悪女の騎士

土岐ゆうば(金湯叶)

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12:素敵なレディ

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デビュタントの衣装は純白のドレスだ。上品なデザインのドレスとあくまでも主役を引き立てるアクセサリーは彼女の為にあるようだ。アップスタイルにした髪型からは白い項がのぞく。デビュタントであることがわかるように頭には花冠が頭に飾られている。

「綺麗です」

きっと聞きなれたであろう、ありきたりな言葉を言った。だがそれ以外に言葉が思い浮かばないのだから仕方ない。

「ありがとう。ちゃんとカフスはつけてくれたのね」

レティシアは俺の手をとって満足そうに言った。

「軍礼装以外も似合っているわ」

普段は行事の際は無難に軍礼装であったが、今回はデビュタントのエスコートとしてドレスコードを守って燕尾服を着ていた。


レティシアは王宮に足を踏み入れても、緊張することなく堂々と歩く姿は他の令嬢たちとは一線を画していた。

控え室の前で一度別れることになる。ここから国王との謁見をして、舞踏会が始まる。

控え室にはデビュタントの令嬢とそれを紹介する母親や親戚の夫人たちであふれていた。

「またあとでね」

「お一人で大丈夫ですか?」

「もちろん」

レティシアは気丈に振る舞い、笑みを見せた。

普通はデビュタントではレディの称号をもつ貴婦人によって国王へ紹介される。しかし、彼女を紹介できる貴婦人はいない。紹介状は彼女の祖母である王太妃が出したが控え室と謁見も一人なのだ。

「お気をつけて」

謁見を見守ることはできても控え室の中には入れない。それがどうにも心配で仕方なかったが、彼女は扉のむこうに消えていった。

俺は急いで謁見室に向かう。

玉座には王と王妃が並んで座っており、その側に二人の王子が立っていた。さらにその側には公爵の姿がある。そしてそれを囲むように警備の騎士たちが立っており、新たにレディとなった彼女たちを迎えるエスコートとその親や貴族大臣たちがその様を見ていた。

今は十七になる伯爵令嬢の挨拶だ。おそらく子爵令嬢のアンはすでに終えて舞踏会の会場にいるのだろう。

「エカテ公爵の長女レディ・オリヴィアです」

王宮の執事がアナウンスをする。

何人か見送っていくともう五爵の公爵までやってきた。次はおそらくレティシアなのだろうと、おざなりに令嬢を見送る。

「ヨーセアン公爵の妹君プリンセス・レティシアです」

レティシアは堂々と一人で入ってきて、王の前に跪いた。その一つ一つの所作は洗礼されて美しい。

「レティシア、今日のエスコートはエドウィンではないのだな」

「はい。私の騎士が名乗りをあげてくれましたのよ」

「ギルバート卿だな。まったくそなたの先見の明には驚かされるばかりだ」

二人のやり取りは王と王女のやり取りではなく、叔父と姪のようなどこか気さくなものがあった。無邪気に笑う姪と姪を可愛がる叔父。そんな構図はどこか作られたような歪な感じがした。

他の令嬢ならたった十数秒でおわる謁見だが、レティシアは国王と親しげに話をしていた。まわりはそれ程までにレティシア王女を可愛がっているのだと思うだろう。

「バティ、行きましょう。私たちが先導するのよ」

いつの間にかレティシアは俺の手を取って隣にいた。

「ダンスはまだ忘れていない?」

「もちろんです。戦場に長くいても、あなたとの練習は忘れませんよ」

文字を教えたのもレティシアならば、ダンスなどの貴族的教養を教えてくれたのも彼女だった。それは功績をあげて貴族社会にでることを見越していたかのようだ。

「プリンセス・レティシアとサー・ギルバートの入場です」

デビュタントの主役がこれで勢揃いした。皆純白のドレスに花冠をして、エスコート役の男性と並んでいる。

会場の中央に進むと、視線は当然のように俺たちに集まった。俺を見ているのかレティシアを見ているのかよくわかる。羨望、嫉妬、憧憬、欲情。様々な好奇な視線にさらされながらもレティシアは気にした素振りもなく堂々としていた。

優美な音楽が流れ始めた。儀礼通りにレティシアの手をとり、体をよせステップを踏む。それを合図に他のペアも音に合わせてダンスをはじめた。

「緊張してる?」

レティシアはまわりには聞こえない程度の音量でささやいた。

「当然です。あなたのデビュタントを台無しにするわけにはいきませんから」

「失敗しても誰も咎めないし、もし失敗しても侮ることもないわ。ここで最も高貴な女性は私なんだから好き勝手してもゆるされるのよ」

彼女らしくない権力を傘にした発言に違和感を覚えた。無理に違う人の仮面を被ろうとしているようで不安定だ。

くるりとターンをして向き直ると、レティシアはいつも通りの笑顔で会場の隅に置かれた軽食を見ていた。

「ダンスが終わったらあそこにあるケーキを食べましょ。王宮のシェフ力作らしくって、バティにも味わってほしいの」

「よろこんで」

甘いものは嫌いじゃない。いや、むしろ好きな方だ。男が令嬢のように甘い菓子を好むのは周りから奇妙な目でみられることである。しかし、生まれ育ちから砂糖を大量に使った料理は食べたこともなく、その味に震撼した。それに何より、レティシアとの時間は茶菓子が出てきて彼女との楽しい時間を彩ってくれた良いアイテムだ。

「私もね、もうお酒が飲める年齢なのよ」

「ダメですよ。閣下が目を光らせていますから」

今も公爵の鋭い視線が俺を刺してくる。エスコート役を奪われた恨みは地底よりも深いだろう。

そうこうしている間に曲も終盤でダンスの終わりをつげた。


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