王妃さまは断罪劇に異議を唱える

土岐ゆうば(金湯叶)

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26:ゲームの世界

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オートゥイユ夫人がいなくなった王宮は膿が取り除かれたようで、心がいくぶんか穏やかだ。

「清々しました。我が物顔で宮殿を歩いたり、食事に乱入してきたりするあの女がいなくなって」

リゼットが嬉しそうに言った。

この王宮内でオートゥイユ夫人を最も嫌悪していたといっても過言ではない彼女が一番喜んでいる。

「リズ、あの詐欺集団は捕まったのかしら?」

「そうみたいです」

オートゥイユ夫人に割り当てられていた予算や財産は回収して、民に不満がたまらないように彼らに還元した。そうすることで民意もよい方向に流れる。

「ティオゾ伯爵を呼んでちょうだい。彼と話をしなければならないようだから」

「……わかりました」

リゼットはティオゾ伯爵ことテオドールが少し不気味に思っていた。

彼は実母が追いやられたにも関わらず、まるで王妃の忠犬でもあるかのように振る舞っている。

今だって、氷のようだと言われている彼は王妃の前ではまるで違う。その視線がどうにもゆるせなかった。

「ティオゾ伯爵、貴方に聞きたいことがあります」

「何なりと」

「クロードを焚き付けたのは貴方ですか? アンナ嬢とはどのような繋がりがあるのです」

クラウディアは疑問系できいてはいたが、確信のある口調であった。

テオドールは言い訳もせず、また慌てた素振りも見せなかった。

「そうです。アンナ嬢とは面識はありません。ただ彼女とは同じ穴の狢のようなものです」

テオドールの言っていることが理解できなかった。

ただ、ジョレアン公爵の不正および捕縛やアンナのことなどは機密であり、知っている人は限られている。そして限られた者のなかでクロードに良くも悪くも影響力があるのはテオドールだろう。

「貴方の目的はなんですか? クロードを貶めること? それとも王家への復讐やオートゥイユ夫人の敵討ちですか?」

「まさか。両陛下には感謝こそすれど恨みなどありません。それに夫人のことなどどうでもいい。あの人を母親とさえ思ったことはないですよ」

テオドールの言うことに嘘は感じられなかった。

クラウディアがテオドールをひとるまで、彼がどんな扱いを受けていたか想像に難くない。

幼いテオドールを放置して、彼の分まであてられた予算を使っていた。食べるものも着るものもまともに無く、王宮内であるのにも関わらず困窮していた。

「では、なぜクロードを焚き付けたのですか」

「貴女さまの為です。彼はアンナと結ばれる運命シナリオだったのです。だがこの世界の貴女はそれを絶対に許さない。それならば早く切り捨てられるようにと手をまわしたのです」

悪びれもなく至極真面目な表情でいうテオドールを怖いと感じた。

彼の言葉はまるで、世界を俯瞰で見下ろしているチェスプレイヤーのようだ。

「私のためだというのはやめなさい。そんなことを望んだ覚えはありません。何度もいいますが、貴方の望みにこたえることはありません。私は貴方の母であろうとしたのに……」

どこで間違えたのだろうか。

テオドールがこれほどまでに執着するなど思ってもいなかった。

「ええ、貴女は母でした」

「母に欲情したというのですか! 」

「母であり、恩人であり、想い人です」

テオドールの瞳がクラウディアをみつめてはなさない。

「貴女は国民の母なのです。それに恋慕して何がいけないのです?」

このままでは話が平行線だ。

何を言おうとテオドールはその気持ちを手放すことはないのだろう。

クラウディアは嘆息した。

「話を変えましょう。クロードがアンナ嬢と結ばれる運命とはどういうことですか。ここの世界の私は許さないという言葉も気になります」

「陛下はゲームを知っていますか?」

調子外れの質問に少し驚いたが、彼が無意味な質問をするわけもないだろうとこたえた。

「チェスやカードゲームのことかしら?」

「いいえ。それよりも物語的で恋愛小説のようなものです。その世界では、アンナという少女が王太子に見初められ、首都にやってきて、様々な男性と恋愛をするのです」

テオドールの言葉はまるで、この世界が彼の言うゲームか何かのようだと言っているみたいだ。

「王太子のクロードに、公爵令息のクリストフ、騎士団長の子息のジャン、宰相の子息のエドモンや隠しキャラのテオドールなど、多くの男が彼女のまわりを彩る」

知っている名前が多くある。

話の内容についていけず、テオドールの言葉を黙って聞くことしかできなかった。

「ゲームの世界での貴女は、あの断罪劇だんざいイベントでアンナとクロードの婚約を認めた。その条件は、仮面舞踏会でアンナが貴女と接触することだ。そこでアンナの人柄にふれて結婚までゆるすのです」

ありえない話だ。

人柄がよいからといって貴賤結婚を認めるわけがない。それは王族としてうまれたクラウディアには考えられないことであり、そのようなことをおこなえば国内は混乱し、諸外国には侮られ、そして神罰がくだる。

それにあの仮面舞踏会でアンナと接触しなかった、いやできなかったのはここにいるテオドールがいたからだ。

つまり、彼が妨害したということだろう。

「あのパーティーで断罪劇が起こるのも運命シナリオ通りであり、きっと私が焚き付けなくとも起きていたことでしょう」

頭が痛くなってきた。

クラウディアは片手で頭をおさえた。

「少し整理させてちょうだい。貴方は予言書のようなものを知っていて、あえてそのような行動をとったというのですか?」

「そうです。陛下にみつけてもらうために」

狂気を感じた。

彼はまるで物語でも読むかのようにクラウディアたちに接しているようだ。

「私たちは物語の登場人物でもなければ、ゲームの駒でもありません。そのようなシナリオという言葉で決められた通りに動いているはずありません」

「貴女だけが特別なのです。だから気づいてほしかった。知っていますか、隠しキャラのテオドールは叶わぬ恋に身を焦がしており、そこからヒロインがテオドールによりそい攻略していく。その相手は誰か明言されていなかったが、私は王妃のことだとおもっています」

「わけのわからないことを……。兎に角、これ以上、私の家族に手をださないでちょうだい。貴方の気持ちにはこたえられない」

「家族ですか。私もその中に入っているのでしょうか。それにお腹の子も」

テオドールが何を言おうとしているのかはっと気付く。

「その子は本当に陛下との子ですか?」

クラウディアは大きく手をふりあげて、テオドールの頬を叩いた。

そして震える手で自分の腹をおさえた。

彼女自身にもわからなかった。

テオドールに体をゆるしたのはたったの一回きりだ。その前にアルフレッドとベッドを共にしていた。

いや、本当はわかっている。きっとこの子は……。

「失礼しました。私はただ陛下の安寧を願っているのです」

「もうよい。さがれ」

「はい」

テオドールがさる間際にクラウディアは口を開いた。

「……もし今後またこのように運命だ私の為だと言って王家と国家を貶めようとするならば、そなたが焦がれたこの体と腹の赤子と共に命をたってやる」

これがテオドールに最も効果的な脅し文句であることをわかって言った。そしてクラウディアの覚悟でもあった。

テオドールは恐怖にも似た表情を浮かべて、退出した。


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