悪女の騎士

土岐ゆうば(金湯叶)

文字の大きさ
上 下
20 / 74

19:兄妹設定

しおりを挟む
タリーム街はかつて俺が住んでいた半スラム化した場所だった。それが今や工房が立ち並ぶ職人街となり、大通りには有名な宝石店などが立ち並んでいる。

「ティジ、俺が持つよ」

通りに並んだ青物屋で買った荷物を持つと店主のおばさんは微笑んだ。

「優しいお兄さんだね」

「私の自慢よ」

変装してお忍びで出歩く時の約束として、外では敬称や敬語を使わないことになっている。

同じ髪色のウィッグを使っているためか、まわりからは勝手に兄妹だと誤解されているか訂正することもなく、その設定を活用している。これが公爵にしられたら面倒なことになるだろう。

「孤児院に行った後は、歌劇場近くのカフェに行きましょ」

「最近流行っているコーヒーが置いてある所の?」

「そうよ。でもバティには苦すぎるからミルクとお砂糖をいれることをおすすめするわ」

「子供扱いしないでくれ。俺の方が年上なんだが……」

そういってもレティシアは笑うばかりで、その扱いをやめようとしない。彼女にとって俺はいつまでも子供なのだろう。

「あっ! バティだ。久しぶりじゃん」

「ティジお姉ちゃんもいる」

「今日は何を持ってきてくれたの?」

孤児院の前につくとすぐに子供たちに囲まれた。

元気な男児は俺の体によじ登り腕などにぶら下がる。小さな子供程度ではびくともせずに軽々と持ち上げてやるとキャッキャッと喜んだ。

「こらー! あなたたち、お二人に失礼でしょ」

「わぁー、院長先生だ」

「おっかないミリア先生が来たぞ」

「きゃー。逃げろー」

子供たちはシスター・ミリアの登場で蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

「ようこそいらっしゃいました、ティジさま、バティさま」

シスターや孤児院の子供たちとは見知った仲だ。この場所ができた頃からレティシアはお忍びで視察しており、俺も護衛として一緒にきていた。

「シスター、これ、手土産です。もうお古をあげられる年齢じゃなくなって、ごめんなさい」

「そんなことありません。ティジさまのような善行を積む敬虔な人はみたことがありません。いつも感謝しております」

渡した紙袋の中には食べ物や絵本、おもちゃ、筆記用具といったものが入っている。

「子供たちもだいぶ減りましたね」

俺は元気に駆け回る子供たちをみて言った。

まだこの街が半スラムで、俺がそこで暮らしていた時は、孤児や貧困者の数も把握できないほどにあふれかえっていた。だが、今は整備された道に働く人々、指で数えられる程度にしか孤児がいない。

「親が子供を手放さなくても良い環境になりましたからね」

シスター・ミリアはしみじみと言った。彼女もかつてのタリーム街の惨状を知っているのだ。

孤児院の子は、里親に引き取られる子もいれば、自らの意思で工房に弟子入りしたりして働きに出る子もいる。中には孤児院に残って院の先生になる者もいる。

「これも全てレティシアさまのおかげです」

シスター・ミリアは目の前にいる彼女がレティシアであることを知らずにそう言った。

俺はシスターの言葉に全力で肯定するように頷くが、どうにもレティシアにはまわりの気持ちは伝わっていないようだ。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

悪役令嬢は永眠しました

詩海猫
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」 長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。 だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。 ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」 *思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m

悪役令嬢はモブ化した

F.conoe
ファンタジー
乙女ゲーム? なにそれ食べ物? な悪役令嬢、普通にシナリオ負けして退場しました。 しかし貴族令嬢としてダメの烙印をおされた卒業パーティーで、彼女は本当の自分を取り戻す! 領地改革にいそしむ充実した日々のその裏で、乙女ゲームは着々と進行していくのである。 「……なんなのこれは。意味がわからないわ」 乙女ゲームのシナリオはこわい。 *注*誰にも前世の記憶はありません。 ざまぁが地味だと思っていましたが、オーバーキルだという意見もあるので、優しい結末を期待してる人は読まない方が良さげ。 性格悪いけど自覚がなくて自分を優しいと思っている乙女ゲームヒロインの心理描写と因果応報がメインテーマ(番外編で登場)なので、叩かれようがざまぁ改変して救う気はない。 作者の趣味100%でダンジョンが出ました。

