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7:お忍び
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アルバート邸からの帰り、まだ空が明るいからと、かつて過ごしていた場所に足を運んだ。
もう奪われるだけだった軟弱な自分ではなく、相応の対抗手段をもっている。だから暗く恐ろしい場所が、足を踏み入れてみればたいしたこともない場所だったのだと気づく。
いや、本当に以前よりも整備され物乞いや孤児が減っている。
何があったのかとまわりを見て歩くと、はじめてみる建物があった。教会のようなその場所に行くと子供たちが楽しげに遊んでいた。
ふと教会からフードをかぶった少女がシスターに挨拶をして出てきた。その姿に目を見開いた。
「ティジさま!」
フードの隙間から流れ出る銀髪と印象的な菫色の瞳を見間違うはずがなかった。
「えっ、バティ?」
どうしてここにいるんだといいたげな表情で俺をみた彼女にそっくりそのままの表情を返してやる。
「護衛もつけずにこんなところに来ては危ないです」
レティシアを見つけたとき、心臓がとまるような生きた心地がしなかった。しかし彼女は俺のそんな気持ちを知りもせずに苦笑した。
「ごめんなさい。でも、ここも随分と変わったから大丈夫よ」
軽い足取りで前を歩くレティシアの後ろを追う。ここで彼女を守れるのは自分一人なのだ。
「理由を聞いても?」
「孤児院を立てて、いくつかの工房を作ったの。ここ一帯は半スラム化していて伝染病が広がりやすくなってて、首都でパンデミックが起きたら大変だもの」
俺が聞きたかったことはそんなことではなく、どうして一人でここにいるのかという理由だった。しかし彼女はここら一帯の変化について語った。
「主力生産品はレース編みと鉄製品ね。男女ともに雇用できて、領地にも需要があるものよ。技術が身に付けば生活も安定するだろうし。それと従業員にはタビレット商会での買い物割引もつけてるの。あそこは領地から直接輸入した食品なんかもあって地産地消じゃないけど、公爵家の経営だけで全てが循環してるのよ。持ちつ持たれつ、Win-Winの関係よ」
レティシアの語ることの半分も理解できた自信はないが、彼女があの汚い区域を一瞬にして変えてしまったらしい。それは公爵家がもっている計り知れない財のおかげでもあるが、彼女の手腕によるところもあるだろう。
「バティ、聞いてる?」
「はい。ティジさまが素晴らしいということがよくわかりました」
レティシアは先程の勢いはどこへやら複雑そうな顔をした。なぜそんな顔をするのだろう。俺は余計なことを言ってしまったのか。
「でもね、こんなことは意味がないの。崩れる時は一瞬で、死ぬ時は痛くて苦しいの」
彼女の功績が塵芥のように吹き飛び、冗談でも死を連想するなんて笑えなかった。
「意味がないわけありません! 少なくとも孤児院の子供たちは笑っていました。俺もティジさまに拾ってもらって幸せです。それに俺はあなたを死なせません。ずっと側で守るんですから。あなたの騎士ですから」
俺がそういうとレティシアはなぜか泣きそうに笑った。
「もうすぐ暗くなります。帰りましょう。お話ししたいことが沢山あるんです」
もう俺の帰る場所は公爵邸に、レティシアの側になっていた。
「そうね。そうだわ、あなたに渡すものがあるの」
レティシアに渡されたのは奪われた母の遺品であるロケットペンダントだった。
「な、んで」
「えっと、ここのブラックマーケットを処理していたら偶然みつけたの。ほら、裏にあなたのお母さまの名前が彫られているでしょ」
確かにレティシアの言う通りペンダントの裏には母の名前が彫られていた。
彼女の話は筋が通っているが、どこか綺麗に纏まりすぎて作られたシナリオのように感じた。きっと彼女は何かを知っていて、多くの秘密を抱えている。だがそれを教えてくれはしない。それに寂しさは覚えても、彼女への信頼や愛情は揺るがなかった。
