悪女の騎士

土岐ゆうば(金湯叶)

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26:苦しませずに死なせてね

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「なんとも、それは大変でしたね。相手はあの悪女ですからね。ですが、今や反逆者の烙印を捺されて逃亡中なんですから、そう怯えなくても大丈夫でしょう」

首都から離れた村の村長が俺たちを歓待しながら、世間話をするように話した。

俺はレティシアに言われた通りに、恋人のために悪女から逃げ出したと、旅の道のりでそう言ってまわった。

英雄ギルバートの名は辺鄙な村々にまで響きわたっており、俺を知らない人はいなかった。そして、希代の悪女レティシアの名もここ数日で有名となっていた。

「だが、たしかにお嬢さんは悪女も嫉妬するほど美しいですな」

村長はレティシアを見てお世辞ではなく、本気でそう言っていた。

彼女の美しい銀髪は黒いウィッグで隠していても、整った顔や神秘的なバイオレットの瞳は隠しきれない。

「まあ、国中に指名手配されているんだからいずれ捕まるでしょう」

国のあちらこちらに、レティシアの容姿の特徴などが書かれた手配書がある。

王室騎士団がこんな村にまで来るとは思えないが、気を抜くことなどできなかった。

彼女の目的地に行ったら、そのままエテルネ大公国へ亡命する算段だ。

「ティジ、君はどこに向かおうとしているんだ?」

宿屋すらないこの村では、村長の家の一室をかりている。壁の薄い部屋なので、誰かに話を聞かれても問題ないように砕けた口調でレティシアに問いかけた。

「聖地よ。ここから少し行った所に綺麗な花畑があるの。おとぎ話でよく出てくる有名な場所と似ているの」

部屋には二人しかいないため、レティシアは重々しいウィッグと外套を脱いで、ベッドに腰かけた。

「そんな有名な場所なら、この村はもっと栄えてもいいんじゃないか?」

純粋な疑問から聞くとレティシアはクスッと笑った。

「森の奥深くにあるし、知る人ぞ知る場所だから、皆秘密にしたいのよ。白い花が一面に咲いていて綺麗なのよ」

何故、彼女がこんな憂節の身でそんな花畑に行きたいのか理解できなかった。いや、これまでの道のりもよくわからなかった。

彼女は追われる身であるというよりも、旅を楽しむように遊覧していた。まるで、今まで閉じ籠っていた全てを取り戻すように、楽しげに笑い、踊り、食べて、駆け回った。

擬似的だとしても、恋人として彼女との旅路はとても穏やかで楽しいものだった。

「明日、その花畑に行きましょう」

レティシアはベッドの上に倒れて、だらしなく転がった。

これまでの暮らしに比べれば、劣る食事やベッドなのに、彼女は至福の物であるかのように美味しそうに食事をして、幸せそうに眠る。

ぐっすりと眠る彼女の額にかかる髪を払ってやる。少し荒れた唇に目がいく。

「こんな目に合うべき人じゃないのに」

彼女の境遇を可哀想に思いながらも、誰にも邪魔されない穏やかな二人だけの旅が続けばいいのにと願ってしまった。




日が昇り、村長から朝食を御馳走になってから村を出た。

まるでピクニックにでも行くかのように軽い足取りで歩くレティシアの案内のもと、例の花畑へと向かう。

本当に森の奥深くにあり、獣道を通って先に進む。

どうして首都からほとんど出たことのない彼女がこんな道を知っているのだろう。

「……。着いた」

レティシアの感極まるような声に前を見る。

生い茂る木々がなく、ぽっかりと空いたような円形のひらけた場所が目の前に広がった。

真っ白な花しかない、どこか異質で神秘的な場所だった。たしかにおとぎ話に出てきてもなんら不思議ではない場所だ。

「ギルバート」

レティシアは変装用のウィッグも外套も脱ぎ捨てて花畑の中心にまわった。その姿は幻想的で美しかった。おとぎ話の妖精がいるのらな彼女なのだろう。

「ここが私の旅の目的地で最終地」

その言葉にはっとして、彼女に詰め寄る。

「どういうことですか!? 一緒にエテルネ大公国へ……ッ!」

レティシアは俺の言葉を聞かずに首をふった。花畑に座り込むと空を見上げた。

「私は行くとは言ってないわ」

その言葉に絶望の淵に立たされた気分になった。

「ここが私の最後の場所。英雄ギルバートは悪女を討ち果たすの」

すっかり忘れていた、公爵とレティシアの会話を思い出した。

そうだ、彼女は俺に殺されるために……。

「嫌です!」

俺が大きな声で叫ぶと、彼女は聞き分けの悪い子どもを愛でるように微笑んだ。

「我が儘だってわかっているわ。でもね、あなたを拾ったのも、騎士として育てたのも、この時のため」

ああ、彼女が俺を側に置いていたのは、俺に彼女を殺させるためだったのだ。なんと酷いことをさせるんだ。

「私の我が儘でギルバートの人生を乱した修正をする。神さまの手じゃなくて、私が」

レティシアは俺の剣を抜いて、俺に持たせた。

「苦しませずに死なせてね」

小さな小瓶を取り出して、それを呷る彼女を呆然と眺めるしかなかった。

「どうして、どうしてそんなことを……っ」

「私はどうあがいても死ぬ運命なの。神さまがそう決めた。死ぬことはとっくの昔に受け入れているの。でもね、苦しみながら死ぬのはもううんざりなの」

いつも持っている剣がずっと重く、持つ手が震える。彼女の言葉の意味を理解したくない。

「断罪されて凌辱された後に撲殺されるのも、人質として剣に滅多刺しにされるのも、毒を徐々に盛られながら苦痛のなかで死ぬのも、魔女だと言われて火炙りにされるのも。車裂きも、生きたまま狼の餌にされるのも、弓矢の的にされるのも痛くて痛くて仕方ないの」

彼女は全てを経験してきたかのように語る。いや、本当に体験してきたのだろうと、根拠のない確信があった。

「死ぬなら苦痛が少ないに越したことはない。そのぐらい許されてもいいとは思わない」

彼女は泣き笑いのような顔をして俺に言った。

「あなたをこんな形で利用してごめんなさい」

どうして謝るんだ。

どうしてそんな顔をするんだ。

もっとあなたが卑怯でいてくれたら。罪悪感なんてなく、俺を利用してくれたら。

俺は憎しみでこの剣を振れたのに。


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