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15:悪女のテーブル
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本営は賑やかで、貴婦人たちがまるでガーデンパーティのようにテーブルを囲んでお茶をしていた。
レティシアは同じくらいの家格の貴婦人たちに囲まれながら談笑していた。護衛という名目で残っていた公爵もその場にいるが、表情は冷たかった。貴婦人の会話ないようなど、他愛もないものであり、公爵にとっては退屈なのだろう。
「ティジさま、ただいま戻りました」
レティシアの前に跪き帰還の挨拶をするとまわりは少しざわめいた。
「やっと戻ったのか。俺はこれで失礼する。ギルバート卿、レティシアをしっかり護衛するように」
「はい」
公爵はこれで解放されるといった態度で席をたった。
あんなに俺を牽制しながらもはやくレティシアの護衛をするように言う彼の態度にも困ったものだ。
俺は彼女が座る後ろに立って控えた。ときどき婦人たちが好奇の視線を送ってくる。
「今年もレティシアさまがクイーンですわね」
「あんな立派な虎を贈られたんですもの」
婦人たちは彼女に取り入るように媚びへつらい誉めそやす。
そんな中、隣のテーブルから鋭く刺々しい視線を感じた。エカテ公爵のオリヴィア嬢だ。あの瞳の色はよく覚えがある。まさしく嫉妬をしている者の瞳だ。
「虎なんて東の珍しい生き物ですから、剥製にするのですか」
「いいえ、きっと毛皮として、コートか絨毯にするんですわ」
婦人たちの会話にレティシアは曖昧に微笑んで、扇で口元を隠した。つまり秘密だということだ。
だが、あんな派手な柄のコートなど常人には似合わないだろう。レティシアには似合うのかもしれないが、彼女の趣味ではないから剥製か絨毯だろう。
「バティ、カスタードタルトはいかが?」
こっそりと囁いて、一口サイズのミニタルトをさした。
彼女の可愛らしい提案に頷いて、扇に隠れて内情話をする要領で近づくと、俺の口にそれを入れた。
「美味しいです」
そういうとレティシアは嬉しそうに笑った。
彼女と俺のやり取りがどのようにうつっているのかはわからないが、まわりは彼女を褒め称えるので忙しいようだ。
「今年も大量ね。お肉は皆に振る舞って、毛皮はタビレット商会に任せて……」
捧げた獲物は全て彼女のものなのに、いつも一人じゃもて余すからとまわりに還元する。だから狩猟大会後の使用人たちの食事は一層豪華になる。それでも余る肉は公爵家が経営している孤児院や工房、店などにも振る舞われる。毛皮は侍女のような身近な者や領地のうほうで働いている家臣に下賜される。
「虎のお肉って食べられるのかしら?」
「ティジさまは何でも食べようとしますよね」
「なんだか意地汚いみたいじゃない」
クスクスと笑った。
ふとカツカツとヒールの音を立ててオリヴィアがやって来た。
「いいご身分ですわね。大陸の英雄をただの側仕えにして、まわりに人をたくさん侍らせるだけだなんて」
オリヴィアは俺とレティシアが回りのご婦人をほったらかしにして談笑しているのを咎めるようにいった。
「あら、オリヴィア嬢。いらっしゃるとは思わなかったわ。ちょうどお兄さまの座っていた席が空いていますの」
予期せぬ来客ではあったが、先ほど離席した公爵の席が空いており、その席をすすめた。だがまわりの婦人たちは難色をしめす。
「いけませんわ。レティシアさまより上座にすわるなんて」
「そうですわ。席替えをするか、誰が譲らないと」
この場にいるのは公爵から伯爵までの上級貴族であり、爵位という称号の上下関係はあるものの事実上の関係は皆等しいだろう。レティシアを除いては。
