悪女の騎士

土岐ゆうば(金湯叶)

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劇には身につまされる思いを感じた。

他人事ではなく、オフニールとタレーが自分に起きたことを物語のようだ。それならば、この物語の結末は必ずハッピーエンドでなければならない。

「あまり面白くありませんでしたね」

感慨に浸っていると、ドミニクが知ったような口をきいた。

「オフニールの物語は喜劇ばかりだが、最後の物語は喜劇でも悲劇でもない中途半端なものだからな」

便乗するようやアルフレッドの言葉に俺はなにも言わなかった。

きっと国民性なのだろう。彼らは何もしていない幼気な少女を魔王のように仕立て上げ、彼女の死を国民全員で喜ぶような、残虐で狂楽的な人々なのだ。

「私はよかったと思う。とくに少女タレーが神アウラーに祈る歌唱シーンはとても素敵だったわ」

レティシアは王子二人とは違ってこの上演を気に入ったようだ。

「確かにタレー役の歌唱力はすごかったですね」

劇場全体の空気を震わせ、タレーのせまる願いを感じさせる歌声だった。

「気に入ったなら役者に挨拶に行きませんか? 歌劇場内を見て回りたいですし」

「かなうなら」

レティシアの意思を問うように手を伸ばすと、彼女は俺の手をとった。

「アルフレッド王子、劇場内を見学しても?」

「ああ。好きにするといい。また今度、王宮の晩餐会にでも招待しよう」

「お気持ちだけでも嬉しいです」

軽く会釈をして、ボックス席を離れた。

彼女と並んで歩いていると様々な視線が向けられる。嫉妬、羨望、好奇。そんな視線にはもう慣れっこだ。

「さっきはありがとう。アルフレッド殿下のこと苦手なの」

レティシアは秘密話をするようにひっそりとうちあけて、内緒だといたずらっ子のように微笑んだ。

アルフレッドのことが苦手だとは知らなかった。前世の彼女は、彼とは同じ王族として上手く付き合っていたようにみえたから。

「あなたと二人に戻れる口実が欲しかっただけかもしれませんよ?」

「それでも、あなたとは気まずくないもの」

王子らとは内心、気まずく感じているらしい。だが、俺といるときは気楽なようだ。

「それなら、次回はヨーセアン公爵家のボックスで観劇しましょう」

「そうしましょう」

次の観劇への約束だとは考えもせずに、レティシアは返事をした。

そうこうしていると、劇団員がいる裏までやってきた。劇場スタッフと劇団のマネージャーに、劇の称賛を伝えにきたと言って、劇団長と主要な役者を呼んでもらった。

彼らはなぜ呼び集められたのか理解できておらず、緊張した面立ちをしていた。

「そう緊張しないでください。ただ舞台に感動したのでそれを伝えにきたのです」

レティシアがそう言うと、団員たちは安堵し、嬉しそうな顔をした。

「とても素敵な舞台でした。演目も素敵で、タレーとオフニールの歌声が重なった時、心がふるえました」

「ヨーセアンの姫君にそのように言っていただけるなんて、ありがたき幸せです」

「この演目がより多くの人に受け入れられて嬉しいです」

レティシアの言葉に主演二人は嬉しそうに応対した。

「なぜこの演目を選んだのですか?」

俺は当然の質問をした。

彼らも理解しているように、オフニールの最後の物語はあまり人気の演目ではないし、有名でもない。

フーリエ王国の王子たちのような反応を示したのがいい例だろう。歌劇場を利用するようなここの上級国民にはうけがわるい。

「我々はみな、かつてアウラー信仰があった地域の出身なんです。バクティーユ物語の発祥の地でもあるんです」

劇団の座長である、アウラーを演じていた男が語りだした。

太古の時代、まだ唯一神を崇める大陸宗教がうまれる前の時代には様々な神を崇める文化があったそうだ。

俺は神なんて信じたくないが、自身におこったことを考えてしまう。

「オフニールの物語は喜劇として知られていますが、私たちの村では悲劇的な教訓として伝えられていました。運命を変えてはいけないと。けれど、慈悲深いアウラー神は試練を乗り越えた哀れな愛し子たちに情けをかけ、運命の呪縛から解き放ったんです。ですが、この物語は神だとか運命だとか色々と言っていますが、ただの恋愛のお話だと思うんです。困難を乗り越えた彼らが最後に幸せになる。そのことを知ってもらいたくて選んだんです」

