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18:良い話と悪い話
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「良い報せと悪い報せがある」
俺を執務室に呼び寄せて勿体ぶって言ったのは公爵であるエドウィンだ。
そんな風に言っても、俺にはどちらから聞くかなどの選択権などなく、公爵が続きを言うのを待つしかない。
「お前の父親を名乗る者があらわれた」
「偽物でしょう。追い払っていただいて結構です」
よくあることだった。
俺の名前が有名になってから、どこからか父親が不明であるという情報が漏れ出て、英雄の親になろうと名乗りをあげるものが増えた。もちろん、彼らは甘い密を吸おうと群がるハエであり、母の名前すら知らない有象無象の集団だった。
そもそも、本物の父親であろうが、今さらになって現れることが不愉快極まりない。
「今回はそう簡単な話ではない。名乗り出たのがエテルネ大公だ。営利目的でないことは確かだ」
エテルネ大公は、エテルネ大公国の君主である。大公は厳格な性格で、大小様々な国があるこの大陸で大公国を確固たる存在感を持つまでに育てた。それこそ、英雄であるギルバートという存在を必要としない数少ない国でもある。
「しかも、大公はお前を引き取って後継者にまで考えている」
「……それが良い報せですか」
大公との血縁の有無は正直どうでもよかった。自分が次期大公になりたいとも思わない。
そんなことよりも、レティシアの側から引き離されるようで、俺にとっては悪い報せでしかない。
「俺にとってはな。一度会う機会を設ける。考えてみるのはその後でもいい」
公爵にとっては大公と繋がりを持てるのは有難い話なのだろう。力を付け始めている新興国と大公国は我が国を挟んでおり、そこで手を結ばれると困ることになる。
「さて、悪い報せだ。ティジにいくつかの縁談が来た」
デビュタントも終えたのだから縁談が来るのは当然のことだ。貴族令嬢なら年端もいかない頃から婚約者がいることだってある。
レティシアはこの国でもっとも高貴な女性だ。縁談など腐るほど来るが、とるに足らないものや邪なものは過激な兄が破り捨てていた。彼にとってそれらは只の紙くずでしかなかった。
だからこの場合の縁談というのは、公爵の一任では断れない限りなく成立するであろうものだ。
「プセアラン王国の王子、我が国の王太子、ファミュタ共和国のディアチーノ家の嫡男、アルリゴー枢機卿の子息」
俺でもわかる名前には、政治的な思惑しか感じられなかった。
新興国の王子と婚約者することは、和親を結び危険を回避することとなる。
王太子との婚約は、王家にとって貴族たちの牽制になる。
大陸一の財産を誇る家との婚約は言うまでもなく財政に関わる。そして相手も血統書が欲しいのだろう。
次期教皇と名高い枢機卿のその息子との婚約は、教会からの庇護による諸国への牽制だろう。
「ティジさまは既にこの事をご存知で?」
「いや、まだだ。聡いあの子のことだ、己の気持ちなどを考えずにもっとも利のある者を選ぶだろう」
公爵は見合い用の肖像画を机の上にばらまいた。そのどれもが容姿端麗でそれぞれに趣の違う青年たちだ。
「ティジさまがどのような方を選ばれようとも俺は一生側で仕えます」
「そんなことはどうでもいい。俺としては結婚などせずにずっと家にいて欲しいものだ」
それなら何故俺に話したなどとは言わない。愚痴を言う相手が欲しかっただけなのだろう。
「とにかく、エテルネ大公が内密にお前に会いに来る。3日後だ」
「……なんとも急ですね」
何故もっと早くに教えてくれなかったのだろうかと恨みがましい口調になる。だが公爵は咎めることもなく愉快そうに笑った。
「お前の父親よりも、ティジの婚約回避の方が重要だからな」
その事に関しては全面的に肯定する。だからこれ以上の不毛な応酬はしない。
「わかったなら下がれ。最近、お前を酷使しすぎだとティジに言われたからな。自分の騎士なのだからと怒られまでしたぞ」
文句を言っているのに、公爵はどこか嬉しそうだ。愛する妹が自分に意見することが喜ばしいようだ。
公爵はこれほどにまでも妹であるレティシアを溺愛しているというのに彼女には全く伝わっていないどころか、閣下と他人行儀に呼ばれている。兄妹というよりも君臣関係のようにも感じ、はじめは不仲とさえ思った。
レティシアにどうして閣下と呼ぶのかと聞いたことがあった。すると少し言葉を選んでから苦笑して言った。
「昔ね、お兄さまって呼んだことがある
んだけど、すごい顔をされたの。それに閣下は私の事を嫌いだから……」
どこからそういった誤解が生じたのか理解できない生物を見る目でレティシアをみてしまった。
確かに公爵はレティシアの前で、威厳のあるように装っている。だから俺が見ているような妹を溺愛する公爵の姿はわからないかもしれないが、嫌われていると思うほどの出来事でもあったのだろうか。
「バティ、お話は終わった?」
公爵の執務室から出ると、レティシアがひょこりと顔を覗かせた。まるで町娘のような装いに、カールの強い赤毛のウィッグとメガネをかけている姿は見るからに外出予定だ。
「どちらまでお出かけですか?」
「タリーム街まで」
