悪女の騎士

土岐ゆうば(金湯叶)

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22:墓参り

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レティシアに大公と母の墓参りに行くために側を離れる旨を話すと、彼女はあっさりと許可してくれた。

曰く、「家族との時間は大切よ。お父さまとは仲良くなくちゃ。あなたの貴重な可能性を潰してしまった私を責めてもいいのよ」と。

この命を拾ってもらったのに責めるなんてこと誰がするというのだ。こんな心優しい彼女にどうして悪い話があるのか未だに信じられない。

「先客がいたようだ」

大公はそう言って、既に墓石に供えられていた白のカーネーションと色鮮やかなコスモスでできた花束の隣に自分が持ってきた花束を供えた。

「ソフィアの好きな花だ。先客のソフィアへの気持ちが伝わるものだ」

大公の言う花は、コスモスのことだ。生前の母がもっとも好んでいたもので、母に似た可憐な花だ。

「きっとレティシアさまです」

「レティシア嬢が?」

大公は怪訝そうな顔をした。

ここに来るのは俺かレティシアしかいない。

「母をこうして供養できるのも、俺が野垂れ死なずにここにいられるのも、全てレティシアさまのおかげです」

俺の言葉に大公は信じられないといった表情をした。それほどまでに、彼の知っているヨーセアン公爵のレティシアとは異なるのだろう。

「大公のおっしゃるレティシアさまと、俺の知っているレティシアさまは違うようです。あなたの知っている悪い話とはいったい何なのですか?」

これが本題だった。

俺の知らないところで、何かが動きはじめており、レティシアが貶められている。それはゆるせない。

「……俺はレティシア嬢と直接言葉を交わしたことはないが、遠巻きから見た彼女は、なんというか…高圧的で、傲慢さと欺瞞に満ちた印象だった」

大公が何を言っているのか理解できなかった。

確かに、レティシアの美しさは他者を寄せ付けない高潔さがある。それが高圧的だというのなら、ものの本質をしらないだけだ。

だが、傲慢とは、欺瞞とはいったい何だ。彼女にこれほど似合わない言葉はない。その言葉に相応しいのは、ドミニク王子やオリヴィア嬢の方だ。まわりの貴族のほうが傲慢で忌々しいというのに、大公の目はどうかしている。

「まさか印象だけでお話なさっているわけではありませんよね」

「ヨーセアン公爵家の悪い話を知っていないのか? 児童を不正に労働させていたり、市場を独占して賄賂の横行をはかっている。もっとも悪質なものは公爵家が運営している孤児院では人身売買が行われているらしい」

「……?」

荒唐無稽な話に言葉すら失い、理解することも脳が拒否した。

「本当にヨーセアン公爵の話をしているのですか?」

「ああ。公爵は王族であることを笠に着てやりたい放題しており、その妹も多くの令嬢を痛め付けていると公国にもその悪名が届いている」

王族であることを笠に着てなどいない。どちらかといえば、国王の方がヨーセアン公爵に助力を求めているほどだ。レティシアだって、喧嘩を売ってくる令嬢にも優しく対応しているのを狩猟大会の時この目でみた。

「根も葉もない噂です。確かに公爵家は商会を有していますが、王国の経済を支えており、税もしっかりと納めています。後ろ暗いことなどない。児童労働などではなく、職人への弟子入りであり、子供たちの自由な意思に基づくものです。なにより、公爵家が支援している孤児院はまっとうなものです。先日も訪れましたが、子供たちは他の孤児院よりもよい待遇で過ごしています。人身売買などありえません! 孤児院の子たちがどこにいるのかしっかりと把握もしています」

ありもしない汚名を着せられた怒りから、俺は一息に大公に言った。だが、大公に言ったところで既に広がっている噂はどうにも収拾できない。

「なによりも証拠もない噂話ではありませんか」

「証拠がないからといって白とは限らない。とくに貴族たちは邪推が好きで、噂はすぐに広まる。事実かどうかに限らず、公爵家に不利なものが出れば、すぐさま引きずり下ろされるだろう」

それこそありえない。ヨーセアン公爵は王国の中枢を担う家であり、国王も王権強化のために手離せない存在だ。公爵家が憂き目にあうことなど想像もできない。

「公爵家の実情がどうであれ、このままここにいればお前も火の粉を被るかもしれない。これは親心から心配して言っているんだ。公爵家をはなれ公国に来ないか」

大公が本当に心配して言っていることはわかる。人の感情の機微に疎いわけではない。

しかし、こんな状況だからこそレティシアの側からはなれるわけにはいかなかった。何かあった時に守るためにいるのだから。

「ありがたい話ですが、俺はレティシアさまの側にいたいんです」

「それは恩人だからか?」

「……」

大公はすでに気づいたのだろう。俺がレティシアに恩人以上の感情を抱いていることを。だが、それは言葉にしてはいけないことだった。

「わかった。お前の意思を尊重しよう。だが、気が変わったらいつでも公国に来るといい。父としてお前を迎えよう。それと手紙ぐらいはやり取りをしたい。ソフィアの話をきかしてくれ」

「俺みたいな私生児をむかえてもいいんですか? 大公妃は怒らないので」

ずっと疑問だったことをきくと、大公はニッと笑った。

「生憎と俺は未婚なものでな」

一国の君主が結婚していないことに驚きを隠せない。そして結婚という簡単な手段を使わずに自らの地盤を築いたことに、大公の手腕が計り知れないことがわかった。


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