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11:大切な宝箱
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金庫の中には彼女から貰ったものがぎっしりと詰まっている。
銀のカトラリーセットや大きな宝石のブローチ、東洋式の房飾り、真っ白なシャツ、実用的な剣から装飾用の豪華な短剣。バクティーユ物語と書かれた絵本に母の遺品であるロケットペンダント。
唯一しっかりと使用した形跡があるのは絵本だろう。諳じることができるほど読み込んだ。
少年オフニールは最愛の少女タレーを死の運命から救うために、運命の神アウラーに願った。神アウラーは少女を救うかわりにオフニールは愚者となり何度生まれ変わっても惨憺たる人生を歩む。
愚者としての滑稽な姿からオフニールの物語は様々な喜劇として描かれる。
しかし俺はこれを悲劇としか思えない。何度生まれ変わっても、前世の記憶を持ちながら憂き目を見る。この絵本も運命を変えてはいけないという教訓の物語であった。
「そろそろ行かないと、師匠にどやされる」
懐中時計で時間を確認して、金庫を閉じた。
アルバート邸に向かう。手には手土産のクルミパイといくつかの書状と宝飾品がある。
馬車を呼ぶよりも馬を走らせた方がはやい行きなれた道を駆ける。馴染みの門衛に来訪を伝えるとすぐに中に通される。
「よく来たな、ギルバート」
俺を出迎えたのは熊のような大男だと思っていた師匠のアルバートだ。
彼は昔よりもずいぶん小さく感じた。それは俺が成長したのもあるが、彼の片足が失われたことも原因だろう。
「お久しぶりです」
「本当だぜ。あの程度の遠征に数週間もかけやがって」
「あなた、小言はやめてあげて。ギルバートは帰ってきたばかりなのに、わざわざ家によってくれたのよ」
夫人がアルバートの車椅子を乱暴に押した。
「夫人もお久しぶりです。ティジさまからの贈り物です。あとクルミパイです」
「まあ、嬉しいわ。姫さまが羨ましいわ。こんな素敵な騎士さまを配達員としてつかうなんて。我が家の騎士さまなんて引退して日がな一日気ままに庭いじりをしているか、騎士団に顔をだして小言をいうだけなんですもの。まったく役に立たないのよ」
刺のある言い方にアルバートは苦笑いをするだけだった。師匠であろうと妻には勝てないようだ。
「アンとジョンも呼んでお茶にしましょう」
ジョンはこの家の嫡男で、アンの弟だ。初めて会った時はまだ夫人のお腹の中にいたが、もう随分大きくなった。
夫人が呼べば、子供たちはすぐにやってきて俺を囲んだ。
「ギル、戻ったのね!」
「ギルにぃ、こんにちは」
アンとの友人関係は未だに続いており良好なものであり、彼女の弟であるジョンにはアルバートにかわって時々剣の稽古をつけていた。この家は貴族であるのに、平民で孤児の俺に優しく接してくれる温かい家だ。
「やった、クルミパイだ。ありがとう、ギル」
アンは食卓に並べられたクルミパイを見て嬉しそうにした。
「アン、お礼をいう相手を間違えているぞ。俺の弟子がこんな気遣いができるわけないだろ。真に感謝すべきはギルバートにパイを持たせた姫さまだろう」
「ありがとうございます、お姫さま。いただきまーす」
アンは手を組んで上を見上げて感謝をのべてからすぐにフォークを持った。
まるでレティシアが天にいるようで、不敬だとムッとしたが、彼女なら笑ってゆるしてくれると表情を戻す。
「ママ、それは何?」
パイを食べながらアンは、夫人が見ていた贈り物に興味を示した。
「紹介状よ。それとアンへのデビュタント祝のネックレスもあるわ」
アンも十六になり、レティシアと同じ時期に王宮でデビュタントとなる。その祝の品としてダイアのネックレスが贈られた。
「ティジさまは師匠一家を気にかけていますから」
レティシアの元乳母の夫人と、騎士団の元騎士団長として公爵家ならびに彼女のために働いた人たちだ。
厚遇するのは何も不思議ではないが、アルバートが片足を失った事によりいっそう気を使っていた。
