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44:バクティーユ物語
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歌劇場に向かう馬車の中でもレティシアは心ここにあらずと言った様子だった。
「ティジ、大丈夫ですか?」
「え? ええ。何の話だったかしら」
「オペラの内容ですよ」
「ラファン・ドゥ・オフニール。有名なバクティーユ物語の道化オフニールの最後の物語で、今をときめく劇団が行うの」
バクティーユ物語という言葉に思わず顔をしかめてしまった。
「嫌いな演目だった?」
「いいえ。ただ、バクティーユ物語は全てが喜劇として上演されているけれど、俺にはオフニールがあわれにおもえて」
感情移入しているだけかもしれない。
俺のおかしな考えから導きだした推論では、オフニールと彼女が重なってみえるのだ。
「私もよ。でもこの演目は、オフニールの最後の旅の話で、ハッピーエンドなの」
物語の結末をしてもいいかしらと、俺に了承をえてからレティシアはオフニールの最後の話を話した。
「オフニールが神に祈って死の運命から解放された少女タレーが、彼の道化としての運命から解放するの。自分の運命を代価にして」
それなら、オフニールが道化としてきたことは無意味じゃないか。彼はタレーを死なさないために道化となったのに、タレーは死ぬことで彼を救うだなんて。
「神アウラーは相反する強い願いを受けて、ひとつの決断をするの。彼らの運命という歯車を抜いてはじめからやり直すことにしたの。互いを思いやる愛の力のおかげで」
「そんな結末があるなんて知りませんでした」
「この国の人たちは喜劇の方がすきだから、あまり有名じゃないの」
それならば、いったい彼女は誰を運命から解放したかったのだろう。
わからない事実に嫉妬して、空虚を感じた。
「きっと素敵な演劇なはずよ」
レティシアは窓から見える歌劇場をワクワクとした様子で眺めた。
やわらかな銀髪が馬車の揺れにあわせてリズムを刻むのをみて、ふと思い出す。
「プレゼントは気に入りませんでしたか?」
俺は彼女に度々贈り物を渡している。
ピンクサファイアのネックレスや、エメラルドとダイヤモンドのイヤリング、有名サロンのドレスなど、女性が好むと教えられたものを取り寄せた。最近はアメジストとシルクのリボンの髪飾りを贈った。
それなのに、彼女がそれらを一度も身に付けてくれている姿を見たことがなく、気に入らなかったのかとすこし気落ちする。
「そんなことないわ! ただ、なんだか勿体なくて、使えないの」
レティシアは誤解しないでと必死になって言った。
彼女の気持ちはよくわかる。俺も、かつてもらった物は大切に金庫に保管していたから。
「勿体なくなんてありませんよ。あんなものいくらでもあげますから、次からは俺のためだと思って身に付けてください」
お願いだと真摯な瞳をむけると、レティシアは不思議な顔をした。その顔をする時は決して悪い意味ではなく、好意的なものだ。
「そうよね。タンスの肥やしにする方が勿体ないわ」
レティシアは自分に言い聞かせるように言った。
今の彼女と時を共にしていると新たな発見がある。
彼女は俺の顔に弱いようだ。俺がキラキラとした期待の瞳をむけたり、しゅんと気落ちしてしょげたりすると、先ほどのような不思議な反応をする。
前世から俺に優しく甘かったが、今の彼女は表情にでていてわかりやすくなった。
「着いたようですね」
馬車が停車したので、俺は先におりて手を伸ばす。
俺がおりただけで、歌劇場に来たであろう客たちが騒がしくなった。
「エテルネの大公子さまよ」
「どこのご令嬢をエスコートしているんだ」
「あの馬車はヨーセアン公爵家のものだわ」
喧騒や視線を気にすることなく、レティシアは俺の手をとり馬車からおりた。
俺は父譲りの愛想のよい顔を使って、騒がしい人の海を割って、歌劇場の中にはいる。
「そうだ、ティジ」
ヨーセアン公爵の紋章が入った紹介状を見て、ホワイエを歩いていると、ふと言わなければいけないことを思い出した。
「愛しています」
人目も憚らずにそういうと、レティシアは真っ赤になった。
「今それを言うなんて狡いわ」
耳まで赤くして、今にも湯気がでそうな顔をしながら睨まれても全く怖くない。
