悪女の騎士

土岐ゆうば(金湯叶)

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41:テセウスの船

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レティシアの応接室は、しっかりと選び抜かれた良質な家具たちで構成されたセンスのある場所だ。

「レティシア嬢、正式にご挨拶いたします。エテルネ大公国の大公子であるギルバートです」

通された部屋で、略式ではあるが挨拶をすると、レティシアも立ち上がってカーテシーをした。

「ヨーセアン公爵の妹のレティシアです」

レティシアは顔をあげると、少し俺から目をそらしてから微笑んだ。

「どうぞおかけください。お話があるとお伺いしています」

ティーセットとケーキスタンドがおかれたテーブルは客人をもてなす気遣いを感じられる。こんな押し掛けるように急に現れた相手にも気を使うなんて。

「お兄さまが何か失礼なことを言いませんでしたか?」

「妹であるあなたのことを心配していましたよ」

まさか、と否定的な表情をした。

この兄妹の仲がどのようなものなのか詮索はしない。

話を本題にうつす前に、紅茶を一口飲み、緊張をほぐす。

「ずっと昔、タリーム街で少年を拾った覚えはありますか?」

「少年ですか? 誰か拾ったことなどないですが。いつのことですか?」

「もう数十年も前になります」

「それなら私は生まれてすらいませんよ? 誰かをお探しでしたらご協力しますよ」

レティシアは本当に覚えがないようで、不思議そうな顔をしている。

「いえ。思い違いのようです」

彼女も前世の記憶を持っていると思っていたのに違ったようだ。

それなら、前世の彼女と同じ人だと言えるのだろうか。目の前にいるレティシアはいったい誰なのだろう。

「ギルバートさま? 顔色が優れないようですが、大丈夫ですか?」

先程まで、俺と視線を極力合わせないようにしていたくせに、心配そうに顔を覗き込んでくる。

「大丈夫ですよ。それよりも本題に入りますね。先程、公爵にあなたとの婚約を申し出ました」

その言葉にレティシアは目を点にしてしばらく沈黙をした。

「えぇー!? それはギルバートさまと私が、そそそ、その婚約者になるということですか?」

これほどまでに感情を発露する彼女を見たことがない。

「そうです。無理強いをするつもりはありませんが、答えていただけるとありがたいです」

レティシアはパニックにおちいったのか、あたふたして、意味のわからないことを言っている。

シナリオが変わったとか、バタフライエフェクトだとか。

「あの、私を選んだ理由をお聞きしても?」

「私的感情の話をしましょうか? それとも政治的理由を?」

今の彼女に、前世の話をしても意味のないことだ。あなたのことが愛しているだとか、幸せになってほしいという理由は目の前の彼女に当てはまるのかわからない。

「そういうことですか」

レティシアの顔が先程慌てていた幼いものではなく、大人気なものに変わった。

「我が国の情勢はよくわかっています。プセアラン王国といずれ対立することを考えるとエテルネ大公国と姻戚関係をもち同盟を結ぶことは好手です」

大人びた顔とその話し方は、前世の彼女を彷彿とさせるもので、心臓がドクりと脈打った。

「兄はそれに賛同したのですね」

「いいえ。公爵はあなたの気持ちを優先するといいました」

予想外とでもいいたげな表情をうかべたレティシアは、小さくそうですかとだけ呟いた。

「ギルバートさまにも利点のある話なのですよね」

この兄妹はとても似ているのだなと感じた。彼女らはどこまでいっても貴族なのだろう。

「今すぐにというわけではありません。ただ俺が公爵邸に滞在している間だけでも、交流をして互いを知り、考えてほしいのです」

ずるい言い方だ。

本当は、どんな彼女を手元に置き、安全な場所に閉じ込めたいのだ。そうすれば、俺のもとを離れることもなく、死ぬこともない。

だが、それは彼女が望む姿ではなく、彼女の幸せでもない。

「俺のことは気軽にバティと呼んでください」

「バティですか? ギルではなく?」

かつて俺のことをそう呼び始めたのは彼女だったのに、どこかその呼び方になれないようだ。

「どこか変ですか?」

「いいえ。我が家の騎士団長のこともバティと呼んでいたので。ふふふ、小バティと大バティですね。いいですね、バティ」

バティと呼びかける姿がかつての姿と重なって言葉がでなくなった。

「あっ。失礼ですよね、小バティなんて」

「いいえ。アルバート卿は熊のように大きい方ですから。それに敬語はやめてください」

決して俺が小さいわけではなく、本当にアルバートが大きいのだ。前世では車椅子だったため俺の方が大きかったが、今は車椅子に乗る必要などないほど元気なのだ。変わらず彼が大バティだろう。

「それなら、私のことはティジと呼んで。あなたもその話し方を改めなくっちゃ」

「努力します」

俺の返答が気にくわないのか、レティシアは少し不服そうな顔をしたが、楽しそうに笑った。

前世の彼女ではないのに、どこかその面影を追ってしまう。

俺はとうの昔におかしくなってしまっていたのかもしれない。

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