「ありがたい話だわ。姫さまにお礼のお手紙を書かなくてはいけないわね」
夫人はおっとりと微笑みながら書状に目を通していく。
「ギルは社交界とは縁遠いから知らないだろうけど、お姫さまは傲慢で我儘な人だって評判なのよ。実際に会ってなかったら信じてしまいそうなほど有名になってるわ」
俺はレティシアの側にいるに相応しくなるために、武功をたてるべく様々な遠征に参加していた。そのため彼女の側を度々あけており、本末転倒だったのかもしれない。だが遠征に行き功績をあげていなければ、公爵に認められずに追い出されていただろう。
「もう彼女の側をあけるつもりはないから問題ない」
「ふーん。じゃあ、エスコートもあなたがやるの? 公爵さまをさしおいて?」
アンは知った風に言った。彼女も一時はレティシアの話し相手として公爵邸に来ていた。もちろん公爵のあの圧のある面接を突破してだ。
「ティジさまが認めてくれたんだ。閣下の意見は関係ない」
俺は少し強気に出た。
公爵はレティシアのことを陰ながら溺愛しているが、彼女の意見には決して反対しないのだ。だから彼女の決定は絶対であり、俺がエスコートするのにかわりはない。
「お姫さまが羨ましいわ。私のエスコートなんてダニーよ。ヘタレのダニー」
ヘタレのダニーことダニエルは騎士団の部隊長であり、俺の兄弟弟子で剣の腕前もピカ一だ。アルバートが大切な娘のエスコートを任せるにあたって厳しい人選が行われたことを察する。
「気が強い君の前ではみんなヘタレになるさ。とくにダニーは君に弱い」
ダニーはアンに密かな恋心を抱いているが、彼女自身はそのおもいに気づいていない。他人の恋愛事ほど客観的に見れてわかりやすいものはないだろう。
「ギルにぃ、お姫さまはどんな人?」
ジョンが口一杯にパイを頬張りながら興味津々で聞いてきた。
「美しい人だよ。賢くて優しい寂しがり屋な愛らしい人だ」
これは俺の主観でしかなかった。だが彼女を知る人はみんなそう答えるだろう。
しかし本当の意味で彼女が何者なのか誰も知らない。彼女が時折見せる悲しそうな顔の意味も、彼女がとる行動の真意も誰もわからない。
いったい彼女はどんな人なのだろうか。
銀のカトラリーセットや大きな宝石のブローチ、東洋式の房飾り、真っ白なシャツ、実用的な剣から装飾用の豪華な短剣。バクティーユ物語と書かれた絵本に母の遺品であるロケットペンダント。
唯一しっかりと使用した形跡があるのは絵本だろう。諳じることができるほど読み込んだ。
少年オフニールは最愛の少女タレーを死の運命から救うために、運命の神アウラーに願った。神アウラーは少女を救うかわりにオフニールは愚者となり何度生まれ変わっても惨憺たる人生を歩む。
愚者としての滑稽な姿からオフニールの物語は様々な喜劇として描かれる。
しかし俺はこれを悲劇としか思えない。何度生まれ変わっても、前世の記憶を持ちながら憂き目を見る。この絵本も運命を変えてはいけないという教訓の物語であった。
「そろそろ行かないと、師匠にどやされる」
懐中時計で時間を確認して、金庫を閉じた。
アルバート邸に向かう。手には手土産のクルミパイといくつかの書状と宝飾品がある。
馬車を呼ぶよりも馬を走らせた方がはやい行きなれた道を駆ける。馴染みの門衛に来訪を伝えるとすぐに中に通される。
「よく来たな、ギルバート」
俺を出迎えたのは熊のような大男だと思っていた師匠のアルバートだ。
彼は昔よりもずいぶん小さく感じた。それは俺が成長したのもあるが、彼の片足が失われたことも原因だろう。
「お久しぶりです」
「本当だぜ。あの程度の遠征に数週間もかけやがって」
「あなた、小言はやめてあげて。ギルバートは帰ってきたばかりなのに、わざわざ家によってくれたのよ」
夫人がアルバートの車椅子を乱暴に押した。
「夫人もお久しぶりです。ティジさまからの贈り物です。あとクルミパイです」
「まあ、嬉しいわ。姫さまが羨ましいわ。こんな素敵な騎士さまを配達員としてつかうなんて。我が家の騎士さまなんて引退して日がな一日気ままに庭いじりをしているか、騎士団に顔をだして小言をいうだけなんですもの。まったく役に立たないのよ」
