悪女の騎士

土岐ゆうば(金湯叶)

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38:プセアラン王国

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俺は動揺をさとられないように毅然と振る舞った。

「こんなところに一人でいたら危ないですよ。とくに身なりのいいお嬢さんが来る場所ではないはずなんですが」

彼女はどう言い逃れしようかと考えるように視線をそらした。

「助けてくださりありがとうございます」

「礼なんて結構です。早く帰った方がいい。ヨーセアン公爵が心配なさるでしょうから、レティシアさま」

そういうと、彼女は驚いたように言わんばかりに大きく目を見開いた。

「どうして、私のことを」

「有名ですから。そういう、あなたも俺のことを知っているようだ」

探るように言った。

はたして彼女に前世の記憶があるのだろうか。

彼女にあったら、なぜ俺にあなたを殺させたんだと問い詰めるつもりだったのに。

それさえできないのだろうか。

「それは、その。えっと、ほら。大陸の英雄を知らないはずないじゃないですか」

目を泳がせながら言う様に、彼女が嘘が下手くそだとわかる。

前世の彼女は、最後まで俺を騙して、その胸に俺の剣を突き刺すように命じたのに。

「そう言うことにしておきましょう。公爵邸まで送ります」

「ギルバート様にそこまでしていただくなんて」

レティシアはおそれ多いと頭と手を振った。なんだか忙しくて、子供っぽい仕草だ。

「気にしないでください。俺も公爵邸に用があるんです」

俺がエスコートを申し出ると、レティシアは少し呆然としてから「そうなんですか」と納得した様子をみせた。

かつては彼女の後ろを歩くことはあっても、横に並び対等でいることはなかった。そのことに関して、優越感よりも戸惑いが勝った。

「兄にご用意なんですか?」

「フーリエ王国に滞在中は公爵邸でお世話になるんです」

「ふぇッ!?」

なんとも素頓狂な声をあげて驚いた姿は飾らない彼女自身の姿だった。

「なぜあんなところにいたのか聞いても?」

タリーム街を抜けると、部下が見えたので視線とハンドサインであの破落戸どもを捉えるように指示した。

「教会の炊き出しを手伝っていたんです」

レティシアは後ろを振り返ってあそこですと指をさした。

あの教会は、前世では孤児院として使われていた建物だ。今は、救貧のための教会となっているのか。

「護衛の者も連れずにですか?」

エドウィンがそんなことゆるすとは思えない。だが、彼女の近くにはヨーセアン騎士団の者はいなかった。

「実は撒いてきたんです。タリーム街の視察をしたいのに、ゆるしてもらえなかったので」

一人で行動するのは前世とかわりないようだ。俺がタリーム街で彼女と会ったときも一人だった。

「視察ですか?」

「まだ内情なんですが、ここの再開発をしようと思っていて。治安も衛生もあまりよくないですよね。でもタリーム街はメインストリートに近く、利便性があるんです。初期費用はかかるかもしれませんが、そこに工房をつくり、タリーム街の人たちを雇用しようと思っているんです」

まるで事業家のような話をしだしたが、彼女はそういったこととは縁遠い貴族のご令嬢であり、まだ十六歳のはずだ。

「それに小さな子どもたちがあんなに痩せ細っていて……。教会のシスターがいい人で、孤児院に賛同してくれているんです」

つまり可哀想だといいたいようだ。

だが、なぜ今更この時期にやるのだろうか。前世ではもっとはやいタイミングで再開発をおこなっていたはずだ。

前世の彼女と今世の彼女とはどこか違うようだ。

「そういえば、あなたを襲った連中とはお知り合いで?」

「まさか。昔ブラックマーケットがあった場所を通ったら怪しげな話をしていて」

「立ち聞きをして、追いかけられたと。あなたには危機意識というものがないのですか!」

好奇心は猫をも殺すとはいうが、九つの命がある猫は、物をよく知り生き返るが、人間の命は一つだ。

昔から好奇心や自己犠牲を持ち合わせている彼女を危うく思っていた。

だから昔のようにお小言をいうみたいに強く言ってしまい、しまったと思った。

「すみません。初対面なのに偉そうなことをいいました」

「いえ、心配してくださっているのに、怒りませんよ。ありがとうございます」

レティシアは嬉しそうに笑った。

ああ、この笑顔を知っている。優しく朗らかな微笑みだ。

いつも、俺や侍女たちに叱られて浮かべる笑顔だ。

「その人たちが何の話をしていたか聞きましたか?」

「遠くて会話内容まではわかりません。ただプセアラン王国の言葉のように聞こえました」

またプセアラン王国か。

彼らが何か暗躍していることは知っているが、他国間のことであまり首を突っ込みたくない。

ただ、彼女に火の粉がふりかからないように動けるようにはしておこう。


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