「今日はまだ言ってなかったので」
「ねえ、その取り決めやめない? 恥ずかしくて死んじゃいそう」
取り決めとは、俺が一日に一回は愛情表現をするから許してほしいというものだ。
彼女にそれを返してほしいとは強要していない。ただ、まわりへのアピールと牽制のためにやっているのだ。
だから歌劇場のホワイエという人が多い場所でそういったのもわざとだ。
「嫌ですか?」
「嫌というわけじゃなくて。なんというか……」
彼女が口ごもりながら何か反論しようとしている間に席に着いた。
フーリエ王国が誇る歌劇場は約三千人とまでいわれており、各国の横行貴族までもがやってくる。
歌劇場で公演することは劇団の最も名誉なことであり、誰しもが憧れる舞台だ。
そんな歌劇場において、ヨーセアン公爵家は専用のボックス席を持っている。当然ながら、王族である彼女にはロイヤルボックス席の使用もゆるされている。
今回使用するのは、ロイヤルボックス席の方だ。
俺は、一応はフーリエ王国の文化を学びにきたエテルネ大公子であるため、国賓の扱いをされるため、ロイヤルボックス席へと招待されている。
「仲がいいようだね」
ロイヤルボックス席の先客が声をかけてきた。
「王太子殿下にご挨拶申し上げます」
レティシアは礼儀作法に乗っ取った綺麗な挨拶をした。
「お久しぶりです。アルフレッド王子」
「招待に応じてもらえて嬉しい限りだ。ギルバート大公子。弟が貴殿の大ファンなんだ」
俺とアルフレッドが握手を交わすと、兄の影にかくれるようにドミニクがでてきた。
「お会いできて光栄です! フーリエ王国第二王子のドミニクです!」
ドミニクは威勢よく挨拶してきた。
これがかつて俺のことを卑しい犬だと罵倒していたやつの態度かと冷めた思いを持った。
「はじめまして。ドミニク王子の耳にまで俺の話が届いているとは思いませんでした」
「ギルバート大公子の活躍は下々の者まで知っています。この歌劇場でも、大公子がモデルになった劇が上演されたんですよ」
意気揚々と話しかけてくるドミニクを鬱陶しく思いながら適当に相手をして、俺はレティシアの隣に座った。
彼女はオペラグラスの用意をすでにしており、真剣に観劇しようとしているようだ。
俺は彼女の邪魔にならないように、ドミニクを黙らせて、劇がはじまるのを菓子を食べながら待った。
「ティジ、大丈夫ですか?」
「え? ええ。何の話だったかしら」
「オペラの内容ですよ」
「ラファン・ドゥ・オフニール。有名なバクティーユ物語の道化オフニールの最後の物語で、今をときめく劇団が行うの」
バクティーユ物語という言葉に思わず顔をしかめてしまった。
「嫌いな演目だった?」
「いいえ。ただ、バクティーユ物語は全てが喜劇として上演されているけれど、俺にはオフニールがあわれにおもえて」
感情移入しているだけかもしれない。
俺のおかしな考えから導きだした推論では、オフニールと彼女が重なってみえるのだ。
「私もよ。でもこの演目は、オフニールの最後の旅の話で、ハッピーエンドなの」
物語の結末をしてもいいかしらと、俺に了承をえてからレティシアはオフニールの最後の話を話した。
「オフニールが神に祈って死の運命から解放された少女タレーが、彼の道化としての運命から解放するの。自分の運命を代価にして」
それなら、オフニールが道化としてきたことは無意味じゃないか。彼はタレーを死なさないために道化となったのに、タレーは死ぬことで彼を救うだなんて。
「神アウラーは相反する強い願いを受けて、ひとつの決断をするの。彼らの運命という歯車を抜いてはじめからやり直すことにしたの。互いを思いやる愛の力のおかげで」
「そんな結末があるなんて知りませんでした」
「この国の人たちは喜劇の方がすきだから、あまり有名じゃないの」
それならば、いったい彼女は誰を運命から解放したかったのだろう。
わからない事実に嫉妬して、空虚を感じた。
「きっと素敵な演劇なはずよ」
レティシアは窓から見える歌劇場をワクワクとした様子で眺めた。
やわらかな銀髪が馬車の揺れにあわせてリズムを刻むのをみて、ふと思い出す。
「プレゼントは気に入りませんでしたか?」
俺は彼女に度々贈り物を渡している。
ピンクサファイアのネックレスや、エメラルドとダイヤモンドのイヤリング、有名サロンのドレスなど、女性が好むと教えられたものを取り寄せた。最近はアメジストとシルクのリボンの髪飾りを贈った。
