悪女の騎士

土岐ゆうば(金湯叶)

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騎士団を先頭で率いて公爵邸に帰ると、すっかり成熟したレディが出迎えた。

「バティ! おかえりなさい」

「ただいま戻りました、ティジさま」

俺は馬からおりて彼女の前に跪き、手を取って口付けた。

数年の時を経て、俺は二十に、レティシアは十八になっていた。

俺は公爵やまわりに認めてもらうために剣技を磨き、騎士として様々な功績をたてた。その中でももっとも輝かしいものは王国がもっとも手をやいていた南東の蛮族討伐と聖地奪還だろう。この国以外にも教皇国や近隣諸国も認めることであり、誰もが一目をおく存在になっていた。

俺は名実ともに大陸一の騎士となったが、忠誠を誓った相手はたった一人の少し寂しがりな女の子だ。そして望みも変わらず、彼女の側にいることだった。

「すっかり立派な騎士さまね」

戻ってすぐに重々しい鎧を脱いで軍服に着替えると、通常業務であるレティシアの護衛にあたった。

「すっかりあなたの身長も追い越しましたよ」

並ぶとちょうど彼女の頭が俺の胸あたりにくる。だが俺はいつも彼女の一歩後ろにいるばかりで隣に並ぶことはなかった。

「叙爵を断ったって聞いたわ。もったいない」

「騎士の称号をもらって満足しています。それに領土なんてもらっても持て余すだけで、ティジさまのお相手をする時間もなくなりますし」

この国からも他国からも男爵以上の叙爵を提案されており、教皇にいたっては聖人の地位に列聖した。おそらく世界がもっとも注目する人物になっている。

しかしそんなものはレティシアの側で仕えるには束縛が多く煩わしいものでしかなかった。

「大陸一有名な騎士さまをただの話し相手にしてるなんて知られたら、世間は怒るでしょうね」

レティシアはクスクスとからかうように笑いながら言った。

「俺はこの時間が好きです。あなたのまわりは平穏であたたかい」

「そんなことを言うのはバティぐらいよ。みんな私の前では顔を強ばらせているか、媚びへつらっているんですもの」

十六になったレティシアはますます美しくなっていた。銀糸の髪は長く豊かであり、唇はぷっくりと艶やかだ。バイオレットの神秘的な瞳は長い睫毛で飾られている。

その美貌と唯一の女性王族という肩書きのせいかまわりは萎縮し近寄りがたいと言う。

「少し遅れたけどもうすぐデビュタントなの。こんな平和もあとちょっとね」

どこか寂しそうで諦めの滲んだ声だった。

デビュタントは、女性が結婚可能な年齢になったことをまわりに公表し国家君主に拝謁する行事だ。大人として社会へでることを宣言する。

当然、デビュタントを終えたら次に待つのは婚約や結婚といったことだ。貴族女性は十代のうちに結婚をして、一生を通して子供を産み続ける。それはレティシアも同じなのだろう。胸が締め付けられる感覚に眉根を寄せた。

「俺はずっとあなたの側にいます。よければエスコートを任せてくれませんか?」

「最高の騎士に護衛者になってもらえるなんて光栄だわ。あなたが申し出てくれなかったら閣下のエスコートだったわ。デビュタントに兄のエスコートなんて少し恥ずかしいし、閣下も結婚を考える年齢だもの。いつまでも妹の面倒をみさせるわけにはいかないわ」

レティシアは自分が面倒をかけていると思っているかもしれないが、あの公爵は煩わしいとは考えないだろう。それどころか妹につく悪い虫を払うために躍起になるだろう。

「結婚と言えば、あなたはどうなの? 引く手あまたでしょ」

「俺は結婚しませんよ。どこまでもあなたについていくんですから」

俺は貴族でないのだから後継者をもうける必要がなく、結婚の義務もない。それに俺の最愛はレティシアであり、彼女以上に優先させるものなどない。

「まったくいつも私を言い訳にして」

レティシアはあきれたように笑った。いつものことだ。俺が彼女に永遠の忠誠と愛を誓っても彼女は気づかず靡かない。

「そうだ、バティにプレゼントがあるの。無事に帰ってきてくれたお祝い」

小さな小箱を手渡された。彼女から贈られたものは目の前であけるのが暗黙のルールだ。でなければ、俺の反応が気になって仕方ないという顔を一日中するのだ。

「カフスですか?」

箱の中には金で縁取られ青い石がはまったカフスボタンが対になって入っていた。

「そうよ。バティの髪と瞳の色にあわせた特注品よ」

この宝石がなんという名前なのかはわからないが、きっと値のはるものだろう。

「デビュタントの時にでも着けて。いつも制服ばかりで着飾らないのはもったいないわ」

「ありがとうございます。気に入りました」

箱の蓋を閉じて家宝のように握る。

「本当に? いつもそう言うけど、私のあげたものを使っている所なんて見たことないのよ」

「ティジさまに貰ったものは全て大切に保管しています。文字を教えて貰った時にいただいた絵本もありますよ」

「そんなものもあったかしら」

彼女が覚えていなくても、全て宿舎の自室に保管してある。彼女から貰ったものをおいそれと使えるわけがなく、きっと棺と共に埋めて貰うのだ。

「兎に角、それはちゃんと着けてね。カフスにあわせて服も贈りましょうか」

「やめてください。ドレスを贈るべきは俺の方ですよ」

「すでに閣下が用意済みよ」

当然のことを言われて少しだけ落ち込む。いつだって贈り物をわたしたいのに、彼女に見合うものがなかなか用意できない。贈ろうとしても必ず誰かに先を越される。

俺にしかあげられないものを模索して何度かプレゼントしたことがある。戦利品の有名な王女の冠や英雄のペンダント、聖人のブローチなど歴史的にも価値があるものを贈っても心から喜んでいるようではなかった。幼い頃におくった花冠が一番喜んでくれたような気がする。

「いつまで宿舎にいるつもりなの? 屋敷を持ったり、こっちに部屋を用意することだってできるのよ。だって大陸一の騎士さまですもの。十分な待遇を求めてもいいのよ」

師匠であるアルバートも公爵邸付近にある自宅から勤務しているし、ある程度の家柄の騎士や実家が太い者などは宿舎を使っていない。だが俺には家族もいないし、屋敷を構えるメリットもない。

「いえ。宿舎のほうが性にあってるんです。団員たちと交流もできますし」

宿舎の方が身の程をわきまえられるし、彼女の側にも長くいられる。豪華な暮らしをしたいと思っていたら叙爵の話など断らないだろう。

「そういう人よね」

レティシアはどこか懐かしむように言った。それは俺を見ながら、俺じゃない誰かを見ているようだった。

「帰ってきたばかりだから今日はもう休んで。ロード・バティに挨拶しないとね、サー・バティ」

「もう大小では呼びわけないんですね」

「だってアルバートよりもあなたの方が大きくなっちゃったもの。私の分まで挨拶してきてちょうだい」

「わかりました」

騎士らしくレディに別れをつげて一旦宿舎の自室に帰った。

質素な部屋に似合わない厳重な金庫の中に貰ったカフスをいれて保管した。


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