悪役令嬢エリザベート物語

kirara
ファンタジー
私の名前はエリザベート・ノイズ 公爵令嬢である。 前世の名前は横川禮子。大学を卒業して入った企業でOLをしていたが、ある日の帰宅時に赤信号を無視してスクランブル交差点に飛び込んできた大型トラックとぶつかりそうになって。それからどうなったのだろう。気が付いた時には私は別の世界に転生していた。 ここは乙女ゲームの世界だ。そして私は悪役令嬢に生まれかわった。そのことを5歳の誕生パーティーの夜に知るのだった。 父はアフレイド・ノイズ公爵。 ノイズ公爵家の家長であり王国の重鎮。 魔法騎士団の総団長でもある。 母はマーガレット。 隣国アミルダ王国の第2王女。隣国の聖女の娘でもある。 兄の名前はリアム。  前世の記憶にある「乙女ゲーム」の中のエリザベート・ノイズは、王都学園の卒業パーティで、ウィリアム王太子殿下に真実の愛を見つけたと婚約を破棄され、身に覚えのない罪をきせられて国外に追放される。 そして、国境の手前で何者かに事故にみせかけて殺害されてしまうのだ。 王太子と婚約なんてするものか。 国外追放になどなるものか。 乙女ゲームの中では一人ぼっちだったエリザベート。 私は人生をあきらめない。 エリザベート・ノイズの二回目の人生が始まった。 ⭐️第16回 ファンタジー小説大賞参加中です。応援してくれると嬉しいです

悪役令嬢を陥れようとして失敗したヒロインのその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
女伯グリゼルダはもう不惑の歳だが、過去に起こしたスキャンダルが原因で異性から敬遠され未だに独身だった。 二十二年前、グリゼルダは恋仲になった王太子と結託して彼の婚約者である公爵令嬢を陥れようとした。 けれど、返り討ちに遭ってしまい、結局恋人である王太子とも破局してしまったのだ。 ある時、グリゼルダは王都で開かれた仮面舞踏会に参加する。そこで、トラヴィスという年下の青年と知り合ったグリゼルダは彼と恋仲になった。そして、どんどん彼に夢中になっていく。 だが、ある日。トラヴィスは、突然グリゼルダの前から姿を消してしまう。グリゼルダはショックのあまり倒れてしまい、気づいた時には病院のベッドの上にいた。 グリゼルダは、心配そうに自分の顔を覗き込む執事にトラヴィスと連絡が取れなくなってしまったことを伝える。すると、執事は首を傾げた。 そして、困惑した様子でグリゼルダに尋ねたのだ。「トラヴィスって、一体誰ですか? そんな方、この世に存在しませんよね?」と──。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?

シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。 ……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。

悪役令嬢の独壇場

あくび。
ファンタジー
子爵令嬢のララリーは、学園の卒業パーティーの中心部を遠巻きに見ていた。 彼女は転生者で、この世界が乙女ゲームの舞台だということを知っている。 自分はモブ令嬢という位置づけではあるけれど、入学してからは、ゲームの記憶を掘り起こして各イベントだって散々覗き見してきた。 正直に言えば、登場人物の性格やイベントの内容がゲームと違う気がするけれど、大筋はゲームの通りに進んでいると思う。 ということは、今日はクライマックスの婚約破棄が行われるはずなのだ。 そう思って卒業パーティーの様子を傍から眺めていたのだけど。 あら?これは、何かがおかしいですね。

処理中です...