」

今でもあの感触を覚えている。

柔らかなあの体に剣を突き刺した感覚を。

何度も何度も夢を見るのだ。

真っ白な花畑と真っ赤な血、そして無垢な骸。

「薬を用意しましょうか?」

「いや、いい。体を動かしてくる」

常に悪夢にうなされ、眠れない日には睡眠薬を飲んでいる。薬を飲むと夢を見なかった。

だが、あの夢は戒めなのだ。だから目を背けてはいけない。

外をみると、もう夜の帳が下りており、人を惑わす月光が輝いていた。

月の光は人を狂わせるというが、俺はもうとっくに狂っているのだ。


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