「ありがとうございます」
まっすぐな言葉にレティシアは嬉しそうに笑った。
もう奪われるだけだった軟弱な自分ではなく、相応の対抗手段をもっている。だから暗く恐ろしい場所が、足を踏み入れてみればたいしたこともない場所だったのだと気づく。
いや、本当に以前よりも整備され物乞いや孤児が減っている。
何があったのかとまわりを見て歩くと、はじめてみる建物があった。教会のようなその場所に行くと子供たちが楽しげに遊んでいた。
ふと教会からフードをかぶった少女がシスターに挨拶をして出てきた。その姿に目を見開いた。
「ティジさま!」
フードの隙間から流れ出る銀髪と印象的な菫色の瞳を見間違うはずがなかった。
「えっ、バティ?」
どうしてここにいるんだといいたげな表情で俺をみた彼女にそっくりそのままの表情を返してやる。
「護衛もつけずにこんなところに来ては危ないです」
レティシアを見つけたとき、心臓がとまるような生きた心地がしなかった。しかし彼女は俺のそんな気持ちを知りもせずに苦笑した。
「ごめんなさい。でも、ここも随分と変わったから大丈夫よ」
軽い足取りで前を歩くレティシアの後ろを追う。ここで彼女を守れるのは自分一人なのだ。
「理由を聞いても?」
「孤児院を立てて、いくつかの工房を作ったの。ここ一帯は半スラム化していて伝染病が広がりやすくなってて、首都でパンデミックが起きたら大変だもの」
俺が聞きたかったことはそんなことではなく、どうして一人でここにいるのかという理由だった。しかし彼女はここら一帯の変化について語った。
「主力生産品はレース編みと鉄製品ね。男女ともに雇用できて、領地にも需要があるものよ。技術が身に付けば生活も安定するだろうし。それと従業員にはタビレット商会での買い物割引もつけてるの。あそこは領地から直接輸入した食品なんかもあって地産地消じゃないけど、公爵家の経営だけで全てが循環してるのよ。持ちつ持たれつ、Win-Winの関係よ」
レティシアの語ることの半分も理解できた自信はないが、彼女があの汚い区域を一瞬にして変えてしまったらしい。それは公爵家がもっている計り知れない財のおかげでもあるが、彼女の手腕によるところもあるだろう。
「バティ、聞いてる?」
「はい。ティジさまが素晴らしいということがよくわかりました」
レティシアは先程の勢いはどこへやら複雑そうな顔をした。なぜそんな顔をするのだろう。俺は余計なことを言ってしまったのか。
「でもね、こんなことは意味がないの。崩れる時は一瞬で、死ぬ時は痛くて苦しいの」
彼女の功績が塵芥のように吹き飛び、冗談でも死を連想するなんて笑えなかった。
「意味がないわけありません! 少なくとも孤児院の子供たちは笑っていました。俺もティジさまに拾ってもらって幸せです。それに俺はあなたを死なせません。ずっと側で守るんですから。あなたの騎士ですから」
俺がそういうとレティシアはなぜか泣きそうに笑った。
「もうすぐ暗くなります。帰りましょう。お話ししたいことが沢山あるんです」
もう俺の帰る場所は公爵邸に、レティシアの側になっていた。
「そうね。そうだわ、あなたに渡すものがあるの」
レティシアに渡されたのは奪われた母の遺品であるロケットペンダントだった。
「な、んで」
「えっと、ここのブラックマーケットを処理していたら偶然みつけたの。ほら、裏にあなたのお母さまの名前が彫られているでしょ」
確かにレティシアの言う通りペンダントの裏には母の名前が彫られていた。
彼女の話は筋が通っているが、どこか綺麗に纏まりすぎて作られたシナリオのように感じた。きっと彼女は何かを知っていて、多くの秘密を抱えている。だがそれを教えてくれはしない。それに寂しさは覚えても、彼女への信頼や愛情は揺るがなかった。
「ありがとうございます」
まっすぐな言葉にレティシアは嬉しそうに笑った。
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