悪女の騎士

土岐ゆうば(金湯叶)

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40:本音も建前も

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結果から言えば、エドウィンは敵にはならないものの、忌まわしい邪魔者となった。

「俺の妹と婚約したいと?」

応接間に通されて、俺はエドウィンにレティシアとの婚約を願い出た。

その申し出に、エドウィンはあからさまに不服そうな顔をした。

「こちらにも、そちらにもこれといった利点のない申し出だと思うが?」

貴族の婚約や結婚は互いに利害関係をもってなされる。

当初は、その常識を母やレティシアを苦しめた馬鹿馬鹿しいものだと思っていた。だが、今は都合のいいものになっている。

「最近、レティシア嬢に関する悪質な噂が意図して広められているようなんです。きっと何者かが、ヨーセアン公爵家を陥れようとしているのでしょう」

エドウィンの眉がピクリと跳ねた。

この時期から徐々にレティシアに関する悪い噂が囁かれるようになっていた。前世の俺は、エドウィンの命で戦場に駆り出たり、社交には疎かったため気にしていなかった。

「フーリエ王国の要であるヨーセアン公爵家を陥れたいものはいったい誰なんでしょう?」

俺はわざとらしく言った。

「そう言えば、プセアラン王国はどんどんと南下を進めているようですね。大公国としてはまだ、姿勢を示していませんが、できれば貴国とは友好的でありたいんです」

フーリエ王国は北にはプセアラン王国があり、南西にはエテルネ大公国がある。

フーリエ王国がプセアラン王国と対峙する時に最も警戒するべきなのは我がエテルネ大公国だろう。

プセアラン王国と組んで挟み撃ちにされる危険性や、大陸の諸国をつなぐ貿易国家に資源経路を断たれる恐れもある。

「貴殿が妹との婚約で得られるものはなんだ」

「正統性です。今でこそ、大公子としての地位を確立していますが、大公は大公妃をたてていません」

あくまでも、俺は大公の私生児だ。

父は死んだ母を大公妃として遇しようとしたが、死者にそのようなことをした前例がないと大きな反発があった。まだ、貴族たちは父に妃を妻合わすことを諦めていないようだ。

「大陸で最も古い歴史を誇るフーリエ王国の姫君との婚約ほど、血統を保証することはないでしょう」

腹の探り合いが日常的な貴族社会において、こうして自分の弱味をさらけ出すのは、信用してほしいというサインだ。

「決めるのはあの子だ。俺はレティシアの意思を尊重する」

今世でも、エドウィンは妹思いのようだ。

国家同士の戦争を匂わせる半ば脅しのような事に対して、それでも妹を政治道具のように扱いたくないと言ったのだ。

俺は変わらないエドウィンの言葉に安心した。

「もちろんです。俺も彼女の意にそぐわない不幸になるような婚約は望んでいません」

俺の言葉に、エドウィンはどうだかとまだ疑うような目をむけてくる。それに俺は笑みをみせる。

「それとは別に、公爵とは親しく付き合っていきたいんです。タビレット商会は我が国でも名高いですから」

エドウィンは微かに眉根を寄せた。

タビレット商会の商会主は誰も知らないことになっているが、その主はレティシアだ。フーリエ王国において貴族が商人の真似事をすることはあまり好ましく思われていない。エドウィンが支援しレティシアが開いたタブレット商会によってフーリエ王国の財政が支えられているなんて、ほとんどの貴族が知らない。

「食えない奴め」

「ハハハ。お互いさまですよ、お義兄さま」

その言葉に、エドウィンはピキリと血管を浮かせた。

「大切な妹の意見もまだなのにその呼び方は時期尚早なのでは? それに、婚約をしても破談になることもよくある話だ」

「そうでしょうか? ひとまず、レティシア嬢にご挨拶にいかせていただきますね」

立ち上がり、彼女のもとへ案内するように使用人に言うと、エドウィンがガタンと立ち上がった。

「妹は人見知りでして。そんなに急がなくてもいいのでは? 」

「そうなのですか? 初めて会った時に、俺の名前を知っていたのか呼んでくださいましたよ」

人見知りだなんて嘘を信じるわけがない。

「公爵は一目惚れを信じますか? 俺はあの時に、レティシア嬢の心まで美しい姿に胸をうたれたんです。ですから、もう一度だけでも会わせていただきたいのです」

エドウィンの対談も終わり、使用人が集まりつつあるなかで堂々とそう言う。そうすれば、おしゃべりな使用人たちが尾ひれをつけて広めてくれるだろう。

「……。ガイ、レティシアに先触れを出してから、ギルバート殿を案内してくれ」

エドウィンは疲れた様子でタメ息をついて、執事にそう告げた。

小さな声で、このタヌキめと言ったのが聞こえた。そっちはキツネだろうと表面上の笑みを浮かべた。

これから熾烈な小舅との争いが待っているのだ。


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