それなのに、彼女がそれらを一度も身に付けてくれている姿を見たことがなく、気に入らなかったのかとすこし気落ちする。
「そんなことないわ! ただ、なんだか勿体なくて、使えないの」
レティシアは誤解しないでと必死になって言った。
彼女の気持ちはよくわかる。俺も、かつてもらった物は大切に金庫に保管していたから。
「勿体なくなんてありませんよ。あんなものいくらでもあげますから、次からは俺のためだと思って身に付けてください」
お願いだと真摯な瞳をむけると、レティシアは不思議な顔をした。その顔をする時は決して悪い意味ではなく、好意的なものだ。
「そうよね。タンスの肥やしにする方が勿体ないわ」
レティシアは自分に言い聞かせるように言った。
今の彼女と時を共にしていると新たな発見がある。
彼女は俺の顔に弱いようだ。俺がキラキラとした期待の瞳をむけたり、しゅんと気落ちしてしょげたりすると、先ほどのような不思議な反応をする。
前世から俺に優しく甘かったが、今の彼女は表情にでていてわかりやすくなった。
「着いたようですね」
馬車が停車したので、俺は先におりて手を伸ばす。
俺がおりただけで、歌劇場に来たであろう客たちが騒がしくなった。
「エテルネの大公子さまよ」
「どこのご令嬢をエスコートしているんだ」
「あの馬車はヨーセアン公爵家のものだわ」
喧騒や視線を気にすることなく、レティシアは俺の手をとり馬車からおりた。
俺は父譲りの愛想のよい顔を使って、騒がしい人の海を割って、歌劇場の中にはいる。
「そうだ、ティジ」
ヨーセアン公爵の紋章が入った紹介状を見て、ホワイエを歩いていると、ふと言わなければいけないことを思い出した。
「愛しています」
人目も憚らずにそういうと、レティシアは真っ赤になった。
「今それを言うなんて狡いわ」
耳まで赤くして、今にも湯気がでそうな顔をしながら睨まれても全く怖くない。
「今日はまだ言ってなかったので」
「ねえ、その取り決めやめない? 恥ずかしくて死んじゃいそう」
取り決めとは、俺が一日に一回は愛情表現をするから許してほしいというものだ。
彼女にそれを返してほしいとは強要していない。ただ、まわりへのアピールと牽制のためにやっているのだ。
だから歌劇場のホワイエという人が多い場所でそういったのもわざとだ。
「嫌ですか?」
「嫌というわけじゃなくて。なんというか……」
彼女が口ごもりながら何か反論しようとしている間に席に着いた。
フーリエ王国が誇る歌劇場は約三千人とまでいわれており、各国の横行貴族までもがやってくる。
歌劇場で公演することは劇団の最も名誉なことであり、誰しもが憧れる舞台だ。
そんな歌劇場において、ヨーセアン公爵家は専用のボックス席を持っている。当然ながら、王族である彼女にはロイヤルボックス席の使用もゆるされている。
今回使用するのは、ロイヤルボックス席の方だ。
俺は、一応はフーリエ王国の文化を学びにきたエテルネ大公子であるため、国賓の扱いをされるため、ロイヤルボックス席へと招待されている。
「仲がいいようだね」
ロイヤルボックス席の先客が声をかけてきた。
「王太子殿下にご挨拶申し上げます」
レティシアは礼儀作法に乗っ取った綺麗な挨拶をした。
「お久しぶりです。アルフレッド王子」
「招待に応じてもらえて嬉しい限りだ。ギルバート大公子。弟が貴殿の大ファンなんだ」
俺とアルフレッドが握手を交わすと、兄の影にかくれるようにドミニクがでてきた。
「お会いできて光栄です! フーリエ王国第二王子のドミニクです!」
ドミニクは威勢よく挨拶してきた。
これがかつて俺のことを卑しい犬だと罵倒していたやつの態度かと冷めた思いを持った。
「はじめまして。ドミニク王子の耳にまで俺の話が届いているとは思いませんでした」
「ギルバート大公子の活躍は下々の者まで知っています。この歌劇場でも、大公子がモデルになった劇が上演されたんですよ」
意気揚々と話しかけてくるドミニクを鬱陶しく思いながら適当に相手をして、俺はレティシアの隣に座った。
彼女はオペラグラスの用意をすでにしており、真剣に観劇しようとしているようだ。
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