それならば、俺は試練の中にいるのだろうか。それとも、運命の呪縛から解き放たれた状況なのだろうか。

「素敵だわ」

レティシアの凛とした声が、俺の思考を止めた。

「最近は、大衆には恋愛小説なんかが流行しているから、きっとこの良さがすぐに広がるわ」

彼女は純粋にそして、楽しそうに語った。

その姿をみると、神だとか運命だとかがどうでもよくなった。

俺がやることは、ただ彼女のこの笑顔をまもり、幸せでいつづけられるようにすることだ。

例え、彼女が、俺の知っていた頃の彼女でなくとも、その根本は同じなのだから。笑い方も、好きな食べ物も、その優しさも全てが同じだ。

時折みせる大人びた表情が、俺をドキリとさせる。その表情で俺に殺された愛しき女性。


「バティ?」

いつの間にか劇団員たちとの交流も終わっており、レティシアが顔を覗きこんできた。

パッチとバイオレットの瞳とかち合う。

「すみません。何の話でしたか?」

「バティがぼーっとしてるのなんて珍しいわね。歌劇場近くに新しくカフェができたの」

「コーヒーが置いてある?」

「そう。最近になって流通しだしたのに、よく知っているのね。流石、エテルネ大公子さま」

俺が彼女とその店に行ったのは、デビュタント後だった。今はそれよりも一年早い。

「コーヒーは苦くて、貴族たちがステータスで飲むものになっちゃってるけど、すぐに流行るわ」

その言葉どおり、あと一年もしたら流行している様を俺は知っている。

「お兄さまもはじめは、こう、眉間にシワを寄せてたけど、今じゃ優雅に嗜んでいるの。自分は紅茶派だなんていいながら」

「想像できます」

「バティにはミルクとお砂糖をいれることをおすすめするわ」

なんだか、懐かしいやり取りに、回顧と親しみを感じる。

店内にはあまり人がおらず、居心地のいい空間だった。

俺は、すこし対抗心のようなものを燃やして彼女と同じコーヒーを頼んだ。

結果は失敗。

なんで、こんなに苦々しいものを好んで飲むのだ?

「フフフッ。お兄さまと同じ反応。眉間にギュッとシワを寄せてる」

レティシアはミルクと角砂糖二つを俺のカップに入れてかき混ぜた。

「子供扱いしないでください」

「ごめんなさい。でも、かわいくて」

俺のすこし不貞腐れた顔をみて、レティシアはクスクス笑った。

かわいいなんて言われて、どう反応すればいいのかわからない。褒め言葉として受け入れればいいのだろうか。

「ちゃんと、あなたより大人だと証明しましょう」

「ん?」

「あなたの栄えあるデビュタントでの隣に並びファーストダンスを踊ることをお許しください」

「…んん?」

デビュタントのエスコート役はすでに社交界に出て大人と認められた者が行う。専ら、父兄か婚約者がその役を担う。まれに、後見人や年の近い家門の家臣が行う場合もある。

今の俺と彼女がデビュタントでファーストダンスを踊ることは、たんなる令嬢の社交界デビューではなく、政治的な意味をはらむ。

他国の次期君主のエテルネ大公子と親密であり、婚約ないし結婚を考えている。

たしかに外堀をうめようとは思っているが、フーリエ王国がどうなろうと興味はない。俺の考えはもっと単純だ。

「あまり深く考えないでください。俺はただ、他の誰かがあなたの隣に並ぶことが嫌なだけなんです」

嫉妬や独占欲といった、一丁前の感情だ。

かつては、分不相応だと諦め、ただ側にいられればいいと言い聞かせていた気持ちを持つことを今はゆるされていた。

本当は嫌だったんだ。彼女が誰かと結婚し、子供を産む。それをただ側にいて見守るだけだなんて。

本当は触れたかった。

抱き締めたかった。

あの寂しそうな顔を撫で、上を向かせたかった。

結婚なんてものよりも護衛騎士としている方が長く、近く一緒にいられると思っていた。

だが実際には、ただの騎士が大いなる流れに勝てるはずもなかった。

もう、後悔はしたくない。

「……あなたを失いたくない」

「え? 何か言った? あの、混乱してて、聞いてなかったの。ごめんなさい」

「いえ。デビュタントでのエスコートを申し込んでもいいですか?」

「まだいつ行うか決まってないし、あなたも帰国しないといけなくなるでしょ」

「いつでも馳せ参じます。俺の愛馬は剛脚なんです」

たしかにいつまでも公爵邸に滞在するわけにはいかない。彼女のデビュタントまであと一年もあり、その後のことも対処しなければならない。

一番手っ取り早いのは、彼女を公国に連れていくことだが、彼女の自由を排斥した行動はしたくない。

優先すべきことは彼女の幸せで、笑っていてことなのだから。

「やっぱり、俺じゃ嫌ですか?」

「そんなことない! ……けど、分不相応というか、もったいないというか、私なんかでいいのかな」

どうして自己肯定感が低いのだ。

生まれも、容姿も、これまでの行いも、全てが誇れる、誇らしいものなのに。

「あなたがいいんです。あなたのために」

あなたの命令ならすぐに駆けつける犬なのだから。あなたのためなら命を擲ってもいい。

あなたのために戻ってきたのだ。

情に訴えるようにすると、彼女はまた不思議な顔をして、「わかった」と返事をした。

卑怯だとわかっている。

俺は、昔よりもずっと卑怯で自分勝手になってしまった。


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