彼女の称号は王女である。そしてヨーセアン公爵家は王族としての格もありながら、経済や文化面にも影響を持つ。名実ともに最も高貴な女性なのだ。
「わ、わたくしが譲りますわ。ちょうど姉の方に呼ばれていましたの」
どこかの伯爵令嬢が申し出て席をたった。
「ヘレナ嬢、そうとは知らずに引き留めてしまったわ。ごめんなさい。また機会があれば一緒にお茶でもしましょう」
「は、はい、レティシアさま」
伯爵令嬢はレティシアの笑みになぜか萎縮した様子で去っていった。
その空いた席にどこか不服そうにオリヴィアが座った。嫌ならば来なければいいのにと思うのは傲慢なのだろうか。
「えっといい身分という話でしたっけ、オリヴィア嬢。確かに私はいい身分ですわ。あなたのお家は公爵だけれども、私の家は公爵ですもの」
レティシアは無邪気に笑った。
彼女の言葉に、ある者は追随し、ある者は場に合わせて微苦笑した。そして当人であるオリヴィアは膝の上の手をきつく握りしめていた。
もともと悪意を持って近づいたのはオリヴィアの方だ。そのまま見過ごしていたらレティシアはなめられてしまう。
レティシアはお茶会に飽きたとばかりに席をたった。もちろん護衛である俺も彼女のあとに続いた。
「よかったんですか? 離席してしまって」
「いいのよ。私の陰口を言い合う時間も必要でしょ」
レティシアへの陰口なんて聞けば、俺は迷わずそいつの舌を切り落としているだろう。だからこそわからない。なぜ彼女は自分の悪口を言うことを知っていて許すのだろう。
「なんて顔してるの。こんな小さなことで気を揉まないで。あなたにはいつか重要な選択をして、残酷な事をさせてしまうのだから」
レティシアは申し訳なさそうな顔をした。
デビュタントを終えてから、彼女はよく諦めや悲しみを滲ませた瞳をするようになった。そして時折、俺に対して心苦しそうにする。
俺たちにはわからない彼女の秘密があるようだった。
「キャー!」
ふと女性の悲鳴が響いた。
咄嗟ににレティシアを庇うように立ち、声のする方を見ると、数匹の狼が令嬢たちの前にいた。
レティシアは同じくらいの家格の貴婦人たちに囲まれながら談笑していた。護衛という名目で残っていた公爵もその場にいるが、表情は冷たかった。貴婦人の会話ないようなど、他愛もないものであり、公爵にとっては退屈なのだろう。
「ティジさま、ただいま戻りました」
レティシアの前に跪き帰還の挨拶をするとまわりは少しざわめいた。
「やっと戻ったのか。俺はこれで失礼する。ギルバート卿、レティシアをしっかり護衛するように」
「はい」
公爵はこれで解放されるといった態度で席をたった。
あんなに俺を牽制しながらもはやくレティシアの護衛をするように言う彼の態度にも困ったものだ。
俺は彼女が座る後ろに立って控えた。ときどき婦人たちが好奇の視線を送ってくる。
「今年もレティシアさまがクイーンですわね」
「あんな立派な虎を贈られたんですもの」
婦人たちは彼女に取り入るように媚びへつらい誉めそやす。
そんな中、隣のテーブルから鋭く刺々しい視線を感じた。エカテ公爵のオリヴィア嬢だ。あの瞳の色はよく覚えがある。まさしく嫉妬をしている者の瞳だ。
「虎なんて東の珍しい生き物ですから、剥製にするのですか」
「いいえ、きっと毛皮として、コートか絨毯にするんですわ」
婦人たちの会話にレティシアは曖昧に微笑んで、扇で口元を隠した。つまり秘密だということだ。
だが、あんな派手な柄のコートなど常人には似合わないだろう。レティシアには似合うのかもしれないが、彼女の趣味ではないから剥製か絨毯だろう。
「バティ、カスタードタルトはいかが?」
こっそりと囁いて、一口サイズのミニタルトをさした。
彼女の可愛らしい提案に頷いて、扇に隠れて内情話をする要領で近づくと、俺の口にそれを入れた。
「美味しいです」
そういうとレティシアは嬉しそうに笑った。