レティシアは手に持っていた同じ色のウィッグを俺にも被せて笑った。
この笑顔は何か企んでいる時の顔だ。
俺を執務室に呼び寄せて勿体ぶって言ったのは公爵であるエドウィンだ。
そんな風に言っても、俺にはどちらから聞くかなどの選択権などなく、公爵が続きを言うのを待つしかない。
「お前の父親を名乗る者があらわれた」
「偽物でしょう。追い払っていただいて結構です」
よくあることだった。
俺の名前が有名になってから、どこからか父親が不明であるという情報が漏れ出て、英雄の親になろうと名乗りをあげるものが増えた。もちろん、彼らは甘い密を吸おうと群がるハエであり、母の名前すら知らない有象無象の集団だった。
そもそも、本物の父親であろうが、今さらになって現れることが不愉快極まりない。
「今回はそう簡単な話ではない。名乗り出たのがエテルネ大公だ。営利目的でないことは確かだ」
エテルネ大公は、エテルネ大公国の君主である。大公は厳格な性格で、大小様々な国があるこの大陸で大公国を確固たる存在感を持つまでに育てた。それこそ、英雄であるギルバートという存在を必要としない数少ない国でもある。
「しかも、大公はお前を引き取って後継者にまで考えている」
「……それが良い報せですか」
大公との血縁の有無は正直どうでもよかった。自分が次期大公になりたいとも思わない。
そんなことよりも、レティシアの側から引き離されるようで、俺にとっては悪い報せでしかない。
「俺にとってはな。一度会う機会を設ける。考えてみるのはその後でもいい」
公爵にとっては大公と繋がりを持てるのは有難い話なのだろう。力を付け始めている新興国と大公国は我が国を挟んでおり、そこで手を結ばれると困ることになる。
「さて、悪い報せだ。ティジにいくつかの縁談が来た」
デビュタントも終えたのだから縁談が来るのは当然のことだ。貴族令嬢なら年端もいかない頃から婚約者がいることだってある。
レティシアはこの国でもっとも高貴な女性だ。縁談など腐るほど来るが、とるに足らないものや邪なものは過激な兄が破り捨てていた。彼にとってそれらは只の紙くずでしかなかった。
だからこの場合の縁談というのは、公爵の一任では断れない限りなく成立するであろうものだ。
「プセアラン王国の王子、我が国の王太子、ファミュタ共和国のディアチーノ家の嫡男、アルリゴー枢機卿の子息」
俺でもわかる名前には、政治的な思惑しか感じられなかった。
新興国の王子と婚約者することは、和親を結び危険を回避することとなる。
王太子との婚約は、王家にとって貴族たちの牽制になる。
大陸一の財産を誇る家との婚約は言うまでもなく財政に関わる。そして相手も血統書が欲しいのだろう。
次期教皇と名高い枢機卿のその息子との婚約は、教会からの庇護による諸国への牽制だろう。
「ティジさまは既にこの事をご存知で?」
「いや、まだだ。聡いあの子のことだ、己の気持ちなどを考えずにもっとも利のある者を選ぶだろう」
公爵は見合い用の肖像画を机の上にばらまいた。そのどれもが容姿端麗でそれぞれに趣の違う青年たちだ。
「ティジさまがどのような方を選ばれようとも俺は一生側で仕えます」
「そんなことはどうでもいい。俺としては結婚などせずにずっと家にいて欲しいものだ」
それなら何故俺に話したなどとは言わない。愚痴を言う相手が欲しかっただけなのだろう。
「とにかく、エテルネ大公が内密にお前に会いに来る。3日後だ」
「……なんとも急ですね」
何故もっと早くに教えてくれなかったのだろうかと恨みがましい口調になる。だが公爵は咎めることもなく愉快そうに笑った。
「お前の父親よりも、ティジの婚約回避の方が重要だからな」
その事に関しては全面的に肯定する。だからこれ以上の不毛な応酬はしない。
「わかったなら下がれ。最近、お前を酷使しすぎだとティジに言われたからな。自分の騎士なのだからと怒られまでしたぞ」
文句を言っているのに、公爵はどこか嬉しそうだ。愛する妹が自分に意見することが喜ばしいようだ。
公爵はこれほどにまでも妹であるレティシアを溺愛しているというのに彼女には全く伝わっていないどころか、閣下と他人行儀に呼ばれている。兄妹というよりも君臣関係のようにも感じ、はじめは不仲とさえ思った。
レティシアにどうして閣下と呼ぶのかと聞いたことがあった。すると少し言葉を選んでから苦笑して言った。
「昔ね、お兄さまって呼んだことがある
んだけど、すごい顔をされたの。それに閣下は私の事を嫌いだから……」
どこからそういった誤解が生じたのか理解できない生物を見る目でレティシアをみてしまった。
確かに公爵はレティシアの前で、威厳のあるように装っている。だから俺が見ているような妹を溺愛する公爵の姿はわからないかもしれないが、嫌われていると思うほどの出来事でもあったのだろうか。
「バティ、お話は終わった?」
公爵の執務室から出ると、レティシアがひょこりと顔を覗かせた。まるで町娘のような装いに、カールの強い赤毛のウィッグとメガネをかけている姿は見るからに外出予定だ。
「どちらまでお出かけですか?」
「タリーム街まで」
レティシアは手に持っていた同じ色のウィッグを俺にも被せて笑った。
この笑顔は何か企んでいる時の顔だ。
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