悪女の騎士

土岐ゆうば(金湯叶)

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32:父との再会

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ルーカスは信じられないとでも言いたげな驚愕した瞳で俺を見た。

「坊や。君が言うソフィアとは、僕の妹のソフィアのことかい」

ルーカスは物腰こそは優しいが、目は鋭く俺を見て、嘘をつこうものなら射殺しそうだ。

「証拠が必要ですか?」

垂れ目で柔和なルーカスとは、髪色と瞳の色以外はあまり似ていない。しかし、彼が仕えている主君とは瓜二つの顔をしているはずだ。

「これは母が唯一遺してくれたものです」

唯一の遺品であるロケットペンダントを見せると、ルーカスの顔は柔らかくなった。

「確かにソフィアのものだ」

「中に描かれた人が父でなんでしょう。俺は父に会いに来ました」

そう言うとルーカスは困ったように眉を寄せた。

「少し場所を移そうか」

大公の落とし胤の話をするのにここでは人目がありすぎる。

前世で大公と手紙のやり取りをしていた時に、母の兄、俺の伯父の存在を知った。

母に似た穏やかな顔立ちをしながら、軍部の重役を担っている。大公の懐刀ともおぼしき人物。

ルーカスは母の捜索を個人的にも行っていたようで、勤務時間外に情報屋があつまるあの通りにいつも訪れていたらしい。

あの時は、会う予定もない伯父の話を興味もなく読んでいたが、こうして役に立つとは思いもしなかった。

「そうか。フーリエ王国から来たのかい」

ルーカスの屋敷へ招かれ、どこからどうやって来たのかなど身の上話をした。

「ギルバート、君は父親に会ってどうしたんだい?」

ルーカスはまだ父親の正体を大公だとは言わなかった。そして、俺が大公のことを知っているとは思いもしていないだろう。

「ルーカス卿も薄々感づいているのではないですか」

「……」

ルーカスは悲しそうな顔をした。

なんとなくわかっていたはずだ。子どもだけが一人で父親のもとを訪ねるのだから、その母親はすでにこの世にいないことを。

「母が亡くなりました。そのことを伝えに来たんです」

半分は本心だ。本当の目的である大公の息子として力が欲しいだなんて言えば、警戒されるだろう。

「まだ十歳なのにずいぶん大人びている。これまで多く苦労してきたのだな」

ルーカスは、俺がひどく大人びていることをこれまでの過酷な人生経験によるものだと思っているようだ。

実際、誰が過去に戻ってきたと言って信じるだろうか。そう思うと、前世のレティシアが大人びていたことに合点がいく。

「君の父親には必ずあわせてあげよう。だが、話しておかなければいけないことがある」

ルーカスは仰々しい前置きをした。俺にとってはすでに知っている内容であるし、覚悟もできている。

「君の父親はエテルネ大公のダミアン殿下だ」

「……」

俺は驚きもせずに、黙ってルーカスの話の続きを待った。

「今でこそ僕が伯爵の位を与えられたが、もともとヘンリエット家は弱い家門だ。もし君が大公と妹の子だと知られれば、その身が危険にさらされるかもしれない」

今もヘンリエット家は小さな子爵家に過ぎない。ルーカスは、その家の次男でありながら戦争や軍事政策などで大きな功績をあげ伯爵位を授かった。

大公のまわりには、大公妃やその後継を狙う者たちも多い中で、実家を考えるとあまり大きな後ろ楯とは言えない。

「予想はしていました。でも、俺はやるべきことがあるんです。そのためにも、大公に、父に会わなければならないんです」

どんな逆風にだって立ち向かってやる。たった一人の少女を死から救うために。

「君の目は歴戦の戦士のような、鋭く意志に満ちたものだ。わかった。大公に会えるようにしよう」

ルーカスは深くは聞かなかった。

ただ妹の息子として、自身の甥を受け入れてくれた。

ルーカスの屋敷で、立派な服に、豪華な食事、すきま風ひとつない部屋で過ごして、望めば剣術や勉学もできた。こうして大公の都合がつくまで待っていた。

城に招かれて会った父親は、あたりまえかもしれないが、若く見えた。だが少しやつれているようにも見える。

「そうか。ソフィアの忘れ形見か。よく似ている」

大公の声は掠れていて、目元は赤く瞳はどこか虚ろだった。

この時改めて実感した。父は母を愛していたのだと。大切な人を失う悲しみを俺も知っているから、彼が本当に辛く心をいためていることがわかる。

「俺がいたらないばかりに苦労をかけた。すまない」

大公は深々と謝罪をした。

だが、その謝罪をどう受けとればいいのか俺にはわからない。父親を恨んだことがないと言えば嘘になるが、その蟠りは前世で霧散してしまった。

「ルーカスから話は聞いているだろう。俺としても、ソフィアの忘れ形見であるお前を正式に嫡子としてむかえたい。だが、そうなるとお前の人生は大きく一転するだろう」

「覚悟の上です。俺にも望むことがありますから」

かつては戦場を駆け回って、蛮族や敵国兵や暴徒を相手していた。それに比べれば、喧嘩を打ってくる貴族たちはまともに剣も握れない軟弱者だ。

それに何を犠牲にしても、彼女だけは救うという決意は揺るがない。

「ルーカスから剣才があることは聞いている。だがそれだけでは足りない。学ぶべきことは山のようにある。そして、書物や教師から学べないことはその身をもってでしか知り得ないだろう」

大公はこれからの苦難を心配しているようだ。

「わかっています。でも、無力なままではいたくないんです」

「そうか。重たい話はここまでにしよう。大公としでてはなく、父として息子と会えたことを喜ばしてくれ」

大公は柔らかく優しげな表情をして、お帰りと言った。

母が亡くなって以来の家族のぬくもりを感じた。


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