彼女と俺のやり取りがどのようにうつっているのかはわからないが、まわりは彼女を褒め称えるので忙しいようだ。
「今年も大量ね。お肉は皆に振る舞って、毛皮はタビレット商会に任せて……」
捧げた獲物は全て彼女のものなのに、いつも一人じゃもて余すからとまわりに還元する。だから狩猟大会後の使用人たちの食事は一層豪華になる。それでも余る肉は公爵家が経営している孤児院や工房、店などにも振る舞われる。毛皮は侍女のような身近な者や領地のうほうで働いている家臣に下賜される。
「虎のお肉って食べられるのかしら?」
「ティジさまは何でも食べようとしますよね」
「なんだか意地汚いみたいじゃない」
クスクスと笑った。
ふとカツカツとヒールの音を立ててオリヴィアがやって来た。
「いいご身分ですわね。大陸の英雄をただの側仕えにして、まわりに人をたくさん侍らせるだけだなんて」
オリヴィアは俺とレティシアが回りのご婦人をほったらかしにして談笑しているのを咎めるようにいった。
「あら、オリヴィア嬢。いらっしゃるとは思わなかったわ。ちょうどお兄さまの座っていた席が空いていますの」
予期せぬ来客ではあったが、先ほど離席した公爵の席が空いており、その席をすすめた。だがまわりの婦人たちは難色をしめす。
「いけませんわ。レティシアさまより上座にすわるなんて」
「そうですわ。席替えをするか、誰が譲らないと」
この場にいるのは公爵から伯爵までの上級貴族であり、爵位という称号の上下関係はあるものの事実上の関係は皆等しいだろう。レティシアを除いては。
彼女の称号は王女である。そしてヨーセアン公爵家は王族としての格もありながら、経済や文化面にも影響を持つ。名実ともに最も高貴な女性なのだ。
「わ、わたくしが譲りますわ。ちょうど姉の方に呼ばれていましたの」
どこかの伯爵令嬢が申し出て席をたった。
「ヘレナ嬢、そうとは知らずに引き留めてしまったわ。ごめんなさい。また機会があれば一緒にお茶でもしましょう」
「は、はい、レティシアさま」
伯爵令嬢はレティシアの笑みになぜか萎縮した様子で去っていった。
その空いた席にどこか不服そうにオリヴィアが座った。嫌ならば来なければいいのにと思うのは傲慢なのだろうか。
「えっといい身分という話でしたっけ、オリヴィア嬢。確かに私はいい身分ですわ。あなたのお家は公爵だけれども、私の家は公爵ですもの」
レティシアは無邪気に笑った。
彼女の言葉に、ある者は追随し、ある者は場に合わせて微苦笑した。そして当人であるオリヴィアは膝の上の手をきつく握りしめていた。
もともと悪意を持って近づいたのはオリヴィアの方だ。そのまま見過ごしていたらレティシアはなめられてしまう。
レティシアはお茶会に飽きたとばかりに席をたった。もちろん護衛である俺も彼女のあとに続いた。
「よかったんですか? 離席してしまって」
「いいのよ。私の陰口を言い合う時間も必要でしょ」
レティシアへの陰口なんて聞けば、俺は迷わずそいつの舌を切り落としているだろう。だからこそわからない。なぜ彼女は自分の悪口を言うことを知っていて許すのだろう。
「なんて顔してるの。こんな小さなことで気を揉まないで。あなたにはいつか重要な選択をして、残酷な事をさせてしまうのだから」
レティシアは申し訳なさそうな顔をした。
デビュタントを終えてから、彼女はよく諦めや悲しみを滲ませた瞳をするようになった。そして時折、俺に対して心苦しそうにする。
俺たちにはわからない彼女の秘密があるようだった。
「キャー!」
ふと女性の悲鳴が響いた。
咄嗟ににレティシアを庇うように立ち、声のする方を見ると、数匹の狼が令嬢たちの前にいた。
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