悪女の騎士

土岐ゆうば(金湯叶)

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29:レティシアとなった少女の話(sideレティシア)

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“レティシア”ではない私の朧気な記憶の中で、私が最も好きだった人がいる。

今思えば、陳腐な恋愛ゲームだった。それの登場人物の一人だった。

主役だとか攻略対象だとかそういった類いの人ではなかったが、私の中では輝いて見えた。

ヒロインを愛していながら、ただのサポートキャラでしかない彼はどのエンディングでも可哀想だった。

同じゲームをしている友達は、彼の姿のとる行動を面白がっていたが、私にとっては好きな人が不憫でしかなかった。

アップデートによって彼が隠しキャラになることを願っていたのに、そんなことが起きる前に私は死んでしまった。

彼には幸せになって欲しかった。


次に目を覚ますと、私はこの世界でレティシアになっていた。

そう、あの陳腐な恋愛ゲームのかませ犬、悪役の一人であるレティシアに。

よくある小説のように原作を知っている者として破滅フラグをへし折って、バッドエンドを回避したつもりだった。

まわりに優しく接して家族との関係も修復して、ヒロインや攻略対象とは極力関わらないようにした。

それなのに、まわりはそんなこと無かったかのように私を断罪した。

あれ程仲のよかった兄ですら、私に救いの手をさしのべてくれなかった。

そうして、修道院送りになったレティシアは攻略対象の策略により娼館に送られ、凌辱され嬲り殺された。

そして目を覚ますと私はまた幼い頃のレティシアにまたなっていた。

こうして何度も何度もレティシアになっては惨たらしい死を迎えた。

私はこのループを終わらせる方法はないのかと考えるようになった。

どんな選択をしても、ゲームの舞台から離れても必ず死はやってきて、再び目覚めると同じヨーセアン公爵邸の天井を見る。

幸と言うべきか、生憎と言うべきか、病床の私には時間があった。共和国で権勢を誇る大富豪に嫁いで毒を盛られて寝たきりになっている。

私は今まで破滅フラグから逃げているだけだった。

きっと世界はレティシアの死がなければシナリオが動かないのだと思った。

もし、また繰り返すのなら、次は原作通りの悪女を演じてやろう。そうすれば世界も満足するはずだと。

この頃になると、生きたいというよりも終わらせたいという気持ちで一杯だった。自ら破滅へと向かうことに恐怖がなかったと言えば嘘になるが、それよりも繰り返される苦痛から解放されたかった。

悪女を演じ、ヒロインと攻略対象をくっつけて断罪され、殺されてやる。

だが、目覚めてしまった。いつもと同じ天井が私の目にうつった。

そうして、どうして繰り返されるのか、条件があるのかわからないまま、私はまた死を繰り返した。

様々な人生の中で、文献や史料、くだらない小説や絵本にまで手を伸ばし調べた。それらしい記述のおとぎ話や神話はあったが、ループを終わらせる方法など載ってなかった。


この果てしないループの中で、ギルバートは様々な立場で私の死に際にいた。変わらないのは英雄と呼ばれるほどの剣の腕前ぐらいだろう。

初めは赤の他人として、私の斬首刑をみていた。

次はヒロインや王子たちと物理的な距離をとるために、新興国であるプセアラン王国の王子と結婚をした時に、敵国の将として私の前に現れた。人質の妃は守られることなくあっけなく惨殺された。

ある時は、私の友として親しくしてくれた。その時に初めて沢山の言葉を交わした。

「バティって呼んでもいい?」

「いいけど、なんでバティなんだ? 皆は俺のことをギルって呼ぶぞ」

「唯一私によくしてくれた騎士団長を思い出すの。戦争で死んでしまった人だけど、あなたは死なないでしょ」

そう言うと、優しい彼は勿論だと私の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。

彼からおすすめのカフェや飲み物なんかも教えてもらった。女癖の悪い婚約者に頭を悩ましていた頃だったから、彼との時間が唯一の癒しだった。

だが、次の瞬間には、枢機卿の息子という地位をつかって私を異端審問にかけ、魔女だといって火炙りにした。

どんな形であれ、ギルバートがエテルネ大公国の大公子や英雄として活躍する姿を見ることができて幸せだった。


死んではまた戻ってくるこの運命を受け入れた時に、せめて死ぬなら苦しまずに死にたいと思った。

死ぬならば好きな人の手で死にたいと思った。

だから、彼の運命を乱してしまった。

不幸にしてしまった。

ごめんなさい。

ごめんなさい。

だけど、神さまが修正してくれるはずだから。

あなたが幸せになることは約束されたことだから。

神さまとの約束だから。

ずっと昔から好きだった人の手で死ぬという私の我儘をゆるして欲しい。

そうして、私はまた繰り返す。終わりのない死を。



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