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21:大公と母
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レティシアのいう通り、エテルネ大公は俺に似ていた。
髪色も瞳の色も違うというのに、容貌が酷似していた。まるで俺の色違いのような人だった。
「よく似ている。確かにソフィアと俺の子だ」
応接間で向かい合って、第一声にどう反応したらいいものか思いあぐねる。
似ていると言われて喜ぶべきなのか、今まで俺たち親子を放置してきたお前が何を言っているのかと怒ればいいのか。
「大公殿下は俺にどういった御用でしょうか」
父親と言われても実感のない相手を他人行儀に扱うしかない。
「ヨーセアン公爵から話は聞いていると思うが、お前の父親として会いに来た」
うんざりするほど聞いた話だ。
英雄の父親になろうと名乗りをあげて接触をはかる。そんな人は見飽きるほどいた。俺自身、父親を探そうという気が全くなかったから、最近は面倒くさくなって会うこともせず門前払いしていた。
しかし、目の前にいる男は限りなく本物の父親である可能性が高い。
「今までもこうして父親と名乗る人と沢山会ってきました。大公は俺に何をのぞんでいるのですか? 目的は何です?」
暗に証拠を示せ、そして何を企んでいるのか白状しろと言った。俺の出自のせいで、公爵家に、レティシアに迷惑はかけられない。
「ソフィアに渡したペンダント。それに俺とソフィアの絵が入っているはずだ。絵の裏には、子供の名前の候補が書いてある。女の子ならライラ、男の子ならギルバートにしようと話していた」
レティシアが言った通り、母の遺品であるペンダントが本当に証拠となった。
エテルネ大公が言う通り、ロケットペンダントの中にある絵には若い母と並ぶ大公が描かれている。
二人はまるで愛し合っているようで、エテルネ大公が母について話す時は愛情に満ちた顔をしていた。
「目的などない。遅くはなったがソフィアが産んだ愛しい息子に今からでも不自由のない生活を与えようと思たのだ」
その言葉をどう信じろというのか、胡乱な目をする。
「エテルネ大公国に後継者問題でもあるのですか? わざわざ放置していたどこの馬の骨ともわからない俺を引き取ろうとするほど、困っているのでしょう」
わざと皮肉るように言った。これぐらい言ってもゆるされる立場だ。
「確かに俺には子がいない。だが誤解しないで欲しい。俺は決してお前たちを放置していたわけではない。もう十何年も探していた」
エテルネ大公は弁明するように昔語りを始めた。
母ソフィアはエテルネ大公国の子爵の末娘だったそうだ。そんな母と幼少期に運命的な出会いをした父ダミアンは幼馴染みのように育ったらしい。
幼少期からの付き合いの女性と恋に落ちるのは必然であるかのように惹かれあった。
だが陳腐な恋愛小説のように、恋愛には障壁があった。それが身分の差である。しがない子爵の末娘と大公国の時期君主とでは釣り合わない。
大公の権威を確立するためにも、国内の有力な貴族か外国の王族と政略結婚することがのぞまれた。もっとも有力な候補として、国内の侯爵令嬢の名前がすでに上がっていたらしい。
そんないつ誰かによって崩されてもおかしくない関係の中で、ソフィアはダミアンの子を妊娠した。この事が知られればお腹の子ともども命が危うかった。
ダミアンは、ソフィアとお腹の子を国外に逃がすことを選んだ。己の地位を磐石にした後に迎えに行くという約束をして。
これが小説なら苦難を乗り越えた二人が再会して幸せに暮らしました、めでたしめでたしで終わるだろう。だが現実では、ソフィアの捜索は難航し、彼女は流行り病で死んでしまった。その息子も姿をくらませたとなればダミアンにとっては悲劇だろう。
俺にとって、そんな話はどうでもよかった。