刺のある言い方にアルバートは苦笑いをするだけだった。師匠であろうと妻には勝てないようだ。
「アンとジョンも呼んでお茶にしましょう」
ジョンはこの家の嫡男で、アンの弟だ。初めて会った時はまだ夫人のお腹の中にいたが、もう随分大きくなった。
夫人が呼べば、子供たちはすぐにやってきて俺を囲んだ。
「ギル、戻ったのね!」
「ギルにぃ、こんにちは」
アンとの友人関係は未だに続いており良好なものであり、彼女の弟であるジョンにはアルバートにかわって時々剣の稽古をつけていた。この家は貴族であるのに、平民で孤児の俺に優しく接してくれる温かい家だ。
「やった、クルミパイだ。ありがとう、ギル」
アンは食卓に並べられたクルミパイを見て嬉しそうにした。
「アン、お礼をいう相手を間違えているぞ。俺の弟子がこんな気遣いができるわけないだろ。真に感謝すべきはギルバートにパイを持たせた姫さまだろう」
「ありがとうございます、お姫さま。いただきまーす」
アンは手を組んで上を見上げて感謝をのべてからすぐにフォークを持った。
まるでレティシアが天にいるようで、不敬だとムッとしたが、彼女なら笑ってゆるしてくれると表情を戻す。
「ママ、それは何?」
パイを食べながらアンは、夫人が見ていた贈り物に興味を示した。
「紹介状よ。それとアンへのデビュタント祝のネックレスもあるわ」
アンも十六になり、レティシアと同じ時期に王宮でデビュタントとなる。その祝の品としてダイアのネックレスが贈られた。
「ティジさまは師匠一家を気にかけていますから」
レティシアの元乳母の夫人と、騎士団の元騎士団長として公爵家ならびに彼女のために働いた人たちだ。
厚遇するのは何も不思議ではないが、アルバートが片足を失った事によりいっそう気を使っていた。
「ありがたい話だわ。姫さまにお礼のお手紙を書かなくてはいけないわね」
夫人はおっとりと微笑みながら書状に目を通していく。
「ギルは社交界とは縁遠いから知らないだろうけど、お姫さまは傲慢で我儘な人だって評判なのよ。実際に会ってなかったら信じてしまいそうなほど有名になってるわ」
俺はレティシアの側にいるに相応しくなるために、武功をたてるべく様々な遠征に参加していた。そのため彼女の側を度々あけており、本末転倒だったのかもしれない。だが遠征に行き功績をあげていなければ、公爵に認められずに追い出されていただろう。
「もう彼女の側をあけるつもりはないから問題ない」
「ふーん。じゃあ、エスコートもあなたがやるの? 公爵さまをさしおいて?」
アンは知った風に言った。彼女も一時はレティシアの話し相手として公爵邸に来ていた。もちろん公爵のあの圧のある面接を突破してだ。
「ティジさまが認めてくれたんだ。閣下の意見は関係ない」
俺は少し強気に出た。
公爵はレティシアのことを陰ながら溺愛しているが、彼女の意見には決して反対しないのだ。だから彼女の決定は絶対であり、俺がエスコートするのにかわりはない。
「お姫さまが羨ましいわ。私のエスコートなんてダニーよ。ヘタレのダニー」
ヘタレのダニーことダニエルは騎士団の部隊長であり、俺の兄弟弟子で剣の腕前もピカ一だ。アルバートが大切な娘のエスコートを任せるにあたって厳しい人選が行われたことを察する。
「気が強い君の前ではみんなヘタレになるさ。とくにダニーは君に弱い」
ダニーはアンに密かな恋心を抱いているが、彼女自身はそのおもいに気づいていない。他人の恋愛事ほど客観的に見れてわかりやすいものはないだろう。
「ギルにぃ、お姫さまはどんな人?」
ジョンが口一杯にパイを頬張りながら興味津々で聞いてきた。
「美しい人だよ。賢くて優しい寂しがり屋な愛らしい人だ」
これは俺の主観でしかなかった。だが彼女を知る人はみんなそう答えるだろう。
しかし本当の意味で彼女が何者なのか誰も知らない。彼女が時折見せる悲しそうな顔の意味も、彼女がとる行動の真意も誰もわからない。
いったい彼女はどんな人なのだろうか。
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