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8 : 神々
しおりを挟む「リュアオス、もう飽きちゃって要らないのか? 」
「なんのことだ、ヘルコリオス」
リュアオスの神域で、ヘルコリオスは不貞腐れている弟の顔を見て聞いた。
「何って、もちろんアメデアのことだよ。確かに愛を注ぐ年齢は疾うに過ぎてるけどさ。それでも類いまれなる美だ。まさに芸術品だ。君がいらないというなら、僕がもらってあげるよ」
ヘルコリオスは煽るように言った。だが、半分は本心だ。
ここ数年のリュアオスのアメデアに対する態度は、蜜月であった時よりも淡白である。
「馬鹿なことをいうな。アメデアは俺のものだ。誰にも渡しはしない」
「それなら大事にとっておかないと。このお兄さまと喧嘩してまで奪ったんだから」
「たかが数刻早く生まれただけで兄と名乗るな。それに奪ったのではなく、アメデアが俺を選んだんだ」
リュアオスはアメデアが小さな赤子であった時から知っている。
その無垢な魂と玉のような美しい姿を一番先に見つけたのだ。そのまま、そっと見守っていたら、ヘルコリオスに見つかってしまった。
お前が手を出さないなら、僕がもらうよ。なんてふざけたことを言ったので数少ない兄弟喧嘩が行われた。
それは神々の世界だけでなく、人間界にまで影響を及ぼした。
喧嘩は、二人の親である大地の神ユピタと天空の神アーテル、そして兄である最高神ホリューライによって仲裁された。
アメデアの存在を誰にも知られたくなくて、喧嘩の原因は述べず、逃げるように人間界へとおりた。その時、はからずもアメデアにあってしまったのだ。潜在的な意識のなかで、彼を求めたいたのかもしれない。
生身の彼は神々の世界から見るよりも、至純で美しかった。
リュアオスは清廉なアメデアを自分の手で汚していった。
真っ白なキャンバスに絵の具をたらす愉しみを味わい、自分の色に染まる様は至極だった。
それでもアメデアは汚れきらず、真っ直ぐて美しい瞳でリュアオスを仰ぎ見るのだ。
リュアオスは水鏡から人間界をうつしだし、アメデアを眺める。
誰かが彼の聖なる痕を触っており、リュアオスはそれに過敏に反応した。少しばかり、己の力を人間界へと送った。
「うわぁー。あんな小さな子どもにも嫉妬するとか醜いぞぉーい。そんなに心配ならこっちにさらってきたらいいのに。ホリューライ兄上だって何人もそうしてるし」
「兄上は節操がなさすぎるんだ。それにアメデアが望んでいないかもしれない」
今だって、アメデアは弟家族と楽しげに食事をしている。
彼の人生であったかもしれない可能性だ。羊飼いとして、結婚して子どもをもうけて平穏に暮らす。
「ふーん。リュアオスはいくじなしだね。花だって果実だって一番美しく美味しい時期がある。彼の花盛りを摘んでおいて、怖くなって手放すなんて、身勝手で残酷だ。まるで神さまみたいだ。ああ、神だったか」
ヘルコリオスの言葉に棘に苛立ちを覚えたが、彼の言葉は全て正しかった。
嘗て神々は数多の人間に関与した。気まぐれに、また愛を持って。その結果がもたらすのが幸福であれ不幸であれ、振り回されるのは人間で、神は悪気もなく純真に身勝手に振る舞った。
神々の干渉が激しかった神話の時代が終わり、すでに人の時代だ。
人々は形式的に神を敬い、神は箱庭で踊る人形劇をみるように傍観した。人形が踊り続けられるように定期的にネジを巻き、油をさしたりする程度に手を加えていた。
リュアオスは過度に介入しすぎたのだ。アメデアという存在を作り出したために、人形は自分で踊ることを忘れようとしていた。
「舞台に登場してはいけない人形を回収しないと」
「……わかっている」
リュアオスは声を絞り出した。
「そんなに嫌なら僕が貰ってやるっていってるだろ」
「そういうわけではない! ただ、アメデアが嫌がるかもしれないと」
不安なのだ。
アメデアは全てを捧げるといったが、自分のもう1つの可能性に憧れがあるようだった。
彼らの常識では、20を越えた大人は受動的ではいけない。いつまでも、女性のような役回りであると侮蔑の対象なのだと。それを知っているから、アメデアはリュアオスに抱かれることに嫌悪が有りはしないかと心配をした。
結局は、神託にかこつけてアメデアを囲み確実に抱くのだ。とても卑怯で、厭らしい。
それでも忘れられるよりもいいと、激しく時に特殊に彼の体を虐める。
新たに着けた胸の印もそうだ。今だって力を送れば、彼の胸の宝石は踊る。そして彼はその刺激でリュアオスを思い出す。
バシャッという水音がして、水鏡をあわてて確認すると、アメデアが小川に身を投じていた。
幸い水深は浅いため、自殺などではなかった。
ただ浮かんでいるだけで、なんとも美しかった。
「まるでオフィーリアだな」
「なんだそれ」
「これだから芸術に疎いやつは。人間がつくった悲劇作品の登場人物さ。お前にもわかるように言うなら、綺麗な水死体だな」
縁起でもないことをいわれて、ヘルコリオスを睨み見る。だがヘルコリオスは我関せずと水鏡をみた。
「おっ、あれ見てみろよ。最近、見るようになった新顔がいるぞ。ほら茶髪でそばかすの」
ヘルコリオスの言葉を最後まで聴く前に、水鏡を一瞥して、人間界へと降りた。
「まったく、面倒な弟だ」
ヘルコリオスはそう愚痴をこぼしながら、日が沈む時間を少し遅めた。
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