母はいつか父が迎えに来てくれると言い残してこの世を去ったが、俺は待つことをとうの昔にやめてしまった。レティシアの手をとった瞬間に、新しい人生を歩み始めたのだ。それなのに、今さらもとの道になど興味はなかった。
「お話はわかりました。母の墓は中央墓地にあります。どうぞ行ってやってください」
「もちろんだ。ギルバート、お前も一緒に行かないか? 」
長年探していた息子に父親らしく振る舞いたいのだろうが、すでに二十にもなった俺にはその好意が少し疎ましかった。
「俺には仕事がありますから」
「仕事というと、ヨーセアン公爵のレティシア嬢の護衛のことか……」
エテルネ大公は物言いたげな顔をした。それはあまりいい表情ではなかった。
「悪いことは言わない、ヨーセアン公爵とはこれ以上関わらない方がいい」
「なっ!」
エテルネ大公の勝手な意見に言葉を失った。
「ヨーセアン公爵の黒い噂はよく耳にする。とくにレティシア嬢は悪い話をよく聞く。お前がレティシア嬢に仕えていると聞き不当な扱いを受けていないか心配だったんだ」
エテルネ大公の話は到底信じられない。
ぽっと出で現れた父親よりも、何年も共にいる俺を救ってくれたレティシアを信じている。
黒い噂だとか、悪い話だとかの内容が一体どのようなものなのか想像もできないが、根も葉もないことだ。だが、それが公爵家にとってマイナスに作用することはわかる。それならば、エテルネ大公から聞き出せることは全て引き出そう。
「不当な扱いなど受けておりません。その発言は公爵やレティシアさまに失礼ではないですか、大公? ここはヨーセアン公爵家なのですよ」
「すまない、失念していた」
幸いにもというべきか、応接間には俺と大公しかいないのだから密告するものも咎めるものもいない。
「ひとまず、レティシアさまに外出の許可をいただいてきます。話したいこともありますし」
墓参りを共にすると暗に伝えると、大公は嬉しそうな顔をした。
大公が俺を見つけるのが最もはやかったら、違った未来があったのかもしれないと、ありえないことを考えてしまった。
髪色も瞳の色も違うというのに、容貌が酷似していた。まるで俺の色違いのような人だった。
「よく似ている。確かにソフィアと俺の子だ」
応接間で向かい合って、第一声にどう反応したらいいものか思いあぐねる。
似ていると言われて喜ぶべきなのか、今まで俺たち親子を放置してきたお前が何を言っているのかと怒ればいいのか。
「大公殿下は俺にどういった御用でしょうか」
父親と言われても実感のない相手を他人行儀に扱うしかない。
「ヨーセアン公爵から話は聞いていると思うが、お前の父親として会いに来た」
うんざりするほど聞いた話だ。
英雄の父親になろうと名乗りをあげて接触をはかる。そんな人は見飽きるほどいた。俺自身、父親を探そうという気が全くなかったから、最近は面倒くさくなって会うこともせず門前払いしていた。
しかし、目の前にいる男は限りなく本物の父親である可能性が高い。
「今までもこうして父親と名乗る人と沢山会ってきました。大公は俺に何をのぞんでいるのですか? 目的は何です?」
暗に証拠を示せ、そして何を企んでいるのか白状しろと言った。俺の出自のせいで、公爵家に、レティシアに迷惑はかけられない。
「ソフィアに渡したペンダント。それに俺とソフィアの絵が入っているはずだ。絵の裏には、子供の名前の候補が書いてある。女の子ならライラ、男の子ならギルバートにしようと話していた」
レティシアが言った通り、母の遺品であるペンダントが本当に証拠となった。
エテルネ大公が言う通り、ロケットペンダントの中にある絵には若い母と並ぶ大公が描かれている。
二人はまるで愛し合っているようで、エテルネ大公が母について話す時は愛情に満ちた顔をしていた。
「目的などない。遅くはなったがソフィアが産んだ愛しい息子に今からでも不自由のない生活を与えようと思たのだ」
その言葉をどう信じろというのか、胡乱な目をする。
「エテルネ大公国に後継者問題でもあるのですか? わざわざ放置していたどこの馬の骨ともわからない俺を引き取ろうとするほど、困っているのでしょう」
わざと皮肉るように言った。これぐらい言ってもゆるされる立場だ。
「確かに俺には子がいない。だが誤解しないで欲しい。俺は決してお前たちを放置していたわけではない。もう十何年も探していた」
エテルネ大公は弁明するように昔語りを始めた。
母ソフィアはエテルネ大公国の子爵の末娘だったそうだ。そんな母と幼少期に運命的な出会いをした父ダミアンは幼馴染みのように育ったらしい。
幼少期からの付き合いの女性と恋に落ちるのは必然であるかのように惹かれあった。
だが陳腐な恋愛小説のように、恋愛には障壁があった。それが身分の差である。しがない子爵の末娘と大公国の時期君主とでは釣り合わない。
大公の権威を確立するためにも、国内の有力な貴族か外国の王族と政略結婚することがのぞまれた。もっとも有力な候補として、国内の侯爵令嬢の名前がすでに上がっていたらしい。
そんないつ誰かによって崩されてもおかしくない関係の中で、ソフィアはダミアンの子を妊娠した。この事が知られればお腹の子ともども命が危うかった。
ダミアンは、ソフィアとお腹の子を国外に逃がすことを選んだ。己の地位を磐石にした後に迎えに行くという約束をして。
これが小説なら苦難を乗り越えた二人が再会して幸せに暮らしました、めでたしめでたしで終わるだろう。だが現実では、ソフィアの捜索は難航し、彼女は流行り病で死んでしまった。その息子も姿をくらませたとなればダミアンにとっては悲劇だろう。
俺にとって、そんな話はどうでもよかった。
母はいつか父が迎えに来てくれると言い残してこの世を去ったが、俺は待つことをとうの昔にやめてしまった。レティシアの手をとった瞬間に、新しい人生を歩み始めたのだ。それなのに、今さらもとの道になど興味はなかった。
「お話はわかりました。母の墓は中央墓地にあります。どうぞ行ってやってください」
「もちろんだ。ギルバート、お前も一緒に行かないか? 」
長年探していた息子に父親らしく振る舞いたいのだろうが、すでに二十にもなった俺にはその好意が少し疎ましかった。
「俺には仕事がありますから」
「仕事というと、ヨーセアン公爵のレティシア嬢の護衛のことか……」
エテルネ大公は物言いたげな顔をした。それはあまりいい表情ではなかった。
「悪いことは言わない、ヨーセアン公爵とはこれ以上関わらない方がいい」
「なっ!」
エテルネ大公の勝手な意見に言葉を失った。
「ヨーセアン公爵の黒い噂はよく耳にする。とくにレティシア嬢は悪い話をよく聞く。お前がレティシア嬢に仕えていると聞き不当な扱いを受けていないか心配だったんだ」
エテルネ大公の話は到底信じられない。
ぽっと出で現れた父親よりも、何年も共にいる俺を救ってくれたレティシアを信じている。
黒い噂だとか、悪い話だとかの内容が一体どのようなものなのか想像もできないが、根も葉もないことだ。だが、それが公爵家にとってマイナスに作用することはわかる。それならば、エテルネ大公から聞き出せることは全て引き出そう。
「不当な扱いなど受けておりません。その発言は公爵やレティシアさまに失礼ではないですか、大公? ここはヨーセアン公爵家なのですよ」
「すまない、失念していた」
幸いにもというべきか、応接間には俺と大公しかいないのだから密告するものも咎めるものもいない。
「ひとまず、レティシアさまに外出の許可をいただいてきます。話したいこともありますし」
墓参りを共にすると暗に伝えると、大公は嬉しそうな顔をした。
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